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20「褒め殺し」

「りんかっ」


 横に居た桃花がりんかをしっかり支えた。

 ゆっくりとりんかの目蓋がピクピクと痙攣し始める。

 同時に、金色に染まっていたはずの髪がみるみるうちに黒くなってゆく。


「……ん?」


 ふと目を開けたりんかの瞳の色は、日本人では珍しくない濃い焦げ茶色に戻っていた。


 桃花はアホみたいに大きな口を開いて驚きと恐怖が入り混じった声を上げた。


「あ、アンタ。まじで催眠術師だったの……? いやぁ!」


「いや、今のはユーチューブ動画で見たやつを適当にアレンジしただけなんだが。上手くいくとは、俺ってセンスあるみたいだな」


 道理も糞もない世界の因果律をまったく無視したような子龍の催眠術は、あろうことか、メイド霊に意識を奪われていたりんかをあっさりと呼び戻すことに成功した。


「うう、頭が……わたしは、ここは、どこ……? あ、子龍に桃花?」


「よかった。気がついたのねりんか!」

「気分はどうだ」


「う、なんか頭が痛い。それに胸が気持ち悪いような……って、なんだこの格好は? ここはどこなんだ?」


「ここは学校。きみはメイド服」

「え、ええっ!」


「子龍のばかっ。いきなり混乱させるようなこと言ってんじゃないわよっ」


「俺は冷静に現状を伝えただけだ」


「おかしい。ベッドに入るまでの記憶はあるのだが。なぜ、わたしはこの服を着て登校しているんだ」


「あのね、りんか落ち着いて聞いて」

「おまえはメイド服を着ていないと我慢できない身体になってしまったんだ」


「それは本当か!?」

「しれっと嘘教えんじゃないわよっ」


「仕方ねぇな。今までの経緯をかいつまんで話すぞ。かくかくしかじか」


「まるまるうまうまというわけか」

「今ので通じるのっ!?」

「すまない。わたしも乗ってしまった」


「子龍、アンタのせいでりんかがどんどんおかしな方向にいっちゃってるわ」


「ワシが育てた」


「……」


「わかった。俺が悪かった。拳を振り上げるな。やめてくれ、その攻撃は俺に効く」


 子龍はふざけるのをやめると、りんかに対してメイド服と出会ってからの一連の流れを、自らの『メイド霊に憑依』という推測もまじえて簡潔に説明した。


「そうか。このメイド服にそんな秘密があったのか。俄かには信じがたいが、それならここ数日のわたしの曖昧な記憶も説明がつくかもしれない」


「あるいはおまえの潜在意識がメイドになりたがってたのかもな」


「!?」


 りんかは目を丸くすると着ているメイド服をつまんで子龍と桃花の顔を交互に見る。


「あのね。りんかが混乱するからなんでもかんでも思いついたこと片っ端から喋らないでよ」


「スマン、つい面白くてな」

「ばか」


「りんか。落ち着いて聞いてくれ。とりあえずは、おまえに憑依しているであろうミシェルには夜まで出てくるなという暗示をかけておいた。どこまで通じるかはまったく自信がないが……とりあえずは昼間は授業を受けておいて、夜は様子見するしかないんじゃないか? ちょっと今からじいちゃんに連絡して。その手の道に長けた能力者的な人がいないか聞いてみるから」


「重ね重ねすまない」

「りんかは悪くないわよ」


「そうだ。うちの商品でそうなったようなもんだからな。俺も軽く考えていて悪かった。微力を尽くして力になる」

「いや、もとはといえば戯れに人さまの商品を勝手に着たわたしが悪かった。子龍になにかお詫びをしたかったのにな。余計な手間をかけさせてしまって、詫びようもない」


「……ちょっと、ちょっと」

「なんだよ」


「りんかがめっちゃ凹んでるじゃない。アンタがなんとかフォローしなさいよ」


「おまえ親友なんだろ? 俺がフォローするより桃花が元気づけてやったほうがいんじゃないか」


「ほんっと、女心がわからない男ねえ。今のりんかはアンタに声かけてもらったほうが百倍元気が出るわよ。そういもんなのっ」


「そうなんか?」

「そうよっ」


「あ、そういえばいつまでもこのように似合わない格好だと気分も悪いだろう。桃花、すまないがジャージかなにかあれば借りたいのだが」


「似合わなくなんかねーよ」

「え……?」

「そうよ。その調子よ」


「りんかにはすっごくそのメイド服似合ってるぞ。うんうん。俺がご主人さまなら全力で奉仕してもらいたいくらいだ。もう、最の高よ」


「そうよ、その調子よ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ子龍。いきなり、そんなことを言われてもだな……」


「りんかの美しさは世界一ィィィ!」


「! ちょ、ちょっと待った。子龍待った! りんかの様子が……?」


「りんかが最高りんかが一番! 俺はもうきみしか見えないッ!」


「ちょっと待てって言ってるでしょ! とまれ、とーまーれ! アンタ、ヤクでもやってんの?」


 ――これくらい褒めておけばさすがのりんかの気持ちも上向きになるだろう。


 子龍が肩で息をしていると、目の前のりんかは自分の頬に手を当てながら恥ずかしそうに視線を逸らしている。

 目元と頬が赤みを帯びており、その普通でない様子に子龍は後ずさった。


「そんな……こんなふうに情熱的に迫られるなんて思いもしなかったが……ここまで本音をぶつけられて、わたしも女として真摯に答えなければならない……子龍、ふつつかな女だが末永くかわいがってください」


「……へ?」


 カップルが誕生した瞬間だった。



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