第10話「美娃の退屈」
もう10話ですか、早いですね。
ここまで付き合ってくださった皆様には感謝したいところですが、私今風邪ひいてて辛いです。
((〃´д`〃))
「はぁ~疲れた~」
荒蒔 健也は、今日も残業をして夜遅くに帰っていた。
ここ最近、繁忙期に入ったせいなのか、残業と休日出勤が増えて忙しくなっていた。
だが、この時期を乗り越えれば毎日定時で帰れる日々が戻ってくる。
そう信じて、彼は今日も疲れ果てた状態で自宅であるアパートの玄関を開けた。
「ただいま~」
一人暮らしなのに「ただいま」は変な気がするが、これは実家に居た頃の癖である。
この帰りの挨拶に応える者など居ない。
はずだった。
「おかえりなさい健也! ご飯にする? お風呂にする? それともワ・タ・ク・シ?」
まさかの自分が借りてるアパートの部屋の中から裸エプロンで出迎えてきた『小院瀬見 美娃』を見て、真っ先に思ったことは。
「美娃ちゃん。流石に不法侵入で訴えてもいい?」
〇 〇 〇
小院瀬見邸・会長室。
「9993……9994……」
部屋の中では、窓から差し込む朝日の光を浴びながら、大柄な男が真剣の刀を手に素振りをしていた。
「9998……9999……10000!!」
凄まじい気迫であった。刀が無かったとしても、その見た目だけで相手を圧倒してしまうような筋骨隆々で角刈り頭の大男が部屋の真ん中で真剣を振っていたのだ。
「ふぅぅぅぅ、これで我が愛しの美娃たんに近付く不埒な輩をいつでもたたっ斬る事ができるぞぉぉぉ」
彼は刀を納め、タオルで汗を拭っていると、部屋の大きな扉が力強く開け放たれた。
「おーほほほ! おはようございますわお父様!」
「おぉ美娃たん!!」
美娃は、そのまま父の元へと駆け寄って、そのまま父にハグをした。
「ああ美娃たん! 今日もプリティーで可愛いでちゅねー!」
「もう、お父様ったら、小院瀬見財閥の会長ともあろう御方が、娘の前でだけそんな喋り方しないでくださる?」
「だ、だってだって、美娃たんはこの世で大切な一人娘なのだから仕方ないでちゅよー」
とても見た目に合わない赤ちゃん言葉で話す父。そんな自分を溺愛している父に昨日の事を話した。
「ところで聞いてくださるお父様? 昨日、健也を喜ばせてあげようと世に聞く『裸エプロン』でお出迎えしたら怒られてしまいましたの」
「なにぃぃぃぃぃぃぃ!? は、は、裸エプロンんんんん!?」
父は、鼻血を吹き出しながら娘の肩を掴んで動揺してしまった。
「だ、だだだ大丈夫だったか!? 何かされなかったか!?」
「いいえ、健也ったら、ワタクシに何もしてこなかったですわ。健也って奥手ですわね」
「ぬぅあんだとぉぉぉ!? 美娃たんの裸エプロンを前にして何もされなかっただとぉ! その健也とか言う奴、見る目が無さすぎるだろうがぁ!!」
普段は威厳ある小院瀬見財閥の会長を務める父ではあるが、娘の事となると普段からでは想像できないくらいに感情的となってしまう。
娘に手を出したら怒り、逆に娘に手を出さなかったら娘に魅力が無いのかと思って怒る。
何をしても怒りを買ってしまう面倒くさい父親であった。
「あら、もうこんな時間、そろそろ学校へ行ってまいりますわ!」
「お、おぉ、そうか、気を付けて行ってくるんだぞ!」
昂る気を落ち着かせ、鼻血を拭いた父は部屋から出ていく娘を笑顔で見送るのであった。
「……荒蒔 健也、奴と出会う頃には我が愛刀『童霆切殺丸』がお前の血を啜ることだろうよ。く、くくく」
妙な殺気を発しながら、彼は今日も小院瀬見財閥のトップとしての務めを果たすのであった。
〇 〇 〇
「ごきげんよう皆様!」
リムジンから華麗に登場して、近くにいる同級生に挨拶をする美娃。
「ごきげんよう」「ごきげんよう小院瀬見さん」
美娃が通っているのは名門のお嬢様学校『聖クレマチス女学院』。
ここには、とある会社のご令嬢や財閥の娘、名家の跡取りなどが通う由緒正しき学院で、キリスト教の教えを元に3つの柱となる教育方針を掲げている。
心を育て、感性を磨き、行動力を養う。
この3つを元に、社会に貢献できる生徒に育てる事がこの学院の目的である。
そんなお嬢様が集まるこの学院において、美娃は異質な存在であった。
何故なら、元々はお嬢様とは程遠いラーメン屋の娘が、たった一人でお金持ちにまで成り上がって、父親を会長にして財閥を立ち上げてしまったのだから。
他の生徒は当然、まだ自分の力で稼いだ経験がないのに対し、美娃は幼少の頃からお金を稼いでいるので、周囲から尊敬の念で見られている。
