第97話『血に潜む者』
あー、分かってしまう。
もうじき俺は目覚める。
一度あのクソ野郎に起こされたからな。
このまま荒蒔 健也の中でじっとしていたいが、アイツの気配を感じる。と言うことは、俺が目覚める未来は確約されてしまったわけだ。
だから嫌いだ。クソ野郎もアイツも、荒蒔 健也に惹かれた女達も、俺に何かしらの感情を向けてくるこの世全ての人間達を心底嫌悪する。
俺に期待するな。俺に嫉妬するな。俺に希望を見出すな。俺に憎悪を向けるな。
俺はどんな手を使ってでも、俺に何の感情も向けさせない。俺を何の変哲もない空気として見ろ。
それが叶わないなら、今度こそ俺自身をこの世から絶滅させてやる。
今度こそ死んでやる。
今度こそ俺の血を絶やさせてやる。
「?」
健也は今、誰かの声が聞こえたような気がしたが気のせいだったのだろうか?
空耳、なのかもしれないが、それにしても強烈な自我を感じた。
死にたくない、消えたくないと言う生物としての生存本能。それに反して死にたい、消えたいと願う自我。
相反する二つの本能が入り混じった、どこか不気味にして悲しい声の持ち主であった。
「健也ちゃ〜ん、難しい顔してどうしたよ?」
と、一回戦二試合目で真奈に敗れた定叉が声を掛けてきた。
「あぁ、定叉ちゃん、いや何でもない、空耳だよ」
「ふーん?」
そのまま健也の隣に座る定叉。
そう言えば、定叉の事は全然分からないな。六波はなんとなく覚えてるけど、定叉だけは10年前に会った記憶がない。
「定叉ちゃんってさ、どんな時に俺と出会ったっけ? なんか俺10年前の記憶があやふやなんだ」
「あー簡単簡単、アタシが川に溺れて死にそうになった時に健也ちゃんが助けてくれたんよ。そこからは一目惚れってやつ」
川で溺れた? 健也は少しずつ思い出してきた。
「そんなこともあったなぁ。助けに行ったら定叉ちゃんが俺に必死にしがみついて、下手したら俺まで溺れそうになってたっけ」
「そうそう、人間パニックになると何するか分からないからね〜、んで救助されて健也ちゃんの名前聞いて惚れた、それだけ。でもアタシの愛情なんて真奈っちと比べたらショボいだろうなぁ」
「え?」
「真奈っちは本気だ。多分この会場にいる誰よりも健也ちゃんを愛してる。だから試合をして分かったよ。何をしても勝てないってさ。誰かを好きになるのに資格とか必要ないけど、でも真奈っちはそう言った資格があってもおかしくない。そう思ったから負けても苦にはならないよ」
「意外と達観してるね」
「伊達にギャルやってないからね。女心の一つや二つ分かっちゃうし〜。んじゃアタシ負けたから観客席で見守るわ。誰が健也ちゃんを手にするか楽しみだし!」
そう言って、定叉は立ち上がって観客席へと向かった。
この大会も残すところ3試合。
茶番で始まった大会だが、優勝者は健也と付き合える権利を手にできる。
健也も腹を括るべきか。一度に複数の女性を好きになってしまったんだ。いい加減一人を選ぶべき時が来てしまったのだろう。
そういや、地下の様子はどうなっただろう?
大分時間が経ったけど、もう解決したのかな?
