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終焉のシュヴァリエ。  作者: ナヤカ
一章 邂逅
3/13

03 教会の少女

 この世界に存在する魔法には、神の扱う【光】と【雷】。

 神が選んだ聖職者の扱う【月】と【水】。

 神と敵対したドラゴンの扱う【火】と【風】。


 その他には、人々が造り上げた疑似魔法の【土】。


 そして、神に背いた者たちに与えられる『呪い』、通称【闇】の八つがある。


 光、火、水の三つは『創造魔法』と呼ばれており雷、月、風、土、闇の五つは『制約魔法』と呼ばれていた。


 いずれにしても、それらは世界のシステムに関わりを持つため、扱える者は少ない。


 そんな中でも、闇を扱える者は最も少ない。


 いや、扱える(・・・)という表現は正確ではない。何故なら、闇とは扱うべき物ではなかったから。


 しかし、シエンはその闇を扱える。


 おそらく、この世界においてただ一人、闇魔法を扱えた。


「闇の性質は支配、侵食、呪縛。そして、発動条件は相手と接触していなければならない」


 シエンは、戦いの最中で闇を剣に付与させていた。それは少しずつ男へと侵攻していき、やがて浸透していった。


「発動はかなり遅い。最速とされる光、雷なんかとは比べ物にならない。……だが、効果は絶大だ」


 男は気づかぬ間に、その闇によって動きが鈍っていただけだった。


「……信じられない。闇とは扱うべき物ではない」

「だが俺は扱える。そして、呪われることもない」


 その言葉で男はようやく理解した。シエンが「呪われていない」と答えた理由を。


「なるほど……お前は神に支えている癖に、神に反する魔法を扱うのか」

「そうみたいだ」


 騎士とは"神を守護する聖職"とされている。故に、騎士が扱う不思議な力は全て魔法によるもの。


 その属性は月。性質は鎮静、監視、抑制。

 碧色の瞳を持つ騎士たちは痛みに疎く、時に致命傷を与えられても不死が如く敵に立ち向かった。それらは全て、月の魔法によるもの。意図して扱ってるわけではない。ただ、意図せずして発動しているだけ。


