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24「桃花の家」

「はあ、白石さん、しばらく休部かぁ」


「ちょっとした家庭の事情で無理を言って申し訳ありません。北村部長には迷惑をおかけしますが、部のみなさまにはよろしくとお伝えください」


 園芸部の部長である北村はややのっぽの痩せている人の好い農夫という感じであったが、特になにかを言うでもなく、りんかの休部を了承した。


「ん、わかった。オッケ、久保田先生にはおれから伝えておくから。また出れるようになったらいつでもおいで」


「すみません」


 園芸部の活動場所はかつて子龍が今や学園でも希少種となった不良たちを退治した校舎裏の一角にあった。


「で、さあ、白石さん。吉川には一言伝えたのかい」


「? 吉川くんですか? 特になにも。ああ、そうですね。部長から花壇の花たちをよろしくと、伝えておいてください」


「ああー、アハハ。そうだねぇ」


 北村はなんとなく気まずそうな顔つきで汗の浮いた額をタオルで拭うと、チラチラ子龍たちの後方を見やっている。


 ――なんだァ?


 視線に含むものを感じて子龍が首を動かすと、そこには前髪の長い、押し入れに幼女の死体を隠していそうな少年が両手に園芸用土を抱えたまま口をパクパクさせていた。


「吉川くんじゃないか」


 りんかはそういうとチラと子龍を見やった。彼女の目は、どこか主人に対して「行っていいの?」というように指示を待つ犬のように子龍には映った。


「知り合いなんだろ。あいさつしてきたらどうだ?」

「うん」


 りんかはゆっくりと陰キャ少年に近づくと、なにやら話している。


「ははぁーん。そういうことぉ。でも、あの陰キャくん。りんかってのは身の程知らずじゃないかしら」


「佐藤さんだっけか。ま、そう言ってくれるなよ。おれも白石さんとイイ感じのように思えたんだがなぁ」


「なんの話だ?」


「子龍だから似合ってるってこともないけど、少なくともアンタは背も高いし見ようによっては結構イケてる部類だしね」


「ええと、きみがあの噂の平山くんだっけ? いつかはうちの杉森くんを助けてくれたそうだね。礼をと思っていたんだが、遅れてしまってすまない」


「杉森……? とんと記憶にないが」


「花壇の前で不良に絡まれていた子だよ。今日はちょっといないんだが、もしかしてまだ会ってないとか? 悪いなぁ。どうも、メンタルが弱い子で。きみは結局停学になってしまったわけだし」


