第78話『仮面のような顔』
「悪を知らない悪者?」
ヤソカの言葉が理解できない健也。そんなことお構いなしにヤソカは続ける。
「では質問だ。荒蒔君、君は人を傷付けること、人を殺すことはいけないことかい?」
いまいちヤソカの意図が分からないが、健也はその質問に答えた。
「そんなの悪い事に決まってるじゃないか」
「それは君が決めたことか?」
「え?」
「人を傷付け、殺害することは悪いことだ。そんなの幼稚園児でも分かる事だ。では何故? 何が悪いんだ? 君はそれを理解してるのか?」
言葉が詰まった健也を見てヤソカが続ける。
「そう、君は根本からそれらを理解していない。自分以外の人間が、そうしてるから君はそれに合わせてるだけだ。本当は殺傷について、何とも思ってないんだろ?」
「違う! 俺は本当に人を傷付けるのが怖い!」
「……それは、誰かの真似か? 誰かが怖い怖い言ってたから、自分も真似て普通を装っていたんじゃないのかね?」
ヤソカがそう指摘すると、天ヶ屋がヤソカの胸ぐらを掴んだ。
「おい、これ以上健也を惑わすな外道」
「……ク、ハハハ! 天ヶ屋さん天ヶ屋さん、振り返って荒蒔君の顔を見てみなよ!」
「あぁ?」
天ヶ屋が振り返って健也の顔を見たら。
そこには表情一つ変えていない健也が居た。
まるで仮面のような、感情が表に出ていない無の表情がそこにあった。
「健也、お前……なんでそんな顔してるんだ?」
さっきから感情的になって叫んでたわりには、何にも感じてないような印象を受ける。
異常な光景であった。
「おかしいよね? さっきから『怖い』『悪い』とか言ってるけど、叫んでるだけで荒蒔君の顔は微動だにしてないよ?」
天ヶ屋、意思男、看守四名の視線が健也に集中する。
「何言ってるんだヤソカ、俺はこんなにも怖がってるだろ? みんな、こんな奴の言うこと信じるな!」
そうは言ってるが、健也の表情は全然動いてない。
「健也お前、自覚してないのか? お前の今の顔を鏡で見てみろや」
動揺する意思男に指摘された健也は、何も映ってないスマホの画面を鏡代わりにして自分の顔を見た。
「!? え、なんで? 俺は怖がってるし、ヤソカに怒りを感じてるはずなのに、なんだこの顔?」
「気付いてなかったんだねぇ、一緒に働いてた頃も、君が組織に居た時も、ボクが正体を明かした時も、全て全て、その顔だったよ? 君が本気で怒って、泣いて、怖がってる顔や姿なんて見たことない。それで普通の人間のフリをしてたつもりだったのかい?」
「ッ!」
嘘だ。もしかしたら、単に感情が表に出てなかっただけなんじゃ……。
「君は悪を理解してないだけじゃなく、自分の心すら理解してなかったんだね。あ、もしかして自分で自分を偽ってたのかい? こりゃ傑作だ!」
一人で高笑いするヤソカの顔面にハイキックを入れる健也。
「黙れ」
「見てよ天ヶ屋さん、意思男君、ボクを蹴った荒蒔君の顔」
「黙れ」
更に膝蹴りを入れる健也。
「ねぇ、どうしてそんな顔でボクに暴力を振るえるの? やっぱり人を傷付けるのなんて君にとっては、どうでもいい行為なんじゃないかい?」
「黙れ、殺すぞ」
そう言って、健也の指先に力が入って、そのまま空手で言うところの貫手でヤソカの喉を狙った。
「やめろや健也! 本気で殺す気かお前!?」
意思男に手首を掴まれ、寸前のところで健也の手は止まった。
「……あ、俺は……なにを?」
ようやく冷静になった健也にヤソカが笑みをこぼす。
「これで分かったろ? 荒蒔 健也は人を傷付ける事に何とも感じてない。今まで普通のフリをしてた異常者だったことが証明された。これでもまだ、君達は荒蒔君の味方でいられるかい? こんなキチガイに」
周囲の空気が重くなる。
一瞬の沈黙の後、意思男が口を開いた。
「アホくさ」
「ん?」
「アホくさいんじゃボケ、健也が異常者なのは分かった。だから何や? それでも健也は人を無闇に傷付けるわけやないんやろ? それに、健也本人が善悪の区別付かないなら、これから学んでいけばいいだけやろ」
「あれ? 意思男君って、そんなキャラだっけ? 平気で傷付ける人間は大っ嫌いなはずだったけど、おかしいなぁ。過去のデータでは、そうだったはずなのに」
「バカやなお前、人は不変な存在なわけがあるかい、人は常に成長する生き物なんじゃ、過去のデータとかで今を判断するなや」
意思男の意外な反応に首を傾げるヤソカ。それに続いて天ヶ屋も言った。
「一瞬、健也もヤバい奴かと思ったが、意思男の言う通りだ。健也が人として欠けてる部分があるなら、これから変えていけばいい。お前の魂胆は健也を孤立させる事だったろうが、残念だったな」
「天ヶ屋さんまで……あーあ、荒蒔君をボッチにする作戦は失敗か、最後の悪足掻きだったけど、無念なり」
そう言い残して、ヤソカは看守達に運ばれながら牢屋に戻された。
○ ○ ○ ○ ○
「おじさん、天ヶ屋さん、俺は……」
「ヤソカの事は気にするな。まぁ帰ったら一杯やろうや」
留置所から出た健也達は帰り道にそんな話をしていた。
「しかし、ヤソカの正体が電子複製体だったとはな、これで一番懸念すべきことが出てきたな」
天ヶ屋は深刻な顔で答えた。
「ヤソカは一人じゃないってことがな。心をデジタル化し、複製して他者に譲渡する。つーことはよ、顔は別人だが中身がヤソカのヤソカが他にも居る可能性が出てきたな」
「それも置いといて健也、ちょっとこっち向けや」
意思男に言われて意思男の方を見ると、意思男に両方の頬を両手で軽く叩かれた。
「お前は少しずつで良い、昨日までの自分を超えろ、超え続けろ、その先にお前の望むお前がおる、自分に負けるな」
「……分かった。俺、ヤソカの言う通り、なんで人を傷付けちゃダメなのか理解できてなかった。だから俺は知りたい、その答えを」
「おう! 頑張れや! 挫けそうになったらワイが背中を叩いてやるわい!」
自分を変える決心をした健也は、そのまま天ヶ屋、意思男と別れて自宅に向かうのであった。
昨日までの自分を超えるために、自分を慕ってくれる女の子達を悲しませない為に。




