09「隣の席の美少女」
「て、いわれてもなあ。別におまえたちが思ってるほど仲良くもねえし、そもそもがそんな関係じゃないぞ」
子龍がそういうと江下は人差し指を顔の前で振りながら、チッチッと舌を鳴らした。
子龍は軽くイラっとしたが表情に出すのは我慢した。
「またまたぁ。だいたい、あの白石が特定の男子にあそこまで興味示すなんて今までなかったぜ」
「江下はいったい白石のなにを知ってるんだ……」
「有名だよ。白石がイケメンで知られるサッカー部の主将やバスケ部の主将や野球部の主将や体育教師の鬼瓦五郎蔵(52)の告白を断ったってのはさ」
「いや、最後のやつは明らかにおかしいだろう」
「鬼瓦のは純愛じゃね? もっとも後日行われた所持品検査で常に表沙汰にできないオトナのグッズが盛沢山だったのは、チト擁護できんが」
「それは擁護してやる必要性があるのか?」
「ないな」
「ないのかよ……」
「んで、実際はどうなんだよ。我が間者によって手に入れた情報によると、シリューは白石とふたりで仲良く喫茶店で茶を啜ったり、なんかしちゃったりしてって噂だ」
「広川太一郎を挟むのはやめろ。それに間者ってなんだよ。つか、おまえの質問にはプライバシーにかかわるのでお話はできませんね」
「えぇー、シリューちゃんずっこい」
「ええい、うるさい」
子龍が江下の顔面をアイアンクローで鷲掴みにして宙吊りにするとクラスの野次馬たちは揉め事をさけるため、サッと視線を逸らした。
「いひぃ、もう、つっつきまへぇん」
「よろしい」
ヒーヒー言う江下を下ろすと同時に佐藤桃花が姿を現した。
「ちょっと」
桃花は扉の前で廊下に出るよう促している。
無論つき合う義理もないので子龍は椅子に座ってハンドスピナーで遊び始めると、桃花は顔を真っ赤にして近づいてきた。
「話があるの。来て!」
「……もうちょっと優しく言ってくれないと」
「お話があるの、子龍くぅん」
ちょっとだけためらうと、桃花は身体をくねくねしながら甘々ボイスでウインクまで飛ばす。
「お母さんみたいに言ってくれ」
「子龍! いい加減にしなさいっ。ママ怒るわよ!」
「ママはそんなこと言わない」
「◎△$♪×¥○&%#?!」
あまりの理不尽さに桃花はブチ切れた。
「わかったから宇宙語で喋らないでくれ。人心が惑う」
「あ、アンタねー!」
桃花はプルプルしながら子龍を睨んでいる。
怒りの感情に支配されているせいか目尻に涙がじんわり浮かんでいた。
「案外ノリがいいんだな」
「い、いいかげんに……」
「行くよ、行けばいいんだろ」
観念した子龍は桃花について廊下に出た。
次の授業が迫っているので人影は少なかった。
「手短にな」
「アンタがややこしくした……まあ、いいわ。ズバリ言うわよ。これ以上りんかに近づかないで! いい?」
「いや、向こうからコンタクトを取ってくるのだが」
「それは言い聞かせたから。だいたい、アンタがりんかを連れまわしたせいで、先週末大変だったのよ?」
「うん? それって……」
子龍が聞こうと身を乗り出そうとしたところで、トンと背中を軽く叩かれた。
「おーい、仲が良いのは喜ばしきことだが、次はこの後藤大先生さまのありがたーい授業だぞ。とっとと教室に入れ」
「う……子龍。話の続きは昼休みよ!」
「おう、なんだ? ははは、平山やけにモテるじゃないか。これがモテ期ってやつか。確変だ確変」
後藤はなぜか上機嫌でバンバンとさらに子龍の肩を叩く。
――昼はゆっくり過ごしたいのだが。
ちょっとばかり肩が重くなった子龍だった。
「平山くん、間違ったのか。消しゴムは、そうだな。わたしが消してあげよう、ゴシゴシ」
「平山くん、まだ書き写していないのか。仕方がないのでわたしのノートを見なさい」
「平山くん、眠い時は顔を洗うといい。眠気が消えてぱっちりだ。先生! 平山くんがおねむなので洗面所に行きたいそうなのですが、いいですよね!」
「平山くん、おなかがすいたようだね。本当はいけないのだが、わたしの飴をあげよう。みんなにはナイショだぞ」
「平山くん、水分はきちんと取らないと。ほら、今日は特別にわたしの水筒からミントティーを分けてあげよう。ちゃんと紙コップもある。ん? ミントの香りが嫌いなのか? ならばジャスミンティーも、いや、コーヒーはないんだ。よし、ちょっと待っててくれればダッシュで買ってこよう」
だが、昼休みに至るまでの時間を子龍はりんかに構われ続けるのであった。