だが、中には家柄等の出自を重んじる生徒も居る為、庶民の出の美娃の事を良く思ってもいない生徒も居る。
元々、美娃本人はこんなお嬢様の集まりである学院には興味なかったのだが、彼女を支持してくれるとある資産家の助言として「財閥を立ち上げるのなら、それに見合った学歴も必要だ。それにまだ社会経験のないお嬢様方には、君のような存在は良い刺激になる事だろう」と、言われたので仕方なくここに通っているだけなのだ。
――はぁ、お嬢様って、大変ですのね。やたらと校則に厳しかったり、口調には気を付けないといけないしで、本当に窮屈な場所ですわね。
そして、彼女は教室で授業を受ける時はいつも妄想に浸っていた。何故なら退屈だからだ。
教師はただ教科書通りの事を言ってるだけだし、そもそも勉強そのものを楽しいとは思った事がないからだ。
ここが他の生徒との違いであった。
彼女だけ真剣ではなかったのだ。
――はぁ、教えてくれる教師が健也だったら良かったのにな~。そしたら、どんなにつまらない授業も楽しく受けられるのに……。
『美娃、俺の授業は直接体に教え込むやり方だが、耐えられるかな?』
『え? 待って、まだ心の準備が、あぁ、あ!』
「もう最高ですわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
エロい妄想を爆発させて奇声を発する美娃に、周囲の生徒と教師はびっくりしてしまった。
それを見て、美娃は一旦冷静になってお嬢様口調で誤魔化した。
「あ、おほん、なんでもございませんわ。おほほほ」
〇 〇 〇
「あ~退屈でしたわ~」
学校の帰り、迎えのリムジンに乗った美娃はぐったりとしていた。
「お疲れ様ですお嬢様。学院生活はご満足いただけませんか?」
「それはもう、好きでもないお嬢様のふりをするのは窮屈で退屈でしょうがなかったですわ。ねぇ時真、健也をあの学院の教師にする方法はないかしら?」
「それは難しいでしょうね。あそこは名門たる女学院。教師もそれに見合った人物でなければいけませんから」
「はぁ~つまらないですわ~。さっさと健也の元に向かいたいですわ~」
「しかし、この後の予定は……」
「全てキャンセル。もしくはお父様に全部押し付けてくださいな」
「かしこまりました」
そして、彼女は健也のアパートの近くで、リムジンから降りて、近くの壁をよじ登って、民家の屋根の上へ上がると、そのまま健也が借りてる部屋の窓目掛けて飛び蹴りをした。
「とぉぉぉ!」
「うわぁぁぁぁぁ!?」
ダイナミックに窓を突き破って、彼女は健也の部屋の中に着地する。
「おーほほほ! 今日は早く帰れたのですわね荒蒔 健也!」
「もう頼むから普通に入ってきてくれぇ!」
時々やらかしてしまうこの迷惑行為。これは美娃の嬉しさが爆発したものだが、健也にとっては警察を呼びたくなるぐらい迷惑この上なかった。
「健也、アナタ言いましたよね? 『お金では人の心は買えない』と、だからワタクシはずっと考えてましたの」
「な、何を?」
「前回は強行手段に出てしまいましたが、残念な事に、健也の裸が美しすぎて気が保てませんでしたわ。なのでこれからは! 女性として積極的にアピールし続ける事としましたわ! 光栄に思いなさいな!」
ならもっと静かにアピールしてほしい。そう思う健也であった。
だってこんなに騒がれるとお隣さんに迷惑をかけてしまうからだ。
「それで、その、お恥ずかしいのですが、健也に渡したい物がありますわ」
「その前に窓を弁償してください」
もじもじと、恥ずかしそうにしながら、彼女は鞄の中から一つのぬいぐるみを取り出した。
「て、手作りですの。下手かもしれませんが、受け取ってください……な」
それは、少し不恰好な猫のぬいぐるみであった。
慣れていないのに頑張って作ったのだろう。少しでも女子力をアピールするために。
そう考えると、お金に頼らなくなった事は素直に褒めるべき事だ。
そう思って、それを受け取り健也は美娃の頭を撫でた。
「俺の為に頑張ったの? ありがとう、大切にするよ」
「け、健也!? あぁ、そんな、健也の大きくて男らしい手がワタクシの頭に……はわぁ」
何気ない言葉と頭を撫でられる行為、それだけでも日頃から感じている退屈さが全て吹き飛ぶような気分となる美娃。
学校生活は退屈だが、健也とのやり取りは、この上ないくらい幸せな美娃であった。
「満足した? 満足したなら窓ガラス弁償してから帰ってね」
「は、はい~……」
幸せで表情が緩みきった美娃は、しばらく放心状態となっていた。
今更ですが、真奈ちゃん、美娃ちゃん、秋歌ちゃんの三人はそれぞれ別々の学校に通っています。