第84話『与えられた力』
人によって与えられた力は異なる。
生まれた家庭、育った環境。
全ての人間が同じ人生を送れるわけがない。
故に、成功者と全く同じ成功を手にする事は不可能だ。何故なら、成功者と君は別人であり、境遇が異なるからだ。
なので、あくまでも成功者の成功体験は参考までに聞けば良い。無理して再現するから苦しい目に遭うのだ。
彼女もそうだった。
与えられた力をどう使うか悩んだ。
色んな成功者を参考にしたが、自分と同じ境遇の成功者なんて一人も居なかった。
だから彼女は悟ったのだ。
『別に無理して力を行使する必要はない』
それから、彼女は誰にも知られる事もなく、ひっそりと与えられた力の研究をしていた。
もしこの力を使って、将来こうなったら良いなぁ程度の気持ちであった。
そんな日々を過ごしている時に事件が起こった。
彼女の息子が何者かに誘拐されたのだ。
誘拐されてからの2年間、彼女は激しく取り乱した。
誰が見ても冷静ではなかった。
そして2年後に息子が見つかって彼女は安堵した。
もうこんな事は二度と起こらないだろうと甘い考えを抱いていた。
だが3年後、その甘い考えが打ち砕かれた。
息子を慕っている女の子のソロライブで、女の子の頭上に無数の照明が落下したのだ。
それを見ていた彼女は、その照明が自然落下ではなく人為的な、完全なる悪意によるものだと理解した。
どうして?
ただ自分達は平穏に暮らしたいだけなのに。
どうして?
自分達を危険に晒すの?
どうしてどうして?
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして――
――プツン。
と、彼女の中で何かが切れた。
許せない。こんな理不尽許せない。
それからである。与えられた力が将来こうなったら良いなぁ程度の願いが、まるで一本の真っ直ぐな軸が中に差し込まれたかのように『与えられた力は想い描いた通りに使って実行せねば!!』に変わったのだ。
そこから彼女は生まれて初めて自発的に行動した。
まずは、目の前で起こった理不尽の元凶を殺す。
今手元にある力を使って彼女は、その元凶の行方を知る人物と接触した。
その人物は対価を要求してきた。
なので彼女は◾️◾️◾️を差し出した。
正気ではなかった。普段の彼女なら、そんな大事なものを差し出すわけがない。
だが今の彼女は元凶を殺すことしか考えてなかったのだ。
○ ○ ○ ○ ○
「まさか、君が先に私の元に辿り着くとは、予想外だったよ」
枯葉坂は心底驚いていた。自分の元に辿り着くのは荒蒔 健也か、もしくは荒捜 意思男だと考えていたからだ。
しかし、目の前に居るのは予想外の人物であった。
荒蒔 火盧理。
彼女はもっとも警戒するに値しない無害な人物。
今後なんの脅威にもなりえない存在だと思っていたのだから。
「この際、どうやって私の元に辿り着いたかまでは問うまい、目を見れば分かる。私を殺しに来たな?」
「そうね。私達の人生において、貴方は邪魔な存在でしかない。だから葬りに来たの」
「随分とまぁ、穏やかじゃないな。君はもっと大人しい人物だと思っていたのだがね」
「……」
お前のせいで大人しくできなくなったんだろ。
そう思ったが、火盧理は敢えて口には出さなかった。
目の前の息子に似た人物の表情を見れば分かる。
自分は正しいと確信してる顔だ。
自分がどんな悪行に手を出しても、全てを正当化する理不尽の塊。
生かしておく価値はない。
「それで? 私をどうするね?」
「今の私は正気じゃないと思うわ。だからさっさと終わらせましょう」
そう言うと、火盧理はゆっくりと枯葉坂に歩み寄ってきた。
本当にゆっくり。両手の力を抜いて散歩するかの如く歩みを進める。
「……!」
その姿を見た枯葉坂は確信した。
勝てない。
あらゆる戦場を経験した枯葉坂ですら、目の前にいる12歳ぐらいの女児の姿をした女を相手にして勝てるイメージが湧かない。
そのまま、枯葉坂は何も出来ないまま、火盧理の接近を許してしまい、火盧理は人差し指一本を枯葉坂の額に当てた瞬間であった。
「ぐぅ!?」
枯葉坂は下半身の力が抜けたかのように、その場で足元が崩れて片膝をついた状態となった。
押し返してもびくともしない。
たかが指一本に対して何もできない。
これはただの筋力ではない。何かしらの技術、つまり日本古流の武術の技であると判断したが。
レベルが違いすぎる。古流武術の欠点は習得に時間がかかりすぎることだ。
何故なら、人間は普段から筋力を使っているが、古流は筋力を使わない技術である為、基本だけで10年かかり、本格的に習得するには20年かかるとも言われている。
今、火盧理が使ってる技は、何十年の時間を費やして手に入れた達人の技。
枯葉坂は数多くの実戦を経験したが、それを遥かに凌駕する技。
一体、何者なんだ、この女は。
「くそぉぉ!!」
枯葉坂は懐からナイフを取り出そうとしたが、気が付いたら、うつ伏せに倒されていた。
「!!?」
いつの間に?
「動かないでください。動いたら私の指が貴方の喉に穴を開けます。それとも、その手に持ってるナイフで私を殺すのが先か、貴方が死ぬのが先か、早さ対決でもします?」
「お前は、何者だ……!」
「何者でもない。何処にでもいる、ただ息子と息子を慕う女の子達の日常を守りたいだけの主婦よ」
○ ○ ○ ○ ○
『まぁ、それからは情け無い話、私は荒蒔 火盧理の要求を聞かざるおえなかった。別に死ぬのが怖かったわけではない。ただ、あの女は私が積み上げてきた計画全てを破壊し尽くす可能性があると判断した。だったら私の計画をあの女に譲った方がマシだと思ったわけなのよ』
ドリーちゃんから火盧理とのやり取りを聞いて健也は考えた。
「それで、何故俺の母さんは姿を消したんだ?」
『意思男が原因だろうねぇ。彼はもっと慎重になるべきであった。なのに先走って返り討ちにあってしまったんだよ。その後の足取りは分かってない。そもそも意思男が消えるのは分かるが、火盧理が消える理由が全然分からない……もしくは、君達が彼女の正体に気付いたかもしれないと思って逃げたか?』
「どうだろうな。それで、俺は何をすればいい?」
『そうだねぇ、まずは君の事が大好きな女の子達にでも頼ったら? 彼女達も今頃気付いてる頃だと思うし』
「……」
『彼女達を巻き込みたくないとか考えてる? 無駄だよ、彼女達はもう無関係ではない、彼女達の力を借りるのは悪い事ではないと思うよ?』
「なんかお前に言われると釈然としないな」
『まぁね〜。それじゃ、何かあったらまた出て来るから、ひとまずじゃあね〜』
そう言い残すと、パソコンの電源が勝手に切れた。
今後どうするかは、彼女達と話そうと思う健也であった。




