01「花壇を大事に」
「すまなかった。理由をよく知りもせずに、わたしはあまりに一方的過ぎた」
平山子龍は下駄箱で同じクラスの園芸部員である白石りんかに対して困惑していた。
「だから、もういいよ。誤解が解けたんならな。わかってくれりゃそれでいいからさ」
「このままではわたしの気がすまない。万座の中で君を罵倒し辱めた。なんら罪のない大丈夫たる君の尊厳を傷つけたんだ。どうすればいい? どうすればこの罪を贖える?」
「いや、罪とか贖うとか大げさな」
「大げさじゃないっ」
りんかは両眼を開いて叫んだ。
なにごとかと野次馬たちの数はさらに大きくなる。
「あ、はい。ですね」
子龍は大きな瞳を潤ませながら見上げてくるりんかとなにごとかとジロジロと情け容赦なく視線を投げかけてくる群衆の目に晒されてじっとり背中に冷や汗をかいていた。
事の発端は二週間前。
高校二年に無事進級した子龍は、放課後フラフラと中庭でジュースでも飲みながらボーッとしようとうろついている際に、花壇を荒らしている男子学生三人と泣きながらそれを止めようとしている女子生徒に遭遇してしまった。
――運が悪い。
子龍は身長一八四センチ、体重八十キロを超えるかなりよい体格をしており、飢えたコヨーテに似ていると評されるほど目つきがよくない。
ゴタゴタは敢えて起こしたいわけではないが――。
「あ? やんのか、コラ?」
「どこ中よ? ああっ?」
昭和のヤンキー漫画から抜け出たようなステロタイプである。
――どうでもいいが疑問符が多いな。
頭髪も軽く染めているくらいで俄かには見分けがつかないマイルドな者たちだった。
子龍を見つけた不良学生たちはすでに臨戦態勢に入っていた。
イキっていた不良っぽい三人は自己防衛本能から子龍に絡んできたのだ。
話をしても理解のできる知能を持つ生命体ではない。
――降りかかる火の粉は払わせてもらう。
子龍の咄嗟の判断が活きた。
かかってきた不良たちは瞬く間にボコボコにされた。
ガキの頃から目つきでよく絡まれる子龍は喧嘩慣れしていた。
「しゅびばせーん」
「ぼくたち、あに森ごっこしてだけですぅ」
「もうしませんんん。許してェ」
ここで不良がいうあに森とは昨今世間で流行っている『あにまる 畜生の森』という無人島開発ゲームのことである。
そして子龍もあに森のユーザーであり、結果として怒りは倍加された。
「ゲームと現実をごっちゃにするな。引き抜いた花たちはすぐには復活しねーんだ」
「ゲームだってすぐには復活しないよ」
「口答えするな」
ひとりの両足を持って逆さに振ると、彼らの残っていた反抗的態度は霧散した。
「しゅびばせん」
「どうもおまえらは自然に対する敬意がないな。その身体に叩き込んでやる」
子龍が無理やり引き抜かれた花たちの苦しみを味あわせるため、指導と称して三人組を花壇に埋めかけている最中に悲劇は起きた。
「なにをやっているんだ!」
「げ……」
逃げて行った女子生徒の通報で駆けつけた教師たちの手によって子龍は御用となった。
経緯は以上である。
冷静に聞けば不良たちの植え替えを行おうとした子龍が花壇にトドメを刺したのであったが、手に入れた情報がまとまっていないりんかはそこまで分析できていなかった。
「同じ園芸部の杉森あずさから聞いたんだ。君は花壇を荒らしたのではなく彼女を助けようとして、あのような結果になったのだな。真偽もロクに調べずわたしは、自分が恥ずかしい」
りんかはクッとうつむくとはらはらと涙を落とした。
子龍とりんかを囲んでいる野次馬たちがドッと沸いた。
でなくとも、りんかは子龍が通う聖命学園で知らぬ者がいないほどの美少女だ。
敢えて子龍に声をかけて咎める者は現れないが、周囲から突き刺さる視線の強さは肝の太い子龍であっても居心地の悪いものだった。
「いや、だからな」
「お願いだ。隣の席という誼に免じてわたしに謝罪する機会を与えてくれないか」
二週間の停学明けで子龍が復学すると、隣の席はりんかに変わっていた。
――やたらに話しかけてくるとは思っていたが、そういった事情だったのか。
子龍はちょっとばかり喧嘩好きであり、風貌はややヤバめであったが普通の男子高校生としての感性を持ち合わせていた。
なので、りんかがやたらに話しかけてくるのを自分の都合のよいように脳内で変換していた経緯がありガッカリするやら勘違いが恥ずかしいこともあって、胸中は複雑だった。
野次馬は時間の経過ごとに増え続けている。
これ以上騒動が大きくななれば教師が乗り出してくるのも時間の問題だ。
「わかった。とりあえず場所を変えよう。な? な?」
「え、あ、ちょっと……」
子龍はりんかの手を取ると脱兎のごとく学園を走り去り、駅からやや離れた喫茶店に避難していた。
〔1〕『あにまる 畜生の森』とは言わずと知れた無人島開発ゲームである。この世界では老若男女問わずやっていそうでいないが、中高生や疲れたOLリーマンなどに密かな人気のゲームである。三島が思うにサッとやってサッとやめれる極めて不快指数の低い娯楽である。