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14「メイドミラクル」

「と、ところでどうだ? そのメイド服に着替えてなにか変わったことは感じないか?」


「いや、特にないな。むしろ、これは馴染んでいるというか。あつらえたようにサイズもピッタリだ」


 子龍が覚えている限り、あの時のりんかは落雷後の停電に早着替えを行っていたので金髪で瞳も蒼だった。


 だが、今目の前にいるりんかはいつもどおりの黒髪と濃い茶の瞳だ。


「言っちゃあなんだが、あのとき白石がメイド服を着たあとな、落雷で停電が起こって一瞬だけ事務所が真っ暗になったんだ。そんで、再び復電したあとに白石は金髪のウイッグを着けて目も、こう、ブルーのカラコンに変わってたんだ。あんときは、たまたま持ってたやつで俺を驚かせただけだろう」


「平山くん。わたしがあの日きみの家の事務所によることも、倉庫に在庫であるメイド服があることも事前に察知することは不可能だった。それに、このカバンの大きさを見てくれ。教科書やノートで、ほとんど余裕はない。ウイッグを詰めたりすれば、すぐ形が変わってしまうだろう。そもそも常日頃そんなものを持ち歩く趣味がないぞ」


「そういえば、あの時の白石のカバンに不自然な厚みはなかったな。だとすると、記憶を失ったあとのハキハキしたいつもと違う性格は演技じゃないとすればなんだったんだ」


「ちょっと待った。それはなんの話だ?」


「いやぁ、急に俺のことご主人さまとか言い出してな。それからギューッとだな、抱きついてきて……」


「ちょ、ちょっと待った! わたしがきみに抱きついた? 嘘じゃなくて? そんな行為をしたと?」


「うん、そうだな。オイオイ、ちょっと落ち着けよ」


「馬鹿な。わたしは至極冷静だ。だいたい、なんだよ、平山くん。いくら同級生の家ではなく事務所だといえ、いきなりそのような態度を取るなんて。まるで、わたしがきみに気があるみたいな行動じゃないか……!?」


 自分の言動に気づいたのかりんかはハッと目を伏せた。


 どことなく奇妙な雰囲気がふたりの間に漂う。


「ど、どうだ、その、平山くん。わたし、どこかおかしくないか?」


「いや、目立った変化は見受けられないが。どうだ? なんか思い出せたか」


「べ、別になにも」


 それっきり、りんかは押し黙ると自分の長い髪を弄びながら、視線をさ迷わせている。


「その、なんだ、平山くん。時間があるのなら、明日の予習でもしないか」


「……おう」


 ヘタレすぎる返答の子龍だった。







 ノートを開いて授業の予習復習をしている間は、日常の時間を保つことができた。


 だが、それらが終わるとこの異常な現実に向き合わなければならないことに子龍は気づいた。


 ――気まずい。


「てか、それをずっと着ている必要性があるのか?」

「あ、悪い。不快だったか……」


「いや、そう露骨にシュンとせずともよい。白石には似合っているか、別に脱げといってるわけじゃない」


「そ、そうか。えへへ」

「クッソ、かわいすぎるぞ……」


「ん? なにか言ったか」

「いいや別に」


「とと、そういえばこのメイド服は売り物だったのだな。記憶がないとはいえ、重ね重ねの無断借用は許してほしい。クリーニングに出してから返却するとしよう」


「いや、さっき白石は席を外した時、じいちゃんに聞いたんだが、そんなメイド服仕入れた記憶はないからおまえの好きにしていいって言われたから、気に入ったのなら持って行ってもぜんぜん構わないぞ」


「そんな! わたしはこういった服飾品の価値に詳しくはないが、古いが生地は相当にいいものだ。無償で頂くというわけには……ちなみに平山くんは、お父さまやおじいさまにはなんて伝えたのだ?」


