第9話「真奈の憂鬱」
なんか、書いててこれで良いのかどうなのか分からないのが不安でしょうがない。
「ん、んん……もうこんな時間、起きなきゃ」
真路 真奈(17)。
彼女の朝は早い。
彼女はいつも朝の5時に起きる。理由としては、彼女が愛する荒蒔 健也の為に手料理を作るからである。
「よし、今日も張り切って頑張るぞ!」
パジャマから制服に着替え、その上からエプロンを掛けて料理の準備をする。
そして一時間後には母親が起きてキッチンへとやってくる。
「真奈、貴女また健也と言う人の為に料理を作ってるの?」
「うん! 今日も喜んで食べて貰いたいからね」
娘が好きな人の事を考えながら楽しそうに料理を弁当に詰めている姿を見て、彼女の母親は不安でしかなかった。
何故なら、荒蒔 健也がどんな人なのか知らないからだ。
それは母だけでなく、父も同じ思いであった。
娘が変な男に騙されているのではないのかと心配でならなかったが。
「ふんふふ~ん」
娘がこれ以上ないほどに幸せそうだったから何も言えなかった。
今まで我が儘一つ言わなかった娘が初めて「この人と結婚したい!」と主張してきた時は言葉を失った。
娘を突き動かす荒蒔とはどんな男なのか、一度会ってみたいと思う母であった。
〇 〇 〇
「健也さーん、おはようございまーす」
朝の7時。彼女は健也が暮らすアパートの前に立っていた。
だが、インターホンを鳴らしても出てこない事に不審に思いながら彼女は玄関のドアを開けた。
「失礼しまー……」
「さぁ健也! あの地味女が来る前にワタクシの用意した料理を食べてくださいな!」
「ちょ、頼むから俺のペースで食べさせてくれ」
そこには彼女の恋敵『小院瀬見 美娃』が先回りして自身の手料理を健也に食べさせようとしていた。
「こ、小院瀬見さーん!?」
「あーら来てしまいましたか、でも遅いですわ、ワタクシの方が先だったのですからユーターンしてお先に低俗な学校へと行きなさいな。このどうしようもないモブ庶民!」
「むぅぅぅ!? どうしようもないのは貴女の方です! 健也さんが困ってるではありませんか!!」
真奈と美娃の喧嘩は最早毎朝見る光景となっていた。
〇 〇 〇
――あー、嫌い、小院瀬見さん大っっっっっ嫌い! 何なのですか、あの自分勝手で周りを見ない自己中な人、本当に見てるだけでイライラします。
「おはよー真奈。あれ? 今日は何だか機嫌悪そうだねー」
「あ、ううん、何でもないよ」
学校に行く途中で親友の『朱音』に出会う。
その後ろから『美久理』『柚奇』『珈彌』の三人が現れる。
「おいーす!」「おはー」「ぼんじゅーる」
真奈を合わせたこの五人は親友なのだ。
真奈は交友関係が広く、この四人以外にも友達がいる。
人当たりも良く、誰に対しても礼儀正しく、温厚で優しくしてルックスもいい、故に彼女が通う高校では人気者であり、男子からはほぼ毎日のようにラブレターを貰っているが、当然全て断っている。
「ぐへ~、真奈っちはどうしてそんなにモテるかな~、胸か! おっぱいか! くっそぉ! 世の男子は大きい胸の方が好きなのかー!!」
「珈彌うるさい。モテないのはあんたがガサツなだけじゃないの? 真奈はふんわり癒し系だからモテてるんじゃん」
「はは、真奈もいい加減誰かとくっついたらどうなの? そうすればウザい男子からのラブレターも止まるでしょ」
昼休み、五人が机を囲んで弁当を食べながら、真奈の事を話題にしていた。
だが、当の真奈は今の自分の人気に対して快く思っていなかった。
何故なら、彼女は目立ちたくないからだ。
目立つと変に自分に対して嫉妬する者が現れたり、敵視してくる生徒、自分に近付きたいが為に争いを起こす生徒など。
目立てば目立つ程に面倒な厄介事やトラブルに巻き込まれる可能性がある。
それに、彼女は元々誰かを敵に回したくないし、普通でいたいから優しい自分を演じているだけなのに。
気が付いたら勝手に興味もない親友が沢山できるわ、好きでもない男子達にモテるわで困り果てていた。
何故こうも人気者に成り上がってしまったのだろうか?
やはり優しいだけでなく、自分のこの容姿のせいでもあるのだろうか?
