第6話「トリプルデート『秋歌』編」
そう言えば、もう長い間水族館に行ってないな。
彼女でもできたら行ってみるか。
「よくぞ、来たな、荒蒔、健也、お前が、来るのを、待ち望、んでいた、ぞ」
「何そのラスボスみたいな台詞」
龍魚水族館内レストラン。
その真ん中のテーブルで一人コーヒーを飲んでる黒髪眼鏡の少女『杠 秋歌』が居た。
PM12:30。
「何してる、早く、座れ」
「あ、いやー……」
俺は秋歌ちゃんの服装を見て思った。
ロゴの入ったシャツの上からパーカーを羽織って、更にその上から斜め掛けのカバンを下げていて、下はデニムパンツとスニーカー。
そして頭にはベレー帽を被っていた。
何処と無くボーイッシュな服装だ。
「なんだ? 私に、見惚れ、たか?」
「あ、ごめんごめん。今座るね」
俺は急いで秋歌ちゃんの向かいに座った。
「そ、それじゃ何食べようか?」
秋歌ちゃんとは、昼食を先に食べてから館内を回る予定となっている。
「ん、私はもう、食べた、だから、健也は、気にせず、注文しろ」
「そ、そう? では遠慮なく」
俺はこのレストランのおすすめであるカツ丼を頼んだ。
10分後にはカツ丼は俺の前へと出された。
「それでは、いただきます」
「……」
「もぐもぐ」
「……」
「……」
み、見られてる。なんか凄い見られてる。
しかもこの無言。何か喋るべきか?
「あ、秋歌ちゃんは、水族館で見たいものってある?」
「特に、ない」
えぇぇ!?
「じ、じゃあなんで俺を水族館に誘ったの!?」
「別に、単に、デートの定番と言えば、水族館だと、思っただけ、なので深い意味は、ない」
ますます分からない。物静かな印象があるとは思っていたが、もう何考えてるのか分からない。
「それに私は、健也とお出掛けできる、なら、どこだって、いい、健也が隣に居るだけで、私は、満足、だ」
表情が全然変わっていないが、彼女なりに喜んでいるのだろうか?
それならそれで俺も嬉しいのだが……。
「……じー」
「そ、そんなに見詰められると食べにくいのだけれど……」
「気にするな、私が、先に食べた、理由は、健也が何かを、食べてる姿を、じっくりと観察、したかった、から、だ」
「そこに何の意図が?」
「好きな男が、食べてる姿は、子供みたいで、可愛いと、思った、だから私に、もっと食べる姿を見せろ」
〇 〇 〇
PM1:10
俺は秋歌ちゃんにじっくりと観察されながら食事を終えて水族館の受付に居た。
あんなに食べにくい食事は初めてだった。
「二名様ですね。どうぞお楽しみ下さい」
事前に受付の人とは口裏を合わせていたから、俺を今日初めて来た客として扱ってくれた。
これで怪しまれる事なく館内を回れる。
そして、俺達は水族館のクラゲコーナーに居た。
水族館と言えば照明が暗く、水槽内はライトで照らされているが、筒状の水槽がいくつもあるこのクラゲコーナーは一段と照明が暗く、それぞれの水槽が違う色のライトで照らされていることによって幻想的な雰囲気に包まれていた。
よし、ここは一つ、俺がネットで得た情報を秋歌ちゃんに披露してやろう。
「秋歌ちゃ……」
「水族館の照明が暗い理由だが、あれは、水槽内の魚達に、私達人間が見えないように、するための、配慮だ、そうだ」
言われてしまった。
「しかし、なんだ、こうしてると、私達、カップルみたい、だな、このまま付き合うか?」
「い、いやぁ、まだ友達のままでいいかな……」
「……まぁ、いいだ、ろう、いずれあの二人を出し抜くから」
やっぱり秋歌ちゃんも真奈ちゃんと美娃ちゃんとは仲良くするつもりはないらしい。
どうやったら、この三人は仲良くなってくれるだろうか?
「それより健也、お前に伝えたいことが、ある」
「ん? 何かな?」
「十年前の約束、覚えてるか?」
「えっと、結婚の……」
「それじゃない、言ったろ、『私が夢を叶えたら結婚する』と」
夢? なんだっけ?
