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終焉のシュヴァリエ。  作者: ナヤカ
一章 邂逅
1/13

01 騎士

 干からびた地面には、一振りの長剣が刺さっていた。

 その長剣の前には、革でできた装備を隠すようにローブを着込んだ青年が立っている。


 髪は黒く、背中に大剣を背負う彼の名はシエン。その片目は碧色(へきしょく)の眼球。


 その長剣は墓標だった。

 

 彼は、その『墓標』に満足などしていなかったものの、既に魂の輪廻が失われたこの世界では、墓の意味すらもない。


 ただ、彼女(・・)と過ごした記憶だけを大切に心の奥底へとしまいこんだ。


「もう行くよ」


 返答はない。だからシエンは待たずに踵を返す。


 彼の向かう先は『神の国ルノート』。この世界に残る寂れた国の一つ


 首からぶら下げたペンダントを取りだし、その末端にぶら下がる指輪を手に取る。すると、碧色の片目が淡く揺れ指輪の周囲にテキストを浮かび上がらせた。


――愛しき守り手よ、ルノートにて再開の約束を。かつて、栄光を共にした騎士団の担い手と共に。光は火よりも強く、闇すらも照らすのだ。


 テキストを読むとシエンは指輪ごと胸にしまった。


 地図はない。太陽は厚い雲の上にあり、方角さえも曖昧だ。だが、その指輪が行く先を導いてくれる。


 迷うことはなく、惑うこともない。真実の記憶を映し出す碧色の瞳には、誇り高き狂気が揺らいでいた。




◆◆◆



 神が世界を見捨てた。

 その真実に人が気づいたのは、不老不死が蔓延した時だった。

 心臓の鼓動が消えても魂は肉体を離れず、朽ちて異臭を漂わせる人であった物が、世界に溢れだした。

 その不老不死たちには自我がなく、かつて愛していた者たちを殺し始める。


 栄華を極めた人の世は終わり、小国は溢れた不老不死によって滅んだ。


 そんな中で、なんとか生き延びた国家の一つが、神の国ルノート。


 その国には神の末裔がいた。その末裔が死者の理を国の範囲で維持していた。

 ルノートでは不老不死が発生しない。そして、不老不死たちは国に侵入することが出来ない。


 立ち入った瞬間に、魂の輪廻へと回収されてしまうからだ。


 故に、ルノートは死ぬことが出来なくなった者たちの死に場所とも呼ばれていた。


 そんなルノートから遠く離れた……とある村の酒場で、シエンは酒を煽っていた。

 その片目にはベルト型の眼帯をしている。碧色の瞳を隠すためだ。


「お前さん……放浪者かい?」


 追加の酒を運んできた老婆がシエンを睨んできた。


「あぁ」

「まさか、死に損ないじゃなかろうね?」

「馬鹿を言うな。この村には『ルノートの聖なる像』があるじゃないか。俺が死に損ないなら、とっくに死んでるはずだ」

「……ふん。ここにいる連中は、もはや死んだような奴らばかりだからね。生きてるか死んでるかの違いなんてとっくに忘れちまったよ」

「忘れるとは大罪人だな?」

「まだ家族を殺しちゃいないさ。罪人扱いはやめとくれ」

「なら、祈りは通じているようだ」

「神なんてとっくに居ないのに……かい?」


 その言葉にシエンは口元を歪める。つられるように老婆も笑った。


 それは、神が見捨てたこの世界におけるジョーク。


 神の末裔が死者の理を守るように、もう一つ死者の理を維持する方法があった。


 それは祈る(・・)こと。


 多くの者たちが祈れば祈るほどに、居るはずのない神が創造される。人の念ずる信仰が、居るはずのない神を創造した。


 ……いや、もはやそれは神ではない。祈ることによって発現する光の疑似魔法。


 この村には世界にあるシステムの創造主であった神『ルノート』の像があり、毎日その像に村人たちが祈ることによって村全体に聖域魔法をかけていた。


 滑稽な話ではある。既に世界を見捨てた神の像に祈り、その信仰が魔法を織り成して村を守っているのだから。


 それを人々は時にブラックなジョークとして話題にあげる。そうでもしなければ、あまりにも悲しすぎたから。


「放浪者ってことは、お前さんの方こそ罪人(・・)なんだろう?」

「歳のわりに好奇心大勢なんだな?」

「ここら辺じゃあ、正気の放浪者なんて珍しいからね」

「俺はただ、神様を信じなかっただけだ」

「皮肉にも正しい在り方だよ。それでも人は、すがるもんさ」

「すがりたかったさ。だが、俺には無理だった」

「それで職業(ジョブ)無しかい」

「まぁ……それでも何とか自力で成った」

「へぇ……その大剣から察するに、かなり腕のたつ有職者様なんだろ?」


 その時になって、シエンはようやく老婆の好奇心がどこにあったのかを理解する。


「……これか」


 卓に立て掛けた大剣。おそらく通常職の人間では扱いきれない代物。それを見て老婆は思ったのだろう。


 シエンが只の放浪者ではないことに。


「一応、騎士だ」

「騎士……?」

「あぁ」


 すると突然、老婆は大声で笑いだした。他の卓にいた客たちは虚ろな瞳を向け、迷惑そうに顔を背ける。

 それでも彼女は高らかに笑った。やがて、その笑いは不意に止まる。


「馬鹿言ってんじゃないよ。騎士ってのは王様とか姫様を守る職業だろ? お前さん一人じゃないか?」

「まぁ、そうだな」

「大方、山賊か何かなんだろ? 私がお前さんに言いたいのは一つだけ。ここには盗るほどの物なんてない。それだけさ」

 

 老婆はそう言い、最後は卓をバンと叩いてシエンを睨んだ。それに彼は苦笑いするしかない。


(山賊だと思って話しかけてきたのか。……とんだ婆さんだな)


