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04「運命のメイド服」

 ――気づいたら白石とともに駅前に居た。これはもしかして噂の超能力ってやつなのか?


「どうしたんだ、平山くん。なにか面白いもので落ちているのか?」


「いや、いやいや。ちょっと待った。なんで白石は俺とのことを否定しなかったんだよ」


「なに、そのほうがお説教は早く終わるだろう。わたしは益のない話をダラダラと聞かされる無駄な時間が嫌いなんだ」


「あのな……」


 子龍は後藤の指導のあと、流されるままにりんかと昼食をともに、気づけば放課後になり駅前に移動していた。


「ほら、平山くん。そろそろきみの願いを聞かせてもらおうか。たったひとつだけ、なんでも叶えてあげよう」


 りんかは腰に手を当てながらやけにサマになる姿でそんなことをいった。


「いやいや。ンな神龍みたいなノリでいわれても。だいたい、なんでもとかいったら、マジでなんでもいいのか?」


「いい。女に二言はない」

「マジかよ」


 子龍は本能的にりんかを頭の先から足元まで素早く視線を這わした。


 ――いや、男子高校生の願いなんてエロ関係しかありえないんだが。こいつ、マジか。


「どうした?」


 りんかの見た目は綺麗系であるが、声は高く甘ったるい感じで、どこかチグハグだが奇妙な魅力がある。


 同クラスでもオタ系の男が「りんかたん萌え萌えー」「たまらんロリヴォイスなりよ」などといっているのを耳にしたことがある。


 端的に言ってオタクほいほい的な声だ。


「あのな。そういうの特にないから。だいたい俺といる時間は無駄じゃないのか?」


「……本当に無駄ならつきまとうわけない」


 下を向いてボソッとりんかがなにごとかを呟くが、声があまりに小さすぎて子龍は聞き取ることができなかった。


「ん? なんかいったか?」

「な、なんでもない!」


 そのようなやり取りをしていると、放課後の駅前ということもあってか同じ学園の生徒が幾人かが遠巻きに子龍たちの挙動に見入っているのがわかった。


 ――あかん。このまんまじゃまた根も葉もない噂で明日も呼び出しを喰らう羽目になるかもしれない。


 ふと気づくと、近ごろ駅前にオープンしたメイド喫茶の客引きの女の子も子龍たちを見ている。


 ――なんという恥辱プレイだ。


「どこを見ているんだ」


 ムッとしたりんかの声に気づく。


 気づけば、誤解が解けてからは一度たりとも聞いたことのない不満げかつ苛立たしい表情でりんかが睨んでいた。


 ――は、はぁ? 俺がなんかしたんか?


「フン。少なくともレディをエスコートしているときにほかの女性に気を取られるのはマナー違反じゃないのか? 常識的にいって!」


 ――なんもしてないのに、怒っていらっしゃる。


「す、すまん」

「わかればいいんだ!」


 謝ってから子龍はなぜつき合っているわけでもないのにりんかにこれほどまでに気を遣っているのかわからず、そして勢いに負けて頭を下げる自分がチョイ情けなかった。


「……ああいうのが平山くんはいいのか」

「な、なあ、ともかくだ――」


 立ち話もなんだからといおうとしたとき、空が俄かに曇ってゴロゴロと鳴り出した。


「やっべ」


 ゲリラ豪雨というやつだろうか。


 数秒立たないうちに、あたりは殴りつけるような大粒の雨が降り出した。


 ピカッと空が輝く。

 遅れてぴしゃーんと遠雷が落ちた。


「ひうっ」

「し、白石?」


 気づけばりんかはカバンを投げ捨てて頭を押さえ、その場にしゃがみ込んでいた。


「おい。とにかくこっから移動しよう。行くぞ。お、おい。どうした」


「こ、腰が」

「腰がどうした」


「今ので腰が。ゴロゴロは嫌いなんだ」

「……ああ、もうっ」


「ひゃっ」

「とにかく行くぞ」


 子龍はりんかを抱きかかえると、カバンを回収して駆け出した。


 お姫さま抱っこである。

 子龍は濡れたくない気持ちが同級生の女子を抱きかかえる恥ずかしさに勝ったのだった。


 天を黒雲が覆って視界が利かないくらいに豪雨が地を叩く。






「ふうっ。とりあえず、ここなら平気だろう」

「ここは……?」


「ああ、ここか? うちは自営で輸入雑貨やっててな。ここは、まあ、倉庫兼事務所ってとこだな」


 不意の雨をさけて子龍はりんかを駅前に近くにある事務所に運び入れていた。


「一応は電気ガス通ってるから。ホイ、バスタオルだ。よーく拭いとけよ。春とはいえ、風邪でもひくと面倒だからな」

「重ね重ねすまない、そ、その」


「なんだ」

「わ、わたしは、重くなかったか?」

「ん、んーああ、ええと」


「ごくり」

「いい感じの重さだった」


 子龍は顔面にバスタオルを投げつけられた。

 ふんわりとミント系のいい匂いがする。


「平山くんは、いじわるだ」


 拗ねるような声が響く。


 ――は、てか、俺、なにげに女を誰もいない事務所にナチュラルに連れ込んでる?


