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22「食堂」

「おいおい、シリューさんよ。朝からお熱いこって。あの白石をどうやってあっこまで調教したんだよ。後学のために教えてくれや」


「エロ下。なんでおまえは毎回そうやってクソ雑魚ナメクジみたいな感じで絡んでくるんだよ」


「言い方ァ! ってか、いきなり朝からメイド服に金髪ウイッグで攻めてくるわ、授業中はいちゃいちゃしながらみんなに砂吐かせるわで、ちったぁからかいたくもなるじゃんかよ」


「ちょっと待て。俺とりんかはそういうふうに見られてるんのか」


「ほぉーら、ほぉーら。名前呼び、名前呼びィ! 昨日まで白石って呼び捨てにしてたくせに、シリュー、コノヤロー! アチチだねぇ、ふたりはアチチ!」


「小学生かおまえは……てか、呼び方はあっちが指定してきたんだ。それよりも、質問に答えろよ」


「あぁ? てか、あの白石が猫なで声でゴロゴロゴロにゃんしてれば、脳下垂体がミジンコのちんちんくらいしかないやつだって悟るわ。ウルヴェーラの森だわ」


「真理に到達してしまうのか。じゃなくて、まあ、いいや。いろいろあるけど、説明がめんどいわ」


「なになに? なんか理由があるなら聞かせてくれよ」


 ――いや、心配かけてすまなかったな江下。これは俺と白石の問題だから、気にしないでくれたまへ。


「うっせーボケ。クソ雑魚ナメクジのくせに絡んでくるな」


「今、建前と本音、出し間違えたよな!?」

「悪い、嘘がつけない性分なんだ」


「ひど過ぎるぞ……」

「ハハッ、悪い」

「好青年ふうな快活な笑いが今はキツい」


「まあまあ、あとでうまい棒買ってやるからあっちいけ」

「袋詰めのやつだぞ」

「とことん強欲だな」

「そこまで言う?」


「バラエティセットでも千円近いからな……」

「そんくらい、いいだろよ」

 

「迷惑なやつだ」

「まあ、こっちも完全に野次馬根性バリバリだからな」

「おたがいさまじゃねぇか」






「ようやっと昼飯か」


 四時限目が終わったところで子龍は気力が尽きそうになる。


「子龍、今の板書はノート取れた? まだなら、わたしのを写すがいい」


「そりゃま、ありがとさん」


 正直なところ、ここまで構ってくるとは思わなかった。


 授業中は私語を控えていたりんかであったが、それこそ、幼子の面倒を見る母親かと思うくらいに世話を焼いてくる。


 ――ある意味これも奉仕なのか?


「なにか、方向性が違うような……」

「なにかいったか?」

「いや、なんでもない」


 りんかはあくまで子龍のサポート役に徹しているようであったが、周囲の視線はバカップル扱いのなにものでもなかった。


 おまけに子龍自体が、進級早々暴行事件を起こした、学内でも有数の危険人物だと思われているらしく、事なかれ主義の教師たちはアンタッチャブル扱いされ、よほど暴れもしない限り、行動を黙認されていた。


「なんかドッと疲れたな」

「お茶はあるのか? なければわたしが用意するが」


「いや、というか、おまえ昼飯はないんだよな」

「ああ、全部忘れてきてしまったからな……」


 桃花にジャージを借りたりんかの今日の持ち物は、財布とメイド服だけらしい。


「仕方ねぇな。ついてこい。学食で昼飯食わせてやる」


「え、いや、それは……わたしは一食くらい食べなくても大丈夫だから。子龍は気にしないでくれ」


 強がるりんかである。彼女はいざとなれば自分の感情を隠すのは得意らしく、平静を取り繕っており、空腹を我慢しているのか、それとも本当に大丈夫なのかパッと見では判断がつかない。


「いいから。行くぞ。昼は四十五分しかないからな」

「あ、待って……」


 自席で固唾を呑んで見守っていた桃花がサムズアップする。


 子龍はわずかに頬を引き攣らせた。


「いようご両人。お熱いねぇ、ヒューヒュー! ほらっ、みんなもこのバカップルを見送ってやろうぜ」


 江下が音頭を取るとヒマ人たちが蜂の巣を突いたように大騒ぎをしだし、突如として統制の取れたウェーブまで披露して見せた。


「なんなの? おまえらヒマ人なの?」

「ああ。俺たち騒げりゃなんでもいい」

「さよか」


 子龍のあとをりんかが影のようにつき従う。

 学食はスタートダッシュが遅れたので、空いている席は少なかったが、運がよく中庭が見渡せる窓際のテーブルを発見できた。


 子龍は場所取りのために鈴が作ってくれた弁当箱を置くと、カウンターの前で待っているりんかに歩み寄る。


「あの、本当にいいからな。学食代くらいは持っているから」


「いいんだって。俺のせいでいろいろ大変だったからな。飯くらいはゆったりした気分で食ってくれ」


「子龍……サーヴのためにメイド服を着たほうがいいか」


「それは勘弁してくれ」

「そうか……」


「なんでちょっとガッカリなんだよ。そういうのはいいから、なんでも好きなの頼んでくれ」


「それじゃあ……そうだな。わたしはこの赤いやつを選ぶよ」


「きつねうどんか。そんなんで大丈夫か? 足りるか?」


「この油揚げが結構好き」

「そっか。じゃあ、おばちゃんきつねうどん一丁ね」


 子龍は食券を買うと食堂の中年男性に渡した。年齢は六十前後であろうこのベテランは、とにかく口を開かないのでオッサンかおばちゃんか性別不明であるが、子龍は慣例としておばちゃんと呼んでいた。


「それでは、いただきます」

「いただきます」


 子龍は弁当箱を開けると目を丸くした。


 いつもクオリティは高いと感じていたが、蓋を開けると、そこにはプロ級としか見えないお手本のようなラインナップが並んでいた。


「おお、美味しそうだな」

「妹の鈴のやつがいつも用意してくれるんだ」


 たまごやき、ハンバーグ、ウインナー、からあげ、サラダ、プチトマト、そぼろご飯と、子龍からすれば、こんな小さな種類を幾つも揃えるのはさぞ難儀だろうと思われるほど多種である。


「これ、冷凍ものじゃなくて、全部手作りだな」

「わかるんか?」


「わたしも料理はするからわかる。朝からこれを用意するのはかなり手間暇かかっている。良い妹さんだな」


「なんか毎日四時に起きて作っているっていってたな」

「毎日!? すごいな……」


「ああ、俺はカップ麺でも構わないんだが」

「それは絶対言ってはダメだぞ」

「な、なんだよ急に……怖いな」


「妹さんは子龍のことを誰より思いやってお弁当を作っているんだ。乙女心をわかってあげてほしい」


「そ、そうか。なんだかわからんが発言を慎むよ」



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