 彼女はそれで話を終わらせると、つかつかと戻っていく。シエンはそれを見送り、立て掛けてある大剣を見た。そっと眼帯をめくる。


――誇り高き者。その信念の(かたわ)らで在らんことを。


 浮かび上がるテキスト。それはつまり、その大剣が神と関わりを持つことを示していた。


 彼が持つ碧色の瞳は『神の痕跡』を読み取る事ができる。


 その大剣はかつて神の力を持つ者が創造した神器。故に、神の痕跡としてテキストが浮かび上がるのだ。


 そして、その大剣を所持していた者はもういない。


 死に絶えたのだ。そして、その者からシエンは『碧色の瞳』と『騎士の大剣』を受け継いだ。


 その時に彼は【騎士】となったのである。


 世界には神から与えられる職業(ジョブ)というものが存在した。

 人々は十五歳になると教会へと足を運び、神に祈りを捧げ、その時に職業が与えられる。その職業に準じて人々は世界を生きた。


 ある者は【商人】を与えられた。

 ある者は【彫刻家】を与えられた。

 ある者は【戦士】を与えられた。


 そうして与えられた職業で生きることにより、やがて人は【技能(スキル)】を得る。


 スキルには様々な種類があり、同じ職業でも違ったスキルを得ることがあった。

 そして得られるスキルの数というのは、人によって異なる。基本的には一つなのだが、成長するにつれ技能保有数は多くなっていくからだった。


 シエンは十五歳の時、村にあった小さな教会で祈りを捧げた。


 しかし、彼に職業が与えられることはなかった。


 そういった者は少なくない。神への信仰心が足りないと職業を与えられないからだ。


 そんな者たちを人は「大罪人」や「反逆者」と呼ぶ。

 そして、彼らは特殊な施設に送り込まれ、神への洗脳を受けるのだ。


 そうしなければ職業を得られないから。

 職業を得られなければ、この世界で生きていけないから。


 世界には、もはや神など居なくなってしまったにも関わらず、神が創ったシステムだけが生きていた。


 そのシステムこそが職業であり、技能。


 そんなシステムに、信仰心が足りなかったシエンは弾かれてしまう。


 職業を得られなかった彼に残された道は、無職として世界を放浪するか、施設に行き洗脳を受けるか。


 しかし、世界各地には不死となった者たちがさ迷い、動物ですら不死として異形化していた。


 正気で居られる確率は低く、むしろ不老となり自我を棄ててしまう方が圧倒的。


 故に、シエンは施設へ行くことを望んだのだ。


 しかし、施設生きの馬車はその道中、異形に襲われてしまう。


 肥大化した醜い姿。殺意を簡単に想像させる咆哮。


 共に乗り込んでいた少年少女たちは呆気なく命を奪われ、自我を持たぬ不死と成り果てた。


 護衛をしていた者たちも、現れたその異形に殺され、簡単に人を捨てた。


 思い起こす記憶には、恐怖が張り付いている。


 シエンはその時、確かに死ぬ(・・)ことを覚悟した。


 ……しかし、そうはならなかった。


 一人の女性が現れて異形を倒し、不死となった者たちを斬り捨て、シエンを助けてくれたのだ。


 その者こそが【騎士】という職業を持ち、『碧色の瞳』と『騎士の大剣』を所持していた人物。