 そして、シエンは闇と月の二属性を宿していた。


「くっくっ……なるほど……ふふ、ふははは!」


 突然笑いだした男に、シエンは首を傾げる。だが、閉じかけていた傷が開いたのか、突然吐血して笑いを止めた。


「安静にしておいた方がいい。無理すれば死ぬ」


 忠告をしたにも関わらず、それでも男は口元をつり上げた。


「合格だ。……教会に向かうといい」


 その狂気に歪む顔でシエンを見上げる。シエンは少しだけ眉をつり上げる。


「言われなくても」


 そして、男から離れて教会へと向かった。トドメ刺すつもりはなかった。彼が騎士団を裏切った犯人でないのなら、敵対する意味もないのだから。


 そうして教会への階段をあがり始めた時、背後で男の立ち上がる気配を感じる。


「安静にしておけって――」


 やれやれと振り返った時、男は教会とは反対の森へ向かって歩きだしていた。傷口を抑え、一歩一歩確実に。


「仕方のない人だな……」


 シエンは踵を返して男へと向かう。放っておけば、男は確実に死ぬだろうから。……いや、確実に不死に成り下がってしまうだろうから。


 そうして、男を追いシエンは森へと戻った。


 やはりそこは夜であり、途端に視界は暗くなった。


「……は?」


 そしてシエンは見つけてしまった。



 近くで倒れる倒木の尖った枝に……己の首を突き刺して倒れていた男の姿を。



「……なんで」


 転んで突き刺してしまったのだろうか? そう思ったが、男がそんなドジを踏むとは考えにくい。だが、自殺をする理由さえ見つからない。


 そんな男の体は、不意にピクリと動く。


 まだ生きていたわけじゃない。


 彼は成ってしまったのだ。思考を棄てた死ねない存在に。


 その不死は、首に刺さる枝で身動きが取りにくいのか、その場で悶えていた。やがて、枝を抜くのではなく、首を激しく動かすことによって枝から抜け出そうとする。


 ブチブチと、首の筋が強引に千切れる音がした。


 そして、その不死が立ち上がった時、男の首は強引にちぎったせいで傾き、ぐらぐらと揺れ、最終的にはぶら下がる。


 その無惨な姿を見ていられず、シエンは静かに騎士の大剣を振るう。


 不死となった男は、声もなく息絶えた。


 その無惨な姿をしばらく見ていたシエンだったが、やがて記憶溜まりへと戻る。


 男が言っていた彼女、その人物に会うため。その彼女とやらに会えば、この訳のわからない状況に対する答えがあるような気がして。


 ただ、男が言っていた『神の創造』という発言だけが、得たいの知れない恐怖を掻き抱かせた。


(一体……あそこには何がいるっていうんだ……)


 記憶溜まりへと戻ったシエンは、そのまま教会へと進んだ。


 その建物はあまりにも綺麗で、時間の概念がないということを改めて納得させられてしまう。


 扉に鍵はかかっておらず、少し押しただけで開いた。


 建物内は薄暗かったが、正面上部の窓から射し込む斜陽が明るすぎることで、そう印象付けているだけだと知る。

 その光が降り注ぐ中に、ひっそりとした祭壇を見つけた。周囲には百人程で埋まる長椅子が整列していて、ヒンヤリとした空気はどこか、教会特有の厳然(げんぜん)さを思わせる。


 カツンと己の足音が響く。


 そうやって祭壇へと近づいていく。その光景は数年前、職業を得るために祈りを捧げた思い出を彷彿させる。


 やがて、あと少しで祭壇までというところだった。


「――シエン。人属、レベル52、騎士、ロット2、属性……闇?」


 囁くような突然の声に素早く剣の柄を握り反応する。

 そこには、長椅子にちょこんと座る、布を体に巻きつけた子供がいた。

 その布は頭にも被さっていて、顔はよく見えない。


 しかし、布影の奥底に輝く黄金の《へびめ》が、ただ者ではないことを察知させた。


「誰だ?」

「レベル差は20くらいあったのに。……魔法もちゃんと扱える」

「……誰だと聞いてる」


 するりと、顔を隠していた布が小さな肩まで滑り落ちた。

 細く淡い髪が乱れ、真っ白な肌が露出する。顔は幼く、一瞬本当に子供なのかと錯覚してしまいそうになる。


 しかし、その黄金の丸い双眸(そうぼう)だけは異質を放ち、彼女(・・)はそもそも人ではないのだろうと理解させた。


「警戒してる。でも、とても無意味な警戒。するなら、入ってくる前にするべきだった。とても愚か」


 発せられる声には抑揚がなく、何故だか全てを見透かされているような気がした。


「了承したから実行しないと」


 その少女は、立ち上がるとシエンへ近づく。

 シエンは腰を落として構えを取る。


「怖がらなくてもいい。ただ……渡す(・・)だけ」


 そして、少女はタンッと跳び、シエンへと距離を詰め、首に腕を回すと、なんの躊躇いもなく――口付けをしてきたのだ。


(……は?)