「ん? コスプレ好きの同級生がイベントで使うからってことで話は通しておいた」


「んなっ。それじゃあ、まるでわたしがメイド服を好きみたいじゃないか!」


「あとで写真撮ってラインで送ってくれって」

「そんなことを……それだけでいいのか?」


「良いらしいぞ」

「仕方がないなあ」


 気が乗らない風を装っていたが、りんかは子龍がスマホをかざすと結構ノリノリでいろんなポーズを取ってくれた。


 ――おお、女子の画像で俺のゴミフォルダが埋まっていく。


「うーん、これはダメだな。構図が悪い。こっちも良くないな。これとこれとこれを送って。あ、それとあとでわたしのラインにもよろしく頼む」


「おお、じゃあID交換するか」


「QRコードが苦手なんだ。いつもずれて上手くできない」


「案外、不器用なんだな」


「どうもスマホは苦手だ。第一、これだけアプリがあると使いこなせるようになる前に、どんどん次のバージョンが出てしまう」


「まあ、ほとんどの人間がそうなんじゃないか。第一、機種変するのはバッテリーが年数で死ぬからだろ?」


「わたしもできる限り見ないようにしているのだが、こればかりは一度慣れると手放せないな」


「白石はSNSでなにを見ているんだ?」


「わんこの画像や動画だ。かわいくて、つい、ときが経つのも忘れてしまう」


「犬好きなのか……」


「ああ、以前飼っていたんだが、わたしが中学のときに虹の橋を渡ってしまってね。それからは、どうにも自分で飼う気にはなれなくて」


「ほーん。そっか……」

「平山くんは、動物は好きか?」


「まあ、あんま考えたことはないかな。じいちゃんが昔、雑種の犬飼ってたけど、意識してなにかを見たことはないかな」


「犬はいいぞ。手をかけた分だけ愛を返してくれる。あれほどまでストレートに事情を表現する生物はこの世界にいない。猫なんか比じゃないよ。わたしは、この地上でもっとも犬が優れていて賢く、清い生き物だと思っている」


「すごい思い入れだな。けど、白石はなんかキチッと生き物の面倒を見そう。あ、だからその繋がりで園芸部なのか」


「そうだ。本当は犬部があれば犬部に入りたかったのだが」


「どんな部活なんだよ」

「犬をひたすらかわいがる部活だ」

「非生産的すぎる……」


「そういえばな。平山くんは、昼休みどこに行っていたんだ。話をしようと思っていたのに」


「いやあ、別に……」

「桃花とどこに行っていたんだ」

「知ってるじゃんか」


「だから、どこに行っていたんだ。終わりまで帰ってきてこなかったじゃないか」


 ――なぜ責められているのだ?


「ちょっとおまえのことで相談を受けていたんだ」

「わたしの? なにを?」


「いや、メイド服事件でひと晩帰らなかったぞ。白石は桃花と仲がいいんだってな。それでだな――おい、どうしたんだふくれっ面して」


「なぜ平山くんは桃花を名前で呼ぶのだ。わたしのことは白石なのに?」


「あー、いや、あいつはと同じクラスでな。去年、文化祭で一緒に委員やってたんだ。そういうこと」

「ふーん」


「どうした、白石」

「……」


「白石さん?」

「……」


「おーい、白石ちゃーん」

「……」


「わかったよ。りんかって呼ばせてもらえるか。その代わり俺のことは好きなように呼んでいいから」


「ご主人さま」

「はぁ!?」


「嘘だよ。わたしも子龍って呼びたかったんだ」

「なぜ」


「だってそのほうが仲良くなった証拠みたいじゃないか」


「はぁ……」


 案外単純だな、と思ったが子龍は口に出さなかった。

 それくらい笑ったりんかは最高にかわいかった。


 ソファに隣り合って長時間座っているうちに、互いの緊張がほぐれたのか、子龍とりんかの話は弾んだ。


 男女の仲というのは、各種の問題もあるが、長時間いっしょに居て気疲れしないというのも長続きする要因のひとつである。


 それにこうしてずっと一緒に居ると、奇妙な連帯感がふたりの間に醸成されつつあった。


「げ! もう、こんな時間だ!」

「あ、本当……」


 壁かけ時計を見るといつの間にか話し込んでいたのか、すでに午後の八時に近かった。


 事務所に着いたのが四時過ぎだったので、気づけばナチュラルに四時間近くを過ごしていた。


「驚いたな。なんだか、まだ一時間くらいしか経っていないつもりだったのに。あ、そうだ。少し家に電話をしてもいいかな。母が心配しているかもしれない」


「どーぞどーぞ」


「あ、お母さん? りんかだけど。うん……うん、そう。そうだよ。心配しないで、友だちとちょっと話し込んでいただけ……うん」


 どうにも人の電話を手持無沙汰で待つというのは落ち着かないものだ。


 子龍も御多分に漏れず、ときどき通話口から聞こえてくるりんかの母の声を耳にしながら、ちょっとだけソワソワした。


「そのう、そろそろ帰ろうと思うのだが……」

「ああ、そんじゃあ駅まで送ってくよ」

「いや、悪いから」


「そういうわけにもいかないだろ。ひと駅乗ってしまえば家は近いんだろう?」


「うん。駅までは姉が車で迎えに来てくれるから、それではお願いしてもいい……?」


「おうよ。任せろ」

「それと、もうひとつ。記憶の謎はわからなかったけど、また、ここに遊びに来てもいいかな?」


「……おう」

 許可しておきながら、事務所を両親たちが使っていたところに鉢合わせしたらどうしようと思う子龍だった。




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