 名を『シル』といい、かつて神の国ルノートにおいて、王家の者を守るために結成された騎士団の団長だった。



――少年。この奇妙な巡り合わせに背徳したまえよ。


 仄かに発光する銀髪。綺麗に見えた碧色の両眼。華奢な身体からは、想像も出来ぬ程の大剣を担ぎ、堂々たる出で立ちは神々しくすらあった。


 その時の事をシエンは鮮明に覚えている。


 その瞬間から、彼はシルに付き従い職を持たぬ者として共に日々を送った。


 シルは彼を異形にも負けぬ存在として鍛えてくれた。


 しかし、彼女は突然自身の持つ()に倒れる。


 それを正確に言うのならば『呪い』だろう。


 職を持つ者は、この世界において職業に準じた生き方をしなければならない。だが、それに背いて生きたとき、神のシステムはその者に呪いを与える。

 

 シルの職業は【騎士】だった。騎士とは、誰かを護るためにある職業だった。


 だが、彼女は護れなかったのだろう。故に、呪いを受けていた。


 そして、その呪いが命の灯火すら消さんとした時、彼女はシエンに碧色の眼球と大剣を贈る。


――すまない。重荷を……背負わせてしまう。


 シルの申し訳なさそうな声は、今でも鼓膜を揺らす。


 シエンは受け継いだ大剣で彼女を葬った。

 死ぬことが出来ず不死が蔓延る世界だが、聖域と同じく『神のシステム』を用いた物、場所で死ねば魂は輪廻に回収される。


 騎士の大剣は神器。


 故に、その大剣で殺されれば不死となることはなかった。


 そして、シエンは【騎士】を受け継いだ。


 それと同時に彼は使命を帯びたのだろう。だからこそ、シエンはルノートへ向かっていた。


 シルが果たせなかった事を果たす為に。それが何なのかを知りたくて。


「――お前さん、あの婆さんに嫌われたな」


 物思いに耽っていたシエンは、不意にかけられた言葉にハッとする。見れば、薄汚く笑う男がいた。


「あの婆さん、騎士様が大嫌いなんだ」


 無視して手元の酒を煽る。だが、男は勝手に話を続けた。


「婆さんが子供の頃に騎士を名乗る男が村に訪れてな? 近くにある森で行方知れずになった奴らを救うなんて言って騎士様自身も森へ入っていったんだと」


 ピクリと、シエンの手が反応する。


「婆さんは痛くその騎士様を信用してたんだが、どれだけ待っても騎士様どころか、行方知れずになった奴らすら帰ってこなかった。その中には婆さんの親もいたのさ。悲しい悲しいお話。まだ、不死共が溢れかえる前のお話。そして、神様が俺たちを見捨てた直後のお話さ」


 まるで歌うように男は語り、やはり小汚ない笑いを浮かべた。


 この村の中にいるということは死んではいないのだろう。しかし、その頭は既に狂気によって侵され始めているようだった。


「その森……どこにある?」

「おっと? まさかあんた、行くつもりなのかい?」


 おどけたように男は言い、愉快な表情をした。


「不死がうろついてるよ。帰ってなんてこれないよ」

「どこにあるかと聞いてる」

「村の北側さ。鬱蒼(うっそう)とした森だからすぐに分かる。森の奥には教会があるのさ。かつて、祈りを捧げる為、多くの奴らがそこへ行ったきり(・・・・・)

