第18話「弟子入り」
ヤバい、本当に自分はラブコメを理解していない。
「勝手に乗り込んで来て、いきなりなんじゃワレェ、そないなことしてないで仕事に戻れやぁ」
翌日、健也は自分の勤務先の会社の社長室で、健也の叔父であり社長である『荒捜 意志男』に土下座をしていた。
「おじさん、俺ようやく自覚したんだ。前々から自分は優しすぎるとは思っていたけど、でも自分も他人も傷付けない優しさは最早優しさではないことを知った。優柔不断な態度がどれだけ人を不幸にさせているのか、自分の不甲斐なさに腹が立つ……!」
「……で? それを自覚したお前はワイに何してほしいんじゃ?」
「おじさん、俺を弟子にしてくれ! おじさんは男気のある人だと見込んでの頼みなんだ! 俺に自分らしく生きる方法を教えてく……ぐぇ!?」
健也の髪を鷲掴みして頭を持ち上げられた後に、おじさんは健也にデコピンをした。
「い、いたぁぁぁぁぁぁぁい!?」
おじさんのデコピンは強烈であった。一発で頭蓋骨にヒビが入ったかと思うくらいの激痛が額から走る。
あまりの痛さに健也は床を何度も転がりながら悶絶していた。
「まったく状況が飲み込めへんわドアホ。何があったかぐらい説明してからにせえや」
〇 〇 〇
「ふーん、真路の親父さんにそないなこと言われたと、んで例の三人の娘を振ったんやな?」
「……うん、やっぱり俺、優柔不断すぎたのが原因だ。やっぱり彼女達を異性としては見れない。だから昨日彼女達を振ったんだ」
「それであの娘達がお前を諦めると思うか?」
「分からない、でも一ヶ月、時間をあげた。それで彼女達も考え直すかもしれない。俺への想いは所詮は子供の頃に一目惚れしただけの幻想に過ぎなかったことを」
おじさんは少し呆れ、溜め息をつきながら頭をかきむしった後に健也に話し掛けた。
「半分正解で半分不正解やな。やっぱお前まだ優柔不断や、何一ヶ月時間あげとんねん、興味ないならないってキッパリ言い切ればええやろうに、まだあの娘達に未練がある証拠や。それに修行ってなんやねん。そこは普通に『自分探し』をするでええやろうが、少年漫画の見すぎやボケ」
「いや、これはやはり修行だ。自分を一から鍛え直したいから『修行』にしたんだ。おじさんは色んな修羅場を経験したんだよね? だから俺に人として、男としてどうすれば良いのか教えてほしいんだ! 頼む!」
「……あーもう、男が何度も頭下げるな、みっともなくてイライラする」
頭を床に押し付ける健也に背を向け、そのまま社長椅子に深々と腰掛けて机に肘をつけて頬杖をつきながら、おじさんは健也の望みを聞くこととした。
「お前が自分を変えたい言うなら応えてやる。だが、お前は本当に交渉が下手くそやな。自分ばっかり欲しがって、相手に何も与えないのは、それはガキの一方的な駄々こねと同じや。社会人なら、何か欲しい時はそれに見合った報酬を相手に提示しろや。まぁ、この会社に来てからずっと平社員のお前には分からん話か。くくく」
「おじさんは、何が欲しいの?」
「せやなぁ……お前が行方不明となった二年間の事を洗いざらい話せや」
それを聞いた瞬間、健也は顔が真っ青になった。
「実はお前に内緒で知り合いの探偵のお嬢ちゃん使って調べさせとったんやが、いくら調べても証拠も手掛かりも何一つ出てこん。ハッキリ言って手詰まりや、だからもう面倒くさいからお前に直接聞くことにするわ」
健也は、考えていた。話して良いのか、どうなのか、話せば周りの人達にも被害が出てしまうかもしれない。
そう脅されたからだ。
『我々の言うことを聞け、そうすれば誰も傷付かない。君はあの一族の血を引く者だ。きっと鍛えれば良い兵器となり、我々の有益な駒となってくれるだろう』
あの時の言葉を思い出し、二年間された仕打ちを思い返した。
