第107話『駒』
「使えなくなったか、小院瀬見 美娃はまだ使える『駒』だと思っていたが、やはり何度運命を観測しても、邪魔な駒が混じっただけで運命は大きく変わってしまうか」
ここはドーム状の部屋。そこまで広くない小さな部屋、天井には様々な星座が描かれた夜空を連想させる模様となっていた。
その中心で、イニティウムは座禅を組みながら、目の前に置かれたチェス盤と駒を眺めていた。
「まぁ良い、再び運命を観測し軌道修正すればよい……しかし妙だな」
イニティウムは駒を一つ手に取ってから呟いた。
「アヤナ・F・ヴィジョールと言う駒は用意した覚えはないのだが、そもそも荒蒔 健也とその周囲の女どものシナリオを作る段階でアヤナと言う存在は居なかったはずだが……ふむ、何者かが我の運命観測から逃れた上に仕込んだ駒か? ……どうでも良いか」
イニティウムは手に取ったチェスの駒を握り潰してからチェス盤の上の駒を動かし始めた。
「健也と女どものシナリオは元々ヤソカとマカヤ両名を抹殺する為に作った物語なのだ。残りのマカヤを殺してくれるなら誰でも良いか。そして我の目下の標的は『逃走悪』と『執着悪』か、逃走悪を殺すシナリオは完成したが、やはり執着悪が厄介か」
独り言を呟きながら、イニティウムは駒を動かし続ける。
「執着悪『終着の海獣』こやつを現在の人類では殺せないか、正に執着の悪性の名に相応しい獣よ」
イニティウムは白い駒を弾き飛ばしながら、黒い駒で白い駒のキングをチェックメイトしていた。
「だが死ぬ。承認悪、執着悪、逃走悪、最高悪、我以外の全ての悪性が死ぬゴールは既にできておる。後はそのゴールまでの道筋をどう作るかだが、問題ない、お前達はよく働いてくれた。よくぞ我と共に人類の悪を集めてくれた。もう用済みだから死んで構わんぞ? 最後に残った我がこの世唯一の悪となればよいのだからな」
イニティウムは立ち上がり、天井を眺めた。
「もうすぐだ。もうすぐ偽善悪は完成する。これで人類から争いが消える。長かった」
⚫️
太平洋。
そこで小型のクルーザーが海面を移動していた。
そこには霧神とロットが乗っていた。
「めんどくさ、何でわざわざ船で日本からイタリア目指さなきゃならないんだよ」
「しょうがないし、依頼者は飛行機を使うなって言ってたし」
『そうそう、それにこうして船旅も悪くないんじゃないかな?』
霧神とロットが話していると、霧神のスマホから女性の声が出ていた。
ドリーちゃんであった。ドリーちゃんとは、かつて霧神とロットが所属していた組織のボス『枯葉坂』のデジタル化した人格を二次元の女の子にした存在である。
現在は肉体を持ってないので、こうして霧神のスマホの中に忍び込んで二人と行動を共にしていた。
「なぁ、アンタ本当に枯葉坂なのか?」
『それで12回目、霧神きゅんはしつこいなぁ』
「きゅん付けるな! あーもう! オレ達の元上司にこんな趣味があったなんて最悪すぎるだろ!」
「ま、まぁ趣味は人それぞれだし……ところでドリーちゃん、今回の依頼の確認をお願いしても良い?」
「ロット、お前はこの状況に慣れすぎ」
依頼を確認する為にドリーちゃんは霧神のスマホに依頼内容を表示した。
『今回の依頼は逃走悪『クリフォト・デリートバース』の暗殺。クリフォトはイタリアで偽善悪とは別の宗教組織を作っていて、そこで信者達に救済を与えてるそうだよ』
「救済ねぇ、どうせロクな救済じゃないだろうな」
『その通り、どうも目撃情報によると、クリフォトは信者を抱き締めると、信者の肉体はその場で塵となって跡形もなく消滅してしまうそうなんだ。これを生きると言う地獄から信者達を逃す為の奇跡の技だと言われてるけど、やってるのは単なる殺しだねぇ』