「謝礼だ」


 シエンは懐から銅貨を出すと床に放った。男はそれに飛び付いて無様な姿を晒す。

 その間にシエンは立ち上がり、老婆がいるカウンターへと向かい、酒のお代を渡した。


「……言っとくが、この村に宿なんてないよ。放浪者を泊めてやれるほど慈悲深い奴は滅んじまってね?」

「目的が出来た。今から経つよ」

「今からかい? ……外はとっくに闇になっちまってるよ」

「昼も夜もたいして変わらないさ。それに、夜の方が(・・・・)都合がいい」

「……頭イカれてるのかい?」

「こんな世界だ。正気じゃいられないさ」


 答えたシエンに、老婆は呆れ顔をする。


「まぁ、勝手にするんだね。……屍になっても、私のところに来るのはお断りだよ」

「不死共が家族の前にやってくるのは、生前の記憶を辿るからだと聞く。俺と婆さんの記憶なんて欠片ほどもないと思うがな」

「そうかい。なら、それが深くならないうちに出てっとくれ」

「まぁまぁな酒だった」

「感謝は受け取っておくよ」

「祈りを忘れずに」

「お前さんこそ」


 そんなやり取りを最後にシエンは酒場を出る。外は暗く、家の灯りがポツポツと浮かんで見えた。


 彼は闇に紛れるようにローブを目深に被りなおすと、ゆっくり歩く。


「騎士……ねぇ」


 シルが団長をしていた騎士団は五十年ほど前、一つの事件をキッカケに国を追放されている。


 それは『王族殺し』。


 騎士団の一人が、王家の者を殺して逃亡したのである。


 ルノートの王家は神の末裔。故に、王家の者を殺すことは、神を殺すも同然。


 騎士団に所属していた騎士たちは各地に散らばった。


 そして、王家の者を殺した騎士も行方知れず。


 その騎士がこの村を訪れたとは限らない。もしかしたら全く違う騎士かもしれない。そもそも、その者が騎士なのかどうかすら怪しい。


 しかし、シエンは確かめてみる価値はあると思った。


 もし、その者が騎士団の一人だとするのなら、今でも生きてる可能性があると踏んだのだ。


 シルは不老の女性だった。


 彼女がルノートから追放されたのは五十年前である。しかし、その姿は美しく、死ぬ間際ですら老いを感じさせなかった。


 彼女は碧色の眼球に宿る神(・・・)により、人ならざる身体を持ち得ていたからだ。


 その神とは騎士団全員に宿っていたと聞く。


 そして、騎士団の一人一人が神にも届く力を持っていたらしい。

 騎士団は六つに隊分けされており、隊長たちには神器である『騎士の大剣』が渡されていた。


 判別は容易。その者が騎士団であったなら、同じ碧色の瞳を持ち、さらに隊長であるなら騎士の大剣を持っている。


 シエンは村を出て、男の言葉通りに深い森へと続く道を見つける。


 人の手は既になく、生い茂った草によって道であったかすら曖昧な道。


 灯りはなかったが、シエンには木々がよく視えた。それを明瞭にしていたのは碧色の瞳。


 かつて、この世界を創ったのは太陽神と言われている。

 そして、その太陽神を守護する神を、月の守護神と読んだ。



 太陽が世界を照らし、照らせぬ夜を月が見張る。



 そんな言い伝えさえあった。



 だが、もはやその神たちはいない。見捨てられた世界には、システムだけが残され、末裔と人々だけが置いていかれた。


 そんな世界の片隅でシエンは森に分けいる。

 その直後、何者かが彼を襲う。


 それは人の形をした骸。


 服は破れ、肉は腐りかけ、自我のないそれは、恐るべき速さと力で彼に迫る。

 しかし、シエンは大剣を抜き去ると闇を切り裂くついでに不死と化した骸を斬り捨てる。


 その骸は剣痕から塵となって消え失せた。


「死ねる悦びに、背徳したまえよ」


 唱えるようにシエンは言葉を呟く。

 その瞳にはやはり、誇り高き狂気が揺らいでいた。


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