「部長さん。俺が停学になったのはその杉森って子には関係ない。降りかかる火の粉を払っただけで。その子に会っても俺に礼をいうことは強制しないでやってくれ」


「はぁ……わかったよ。でも、部長として言うべきことは伝えておくけどね。けど、りんかくんが魅かれるのもわかるかな。きみはいまどきあまり見ない侠気のある男だ」


「はぁ……? そらどうも」


 隣で桃花がどこかわがことのようにフンフンと鼻息を荒くして自慢げにしている。


「ま、陰キャくんの出方でりんかとの仲も変わっていったかもしれないけど、BSSを自然発生させるようじゃしょうがないわよね」


 ――こいつときどきよくわからん略語使うよな。


 ほどなくして、りんかが小走りも戻ってきた。


「もういいのか」

「軽くあいさつしてきただけだからな」


「ねぇねぇりんか、陰キャくんとはどういう関係だったの?」


「勘ぐらないでくれ。普通に同じ部でよく話したからちょっと来れないと世間話をだな……本当だぞ」


「わかったから熱くなるな」


 りんかは子龍に抱きつくようにぐいと身体を近づける。


 子龍は遠くにいた吉川がビクッと身体を大きく動かしたのを目にし、ちょっと憂鬱になる。


「あのな。吉川くんはパソコンとか機械に強くて、このスマホを買いに行った時も一緒にお店までついてきてくれたんだ。いいやつだぞ」


 自分の名前が聞こえたのか吉川がそろそろと徐々に距離を詰めてくる。


 子龍は「あに森」でタランチュラを捕まえる忍び足の動きに似ていると思った。


「ふーん、で、りんかは当然ラインとか交換してあげたのよね?」


「いや、してないけど。彼とは部活で毎日会うからいいじゃないか」


「これからは会えないじゃない。交換したげたら?」


「んん。特に話すこともないしな。別にしなくてもいいかな」


 吉川がへなへなとその場に崩れ落ちるのを見て子龍は心の中で強く生きろよと励ました。


「で、結局どこに行くの?」


 桃花が困ったように形のいい眉毛を下げて言った。

 下校中、子龍、りんか、桃花の三人組は駅前まで来て結論を先送りにしていることに気づいた。


「こんなところで立ち話をするのも気が引けるし、いつもの場所に行くというのはどうだ?」


 りんかがきらりと瞳を光らせ言った。


「まあ、いいけどよう。おまえ、あそこ好きだな」

「え、え、え? なになに? なんの話?」


 ふたりだけに通じる符丁のようなものに桃花が敏感に反応した。


 りんかが言っているのは、なんどかふたりで時間を潰した駅前からやや離れた喫茶店である。


 子龍は以前喫茶店でりんかにぶん投げられており、その醜態をマスターと店員に見られているので、あまり気が進まなかったが、純真な幼児のように曇りのない眼で見つめてくるりんかに対し「いやだ、ばーか」とも言えなかった。


「へーえ、結構いい雰囲気のところじゃない。子龍ったら、意外と穴場知ってんじゃん」


「本来ここはおまえのようなスイーツ(笑)は入場を拒否される厳しいところなのだが、今日だけは特別に許可されているんだ。ありがたく思えよ」


「え! そなの? って、別にあたしはスイーツ(笑)じゃないし!」


「表参道のおしゃれな店でパンケーキでも喰らってるのが似合いだ」


「差別っ、偏見よっ。だいだい、それじゃりんかはどうなのよ?」


「こいつはスイーツよりも和寄りだろう。ぜんざいとか白玉とか啜ってるのが似合いだからギリセーフだ」


「子龍たちはいったいなんの話をしているんだ? 確かに、わたしはおぜんざいもあんみつも好きだが……」


「気にしないでおまえは洒落たロイヤルミルクティーを飲んでおけ」


「うん、さすが子龍はわたしの好みをわかっているな。ありがとう」


「……なんかりんかばっかずるいじゃん。あたしも女の子なんだよ?」


「桃花は地獄の暗黒物質を煮詰めたようなブラックを飲むといいぞ」


「そんなん飲みたくないわよっ」


「冗談はさておいてだ。この先、どうするかって話だが。もう、日が落ちるまでに時間がないな。茶ァ一杯啜るくらいしか猶予はない。忌憚のない意見をくれ」


「えっと、りんかの中のメイド霊の気がすむように子龍にご奉仕させるって話よね。だったら、アンタんちの家でいいんじゃない?」


「ブッブー。うちはダメですう」

「なんでよ」


「いきなり女連れてきてメイドコスさせてご主人さまァとか呼ばせてるのを妹に見られてみろっ。ただでさえ、兄妹になって日が浅いんだ。俺たちはお互いのことをまだよくわかってない。妹に軽蔑されたくないんだ……」


「えー、別にいいじゃん。りんかのことは仮に彼女ってことで趣味はメイドコスってことにしとけばさ?」


「わたしたちは仮にじゃなくて将来を誓い合った仲」

「え?」

「え?」

「え?」


「……とにかくだ。うちはダメだ」

「それではわたしの家ではどうだ?」


「ああー、りんかの家ね。って、春香お姉ちゃんに見られても平気なの?」


「うう、それを忘れていた。絶対、からかってくるな」

「確か、りんかには姉ちゃんがいたんだっけ?」


「うむ。以前は、桃花の隣の家に住んでいたんだが、母がアメリカに転勤になったので、今は桃花の家からそれほど離れていないマンションに大学生の姉といっしょに住んでいるんだ」


