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19「屋上」

「ちょ、待て。平山、待てぃ!」


 担任の後藤が追いかけてきた。


 だが、後藤は加齢により光の速さで体力が尽きたのか、「くっ、脇腹が……」と呻きながら力尽きた。


 ――とりあえずどこかに身を隠さねば。


 すでに朝のホームルームが始まっているのか校内は静まり返っている。


 子龍はりんかの手を引きながら階段を駆け上げると、屋上を目指した。


 当然のことながら、立ち入り禁止であるが、子龍はここを何度も使用しているので、高い位置にある窓は開いた状態になっている。


「あ、そうか」


 隣を見るとりんかはロングスカートを履いているので、窓から出入りするのは酷というものだ。


 りんかは子龍の意図を察していたのか、ちょっとだけ不安そうな目をしていた。


 扉には南京錠がかかっているが、ちゃちなものだ。


「ちょっと待ってろ」


 子龍は大きめの安全ピンをポケットから取り出すと、器用に先端を曲げて鍵穴に突っ込んだ


 シリンダー式の南京錠の構造は単純で、固いもので強く叩いただけでも外れることもある。


「おっし、開いた」


 子龍は三秒とかからず南京錠を開けるとりんかを連れて屋上に出た。


「ここなら少しは時間を稼げるな」

「あの、ご主人さま。お勉強をなさるのではないのですか?」


「頼む、ちょっとだけ頭の中を整理させてくれ」

「はぁ……」


「おーい、おい。さっきっからなーにをドタバタやってるんだい、おたくら」


 屋上に設置されている貯水タンク置き場から、とっぽい感じの男子学生が顔を出した。


 どうやらはしごを使って上にゆき、授業をサボっていたらしい。


「ちょうどいい場所だな」


「お? オレさまの名前か? オレさまは一年の夜烏大悟だ! ま、そのうち世界に名を轟かす男になるのが夢なビッグなやつさ」


「いや、そういうの聞いてないんで。ちょっとこいつと話があるんで席を外してもらっていいか?」


「ああ~ん? このオレさまにどけだと? オレさまを誰だと思っていやがる」


「面倒だな」


 子龍は下りてきたモブキャラを秒殺した。

 はしごを使って貯水タンク置き場に上る。


 そこには先ほどのモブが使っていたレジャーシートが敷かれ枕まで置いてあった。


 子龍が上履きを脱いで座るとりんかも真似してちょこんと正座をする。


 ウイッグなのか染めているのかよくわからないが、金髪メイドと化したりんかには酷くそぐわない絵面だ。


「さすがご主人さまですね! とってもお強いです!」

「いや、それはともかくだ。白石、おまえ、またおかしくなっちまったのか?」


「ぶぅ。おかしいなんて酷いです」

「いやいやいや、ここは学校で学生以外は立ち入り禁止なんだぞ」


「そうだったんですか。でも、私も気づけばあの部屋に居たので。なんで自分がここにいるのかわからないのです」


「そっか……」


 本心を吐露すれば、ただの学生である子龍の手には余る光景だった。


「カラコンはともかく、金髪は目立ちすぎだよなァ。隠せる余地がなさすぎる」


「あ、こんなとこに居た!」


 突如として梯子を上って桃花が姿を現した。


「さーあ、子龍。なんでこんなことになってるのか説明してもらいましょうか?」


「そうだな」

「あの、ご主人さま。先ほどから気になっているのですか、この女はお知り合いなのですか?」


「ぐふっ」

「りんかちゃんやめたげてちょうだいね……」


 子龍は事ここに至ってすべてを包み隠さず桃花に話した。


 これには、今の事態を自分ひとりで切り抜ける覚悟も意思もなく、彼女に助力を仰ぎたい一心だったからだ。


「そんな……! りんかが英国メイドのおばけに取り憑かれていただなんて」


「まあ、全部今までの経緯から考えての推察に過ぎないのだが」


 ――ダメか?


「それなら今までのことすべてに納得できるわ!」


 ――通った!


