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第二話 謁見の間


「コホッ、コホッ……」


 その佇まいは、ある意味異様だった。


「……ご苦労だった。勇者、たちよ……」


 たどたどしい、それでいて抑揚のない声は、玉座のほうから発せられたものだった。


 今にも壊れそうだと思うくらい繊細で美麗な声の持ち主がそこにはいた。あどけない子供のような姿であり、身長よりも高い杖に凭れるようにしてしばらく立っていたが、まもなく慌てた様子の大臣から促されて玉座に座った。


 彼女こそリヒル=リヒャルテ十四世――この国の十四代目の女王――である。正確には病弱な王ダビルの代理人なので副女王ではあるが。


 色白というより青白で、声にも張りがなくて大丈夫かと心配になってしまうほどだが、俺たちを見据えるその青銅色の瞳は並々ならぬ胆力を感じさせるものであった。


 彼女の一族は太陽光に弱く病弱なため、母は既に亡くなっており、父は高齢で病に伏しているため王家の血を継ぐ者は彼女だけと目されている。それゆえ過保護になり引きこもりがちなのだという。


 大臣がちょくちょく耳打ちしていて女王がコクコクとうなずいるのがわかる。彼女は傀儡のようにも見えるが実際は聡明な人らしく、常に自分で考えて慎重に行動するようにしているとか。


「はあ、女王様可愛いな、チューしたい……」


「……」


 今声を発したのは、俺の隣でひざまずいてる勇者ランデルだ。玉座のほうには届かない程度の呟きだが、よくこんな畏れ多いことが言えるな……。


「はあ、ルシェラを僕の愛人にして女王様と結婚したい人生だった……」


「ランデル、聞こえるぞ?」


「……ちっ」


 ランデルに不快そうに舌打ちで返される。女王はまだ幼いし結婚したいっていうのはさすがに冗談だとは思うが、ルシェラに関してはまだあきらめきれてないみたいだな。


「――では、そなたたちに褒美をつかわす。希望、あれば伝えよ」


 女王の言葉で、みんなの表情がパッと明るくなるのがわかったが、俺は素直に喜べなかった。


 報酬のために頑張ったわけじゃないからだ。あくまでも勇者パーティーの一人として、迷宮術師によって作られたダンジョンに閉じ込められた人々を救うためにやったことだからな。それに被害も結構出ているし、今でも無念そうな顔の死体が頭に浮かぶことから、失礼のないように嬉しそうな顔をするのが精一杯だった。


「それじゃあ、僕は……最高の笑顔が欲しいかな? できれば、凄く高貴な方とか……?」


 どうやらランデルは女王に笑ってほしいようだ。確かにあの方の笑顔は見たことがない。生まれたときから無表情じゃないかと思えるくらい、女王の笑顔というものが想像できなかった。


「……そう、か。では大臣、高貴なお方の笑顔が見られるよう、すぐ手配しなさい。男女は区別しません」


「はっ」


「えっ……? ちょ、ちょっと!? 女王様、なんか誤解してる気がっ……!」


 ランデルのあまりの慌てように笑い声が上がる。女王は勘違いしたのか、あるいはわかっててやったのか……よくわからないが、いずれにせよ上手く返したと思う。


「では、遠慮なく希望を伝えます。私は金貨が沢山欲しいです。やっぱり日々の暮らしが大事ですし」


「そう、か。では手配しよう。大臣、この者に小袋を持たせなさい」


「はっ」


 庶民のルシェラは貧乏生活が俺より長かったし、お金の大切さは嫌というほど理解してるだろうな。


「じゃー、俺は……そうだ、絶対に壊れない最高の弓が欲しいぜ」


「大臣、手配、いたせ」


「はっ」


 グレックの願いも俺の予想通りだった。あまりの怪力であるがゆえに弓が耐えきれずに壊れることも多かったんだ。


「次、あたしの番なのお? じゃあ、最高級のお菓子が欲しーっ!」


「では、私が普段口にするもの、この者に与えよ、大臣」


「はっ」


 エルレは相変わらず子供っぽい。そこがいいところでもあるんだが、ちょっと我儘すぎるところが玉に瑕だし、いつか嫌われる覚悟でビシッと言ってやるべきなのかもしれないな。


「――……あ、次は俺か……」


 みんなに注目されて、俺は初めて自分の番なんだと気付いた。


「お礼なら要りません」


 迷わずそう答えると、驚きの声が上がるとともに大臣から怒鳴り声も飛んできた。


「ハワードよ、無礼ではないか! さては……女王様の施しなど、お主の神精錬とやらに比べれば大したことがないと見くびっておるのだろう!?」


「……いえ、大臣、むしろ自分には勿体ないと思っているからです」


「な、何……?」


「自分は家が没落してから、衣食住が当たり前にあることがいかに幸せなことかを痛感し、必要以上のことは望まぬようにしています。何事もほどほどが大事だと、失礼を承知で訴えているのです。こうして、民を救うことで女王様に謁見できたことが、自分にとっては最大の喜び、報酬なのです」


 俺の発言に、周囲が静まり返るのがわかる。本心とはいえ、出すぎたことを言ってしまっただろうか?


「……じょ、女王様、この者を早急に罰したほうが――」


「――いや、大臣。私はこの者の言うこと、気に入った……」


「……は、はあ?」


 傍らで呆然とする大臣がまるで存在してないかのように、女王リヒルの眼差しはずっと俺のほうに向けられていた。


「ハワードとか言ったか……そなた、面白いな……」


「いえ、滅相もない」


「そう謙遜、せずともよい……。飛び抜けた才覚があるというのに、まったく飾り気がなく、器も広い……。さらには自分というものを、わらわの前であっても貫こうとするとは……立派であったぞ……」


「……あ、ありがたき幸せ……」


 あ……今、女王がほんの少しだけ笑った。よく見てないとわからなかったが、確かにはっきりと。


「今度会ったとき、もっと面白い話を聞かせてくれるか……?」


「はい、女王様、喜んで……!」


 女王が俺だけに見せてくれた笑顔は、何よりの報酬だった。

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