「ん、春香お姉ちゃんね。考えなくてもりんかが男を連れてったらあの人のことだから、めんどくさくなるわね。メイドの霊とか、うまく説明できる自信ないし……」


「一応、俺もじいちゃんに連絡してそういう霊媒関係に詳しい人を探してもらってる。数日はかかるみたいだが」


「そんじゃああたしンち来る? もしなんかあってもりんかを泊めてけるしね」


「いいのか?」

「すまない、桃花」


「うん。ま、乗りかかられた船ってやつ?」

「乗りかかった舟、な」


「――な! 子龍はいちいちうるさいのよ! 男のくせに細かいことをあげ足地地どりばっかして。ね、ねえ! りんかもそう思うわよね?」


「桃花、言葉は正しく使おう。なぜならそこには先人たちの知恵が詰まった大切なものだから」


「ううー、なんで味方してくんないのよぉ!」

「安心しろ、俺がおまえの味方だ」


「わーい、ありがとうー、って最初にケチつけたのは子龍じゃないの!」


「どうでもいいから早く泥水飲め」

「ホントにあたしのぶん、コーヒー頼んだの?」


「もう行くぞ。さん、にぃ、いち……」

「わ、待って待って、今飲むからぁ、うう、う……にがぁ」


「ははっ」

「こういうときばっかさわやかに笑うなぁ!」


「本当に子龍と桃花は仲が良いな。でも、そのくらいにしておいてくれないとわたしが激しい疎外感を抱くことになる。そえでもいいの?」


「いきなり暗黒面に落ちるなよ。おら、泥水飲み切ったか?」

「にがいよぉ……うう、舌が」


「ホント桃花はおこちゃま舌だな。苦けりゃミルク入れればいいのに」


「先に言ってよ? てか、今のミルクと砂糖入れていい流れじゃなかったわよね?」


「お笑い芸人じゃあるまいし、そこまで求めてないぞ」

「桃花、わたしのロイヤルミルクティーで口直ししよう」


「うん、ありがと。……って舌があまっ!? 砂糖とミルク入れすぎ? りんか、こんなの飲んでたの?」


「こんなのわたしが飲むわけないじゃないか」

「ひどいよっ」


「茶ァ一杯しばくのに女ってのはなんでこんなに時間かけるんだろな」


「ぜんぶ子龍のアホたれのせいじゃないのよ」

「糖尿にはお互い気をつけような」






「つーわけで桃花の家に来たんだが。特徴のない建売ですまんな」


「アンタは誰に謝ってるのよ? てか、うちのお父さんに謝れっ。三十五年ローンに苦しむお父さんに謝れっ」


「ごめんよ桃花パパ」


「いきなりすっごく馴れ馴れしいんだけど。あと、なんらかの星の巡り合わせでお父さんに会ってもその呼び方はやめといたほうがいいわよ。勘違いして暴走するから」


「久しぶりだな、ジョン」


「りんかはりんかでめっちゃマイペースね。はぁ、もういいわ。あたしの部屋に行くわよ」


「やったね。家探ししてもいいか?」

「よくないわよっ。アンタ、本当はそんな性格だったの?」


「す、すまん。俺も女の子の部屋にお呼ばれするのは生まれて初めてなんだ。だから、どういうリアクションにしたらよくわからなくてな」

「初めて……」


「ふ、ふーん。そうなんだぁ。平山くんはそうなんだぁー。初めてかぁ。うふふ。それじゃあ、寛大なあたしは許してあげないこともない……ちょっ、りんか? こわっ、なにやってんの?」


「気が変わった。子龍にはぜひわたしの部屋でくつろいでもらいたくてな」


「ぎ、ぎぎぎっ。いきなりサブミッションを……!?」


「りんか、子龍、首極まってるって! 極まってるってば!」


「いやだ……わたしが子龍の初めての女になるんだ」

「あんたそんな性格だったっけ?」


「息が、できなっ……なんで、こんな目に……?」


 なかなか友達の家にも上がれない子龍であった。



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