第108節 ムジナとオオトリ(二)
「今の妾にそんなものが当たると思うのかえ」
隠そうともしないムジナの殺気に、視線だけをくれたオオトリが嘲笑した。
兄神の強大な神威を今度こそ手に入れたオオトリだ。たとえどんな至近距離から放たれようが、人の子の放つ矢などそれが届くよりも前に飛び去ることなど容易なことだった。
だからオオトリはムジナをいない者のようにあしらうと、翼を羽ばたかせた。
しかし――
「……なんじゃ? 地から脚が離れぬ……これは……?」
オオトリは訝しんだ。浮かび上がるはずの身体が一向に上がらないのだ。
いやさ。身体は浮き上がるのだけれども、脚がどうしても地面から離れない。
「は!? そうか、あの邪神めの仕業か! あやつ、剣に何か細工をしおったな」
そこに気付いたオオトリ。
そう。ムジナからミズチの神器だと言って手渡されたこの剣は罠だったのだ。
しかし、気付くのが一瞬遅かった。
タンッ!! ――と、オオトリがそれに気づくのを待っていたかのように、ムジナの弓から矢が放たれたのだ。
「下郎ッ! 身の程を弁えよ!」
オオトリは激昂した。
――なめられたものだ。いかに剣が罠であろうと、その剣が邪神の神器であることもまた事実なのだ。
これだけ強大な神威を手に入れた今、たとえ天地がひっくり返ろうと、人の矢如きでオオトリが傷付くことなどありえないのだ。
だが、そんなオオトリの目論見もまた、水泡の如く脆く崩れ去り。
ドスッ!
ムジナの矢はいとも簡単にオオトリの背から胸を貫いて止まった。
「お? な、に……?」
ひざをついたオオトリ。
何が起きた?
射抜かれた?
今の妾が?
何故?
どうやって?
……そうか!
あの弓もまた邪神の神器!
であればこそ、この威力も得心が行くと言うもの。
「おのれ……人の子の分際で人の身どころか神にすら許されぬ大罪を一度ならず二度までも犯すとは……」
事態を把握したオオトリは、憎悪と侮蔑が綯交ぜになった視線をムジナに向けた。
しかし、いかに不意を突かれたとは言え、邪神の真の神威を得たオオトリがこのくらいでくたばるはずがない。
「愚かな人の子めが。黙って死んでおれば、その弓だけは奪われずに済んだものを」
立ち上がったオオトリは無理にでも嘲笑して見せた。ムジナを始末し、その弓も奪ってくれよう。そうすれば、この矢傷を癒してもなお天界へと昇るだけの神威は得られるはず。
一方のムジナ。
「鳥のくせに良くしゃべる。いや。鳥だからこそ良くしゃべるのか?」
ムジナはギャーギャー喚きまくるオオトリに、呆れるでもなく呟いた。
ムジナの仮初の身体は既に全身に火が回っていて、ただの骸と化すまでもう時間の問題だ。
しかし不思議と焦りはない。
ミズチからこの神器を譲り受けてからと言うもの、不思議と心が安らかなのだ。