 ソファに座ったりんかもふたりきりであることを意識したのか、急にドギマギした様子でキョロキョロと視線を動かしている。


「ん、平山くんのご実家は輸入雑貨屋さんなのか。た、たいそう素敵だな」


「そんなわけでもないが。ちょっと茶でも淹れてくるから、暇だったら、そっちの倉庫ン中見ててもいいぞ。いろいろオモシレーもんがある」


「それよりも、喉が渇いてしまって。水を貰えないか?」


 子龍がテーブルの横にある冷蔵庫を漁った。幸いにもラベルはないが透明な液体が入っている2Lボトルがあった。父はよく事務所で天然水を飲んでいた。封の開けてない紙コップとともにテーブルに出した。


「悪い、これしかない」

「助かる」


 りんかがびりびりとビニールの封を開けて紙コップを取り出しながら、扉の向こうのガラクタが詰んである空間をしきりに気にしている。事務をする部屋の隣に無目的に集めた商品の部屋がある。換気のために扉は開け放たれているが、物が入った段ボールが事務室を侵食しつつあった。


「その、勝手に見て問題ないのか?」


「ま、売れない不用品みたいなもんだよ。捨てるのにも金がかかるから放置してるだけだ。欲しいのがあったら持ってっていいぞ。むしろ持って行ってくれ。場所が空いて助かる」


「そんなわけにもいかないだろう。しかし、興味があるな。少し、拝見させてもらう」


「どーぞ、どーぞ」


 倉庫には祖父の代からの収集品が山と積まれているのを子龍は知っていた。


 特にりんかとは共通の話題もないし、倉庫のガラクタでも見てもらえば時間潰しになるだろうと、子龍はその程度の考えしかなかった。


 だいたいがなぜ、このような夕暮れどきの時間帯にいっしょに居るかも謎なのだ。


「やかんに湯を沸かして、と。紅茶があったはずだ。安もんの茶葉だが、いっか」


 ずぶ濡れになったりんかの制服の胸元は透けており、子龍はわずかにブラらしきものを見てしまっていた。


 ――い、いかん。この状況で性犯罪に走らないという自信がないぞ。


 しゅんしゅんと蒸気がやかんから飛び出しているのを見つめながら、子龍は宇宙と混沌を想った。


「ふう、落ち着いた。寺の修行の成果が出たな」


 出るはずがない。

 煩悩は子龍の脳を九分九厘焼いていた。


 ――このままではイケない同人誌のような展開になってしまいそうな自分がいて怖い。


 その場合は子龍が実行してりんかは被害者なのだが。


「茶が入ったぞ」


 冷静な好漢を装って茶器一式を持って戻る。


 子龍は自分が手にしたものをぶちまけなかったことに、半ば感動していた。


「あ、あ、あ……」


「どうした。こんなのがあったので着てみたのだが。どうだろうか?」


 そこにはクラシカルなメイド服に身を包んだりんかの姿があった。


 確かに似合っている。


 彼女自身が自慢しているわけではないが、脚が長くプロポーションがよいりんかがメイド服を着れば、それこそ駅前で片っ端からオタ客をぼったくりそうな脚の短い寸胴なしかも実年齢は二十五、六っぽい無理してる感が出まくりのなんちゃってよりもはるかに嵌っている。


 ――似合う。カワイイ。だが、普通着るか?


 子龍の脳裏には喜びよりもりんかに対する底知れぬ脅威が存在感を増して浮かび上がっていた。


 これが、それはもう、長いつきあいで、ちょっとばっかりお茶目をしても笑って許せる間柄ならば、まあ、百歩譲って青春の暴走としよう。


 だが、子龍とりんかはたまたまクラスで席が隣になっただけの存在だ。


 そして彼氏と彼女の関係でもなければ、実は幼馴染だったりとか、そういったものはまるでない。


 倉庫には、祖父や父が集めた骨董品やらなんやらがゴチャゴチャ、それはもうアホほど溜められているが、このメイド服の存在は子龍も知らなかった。


「い、いや。似合うと思うよ、うん。白石さんは、やっぱキレイだなァ」


 嘘ではないが、このときの子龍の心情を素直に表した表ではなかった。


 だが、年頃の少女らしくりんかは子龍の言葉を素直に受け取ると花のような笑顔を見せた。



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