とある男が掲示板に書き残した文章
なぁ、俺の個人的な話で悪いんだが、ちょっとお前ら聞いてくれないか?
愚痴というか、泣き言というか、そういう話になっちまうんだけど、誰かに吐き出さないと気がおかしくなりそうなんだ。
それで話っていうのは、あのな? 十年以上、俺が愛してた女性が今日、亡くなったんだ。
寝ようと思ってベッドの上で横になっても、目を瞑ると彼女の姿、彼女の匂い、彼女の温もり、彼女の声、死ぬ直前までの、生きていたときの彼女のことで、頭が一杯になって眠れないんだ。
今も手には彼女の温もりが残っていて、だから彼女との思い出話なんかを吐き出して、すこしでも気が晴れればって、まぁそういうわけだから、ちょっと聞いてくれよ。
彼女と俺が出会ったのは大学生のときでさ、講義で偶然、隣に座った彼女のことを見て、一目惚れしたんだ。
彼女は黒髪のショートボブで、ちょっと釣り目気味の、気が強そうな感じの顔をした子で、暑い夏の日だったから白いシャツにハーフパンツなんてラフな格好をしてたと思う。
彼女に出会うまでは長い黒髪に白いワンピースが似合いそうな、清楚なお嬢様みたいな子が好みだったから、自分の好みとはまったく違う彼女に、なぜ一目惚れしてしまったのかは、今でもよくわからないけど、とにかく一目見た瞬間に背中に電流が走るようにビビっと「この子しかいない」って、そう強く思ったんだ。
そういえば昔テレビで、一目惚れは遺伝子が関係してるって話を聞いた記憶があるんだけど、たぶんそういうことで、見た目とかじゃなく本能が彼女のことを求めたのかもしれないな。
それから講義で一緒になるたびに、俺は彼女に話しかけたりして、出会って半年くらいでようやく一緒に遊びに出かけたりするようになったんだ。
彼女は活動的な子で、よく彼女の友達を数人連れて、遊園地とか水族館に行ったなぁ。それで彼女はいつも楽しそうに、幸せそうに笑ってたっけ、懐かしいな。
そうして友達とよく遊びに出かけたりもしていたから、彼女が高校生のときに、事故で両親を亡くしたって話を知ったときは驚いたな。裏表なく、幸せそうに友達と笑ってた彼女に、そんな辛くて悲しい過去があったなんてって。
だけど俺はその話を知って、彼女のことがもっと好きになった。
それに彼女のことを、もっと知りたいって思うようにもなった。
だってそうだろ? 辛い過去があってもそれを乗り越えて、明るく振る舞ってる女の子なんて、そんな子を好きにならない男はいない。
だから俺は彼女のことをもっと知って、俺が彼女の支えになってやりたいって、そう思ったんだ。
それから俺は彼女のことを、うわついた感情だけじゃなくて、もっとしっかりと見るようになった。
彼女の何気ない仕種や表情で、彼女が心の奥に抱えているものを知ろうとした。表には出さない彼女の悩みや思いがあるんじゃないか、俺が手助けできることがなにかあるんじゃないかって。
そうすると見えてきたんだ。何気ないとき、たまに悲しそうな表情や、疲れたような顔をしてることを。
それで俺は彼女に花をプレゼントしたんだ。ほら、花って見てると癒されるだろ?