「……その様子だと、覚えてないよう、だな」
「ご、ごめん」
「謝るな、私は怒ってない、覚えてないならそれで、いい、だから、私を褒めてくれ」
秋歌ちゃんはベレー帽を外して頭を差し出してきた。
「え、と」
「健也、お前のお陰で、この十年間、夢に向かって頑張れた、その褒美をくれ、でないと、私は、今までの努力が、報われ、ない」
秋歌ちゃんの手が震えている。
秋歌ちゃんは、この十年間何を頑張ってきたのか、忘れてしまった俺では想像出来なかった。
それでもいいから褒めてくれと言ってきている。
「……」
俺は秋歌ちゃんの頭に手を置いて、そのまま優しく秋歌ちゃんの頭を撫でた。
「秋歌ちゃんが俺の為、そして自分の為に頑張ってきた事は充分伝わったよ。ありがとう、そしてよく頑張ったね。今度その夢の話を聞かせてよ。楽しみにしてるから」
「!」
俺はそのまま秋歌ちゃんの頭を撫で続けていると、秋歌ちゃんは涙目となった。
「良かった、良かった、本当に良かった……!」
嬉しさの余り彼女は涙を流し始めた。
それを見て俺は思い出した。秋歌ちゃんが十年前に俺に告白した時も涙を流していた事を。
あぁ、そうだ、思い出した、秋歌ちゃんの夢は……!?
「な!?」
俺は咄嗟に秋歌ちゃんを抱き寄せて、水槽の影に隠れた。
「け、健也!? 急に、どうした!?」
あ、あぁ、なんで、なんで真奈ちゃんがここに!?
クラゲコーナーの入口付近でさっき帰った筈の真奈ちゃんが居た。
照明が暗いお陰でこちらに気付いてないようだが、このままでは見付かってしまう。
「健也、突然、こんなことされると、びっくり、する」
「ごめん、だけど秋歌ちゃん聞いてくれ」
俺は秋歌ちゃんに真奈ちゃんの存在を悟られないように誤魔化す事にした。
「実は今、俺の会社の同僚の姿が見えたんだ。こんなところ見られるとなんか気まずい、だからバレないようにここから出よう」
「……わかった、そう言う事なら、協力しよう」
よし、真奈ちゃんに見付からないように、俺達はクラゲコーナーの出口へと向かった。
〇 〇 〇
「はーい! 今からイルカさん達のショーが始まりまーす!」
PM14:30。
俺達は真奈ちゃんに見付からず、何とか人の多いイルカショーの会場に移動できた。
会場を埋め尽くす程の観客、これなら容易に見付かる事はないだろう。
「ふむ、イルカショーか、悪くないな」
秋歌ちゃんは泣き止んで、いつも通りのクールな感じに戻っていた。
「それはそうと、なんで最前列にしたの? こんなに前だと水飛沫が飛んでくるよ?」
「それが狙い、だ」
と言って、秋歌ちゃんはパーカーを脱いでシャツ一枚となった。
「え!? 何故脱いだの!?」
「濡れたい、から」
やっぱこの子、何考えてるのか理解できない。
そしてショーが始まり、それを眺めていると案の定、水飛沫がこちらに飛んできた。
「うわ!?」
そんなに大量ではないが、微量ながらも水飛沫を被ってしまった俺。
持ってきたハンカチで水を拭っていると、隣に居る秋歌ちゃんが不機嫌そうにしていた。
「え? どうしたの?」
「チッ、訓練のなってない、イルカだな、もっと水かけろよ」
えぇ!?
「水で濡れて、服が透けて、私のスレンダーなボディが健也に、見えるように、したかったのに、残念過ぎる」
そんな狙いがあったの!? こんな人が多い場所で何しようとしてるのこの子は!?
本当に水飛沫が微量で良かった。
〇 〇 〇
PM3:00
ショーは終わって、俺達は水族館の出口に立っていた。
「健也、今日は楽しかったぞ、その、褒めてくれて、ありがとな、元気が出てきた」
無表情すぎていまいち感情が読み取れないが、満足して貰えたなら、それはそれで良かった。
「健也、今度、私の夢の話を、聞かせてやる、その時は今日以上に、褒めろ」
「あぁ、分かったよ。それと秋歌ちゃん」
「なんだ?」
「頑張れ!」
「っ!?」
秋歌ちゃんは、ベレー帽で顔を隠しながら、俺に背を向けた。
「……頑張る、また勇気を貰ってしまった、な」
そう言い残し、秋歌ちゃんは迎えに来た親御さんが運転する車に乗って帰って行った。
「……ぶはぁ! つ、疲れた、なんでさっき真奈ちゃんが居たんだろ?」
きっと館内にはまだ真奈ちゃんが居るかもしれない。そうなるとこの後のデートはどうすべきなのだろうか?
「次の待ち合わせまで、後30分か、結構余裕があ……」
「おーほほほ!」
聞いた事のある笑い声を聞いた俺は、聞こえた方向に視線を向けると、そこには見覚えのある少女が居て、そのまま俺に抱き付いてきた。
「あーん健也健也! 待ちきれず会いに来て差し上げましたわよ!」
金髪のお嬢様『小院瀬見 美娃』が予定よりも早く現れた。
デートの最終局面が始まる。
秋歌ちゃんの夢が何なのかはまたの機会に。
次回は修羅場な展開にしたいな。