男子なら誰もが釘付けになってしまうような大きな胸。
真奈にとっては、この胸がコンプレックスでしかなかった。
――はぁ、クラスの男子はよく私を嫌らしい目で見てくる。私を邪な目で見て良いのはこの世で一人だけなのに。
〇 〇 〇
「じゃあねー真奈ー!」
「うん、また明日」
今日も周囲に合わせて、演じたくない自分を演じきった真奈は一人、家に向かいながら考えていた。
――嫌だなぁ、誰かと争いたくないし、普通でいたいし、怒りたくもないし、怒られたくもないから優しく接してるだけなのに。いつまでこんな嘘の自分を演じ続けないといけないんだろ?
自分が愛する荒蒔 健也にまで、未だに偽りの優しい自分を演じ続けている。
せめて、好きな人の前でだけでも素直になりたい。
でも怖い、嫌われてしまうのではないのかと思うと。
そうこうしてる内に、真奈は家に着いて自室へと向かって、そのままベッドの上へと倒れ込む。
「……あー疲れたー」
何となく、今朝の小院瀬見 美娃の事を思い浮かべてしまった。
何故彼女に対してだけは、あそこまでイライラしてしまうのか。
それはきっと、彼女は自分を偽っていないからだ。ありのままの自分を健也の前で見せているからだ。
明らかに自分とは真逆のタイプ。だから嫉妬して、感情的になってしまうのだろう。
「もしかして、羨ましいの、かな?」
我が儘を言えば、自分勝手だと思われ、嫌われ、怒られる。
小さい頃にそう学習してしまったから、自分を表現するのが苦手になってしまったのかもしれない。
「私、意外と根暗なのかな」
………………………。
「あぁぁぁぁぁぁもう! これ以上悩むと余計辛くなってくる! 健也さんの所に行こ!」
彼女は制服のまま階段を下りて玄関まで向かった。
「ちょっと真奈!? 今帰って来たばかりでしょ!?」
「ごめんなさい! すぐ帰ってくるから!」
例え、嘘の自分を演じていたとしても、健也に対する想いにだけは嘘をつきたくない。
――会いたい! 早く会いたい!
彼女は必死に走った。
そして気が付くと、彼が住むアパートが見えてきた。
「よぉ」
だが、玄関の前には先客が居た。
杠 秋歌だ。
「ゆ、杠さん……」
「健也なら、まだ帰って、きてない、ぞ、残業かも、しれん」
「そう……ですか……」
彼女が肩を落とすと、秋歌はそのまま真奈に近付いて顔を覗き込んできた。
「え!? な、なに?」
「……お前、私と、同じで、嘘の自分を、演じている、な? 時折見せる、笑顔も、作り笑い、だろ?」
「!?」
どうして分かったのだろう。前から思っていたが、秋歌と自分は似ている部分がいくつかあると思っていた。
自分を表現するのが苦手。
だから見抜かれてしまったのだろうか?
「だが、お前と私で、決定的に、違うのは、私は、夢の為に感情を捨てざるおえなかった、のに対し、お前は周囲に合わせる為に、自分を抑え込んでる、似ているようで、違う」
「な、何故、そこまで分かるのですか?」
「……その薄っぺらい、偽善者、みたいな、笑顔を見れば、すぐ分かる」
やっぱり、秋歌は表情筋が死んでるせいで何を考えてるのか理解できない。
それでも……。
「ふふ、あはは!」
「? 何が、おかしい?」
「いえ、杠さん。貴女とは恋のライバルだけど、何だか貴女となら、本当の意味で仲良くなれそうな気がします。だって私達、似た者同士だから」
「そうか、私も、友人が、増えるのは、嬉いんぞ、まぁあのパツキンとは仲良く、なれないがな」
「あー私も思ってました! 小院瀬見さんは自分勝手過ぎますよね! 確かに羨ましいけど、でも仲良くなれる気がしません!」
「……ふふ」
「あはは」
何となくだが、本当の意味で友達ができたのは、これが生まれて初めてなのかもしれない。そう思った真奈であった。
「とおぉぉぉう! 誰かワタクシの噂をしましたね! バッチリ聞こえましてよ!」
二人が互いに打ち解けあっていると、近くの家の屋根の上から美娃が飛び降りて、二人の前に着地した。
「こ、小院瀬見さん!? なんで屋根の上なんかに!? と言うか普通に危ないですよ!」
「おーほほほ! 淑女たる者、優雅に華麗に登場するのは当然でしょ?」
「……相変わらず、非常識、な、奴だな、やはり、お前とはそりが、合わん」
近い未来、二人が美娃とも仲良くなれるとは、現時点では知るよしもなかったのであった。
周囲に合わせるって、なんか本当に疲れますよね。