 あまりの事にシエンは固まってしまう。そしてその瞬間、唇を通して脳内に電撃のような物が走ったのを感じた。


 その電撃に痛みはなく、衝撃のような物があるだけ。


 そして、その衝撃の隙間にシエンは飲み込まれた。



――気づいた時、シエンは汚れた木箱の上に座っていた。


 何がなんだか分からず状況を把握しようとしたが、顔が動かない。それから思い出す。


 ……自分は訓練の途中で抜け出し、休んでいるのだということを。


「サボりか?」


 その声にビクリとして顔を上げる。そこにはシルがいた。


「シル団長!?」


 勝手に声が出て、勝手に立ち上がる。そのシルは、変わらない威厳を漂わせていたが、シエンが知る彼女ではない気がした。


 見たこともない……燦燗(さんらん)とした鎧を着込んでいる。


「サボっていたわけではなく、今は休憩中でして!」


 慌てたような言い訳が出てくる。それに彼女はクスリと笑った。


「まぁ、入りたてはしんどいからな。もう少し我慢すれば、体が慣れるさ。見たところ体格は既に出来上がっているようだしな?」

「はっ、はい!」


 シエンは彼女に話しかけようとしたが、身体が言うことを聞かない。それどころか、一瞬にして場面が(・・・)切り替わった。


「――なんだ? 一人前なのは図体だけか?」


 気づくと、シエンは地面に横たわっていた。息づかいは荒く、体は疲弊している。見上げれば、木製の剣先が壮年の男によって向けられている。


「そんなことでは、ルノート騎士団としての責務を果たせはしない。我らは決して倒れることのない盾で在らねばならないのだから」


 また……場面が切り替わる。


「――なんだ。お前はよくここでサボっているな? 私が報告していたら、とっくにバレているぞ?」


 シルだった。


「すっ、すいません! ですが、本当にサボっているわけではないです!」

「ほどほどにしておけよ? ……オルバル(・・・・)

「……!? 私なんかの名前を……!?」

「お前は目立つからな。しかも、ことごとく戦闘訓練において負けている。知らないわけがない」


 シルは、イタズラっぽく笑った。


「おっ……お恥ずかしいかぎりです!!」

「そう固くなるな。見たところ力も技術も他の奴等と変わりない。お前が倒されているのは、いつも足下を狙われるからだ」

「そんなところまで……。も、申し訳ないありません。その……分かっているのですが、どうしても反応できず……」


 それにシルはふふんと笑う。


「ヒントをやろう。お前には、速さが足りていないんだ。だから、いつも遅れをとる」

「それは……わかってはいるのです。……ですから、毎日走り込みと剣を振って速く動けるように……」

「いいや、分かっていないな。そもそも、速く反応する必要なんてない。戦いにおいて速さで負けるのなら、それ以外のことで勝ればいい」

「それ……以外?」

「そうだ。しっかりと思考したまえよ? 与えられた試行では、己の身になりにくいからな」

「……速さ……以外」


 場面が切り替わる。それは、知らぬ相手との戦闘訓練。


 先に動いて相手に向かう。相手は、それに合わせて反応をする。

 木剣の撃ち合い。緊迫した空気。それまですぐに倒されていた自分が、とても長くに戦闘を続けている。


 やがて……体力の消耗と共に、相手の集中が切れるのが分かった。動きが散漫になっていたからだ。そんな相手の横っ腹に木剣を叩き込むと、彼は呆気なく倒れたのだ。


「……はぁ……はぁ。やった……やった」


 場面が切り替わる。


 そこは戦場だった。訓練などではなく、本物の剣を用いた戦闘。

 目の前には、見たこともない鎧を身に纏う兵士がいた。


 そんな彼に自分から向かっていく。相手は応戦するも、力も技術も自分が圧倒的に上であり、剣先は簡単に相手の首をはねた。


 場面転換が速くなっていく。


 それらは全て戦闘。そして、己が勝利した全て。


 やがて……真っ暗な闇が視界を埋め、その中にボゥと淡い緑の光芒が灯った。それは真っ暗な闇を張り巡っていき、身体の奥底から手足の先にまで伸びていくような感覚に囚われる。


 そして、それらは唐突な言葉として脳裏に焼き付いたのだ。


「――臨戦」


 その声は、オルバルではなかった。紛れもないシエンの声。


 その瞬間、シエンは身体の奥底から熱いエネルギーが噴出するのを感じる。


 それはまるで、入念な準備運動をしたあとのような……戦闘の中で神経が研ぎ澄まされたような……鋭く反射的な感覚。


 シエンはハッと我に返り、咄嗟に後ろへとステップする。


 すると、己が思っていたよりも遥か後方に着地した。


(体が軽い……なんだ……これは)


 その感覚に驚いていると、視界の先にいた先ほどの少女が薄い笑みを浮かべていた。


「記憶の受け渡しは終わった。約束は果たした」


 その言葉の意味を理解することは難しい。しかし、シエンには感覚的に分かったことが一つあった。


 【臨戦】。それは技能の一つの。そして、その技能は今や、己に宿っているということ。


「……どういうことだ」


 呟いた疑問。それに少女は返答しない。


 変わりに、またも理解し難い言葉をシエンに向かって放ったのだ。


「選ばれなかった哀れな子……。どうか力を貸してほしい。この世界に、新たなる神を創造するために」

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