第107節 ムジナとオオトリ(一)
待ちきれなくなったオオトリがムジナを迎えに飛び立った時、彼はそれよりも一足早く地上に帰還していた。
「久しいな……」
地底世界のそれとは明らかに違う太陽の輝きに目を細めたムジナ。
懐かしい。――それほど長い間地底に潜っていた自覚はないが、それでも地底では味わえないこの温かさは、郷愁の念を駆り立ててくる。
「いや。今はそれどころじゃないな」
ムジナは気を引き締め直すと、ミズチより授かった三種の神器のうち、弓と琴の二つを隠した。
そして、間もなくオオトリが天空より現れ出で――
「剣だけかえ? 三つあると聞いておったが」
「それだけだ」
神器が一つしかない。そのことを訝しんだオオトリに、ムジナは冷淡に答えた。
「……まあよい。見たところ十分な力を持っておるようじゃしのう」
納得したオオトリ。
彼女はムジナから剣を受け取ると、そのまま飛び去ろうと背を向ける。
「おい。約束を果たせ」
ムジナはオオトリを呼び止めた。
依頼を果たしたら蘇らせる。元々そう言う約束で引き受けた仕事だ。
するとオオトリ、そんな約束もしたなと今さらながら思い出したようで……
「おや? ほほ……忘れておったわ。そうじゃの。そなたはよくやった。褒美を取らすぞ」
オオトリは上機嫌にそう答えたのだ。
「ほれ、受け取れい」
そう言って目を細めたオオトリ。
すると、次の瞬間ムジナの身体からブスブスと煙が立ち始める。
「な!? なんだこれは!?」
「ほほ……今までご苦労じゃった。そなたにはもう用はない故、我が褒美、ありがたく受け取るがよい」
驚いて見せたムジナに、オオトリは嘲り笑って答えた。
「話が違うぞ!」
そう言っているうちにもムジナの身体から出た煙は黒さを増し、チラホラと火が見え始めている。
「ほほ……人の子風情が。妾がまことにそなたを生き返らせるとでも思ったか? それはかつてそなたが妾を射抜いた報いと心得よ。苦しまぬようにしてやった故、そのまま焼け果てるがよいわ」
オオトリは、射抜かれた憎しみと復讐を遂げた愉悦、二つの感情の相混じった目をムジナに向けると、彼に背を向けたのだった。
ふん。やはりな。そんなことだろうとは思ってたが。――わざとらしく驚いて見せた半面、ムジナは内心では自分でもビックリするほどに冷静だった。
今、ムジナの体が燃えているのは確かだった。
しかしそれでもオオトリは慈悲のつもりなのか、はたまた仮初の体だからなのか、別に熱くはない。
それどころか、この体が燃えれば燃えるほど、心は冷たく静かになるのだ。
今、自分がなすべきことをしろ。――心から湧いてきた言葉に従ったムジナは、背に隠し持っていた神器・生弓を取り出すとそのままオオトリに向けて矢を番えたのだった。




