第106節 ムジナ、地上へ
「とまあ、ことほど左様に神器の力は強力だが、気を付けなければならないこともある。神器は使えば使うほどに神威が失われてゆくのだ。生弓、建琴であれば二回が限界か」
神器の異能を説明し終えたミズチは最後に注意点を伝えた。
「三度使うとどうなる?」
「さあてなあ? なにしろ誰も使ったことがないのだ。神威を喪失した神器は折れるのか砕けるのか、はたまたただの器へと変じるのか……実際のところどうなるのかまでは分からぬのよ。ま、どうなろうと別に構わぬがな」
そうなればまた作るまでのこと。ミズチは肩をすくめた。
実際どうでもいいのだ。そもそもこの神器を作ることになったのは、自身でも制御しきれない神威を捨てる場所が欲しかったから。
その神威をこうして使ってくれるのであれば、「神器」などと言う「器」がどうなろうと知ったことではなかった。
「そうか……なら弓の一射だけで仕留めることにするか」
「ほおう? 人の子が抜かしおる」
ムジナの言い草にカカと笑ってみせたミズチ。とは言え、この男ならば本当にそうするだろう。
なにしろ、あのオオトリの急所を一度は見事に射抜いているのだ。
「さ。もう行け。いくら貴様の腕が良かろうと、その仮初の体が朽ちてしまっては、撃てるものも撃てなくなる」
「そうだな。そうしよう」
頷いたムジナ。
事実、彼にはもう時間が残されていなかった。
一日に四半刻。それが今のムジナが、不自由を感じることなく動ける時間だ。
この調子で行けば、この体が朽ち果てるまで数日もかからないだろう。
「ああそうだ。どういう結果になろうとオレは必ず神器を返しに戻る。そのつもりでいてくれ」
「貴様にくれてやると言っておるのに、まあ律儀な奴め」
「そういうふうに生きてきたからな。いや、もう死んでるんだが」
そうして神器を手に入れることができたムジナは、誰からも見送られることなく、ネノクニを出立したのだった。
「む? この気配は……!?」
ムジナの帰還を今か今かと首を長くして待っていたオオトリは、地下深くから少しずつ昇ってくる強大な神威の気配を察して、目を開いた。
「本当にやりおったのか! あの人の子が!?」
にわかには信じられないオオトリだ。
あのムジナとか言う人の子が、自身の急所を射抜いた実績を持つ者だとは言え、自分よりもはるかに武闘派で凶悪な兄神から神器を奪ってくることなど、できるはずがないと思っていたのだ。
しかし次第に近づいてくるこの気配は、間違いなく兄神の神威。
「邪神めは確かに死んでおるはず。死者が地上に上がることは叶わぬ。ならば――!」
今昇って来ているのは神器を持ったムジナ! ――最期の賭けに勝ったらしいことを知ったオオトリは、ムジナの帰還を待ちきれずネノクニにつながる洞穴まで迎えに飛び立ったのだった。




