02「洒落乙喫茶の章」
――勢いのまま連れてきてしまったが、どうすべえ。
子龍は運ばれてきたコーヒーを音を鳴らしてズコーと啜る。だが、りんかは子龍のそのような不作法も気にならない様子であたりをキョロキョロと見回している。
大人びた雰囲気のある美少女のりんかが子供のように忙しなく周囲を見回す、あきらかに慣れていない態度は子龍の中であまりマッチせず違和感が強くなった。
「どうした。紅茶はもうすぐくるぞ」
「あ、いや、すまない。こういうところはあまりきたことがないので……」
「どってことのないクラシカルな茶店だが」
「んー。いや、正直に言おう。家の者が厳しくて、寄り道はあまりしたことがないのだ」
「そうなのか?」
「そう。つまりは初めての喫茶店だ」
そういってはにかむりんかの頬はわずかに赤らみ、もとより肌の白いことからさらに目立って子龍の目に映った。
「どうした?」
「いや、なんでもない」
「そうか、ならばよかった」
しばらく経ってりんかの分の紅茶も運ばれてきた。
互いに向かい合って茶を啜る。
――まいったな。これっぱかしも話題がないぞ。
勢いでりんかを引っ張ってきたものの、年齢イコール彼女ナシの子龍に対応能力はなかった。
――なんか、いきなり天地が裂けて世界が崩壊しないかな。
緊張のあまりわけのわからないことを考えてしまう。
ふと、気づくとりんかはフーッフーッと紅茶に息を吹きかけて冷まそうとしている。
「……猫舌なんだ」
「そ、そうか」
「はしたないとわかっているのだが、ついやってしまった。忘れてくれるとうれしい」
「おう」
照れているのか、顔全体を真っ赤にしているりんかはプイと横を向く。
――やべぇ、かわいいじゃねぇかド畜生!
「それよりもだ。平山くん。先ほどの話の続きだが、ん、このアップルパイ美味いな。わたしはクラスで君のことを糾弾してしまったのは事実。けれど口先だけで君に謝っても誠意は伝わらないだろう。なんでもいい。わたしができることならなんでもする。君の望むことを、教えてくれ」
「あのなあ。男相手になんでもするとかいうんじゃねーよ」
「……なぜだ?」
「キョトンとするなキョトンと。ほら、その、よからぬことを考える輩もいるだろう?」
「やっぱり思ったとおりだ。君は優しいな。他人のことを思いやれる人間だ。だからこそ、わたしは形のある誠意を見せたいのだ」
天使のようににこっと笑うりんかは普段のキリっとした落差もあって、そのかわいらしさは凄まじかった。
それと、りんかは食いしん坊さんなのか口の端にアップルパイの欠片がついているのも子龍的にはポイントが高かった。
――クッ。なんていい子ちゃんなんだ……! すんません、ホントすんません。
子龍はりんかが「なんでもする」といった時点で口にするのも憚られるエロい要求を一ダースほど思いついた自分の邪悪さを呪った。
「で、なんだ? なんでもいいぞ」
「だから、そういうことをいうなって」
「でも、それじゃわたしの気がすまないのだ」
「んんん」
――とりあえず保留にさせてくれ。
子龍は適当にりんかとのお茶を楽しむと、店を出る際にかろうじてそれだけを告げるのが精一杯だった。
「そうか。わかった。それじゃあ平山くんがなにか思いつくまでわたしはわたしで動かせてもらおう」
不穏なセリフを告げるとりんかはどこか晴れ晴れとした表情で駅の方角に向かってゆく。
子龍は無言でりんかのうしろについた。
春とはいえ、今くらいの時間になるとあたりは薄暗い。
子龍は改札口の前で止まるとりんかがパスを取り出すのをジッと眺めた。
「もしかして、ここまで送ってくれたのか?」
「ああ。もう結構暗いからな」
「うん。思ったとおりだよ。きみは、紳士だな」
りんかは腰まである長い髪をなびかせながら笑顔で手を振り人ごみに消えていった。
子龍は「ああ」とだけ返事したが、りんかの小さな背中が消えるまでその場を動くことができなかった。
――てか、なに? もはや、今日の一連すべてがすでにご褒美なんですけど?
「はっ。あぶねーあぶねー。現実感を見失うところだったぜ。恐ろしやりんかマジック」
――カップルでもなんでもないのに謎のラヴ感を疑似体験してしまった。
子龍は耳の裏を掻きながらなんとなく浮足立った感じで帰宅した。




