第93話『惨劇』
注意:今回は残酷な表現が含まれてます。
……いや、書いといてなんだけど、どうしてこうなったのか分からない。
「居ない……か」
外で陽動の為の大会が開いてる間、警察は桜友海学園最下層にある無人の工場を占拠していた。
だが、何処にも火盧理と捕まってる筈の意思男の姿が見当たらない。
「逃げた? にしても何処に?」
天ヶ屋が周囲を警戒してる間、鑑識の者がパックに入った薬を持ってやってきた。
「天ヶ屋さん、報告です! 荒蒔 火盧理が作っていた薬物の中にヤソカが作っていた生物兵器と同じ成分が検出されました!」
「ヤソカだと? なんでそんな物が……やべぇな、最悪なシナリオが頭の中に浮かびやがった。ヤソカは人間を化け物に変える技術を持ってたな。それが火盧理が作ってた薬に含まれてたとなると、それを摂取した学園の生徒、および卒業生も、下手したら人の姿を失った存在になるリスクがあるってことかよ」
天ヶ屋が頭を悩ませていると、何処からか声が聞こえてきた。
「大丈夫ですよ。そうならないようにヤソカと協力して調整しましたから、あぁでも、この学園に潜んでるもう一人のヤソカが軽はずみで何かしでかすかもしれないわね〜」
その声は火盧理であった。
「火盧理か!? 何処にいる!」
天ヶ屋と数名の警察官が周囲を見渡しても火盧理は見当たらない。
「天ヶ屋さん、そして健悟郎さん、今なら間に合います。今すぐ私を見逃してください。先程も仰った通り、生徒全員が化け物になって大混乱を招く危険性は充分にあります。つまり人質です。そんなこと起こってほしくないですよね? だから今すぐ帰ってください」
火盧理の要求を無視するかのように健悟郎が説得を試みた。
「火盧理ちゃん帰ろう。君が何をしようとしてるのか、君が何を望んでるのか分からないけど、もっと他に方法があったんじゃないかな? 立場が弱い人間を救いたいんだよね? だったら僕も協力するよ。でも火盧理ちゃんが今やってる事とは別の方法でだけど」
「……そう、じゃあ無理ね」
グチャ。
と、肉が潰れるような音がした。
音がした方を見ると、そこには火盧理が居た。
どうやら工場の無人ロボットの中に潜んでいたらしい。火盧理の小柄な体格なら可能な事だ。
だが一番気掛かりなのが、天ヶ屋と行動していた警官二人が、火盧理の足元に倒れていた。
二人とも腕は歪に捻れ、頭部が破裂していた。
投げ殺したのだ。有り得ない力で自分の倍はある警官を頭部から地面に叩き付けて殺害したのだ。
「あー、ころしちゃった。もう後戻りできないですね。警察官の目の前で警察官を殺害。これはもう殺人罪で死刑ですかねぇ? あぁでも、私がこの場に居る全員を殺害すれば良いかぁ」
返り血で邪悪な笑顔を見せる火盧理を見て、その場に居た警官全員が銃器を構えた。
「なんでだよぉ! 良いから戻ってこい!」
健悟郎の悲痛な叫びは虚しく、火盧理は襲い掛かって来た。
本気だ、本気で素手で、しかも一人で15名程いる武装した警官を一人残らず殺害するつもりだ。
どうして、ここまで彼女は狂ってしまったのか、もう彼女を殺すことでしか彼女を止められないのか? 殺す事でしか彼女を救えないのか?
「健悟郎! 火盧理はもうダメだ! 殺さなきゃ俺達が殺される!」
天ヶ屋は何の迷いもなく発砲し、それに合わせて15名の警官全員が集中砲火した。
「消えた!?」
火盧理が一瞬消えたかと思ったが、実際はうつ伏せになるぐらいに低い姿勢になって銃弾を全て回避していたのだ。
その低い姿勢から一気に手前にいる警官の足元に接近し、火盧理は警官の片足を小指一本で持ち上げた。
「うわ、あっ」
グチャ。
倒れそうになったところを空かさず警官の顔面を鷲掴みにして後頭部を地面に叩き付けて頭部を粉砕した。
そこから見るに耐えない惨劇であった。
火盧理は銃弾の雨を難なく回避しては接近して投げ殺す。その作業を淡々と繰り返し、残ったのは天ヶ屋と健悟郎の二人だけになった。
火盧理の背後には血と死体の海が出来上がっていた。
「おいおい、お前こんなに強かったのかよ、初めて会った時は、こんなんじゃなかったろ?」
冷や汗をかきながら銃を構える天ヶ屋。
そして血に染まった火盧理は答えた。
「天ヶ屋さんと出会ってから28年ですよ? それだけ時間があれば嫌でも強くなれますよ。私の使用した武術は合気道です。合気道は現在では相手を投げて転がす安全な武道になってますが、本来は投げるのではなく頭から地面に投げ落とす殺人術です。合気道の受け身を知らない人間なら確実に死にます。だから何も知らない貴方達は殺しやすい」
淡々と語って手に付いた血を舐める火盧理を見て健悟郎はショックだった。
目の前で最愛の妻が大量殺人をしたことだけじゃない、自分の知らない所で火盧理が一人で悩んで苦しんでいたのに、一番彼女の側に居たはずの自分が気付くことも、何もすることもできなかった事が許せない。
こうなる前に、何かしてやれなかったのか?
「今の私には心がありません。殺人に対する抵抗を無くす為にヤソカの技術を応用して心を封印しました。なので今は何も感じません」
「でも火盧理ちゃん、もし元に戻ったら罪悪感で君は……」
「そうなっても良いですよ。後はこの学園にいる、もう一人のヤソカが私の後を継ぐでしょう。私が罪悪感で自害するなら、それはそれで良いと思ってる。さぁどちらから殺しましょうか?」
○ ● ○ ○ ○ ○ ○
一方、外の大会では。
地下で惨劇が起こってる事など誰も知らず着々と大会が進んでいた。
そんな中、アヤナだけは違った。
この会場に居る全ての人間を観察していた。
アヤナはずっと気掛かりだった。もし、デジタルクローン技術で、自分が知ってる誰かが他人に成りすましているのでは? と警戒していた。
そんな中、一人だけ気になる人物を見つけた。
その人物は何度も指パッチンを繰り返していた。
癖なのだろうか? だが、アヤナが知るその人物の癖の中には、そんな癖は存在しないはずだった。
確か過去のデータを思い出すと、ヤソカが健也と美娃の目の前で指を鳴らそうとしてたのを思い出す。
……まさか、その人物が。
「あのーアヤナさん? 聞こえてますか? 次は貴女の番ですよー」
「……ふぇ!? あ、す、すみませんデース」
実況のルーガの呼び掛けに応え、アヤナは足早に会場に上がる。
考えるのは後回しにしよう。アヤナの勘だが、その人物はまだ何もしないはずだからだ。
「さーやって参りました一回戦第三試合の組み合わせは、秋歌vsアヤナです!」
観客はまたもや大きな歓声を上げていた。
疑惑を感じる中、秋歌とアヤナの対決が始まろうとしていた。
合気道が本来殺人術だとか、頭を粉砕するとかはフィクションです。決して真に受けないようにです。