○ ○ ○ ○ ○ ⚫️ ○
学園地下工場。
「どこですか〜?」
血に染まった火盧理が天ヶ屋と健悟郎を探す。
二人は火盧理から逃げて機械の影に隠れていた。
「くそ、弾が全然当たらねぇ」
「やっぱりだ。火盧理たんは弾丸が見えてる。しかもいつ発射されるのかも射線を何もかも見えてるとしか思えない」
「とんでもねぇ目ん玉だなおい、全く可愛くねぇな」
接近戦では火盧理に絶対勝てない。かと言って銃は当たらない。
一体どうすれば。
「……もうこれしかないか」
「あ? おい健悟郎!」
天ヶ屋が止めるより先に、健悟郎は火盧理の前に立った。
「あらぁ健悟郎さん。死ぬ覚悟できたの?」
「あぁできたさ。君を救う覚悟がな!」
そう言って、健悟郎がポケットから出したのは。
「!? それは」
「火盧理ちゃん、健也、そして僕の写真だよ。懐かしいよね、この時の健也はまだ小さくて喋ることも出来なかったんだよ?」
「そんなものでどうすると?」
「こうするのさ」
なんと、健悟郎は何の迷いもなく写真を破り捨てようとする。
「やめて!!」
火盧理が手を伸ばしたのを見て、健悟郎は火盧理を抱きしめた。
「良かった。まだ人の心は残ってたんだね。それだけで、ここに来た甲斐があった」
「離して! 離して健悟郎さん!」
火盧理は必死に暴れるが、健悟郎は絶対に離さなかった。
「天ヶ屋さん! 今だ! 僕ごと火盧理たんを撃て!!」
「何言ってやがるお前!?」
「火盧理たんはヤソカに洗脳されてるだけだ! でも火盧理たんは人を殺してしまった! 彼女が正気に戻った時に罪悪感で死ぬぐらいなら、せめて一緒に逝きたい!」
「ざけんな! んなこと俺にさせるな! そんな事したら健也はどうなる! 火盧理を止める為に表で頑張ってる連中はどうなるんだ!」
「いいから、早く!!」
天ヶ屋は銃を構える。この距離なら火盧理を射殺できる。でも下手したら健悟郎にも当たってしまう。
健悟郎は本気で火盧理と死ぬつもりだ。
「くそ、引けるわけ……ねぇだろ」
天ヶ屋が銃を下ろそうとした時であった。
「じゃあ眠らせるしかあらへんのぉ」
聞き覚えのある声がしたかと思うと、誰かが火盧理と健悟郎に近付いて、火盧理の首に注射器を刺した。
「な、意思男?」
火盧理によって監禁されてたはずの意思男の姿がそこにあった。
「姉貴には悪いが死なせへんで、うちの愛娘を元に戻す方法をまだ聞いてへんしなぁ」
何を注射したか分からないが、火盧理の目の光が徐々に弱くなっていく。
「これ、は、麻酔? 意思男に、施して、た?」
「残念やったな姉貴、あの程度の麻酔じゃワイは眠らへんで、ずっと眠ったフリをして機会を伺ってたんや」
そして、火盧理のまぶたが少しずつ閉じていく。
「意思男、天ヶ屋さん……健悟郎さん……ごめん……なさい」
最後に謝って、火盧理は完全に意識を失った。
「ふひー、天ヶ屋さん達が来なかったら、ワイずっと寝たっきりの状態やったわー」
「意思男、無事だったみたいだな」
天ヶ屋が近付こうとした時、健悟郎は火盧理を抱えたまま倒れた。
「良かった、本当に良かったよぉぉぉ!」
緊張の糸が切れたと同時に安堵の涙を流す健悟郎。
そんな様子を見て笑みを溢す意思男は指の関節を鳴らしてヤル気全開となる。
「さーてと、これでこっちの問題は片付いたな。後は、こんなクソな演目を考えたヤソカをぶっ倒すだけやな」
「ヤル気なのは良いけどよぉ意思男。ヤソカは電子複製体なんだろ? 後何体居るのか分からない、誰がヤソカなのかも分からない状態で俺達に何ができるんだ?」
天ヶ屋の疑問に頭を悩ませる意思男。
そんな時であった。
『その件に関しては大丈夫だ。我々はヤソカを一人見つければ良い』
不意に天ヶ屋の無線から聞き覚えのない男性の声が聞こえてきた。
「誰だ!」
『小院瀬見 美娃の父親と言えば、大体察しがつくだろう』
美娃の父親、つまり小院瀬見財団の現会長。
「なんでアンタがこの無線を知ってる、てかどう言う事だ?」
『我々には協力者がいる。ヤソカが悪なら、それを上回る『始まりの悪』を使えば我々はこの戦いに勝利できる』
「始まりの悪? 誰だそれは?」
『『イニティウム』残念だがフルネームは明かせないが、ヤソカ率いる偽善悪の創設者だよ。彼が我々の味方になってくれている』
「どう言うことか説明しろ!」
『あぁ、教えよう。ただし意思男君と天ヶ屋さん二人で地上に戻ってくれ、地上に向かいながら説明しよう』
「あ、おい! 無線切りやがった」
どうも信用できないが、天ヶ屋は意思男を連れて地上を目指した。
血の海と化した工場で眠った火盧理と健悟郎を残して。
最初に出てきた人って誰? と思いますが、後々誰なのか分かります。