ただ、それで俺と彼女の関係が変わることは、大学を卒業するまではなかったな。
当時の俺は、彼女の近くにいられるっていうことだけで幸せで、その幸せがなくなるかもしれないと思うと、他にはなにもできなかったんだ。
そのまま大学を卒業して、俺と彼女の関係は、そこで一旦途切れることになった。
俺は入社した会社の仕事で朝から夜まで忙しくて、彼女のことは頭の片隅には残っていても、連絡をとるような暇がなくて、彼女のほうも、この時期は忙しくしていたみたいで、なにかをするっていうことはできなかったんだ。
そうして彼女と連絡がとれない期間が三年ほど続いて、ようやく仕事にも慣れて、すこしだけ余裕がでてきた俺は、また彼女に連絡をとることにしたんだ。
関係が断たれていたあいだも、彼女のことが頭から離れなくて、どうしても忘れたり諦めることができなくてね。
久々に電話口で聞いた彼女の声は、昔とまったく変わっていなくて、俺はすごく嬉しい気持ちになったのを今でも覚えてる。
それから俺はまた、大学時代のように遊びに出かけたり、彼女の家に遊びに行ったりもするようになった。
初めてあがった彼女の家の中は、塵一つ落ちていないくらい綺麗に掃除されていて、彼女の家にいるあいだはすごく気をつかったな。
大学時代のときにはお金があまりなくて、彼女になにかを贈ることもあまりできなかったけど、社会人三年目で給料もそれなりにもらえるようになっていたから、彼女の誕生日や記念日にいろいろとプレゼントをしたりもするようになった。
大学時代よりも関係が進展している気がして、当時の俺は有頂天だった。
仕事だって順調でお互いに大人だし、このままキッカケがなくても、雰囲気で付き合うようになって、なんて妄想したりもしたなぁ。
結局、連絡を再開してから七年、昨日までそれ以上の関係になることはなかったんだけど。
はぁ……彼女が亡くなった今でも、こうして彼女との思い出話をしても、やっぱり俺の心は晴れない。
このまま彼女のいない世界で生きていける気がしない。
なぁ、どうしたらいい? 俺はどうしたらいいんだ、誰か教えてくれないか。
今もまだ彼女のことが頭から離れない。死んでしまった彼女のことが好きで、好きでたまらない。
手には彼女の温もりがまだ残っているし、彼女の声や匂い、顔や体まで、なにもかもがまだ愛おしい。
なぁ、この感情がいつか、なくなるなんてことはあるのか? 彼女のことを忘れてしまうときがくるのか?
そんなのは嫌だ。俺は彼女のことがずっと、ずっと好きでいたい。だけどそれじゃあ前へ進めないってこともわかってる。
自分で書いていても、支離滅裂になってきているのはわかる。
昨日の今日で、まだ心の整理がついてないんだ、そこは許してくれよ。
あぁ、彼女に会いたい。幸せそうに笑う彼女の顔が見たい。
俺も彼女と同じところで死ねば、彼女のいるところへ行けるだろうか?
彼女のいない世界でなんて、生きている意味があるのだろうか?
考えても考えても、答えはでない。
彼女のことだけが、いまだに頭のなかをぐるぐるとまわって、何度も溜息が漏れている。
そういえば社会人になってからの彼女も、今の俺と同じように溜息を何度も漏らしたり、疲れたような表情をしていることが多かったな。
大学時代みたいに、休日に遊びにでかけることもなくなって、精神科に通ってるって話もしてたことがあったっけ。
社会に出て、仕事が忙しくて体も心も疲れて、そうすると辛い過去のことを思い出したりして、彼女は心を病んでしまっていたのかもしれない。
あのとき俺が彼女の悩みや愚痴を聞いてあげていれば、もしかするとこんな結末にはならなかったのかもしれないと思うと、後悔してもし足りない。
とはいえ彼女が亡くなった今となっては、その後悔も意味はないのかもしれないけど、それでも考えずにはいられないよ。
はぁ……やっぱりダメだ、なにをしていても思い出すのは彼女との思い出ばかりで、前に進むことができそうにない。
彼女は死んで、俺は生きてるって事実が、どうしても俺には受け入れられそうにない。
彼女がいない世界で、彼女のことを忘れて生きることは俺にはできそうもない。
悪いな、ここまで話に付き合ってもらったのに、なにも解決しなくて。
やっぱり俺も彼女のいるところへ行こうと思う。
彼女が死んだところで、彼女と同じように死ねば、きっと俺も彼女のいるところへ行けるよな?
これを読んでくれてるお前らも、俺が彼女のところへいって、彼女と幸せになれることを祈ってくれよ。
じゃあ、そろそろ俺は彼女のところへ行くことにするよ。
ここまで付き合ってくれて、ありがとうな。
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