二年間耐えたが、あの時味わった苦痛に耐えられなくなって、そして逃げ、ボロボロになりながらもおじさんに保護されたのだ。
おじさんに発見されてからは自分を拘束していた連中が姿を全く見せないが、またいつ現れるか分からない。
もしも再び現れたら、おじさんや彼女達の身に何が起こるか分からない。
だから遠ざけたんだ。彼女達を振った理由にはそれが含まれていたのだ。
「……」
「だんまりかいな。もう少しワイを信用してくれてもええのになぁ、無理なら他を当たれ、お前の自分探しに付き合う程ワイは暇やない。これでも社長やからな」
「……」
「……」
「……」
「……こんボケがぁ!!」
黙ってしまった健也におじさんは遂に怒鳴り声を上げた。
「お前いい加減しろや! お前のせいで姉貴が、お前の母親がどれだけ心配してたと思っとるんや! 今では平気なふりしとるが、お前が居ない間ずっと泣いてたんやぞ! 親泣かせる奴がテメェの都合で自分を変えたい? 寝惚けた事ぬかしてんじゃねぇぞクソがぁ!!」
恐ろしかった。見た目は小柄な少年だが、声だけはドスの効いた恐ろしい声で怒鳴るものだから、普通の人はそれだけで腰を抜かしてしまう程の気迫を感じる。
それでも健也は、おじさんに頭を下げる事しか出来なかった。
「……だから変えたいんだよ。俺の不甲斐なさでどれだけの人を不幸にしてきたことか、それが、悔しくて堪らないんだよ! もう誰も傷付けたくない! だからお願いします! おじさんが知りたい事は話せる範囲で教えるから!!」
「………………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
またもや呆れた様子で、おじさんは深い溜め息をついた。
「お前本当にどうしようもない奴やな。ええやろ、この苛立ちをお前の腐った性根を叩き直すのにぶつけてやるわ。取り敢えず今は仕事に戻れや。仕事に穴開ける訳にはいかんからな。仕事が終わったらお前のアパートに向かうから、仕事が終わり次第先にアパートで待っとれや。いいな?」
「……ありがとう。おじさん」
〇 〇 〇
「ただいま」
仕事が終わって自宅のアパートに帰ると、何だか寂しく感じた。
帰ってきたら必ず彼女達が居る筈なのに誰も居ない。久し振りの一人だけの自宅。
本当は、彼女達との日常を楽しんでいた自分がいたのかもしれない。
だが、もうあの時間は戻ってこない。
「変わるって決めたんだ。誰かに指図されたからではなく、自分の意思で」
一ヶ月後。彼女達と再会するかもしれない。
その時まだ彼女達が自分に対する想いが何一つ変わっていなかったら、それでも断ろう。完全に彼女達との関係を断ち切ろう、それが彼女達の将来と身の安全の為だ。
今後、彼女達に辛い想いをさせないためにも、自分自身が変わる必要があるんだ。
そう心に決めた。
「……一人って、こんなに静かだったんだな……俺、本当は彼女達の事どう思ってたんだろ? 自分の気持ちすら分からないなんて、俺って本当に最低だな」
自分を卑下しながら床に寝転がって、何もない天井を眺めながらボーッとすること三時間。不意にインターホンが鳴る。
それを聞いた健也は体を起こして玄関の扉を開ける。
「よぉ」
「おじさん。思っていたより早かったね」
「そりゃ、まだ仕事が残っておったが、全部ワイの秘書に押し付けてきた。ほな行くで」
今から何が始まるんだろうか? 自分を鍛えるとか漠然としすぎている気がするが、おじさんならきっと特別な方法で自分を鍛えてくれるかもしれない。
そう思いつつ、健也はおじさんの後を付いていくのであった。
しばらくラブコメ要素が皆無になるかもしれません。本当にすみませんm(_ _)m
次回は振られてしまった三人がメインとなります。