「やっぱりな。人体を塵にするか、どんな凶器を使ってるか知らんが、逃走悪ってヤソカの同僚だろ? なんかオレ達の知らない厄介な技術でも持ってるんだろうが、触られなきゃ良いんだろ? なら遠距離からロットの狙撃銃で頭を撃ち抜けばすぐ終わる。オレはさっさとこんな仕事終わらせて日本に戻りたいんだよ」
霧神達が日本を出た後にドリーからイニティウムが姿を現して、健也がマカヤになった事を知らされたのだ。
本当は今すぐ戻りたいのだが、今回の依頼者が霧神にだけ分かる暗号文を送っていたので、霧神は暗殺を優先したのだ。
その内容は『霧神、俺の事は心配するな。必ず戻ってくるから、お前は逃走悪を倒してくれ』。
これは昔、健也とタッグを組んでた頃に健也が使ってた暗号文。この世で健也と霧神しか知らないことだ。
つまり今回の依頼者は健也本人の可能性があるが、その健也は二週間前にマカヤになったのだ。
ドリーと合流したのは2日前、暗号文が届いたのは前日。
つまり今の健也では送れないはずなのに届いたのだ。
誰かが代わりに送ったのか、それとも健也はドリーにこの暗号文を託したのかと思っていたが、ドリー本人は知らないとのこと。
ドリーはあくまで、今回の依頼と現地でのサポートをする為に依頼者に頼まれたそうなのだ。
その依頼者は本名を明かさなかったが『ミスターA』と名乗っていた。
何者か分からないが、もしかしたらミスターAと健也は関係があるのかもしれない。
だが今は考えても答えが出ないので、霧神達はクルーザーでイタリアを目指していた。
そんな時であった。
「あ!」
「どうしたロット」
「人! 人が浮かんでる!」
クルーザーの操縦士にクルーザーを止めてもらって、ロットが指差した方を見ると、そこには海面を漂う赤髪の12歳ぐらいの少女がいた。
「おいおい、こんな所に水死体か? どっかから流れてきたのか? んなの無視無視、死体にかまってる暇なんてねーよ」
「で、でも助けた方が良くない?」
「……ま、好きにすれば? オレは知らねーから」
⚫️
「……」
「……」
二人は浮かんでいた少女をクルーザーに引き揚げた。
どうやら息はあるようだ。気を失ってるだけのようであったが、その少女の見た目が異質だった。
「……これ、人間か?」
霧神が疑うのも無理はない、その少女の頭から四本のツノが生えていた。
それだけではない、小さく畳まれた翼に爬虫類を連想させる長い尻尾を三本生やしたゴスロリファッションの少女であったのだ。
「このツノと翼と尻尾……本物だし、もしかしてUMA(未確認生物)?」
「だとしても聞いたことねーよ、こんな生き物、絶対関わっちゃダメな生き物じゃねーか?」
「あ! 目を覚ますし!」
少女がゆっくりと目を開き、二人を視認すると一言。
「お おなか すいた なにか ほしい」
「喋ったし!?」
喋った事に驚くロット、しかし霧神は冷静にクーラーボックスの中から一匹の魚を取り出した。
「おら、これでも食え」
「いやいや、さすがに生であげるのは……えぇ!?」
少女は何の迷いもなく霧神から与えられた生魚を一口で食べた。
「だ、大丈夫? 寄生虫でお腹壊さない?」
ロットの心配なぞ意に介さず少女は生魚を咀嚼して飲み込んだ。
「……うまーい! うまいうまい もっともっと!」
「この子マジでなんなの?」
霧神とロットは、不思議な少女と共にイタリアを目指すのであった。
ちょっと前の僕「逃走悪と執着悪は、この作品に出さないだろうなぁ」
今の僕「あ、やっぱ出そ(笑)」




