13「聖衣に導かれし者」
「それで、まあ、勢いでやって来たんだが、これ、私が本当に着なければならないのか……?」
りんかがメイド服を手にしたまま、なんともいえない表情でそういった。
「いや、勝手に押しかけといてそのセリフはないんじゃないのか」
なし崩し的に子龍の家の事務所兼倉庫にやって来たりんかはメイド服を着る段にになっていて激しく躊躇していた。
「わかった。このメイド服に記憶の秘密があるというのならば、敢えて着てみよう」
りんかはクラシカルなメイド服をジッと見つめると、大きく、すぅはぁ、と深呼吸をして倉庫のある部屋に移動する。
彼氏彼女といった関係でもないのに、謎のコスプレごっこを行おうとしている現状に、子龍はちょっとドキドキしていた。
「言っておくが、覗かないでほしい」
「しないって」
「……即座に否定されると傷つくのだが」
「なんか言ったか?」
急に小声になるのでりんかの言葉聞こえなかった子龍は聞き返すのだが、無言で扉を閉められた。
――いやあ、てか、なんだこのシチュエーションは。
子龍とりんかはつき合っているわけでもなんでもない。
関係性でいえば、実に薄い。
そして、りんかは学園で有数の美少女であり、一緒に歩けば、三人にひとりの男が振り返るほどの際立った容姿だ。
驚くほど小さな顔である。並んで見ればたぶん同じ人類とは思えないほどだ。りんかの背はやや高く、均整の取れた女性らしい身体つきをしている。その上彼女の隙の無い挙措はキビキビしていて見る者の目自然と引く。
そんな少女が扉一枚隔てた向こう側で着替えている。
――エロか? エロ同人の世界なのか?
こういった場合は尺の都合で襲ったとしてもラストのコマでなんやかやとハッピーエンドになるのだが、現実ではあっさり御用になるだろう。
――自重しろ子龍、ここは現実だぞ。
「俺にできるのは悶々としたまま、このコーヒーにミルクを足すだけだ。どばどば」
ミルクをカップに注いでいると、隣室から着替え終えたりんかが姿を現した。
子龍は彼女の姿を目にした瞬間、わかっていたのであるが思わず手にしたスプーンを落とした。
「ど、どうだ。おかしくはないか……?」
先ほどまで自分と同じ学園の制服でいた同級生が、異国のお仕着せを身に纏い上目遣いでこちらを見ている。
その激しいギャップに子龍はしばし時間の観念を忘れて見つめた。
「いや、いい。すごくいいぞ、白石」
「そ、そうか。だったら、早くなにか言ってほしかった。無言のままいられるとさすがに恥ずかしすぎる」
冷静に考えなくてもメイドコスプレを唐突に始めた自分の行動はおかしいと感じたのか、りんかの頬は赤くなっていた。