第5話「トリプルデート『真奈』編」
ラブコメのエッチなトラブルって、どこまでなら許されるのか分からない。
龍魚水族館。
『北アルプスの渓流から深海まで』をテーマにした水族館で、現在現存する日本の水族館の中では歴史が最も長く、地元の水生生物の飼育に重点を置いた展示が特徴である。
それだけでなく、中にはレストランもあり、グッズ販売もしており、水族館の向かいには日本一海に近いテーマパークがある為、水族館を回った後に遊びに行く事ができる地元では有名な場所だ。
AM10:30。
龍魚水族館入口前の広場。
「……とうとうこの日が来てしまったか」
俺はあの後、何度もデートプランを練り直した。やっぱり同じ時間に三人にバレずに三人と同時にデートすることは不可能である事が発覚した俺は寝不足と休日出勤のダブルコンボを喰らい発狂しそうになりながらも、三人と連絡を取り合いながら、なんとか予定を組むことができた。
「う、眠い、いや我慢だ!」
自分に喝を入れて気合いを入れていると、前方から真奈ちゃんが現れた。
「すみませーん、お待たせしました!」
「いや、いいよ、俺も今来たところだから」
真奈ちゃんの服装を見て俺は少しドキッとしてしまった。
大人しそうな真奈ちゃんにぴったりの清楚な白のワンピースの上から薄い生地のベージュのジャケットを羽織って少し大人びた感じの服装をしていた。
なんだろう。真奈ちゃんは他の二人に比べたら発育が良いせいか、本当に大人みたいに見えて変に意識してしまう。
いやダメだ! 年下の子をそんな目で見るな!
「きゃ!」
「え!? どうしたの?」
「いえ、その、私服の健也さんがあまりにもかっこよすぎて目眩が……何度も見てる筈なのに……やっぱり良い」
「? 何度も? 真奈ちゃんと再会した時からスーツ姿しか見せてない筈だけど?」
「あぁぁ!? い、いえ何でもないです! さぁ行きましょう!」
なんか顔を赤くしながら、はぐらかされてしまったが、真奈ちゃんは俺の手を引きながら入口へと向かっていった。
普通、男が先にエスコートすべきなんだろうけど、俺は女の子と出掛けることは、これが初めてなのでどうすべきなのかよく分からない。
あれほどデート講座を読んだのに全然実践できてない。本当に大丈夫だろうか?
〇 〇 〇
「二名様ですね。どうぞお楽しみください」
受付を済ませた俺達は早速館内を回ろうとしたが、受付から少し離れた位置で真奈ちゃんを待たせてから、俺は一人で受付に引き返した。
「あの、すみません。俺この後二回程ここに来ますけど、二回とも今日初めて来た客として扱っては、くれないでしょうか?」
「え? あ、はい? 分かりました」
受付の人と事前に口裏を合わせてから、俺は真奈ちゃんの元に戻った。
「ごめん、お待たせ」
「何してたのですか?」
「いや何でもないよ! ほら行こう!」
「はい!」
真奈ちゃんは堂々と俺の手を握ってくる。
あれ? 俺が読んだデート講座では、ロマンチックな場所でさりげなくすべきとあったけど、真奈ちゃんの方から手を繋いできた。
柔らかいな、女の子の手って、こんなにも柔らかいのか。
その後、俺達は館内を回りながら、この水族館の目玉であるアクリル製の巨大水槽トンネルの中に居た。
「うわー凄いです! すぐ真上をお魚さん達が泳いでます!」
「ところで知ってるかな真奈ちゃん。ここのトンネルは日本で初めて導入されたアクリル製トンネルなんだよ」
「へぇーそうなのですね! 健也さん物知りです!」
まぁネットで調べた情報だけどね。
「なんか、こうして二人になるのは十年振りですよね」
「あぁ、俺が初めて真奈ちゃんと出会った頃の話?」
「はい、まぁあの時の約束が嘘だった事に関してはショックでしたけどね」
「いや悪かったって! 君に嫌な思いをさせたくなくて、ついやってしまったことで……」
「……ふふ、冗談です。もう気にしていません」
天使のような笑顔を浮かべながら真奈ちゃんは少しからかったように笑った。
「でも、それだけ健也さんが優しかったってことですよね。あの二人にもしたように」
あの二人『美娃』ちゃんと『秋歌』ちゃんの事か。
あの二人にも申し訳ない事したなと思っている。
「それでその、真奈ちゃんはまだ俺と結婚したいと思ってる?」
「はい、諦めていません。例え健也さんが他の女の子と仲良くしていてもです。この十年間の想いはそう簡単には変わらないものなのですよ?」
「そ、そっか」
こりゃ俺を諦めさせるのは難しそうだな。
俺達はその後も会話を楽しみながら、館内のふれあいコーナーに移動した。
ようするに、ヒトデとかナマコを素手でおさわりできる場所だ。
「見てください健也さんナマコです! 私初めて触りました!」
ナマコを素手で鷲掴みする真奈ちゃん。女の子なら普通嫌がるようなものだけど、真奈ちゃん意外と肝が据わってる方だなと思った。
「うわ、すごい、プニプニします」
真奈ちゃんはナマコを持ち上げて、自分の顔の前でナマコを両手でプニプニし始めた。
「あ、真奈ちゃん、あんましナマコを刺激したら……」
「きゃ!?」
ナマコは外敵から身を守る為にキュビエ器官と呼ばれる白くて粘液を絡んだ糸状のものを体内から放出して外敵から身を守るそうだ。
そのキュビエ器官を顔にかけられてしまった真奈ちゃんはびっくりしてナマコを水槽に落としてから数歩後退りした。
「だ、大丈夫真奈ちゃ……ッッ!?」
「う、えぇ、白くてベタベタしたものが顔に付いてしまいましたー。気持ち悪いです」
俺としたことが、真奈ちゃんに注意するのが遅れてしまった!
