第71話『まだ知らなくて良い真実』
「これから『邪悪』についての議論を始める」
意思男は枯葉坂を実質的に殺害した邪悪についての議論を、火盧理と健悟郎の三人ですることとした。
「議論ってことは、意思男君は誰が『邪悪』なのか知りたいわけだね?」
「せや、元々ワイが直接枯葉坂をぶん殴りたかったのに、その機会を奪っただけやない。どんな魔法を使ったか知らんが、その『邪悪』って奴は枯葉坂を死に追いやった。このまま放置できへん」
意思男の言葉を聞いて火盧理は口を開いた。
「ねぇ意思男。何を気にしてるの?」
「なんや姉貴?」
「その『邪悪』ってのが何なのか知らないけど、別に知る必要なんてないんじゃない?」
火盧理の言葉に意思男は驚いた様子を見せる。
「なんでや?」
「だってもう私達を脅かす存在は何も居なくなったのよ? 私達を苦しめた荒覇芭木、偽善悪、そして健也を拐った謎の組織。結果はどうであれ、私達は平穏を手に入れたのだから、もうこれ以上足を踏み入れる必要ないんじゃない?」
その言葉を聞いて意思男は歯を強く噛み締めた。
「わかってへんな姉貴は、三年、三年やぞ? ワイが三年間探してた組織がどこの誰かも分からん奴がたったの一手で王手を掻っさらって行きよったんやぞ! ハッキリ言って危険や! 今は平気やが、もし『邪悪』が牙をこちらに向けてきたらどないする! 姉貴はまだ『知らなくても良い』とかぬかすんか!」
意思男が興奮する様を見て健悟郎が間に入った。
「落ち着いて意思男君、君は神経質になりすぎだ」
「……健悟郎、お前はお前で冷静すぎひんか?」
「そりゃね、意思男君とは長い付き合いだ。僕か意思男君のどちらかが暴走したら、どちらかが冷静になって抑える。学生の頃からやってたじゃん」
健悟郎の屈託のない笑顔に頭に昇った血が少し下がった意思男は一応落ち着いた。
「……昔はお前が一番のロリコン暴走列車やったのにな……わかった。取り敢えず今後の事を話そうや」
ここは居酒屋なので、何も注文しないわけにもいかない事を思い出したかのように、意思男達は料理と酒を注文した。
「まぁなんや、健也が言ってた事がどこまでが真実か知らんが、健也に付着してた血液が本当に枯葉坂のものなら……本来はどれだけ悪い奴でも、他人の死を喜ぶような真似はしたくないが、本当に死んだなら、これから先どうなると思う?」
「うーん、枯葉坂と邪悪がどんな取引をしたか知らないけど、僕の予想では、この後トップを失った組織は分裂するか、もしくは自然消滅するんじゃないかな?」
「だとええけどな」
枝豆を食べながら火盧理も会話に入った。
「仮に組織が残ったとしても、枯葉坂が『戦う必要がなくなる』って言ってたなら、少なくとも、もう健也や他の子達が狙われることもない……と、信じたいわね」
「あーもう、マジどこの誰なんや、その邪悪ってのは?」
頭を掻きながら意思男はビールをイッキ飲みした。
「で? 意思男君はどうするの? 僕と火盧理たんの意見は『現状維持』をすることにするよ。邪悪が敵になったら嫌だしね」
「ん、そか、ワイは邪悪が誰なのか探るわ、姉貴や健悟郎はなるべく巻き込みたくないしのぉ、ワイ一人の方が何か起こっても全てワイの責任になる」
「まーた意思男君は自己犠牲みたいな事をするなぁ、僕達は手を出さない。けど、何か分かったり、一人じゃ何もできなくなったらすぐに僕か天ヶ屋さんに頼ってね」
「安心せぇ、ガキの頃みたいに一人で突っ走ったりしないわい……とは言ったものの、ワイは一つ気掛かりがある」
少し間を置いてから、意思男は口を開いた。
「健也はどうするんや?」
「健也?」
「せや、確認してないが、唯一枯葉坂の死と邪悪に遭遇したのは健也だけや。当事者である健也本人はどう行動を取るかが気掛かりや、健也も現状維持派か?」
「……どうだろ? 健也はまだ混乱してるっぽいから、僕達は健也が頭の整理ができた頃に聞いてみるよ」
「……私は、健也には何もしてほしくない……かな」
少し元気がない様子で火盧理は言った。
「……やっぱ怖いか? 姉貴」
「当たり前よ。ようやく手に入れた平穏、健也や、健也を慕ってくれるあの子達には普通に暮らしてほしい。それが私の願い、もう健也が危険を冒す必要はないと私は思ってるわ」
「……それは、健也本人の意思を尊重すべきやな。もし健也も現状維持ならワイは何も言わん。だが、健也もワイと同じ意見なら、ワイは全力で健也を守りながら真実を探ってみるわ」
「その時はよろしくね、意思男」
〇 〇 〇 〇 〇
居酒屋を出た後、意思男は健悟郎と火盧理と別れた後、一人である場所に向かった。
「……ずーと、ずーと違和感を感じてた事があったんや」
意思男が向かった先は、アヤナ探偵事務所であった。
「アヤナの嬢ちゃん……二年間一緒に行動してたから分かる……お前さんはなんでアイツの事を知ってたんや? 知ってたのに何故教えてくれなかった? 何か隠してたんやないやろうな?」
意思男が事務所の玄関に手を掛けようとした時であった。
「動くなおっさん」
「……よぉ、霧神のがきんちょか」
意思男の背後には霧神が立っていて、その手にはナイフが握られていた。
「はぁ、あの探偵女の言う通りだったな、本当におっさんが現れやがった」
「なんやなんや? かつては狂犬だったお前がアヤナの嬢ちゃんに飼い慣らされたか?」
「ハッ、アホぬかせ、オレは金で動いてんだよ。あのイカれ探偵女から伝言を預かってる『真実を知りたきゃ証拠を集めてこい』だとよ」
「おいおい、ますます怪しいやないか、怪しさ隠す気ないな?」
「全くだ。んで、これはオレからのお願い『あの似非探偵女を追い詰めろ』だ。そんときゃ、オレはおっさんに味方してやるよ。まぁおっさんが、オレ達に納得できる物を用意できたらの話だがな」
そう言うと、霧神はナイフを収めた。
「つーわけで、今は事務所は営業時間外だ。後日出直して来てくれや。またここに現れる頃を楽しみにしてるぜ、おっさん」
「おう、期待しとけや、がきんちょ」
そう言い残し、意思男はその場を後にした。
どうやらまだ、全てを知る時ではなかったようだ。