「まさか、お兄ちゃんが言うように、世界には超越者だけにしか窺い知れない世界が本当にあったのね」


「おまえのお兄ちゃん超ホラ吹きだね」

「なんでよ!」


「いや、まあ、とりあえず桃花が素直なピュアピュアさんだということは理解できた」


「そんなぁ……えへ」

「照れ照れしなくていいぞ」

「無視しないで欲しいです」


「うーん、で、子龍が言うようにこのりんかには謎のメイドの霊魂が憑依しているってことなの?」


「たぶんな。ほら、自己紹介。こちら佐藤桃花さんだ」

「初めまして、私はミシェルと申します。縁あってご主人さまにお仕えしています」


「おいたん……?」

「まあ、二十年以上経ってから続編作るのもあれだが、だいたい続編には諸事情で登場してないからな。って、んなこたぁどうでもいい」


「そ、そうなの? 昔はくどいほど放送されたのに、今はめっきりやらなくなって。というか、あなた、本当にりんかなのよね……? この髪、どうなっているのかしら。あ、地毛みたいね。でも、いつ染めたんだろ」


「いたっ、痛いです。ミシェルの髪、引っ張らないでください」

「そこが謎なんだよな」


「この自分の名前を一人称にする反応もりんかがシラフじゃ絶対やりそうもないわ。それに目も蒼いし」


「思い込みじゃ、カラーまで変化させられんだろう。科学的に調べればなにかしら結論はつけられるんだろうが、それじゃあコイツは見世物にされちまうか、ガッコの厄介者扱いだ。そいつはさけたいな」


「あのお、おふたりとも先ほどからなにをお話してらっしゃるのですか?」


「ねえ、子龍。りんかに取り憑いているのがメイドの霊だとしたら、なにかこの世に思い残すことがあったからこうやってさ迷い出てるんじゃないかしら? それを叶えれば成仏するんじゃないの」


「オッケ、それで行こう。えーとミシェルか。おまえ、なにか現世でやりたいことってあるか?」


「ええっ。急にご主人さま、なにをおっしゃられるんですか? うーん、私がやりたいことといえばご主人さまのお世話くらいしかないのですが」


「わかった。ちょっとタイムな。桃花、ちとこっちへ」

「うんうん。で、どうするの?」


「こうなったら適度にメイドごっこしてりんかに取り憑いたメイド霊の想いを成就させるしかない」


「本当にそれでいいのかなー。その筋の人に頼んで除霊とかしてもらったらどう?」


「んな非科学的な」

「今の状況が充分非科学的だと思うんだけど」


「……変なところに頼めばうまいこと大金をむしり取られるだけだ。それとも、なにか。桃花はそういうスピリチュアルパワーの専門家に知り合いでもいるのか?」


「いや、そんなのいるわけないじゃん」


「だろ? まあ、対処療法的に解決するしかない。幸か不幸か、りんかに宿ったミシェルは意思疎通が可能だ。ここはとにかく上手いことしてお帰り願おう」


「あたしたち学生じゃそれが限界かもね……でも、ヤバいことにならないかしら?」


「とりあえずうちのじいちゃんに相談してみるよ。店やってて、顔が広いし、なんかそういうお祓い的なことの話をしてたような気がする。あんま覚えてないけど」


「保険てやつね」

「あのー、ご主人さま。私の話してらっしゃいます?」


「ああ、うん、あのなミシェル。今のおまえは現世にいない。わかりにくいが、その身体は借り物だ。気づかないか?」


「ええっ。でも、そう言われてみると、なにかおかしかなぁ、と。私、こんなに肉付き良くなかった気がします」


「パイを揉むなパイを。とにかくだ。俺にご奉仕したければ昼間は出てくるな。夜にしろ、夜に」


「え、ええーっ! そ、それってそれってまさかまさか……」


「落ち着けって。とりあえずはだな、昼間は寝てろ。夜活動しろ。アンダースタンド? あ、ごめん、英語わからんから急にペラペラ喋んないでくれ」


「ご主人さまの言うことよくわからないですよう」

「それじゃあな、確かここに五円玉が」


 子龍は先ほど倒したモブがまだ下でのびているのを確認すると、素早くはしごを使って下りた。


 手際よくモブから靴紐をしゅるると抜くと、それを繋ぎ合わせて五円玉を結び、催眠術シーンでお馴染みの謎振り子を作成した。


「さぁ、ミシェル。この五円玉をよーく見るんだ。ほーらほらほら、あなたはだんだん眠くなーる。五円玉を見ていると、だんだん中に吸い込まれてゆく気がします。中にはふかふかのベッドがあって、毛布はよく干してあっていい匂いです。羽毛のフカフカです。あなたは身を横たえます。いーい気持ちです。ほーら、五円玉の穴に集中して。肩の力を抜いて、りらーっくす。仕事の前にちょっとひと息。本当はいけないけど、あるじのベッドに横たわります。ダメだけど、だーんだん、目蓋が重くなって、次第に閉じていきます。今から、三つ数えるとあなたは夢の中で、起きるときは夜です。夜に起きまーす、さん、にい、いちっ」


 パンッと、子龍が手を叩くとりんかの身体がふにゃっと崩れ落ちた。



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