第100節 衝突 ムジナとトラノヲ(一)
時間がないのだろう? ――トラノヲに自身の都合を言い当てられたムジナは、生半ではない内心の動揺を抑えて彼と対峙していた。
「……何の……話だ?」
「ハハハ。今さら隠さずともよいではないか。貴様がここに何しに来たのか知らんが、貴様が悪性の者でないことぐらいはおれにも分かっておるつもりだ。その体、おれの見立てではあと何日も持たぬと見たが、図星であろう?」
いとも簡単に言い当ててくるトラノヲに、ムジナは驚愕した。
一体いつから気付かれていた?
いや。それ以前にこの男一体何者なのか?
なぜ自分の体の秘密を知っている?
「お前……何者だ?」
身構えずにはいられなかったムジナは、湧き出す殺気を隠そうともせずにトラノヲに誰何した。
「お? 前にも言わなんだか? おれはトラノヲ。このネノクニに最近やって来た農夫で――」
「冗談はいい。本当のことを話せ」
ムジナは冷淡に告げた。
トラノヲとはこれ以上の問答をするつもりはない。
生憎と今は丸腰だが、こんな間の抜けた優男一人ぐらいならばやってやれないこともないだろう。
懸念があるとすれば、相手は自分よりも一尺以上大きいと言うことだが、その分線が細い。
単純な力比べならば、決して負けることはないはずだ。
「なんだ? 貴様意外と気の短い奴なのだな……いや、違うな。残された時が少なく焦っておるのか」
「もういい。お前はここで消えろっ!」
トラノヲの態度に見切りをつけたムジナは、ついに彼に襲い掛かっていた。
「むおっ!? ――あでっ!?」
不意を突かれて後ろに退がることもままならないトラノヲ。彼はそのまま後ろに倒れ込むと尻もちをつく。
「もらった!」
ムジナは真っ先にトラノヲの目を狙っていた。
これは彼が人を相手にする時に好んで使う常套手段だった。
相手が人ならば目さえ潰してしまえば、逃げることも刃向かうこともままならなくなるのだ。
そして、なによりも戦意を喪失させる効果が大きい。
この冷酷さがあればこそ、狩猟においてもクニ随一の腕を持つに至ったムジナだ。
そんな迷いのない一撃を、このぬぼーっとしたデカいだけの細丈夫に避けられるはずがない。はずだったのだが――
「おっといかん……貴様、やるとなると案外容赦のない奴だな」
トラノヲは覆い被さってきたムジナの利き手を軽々と受け止めていた。
「ぬっ! くっ!」
「ハハハ……そうだ、その調子だ。いいぞ。それ、もう一息!」
まるで本気の勝負を挑んでくる幼子の相手をする父親みたいな声をかけてくるトラノヲ。
そして彼は体勢の不利もものともせず、上にのしかかっているムジナごと体を起こしたのだ。