ど、どうすればいいんだ? えーと、確か『舐める』だっけ? 昔ネットの知恵袋で見たような気がするが……。
い、いやいやいや! 女の子の顔を舌で舐めるとかアウトだろ!
他の方法を……あ。
「すみません! 塩ありますか!?」
俺は近くの飼育員さんに塩があるか確認した。
「はい、ありますよ。たまにナマコを触っていてキュビエ器官の餌食になってしまうお客様が居るので」
「良かった! お借りします!」
俺は飼育員さんから塩を貰い、それを手の上に乗せた。
「真奈ちゃん。少し我慢してね」
「ふぇ?」
俺は塩を乗せた手で、真奈ちゃんの顔に付いたキュビエ器官に触れた。
「ひゃ!?」
真奈ちゃんの体がビクッとなったが、俺はそのまま真奈ちゃんの顔を塩で揉み始めた。
「真奈ちゃん、すぐ取れるから我慢してね!」
「あ、ひゃ、そんな、くすぐった、あ、ぁあぁあ!!」
〇 〇 〇
PM12:00。
「あー楽しかったですー」
「あぁ、楽しかったね」
俺達は館内を一周して出口付近に居た。
あの後、飼育員さんの指示で上手くキュビエ器官を取ることができた。一時はどうなることかと思ったが、無事に済んで良かった。
「これからもまた二人っきりでお出かけして、お話しましょうね健也さん!」
二人っきりか、やっぱ他の二人とは仲良くする気はないのかな? 俺的にはこの三人は仲良くなってもらいたいものだ。
「そうだね、その時にでもいいから聞かせてほしい事があるんだけど」
「なんでしょう?」
「真奈ちゃんはこの十年間どう過ごしていたのかな? それが気になっていて」
「!!?」
真奈ちゃんはその質問を聞いた瞬間、驚いた様子で目線を下げてしまった。
「あ、あれ?」
予想外の反応に戸惑う俺。何か良くない事を聞いてしまったのだろうか?
「え、と、料理、そう料理の修行をしてました! 以上です! 健也さんこの後用事があるのですよね、ではここで失礼致します! また明日お会いしましょう!」
「あ、ちょっと……」
そそくさと足早に立ち去っていく真奈ちゃん。
その後ろ姿を見送った後に俺は思った。
「……第一関門突破。あれで良かったのかは疑問に感じるが、取り敢えず真奈ちゃん攻略成功」
続いては、この水族館のレストランで待ち合わせしている『秋歌』ちゃんだ。
「待ち合わせまで後20分か。余裕だな」
今のところは順調。この調子で第二関門へと足を進める。
〇 〇 〇
「あー緊張したー。健也さんの手、大きくて男らしかったなぁ……あぁ、あんな手で顔を触られるなんて幸せ。あの二人にも自慢しよっと」
意気揚々と帰路に着きながら、真奈は疑問に思っていた。
「健也さん。この後用事があると言ってたけど、誰かと待ち合わせしてるのかな?」
気になる。
「……」
踵を返して真奈は再び水族館へと向かった。
今日は日曜日だけど人がそんなに多くなかったのに、何故一日全てを使ってデートしなかったのか気になってしまった。
「なんか、怪しいですね」
そう思っていると、真奈の隣を高級そうなリムジンが通り過ぎて行った。
「あら?」
「どうなさいましたか? 美娃お嬢様」
「何故あの女がここに? ……ま、どうでもいいですわね」
波乱を迎えそうな予感のデートは中盤へと進む。
キュビエ器官が皮膚に付着した場合の取り方は調べたけど、乾燥させてからの方がいいらしいですね。
舌で舐めるとか、塩とかは、ネットの知恵袋で見ただけで、それが本当に正しいのか分かりません。
間違ってたらすみません。