第92話『伏線』
「タイムアップです!」
ルーガの合図により、真奈、定叉の二人の手は止まった。
「さぁジャッジの時間がやってまいりました! まずは定叉さん、完成した料理を審査員二人の前にどうぞ!」
「ほいほーい!」
定叉は意気揚々として皿の上に乗った料理を審査員のリキュールと健也の前のテーブルの上に乗せた。
「アタシ特性マカロンだよー! 絶対クソマズだから食べて食べて!」
定叉に催促されながら二人は定叉が作ったマカロンを見る。
見た目は……ギリ普通のマカロン。だけど色が虹色っぽいのは何故だ? 何をどう入れたらこうなったし。
二人は覚悟を決めてマカロンを口に頬張った。
「!?」
「!!!?」
瞬間、二人の脳裏に走馬灯が過ぎる。
味なんて分からない、クソマズなのかすらも分からない。
だがこれだけは言える。
死ねる。
二人とも涙を流しながら口の中で咀嚼してはいるが、飲み込んで体内に取り込んでも大丈夫なのだろうか?
健也とリキュールは組織に居た頃、毒物の見分け方や、毒物に対する耐性などを身に付けていたが、二人が今食べてる物には、二人が知ってる毒物のどれにも該当しない、未知の物体。
なんとか我慢して飲み込んだ。
「二人とも食べ終わりました。採点を五段階評価でお願いします!」
ルーガに言われ、意識が朦朧とする二人はボードに数字を書いて両手で掲げて観客達に見えるようにした。
結果はリキュールは3、健也は1であった。
合計4点である。
「ありゃ、意外と点数低いな。なんで?」
定叉が首を傾げ、リキュールが答えた。
「その、不味かったのかさえ分からない程に強烈な食べ物だった故、判定は難しいと判断したネ」
「同じく」
健也も同意見のようである。
「うーん、残念。健ちゃんからはもっと高評価を期待してたんどけどなぁ」
定叉は出番が終わると後ろへと下がり、次は真奈が料理を運んで来た。
「真奈ちゃん、大丈夫?」
健也は心配そうに真奈を見る。料理をしてる時の真奈が突然豹変したように見えたものだから心配してはいたが。
「え? はい、私は大丈夫です。ですが、何故か料理してる時の記憶があやふやで、気が付いたら、こちらのデザートが完成してました」
何が起こったのか本人も理解できてないようだが、健也達の目の前に用意されたデザートはストロベリーサンデーであった。
見た目は普通だ。
むしろ先程のレインボーマカロンより美味しそうに見える。
味すら分からないマカロンの口直しには丁度良い見た目をしている。
「え、と、自信ないですけど、どうぞ食べてください」
真奈に言われて二人はスプーンを握って一口食べた。
「―――――!」
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
希望が絶望に変わるとは、まさにこの事を言うのだろう。
クソマズ関係なしに、美味しそうな見た目に惑わされて、何の警戒心もなく食べたのが運の尽き。
食べる前に覚悟を決めるべきであった。
健也の意識は混濁していた。
「やぁ、まさか君がここに来るとは思わなかったよ」
綺麗な花畑の向こうに一人の男が立っていた。
「ここは、あの世か? 俺は死んだのか?」
「いや、君は今生死の狭間にいる。死にたいのなら私の元に来れば良いし、まだ生きたいのなら引き返すことだ」
その男を知っている。生前直接顔を合わせる事がなかった男だ。
枯葉坂だ。
死んだはずの奴がここに居ると言う事は、ここはやはり死後の世界に近いようだ。
「……夢、なのか? 俺あんまし死後の世界とか信じてないし、そもそも真奈ちゃんの料理で死にかけてるとか信じられないんだが」
「私もこんな形で君と再会するとは予想だにしなかったよ。まぁ君にとっては、ここは所詮夢の世界だ。目が覚める前に少し話さないか? この私も、君の脳が生み出した幻かもしれんしな」
枯葉坂の顔をよく観察する。以前は枯葉坂の人格から作られたAIであるドリーの監視カメラ映像に映っていた顔だ。
本当に健也と同じ顔をしている。いや、ここが夢なら、過去の記憶の擦り合わせを脳が自動的にしてるだけかもしれない。
「さて、あの世から見ていたが、今は火盧理を止める為に警察と合同で今回の作戦をしているようだが、君は一つの伏線を忘れてないかね?」
「伏線?」
「ヤソカだよ。刑務所でヤソカが言っていただろ? 君達が捕まえたヤソカは『心城 億抖』にヤソカのデジタル化した人格を移植された存在だ。奴は正体がバレる前までは心城として君達と接していたはずだ。デジタルクローンのメリットは、本来の人格は自動的に消滅してしまうのだが、その人格の名残りは覚えてる。だから奴は自分がヤソカだとバレる前までは心城として振る舞っていた」
「つまり、見た目で見分けるのは、ほぼ不可能。それがデジタルクローンの厄介なところか」
「あぁ、そうだ。だからこそ言える。現在君のすぐ近くにもう一人のヤソカが潜伏している。だがそれが誰なのか分からないがね。今やってる争奪戦も最後まで穏便に済む可能性は低い」
「つまり、この夢が覚めたらヤソカを見つけろと?」
「君が平和的に物事を終わらせたいならね。そもそも、この内容すらも、目が覚めた後に君が覚えてるかも分からん。なんせ君からしたら夢の話しだしな」
ククク、と悪そうに笑う枯葉坂。
若干不機嫌に思いつつも、健也は枯葉坂とは反対の方へと歩み出した。
この自称生死の狭間である夢から覚めるために。
だが、健也は足を止めた。
「最後に聞かせてくれ。枯葉坂、いや枯葉坂の人格を移植された俺の兄さん。アンタは俺の事どう思ってる? 死んだ今でも利用価値のある駒として見てるのか?」
「……今の私で良ければ、彼の言葉を代弁しよう……『健也、こんな形で生き別れたお前に会うのは心細いが、それでも、オレはお前を弟として愛しているぞ。本当なら、枯葉坂の人格を移植する前に、お前に会いたかった。元気でな、まだ死ぬなよ』」
「……兄さん」
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
「……さん、健也さん!」
「ん?」
真奈の呼びかけに健也は目を覚ました。どうやら気絶していたらしい。
「……ハッ!? 死んだママとパパに会った夢を見たネ!」
どうやらリキュールも気絶していたらしい。健也も夢を見ていたような気がするが、どうもボンヤリしてて思い出せない。
「えー、審査員二名が気絶してしまったのですが、解説のゴッドマン氏、いかが致しましょう?」
「そうでごわすね、二人の容体が心配である為、しばし休憩を挟んで二人の身体検査をして異常がなければ、次の試合に移りたいと思うでごわす」
「えーと、この場合の勝敗はどうなりますか?」
「デストロイヤークッキングは審査員の舌を破壊する競技でごわすが、舌どころか審査員の意識すらもデストロイさせてしまったので、勝者は真路 真奈にしたいと思うでごわす」
レフェリーのリキュールの代わりにゴッドマンがジャッジし、デストロイヤークッキングの勝者は真奈に決定した。
観客は大いに盛り上がっているが、たった一口で健也を気絶させてしまった自分のクソマズ料理に対して複雑な心境の真奈であった。




