城下の屋敷にて
八幡は城下の屋敷を案内されていた。
「八幡殿は背の大きいお方ですね」
「御本城様よりも大きいのではないでしょうか」
案内人の名前は数馬という。
元服したばかりの少年で身長はとても低い。
日頃は農作業をしているそうだが、人手が足りない時などに奉公に呼び出される。
兵農分離という考えがまだ登場していないのだろうと八幡は思った。
「御本城様?」
「ああ、氏綱様のことです。ほかの国では御当主のことを御屋形様などと言います。でもほら。小田原の城は大きく、立派でしょう。なので御本城様、と呼んでいるのです」
確かに小田原城は立派だった。
屋敷まで二人は長い距離を歩いたが、それでも城の中である。
総構え。町さえも城の中に収容する長い長い堀や土塁が小田原城の特徴なのだ。
「ああ、なるほど。少しだけど俺のほうが大きかったな」
「羨ましいです。僕はこんな感じですから」
数馬の頭は185cmの八幡の胸の位置にある。
「肉を食べるといいらしいぞ。まだ数馬くんは伸びると思うけどね。俺も20才になったけどまだ伸びてるしな」
「そうだと良いのですが」
数馬は言いながら部屋の扉を開いた。
「寝室はこちらになります」
六畳ほどのスペースに布団が敷いてあった。
そして女がいた。
布団は一つしか敷いていない。
「待った待った。先客がいるんだけど」
「大丈夫ですよ」
「いやいや男女同室はまずいだろう。間違いが起こりかねん」
数馬はにやりと笑った。
なるほど。
その間違いを起こすために用意された場なのだ。
八幡が女を見ると、女はにっこりとほほ笑んだ。
美人である。
八幡は後ろ髪をひかれぬよう、あまり顔を見ないようにした。
「女の子と軽々しくそういうことはしないように教育されているんだ」
「え……もしかして男色なんですか?」
「待て!それは誤解だ!」
女の子に気を使ったのにホモ呼ばわりされてはたまったものではない。
故郷の風習ということにして他に部屋はないのかと聞けば
「しかし急でしたので……。実はこの一室と私の部屋しか用意できなかったんですよ」
と、いうことらしい。
「じゃあ数馬くんと同室でいいから部屋を変えてくれ」
「え……やっぱり男色なんですか?」
「もうそれでいいから……」
「ふふっ。冗談ですよ」
数馬は自室に八幡を案内した。
「枕が変わると寝れないんだ。眠くなるまでしりとりをしよう」
寝る前に八幡は数馬をしりとりに誘った。
八幡は古今東西の人が遊べると思いしりとりを選んだのだが……しりとりは難航した。
数馬が先行で「り」で始まるなにかを言ったのだが、よくわからない。
ならばと八幡が「と」で「トマト」と言えばこれも通じない。
ちなみに戦国時代初期にトマトはないのである。
他にも躓く語句が多々あった。
それでもなんとかしりとりをしようと八幡は努力した。
地名や人物名、風習などの名前からなんとかしりとりを続ける。
しかし
「お」「織田信長」
と答えた時、数馬から衝撃の一言が発せられた。
「織田信長って誰ですか?」
八幡は戦国時代を織田信長以後の歴史しか知らない。
それは学校教育が三英傑を中心に教育するからである。
織田信長・豊臣秀吉・徳川家康
この三人の天下統一までの道のりが一般人の知る戦国時代なのだ。
それゆえに1467年の応仁の乱から実に80年ほどの空白が存在してしまう。
今、八幡がいるのはその空白の歴史である。
しかし八幡は信長がもう存在しているものと思い込んでいた。
信長が、いない?
どういうことだ?
「ごめん。ちょっと明かりをもらっていいかな?」
わけもわからぬ八幡は、戦国時代の知識をメモ帳に書き出してみることにした。
ちなみにメモ帳は仕事で携帯していたものである。
ハゲ(上司)の話中にメモを取ると
「話を聞いてからメモを取らんか」
と、怒られ、取らないと
「なぜメモを取らん」
と、怒られる。
怒られるたびに八幡はハゲ(上司)の育毛剤をただの化粧品にすり替えていたことを思い出した。
有名な武将
織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、浅井長政、明智光秀、柴田勝家、伊達政宗、毛利元就、北条早雲、本田忠勝、真田昌幸、真田幸村
主な出来事・政策
カステラ伝来、楽市楽座、関所撤廃、南蛮貿易、銃の伝来(1543年)、歌舞伎の誕生、升の統一、太閤検地、刀狩り、兵農分離、農機具の発達、朝鮮出兵、応仁の乱(1467年)
有名な戦い
01.桶狭間の戦い 織田信長 対 今川義元
勝者 織田信長
結果 今川義元の敗死
今川家は滅亡へ?
02.姉川の戦い 織田信長 対 ?
勝者 織田信長
結果 ?
03.三方が原の戦い 武田信玄 対 徳川家康
勝者 武田信玄
結果 武田勝利もなぜか撤退?
家康脱糞
04.長篠の戦 織田信長 対 武田勝頼
勝者 織田信長
結果 鉄砲隊により騎馬軍団と重臣たちの敗死
武田家は滅亡へ?
05.本能寺の変 明智光秀 対 織田信長
勝者 明智光秀
結果 織田家の滅亡? 信長50才?
(1582年)
06.山崎の戦い 豊臣秀吉 対 明智光秀
勝者 豊臣秀吉
結果 信長の位置に豊臣が収まる?
07.九州征伐 豊臣? 対 ?
勝者 豊臣秀吉?
結果 ?
08.小田原征伐 豊臣秀吉 対 北条?
勝者 豊臣秀吉
結果 ?
09.関ヶ原の戦い 徳川家康 対 石田三成
勝者 徳川家康
結果 豊臣家の権力を徳川家が上回る
10.大坂夏の陣 徳川家康 対 豊臣秀頼
勝者 徳川家康
結果 豊臣家の滅亡
(1615年)
順序不明.川中島の戦い 武田信玄 対 上杉謙信
勝者 ?
結果 ?
なんとか八幡は信長が生まれていない可能性に思い当たった。
応仁の乱から本能寺の変まで100年ほどの空白があったこと。
しりとりでトマトなどの存在しないものがある、ということを知ったのも大きかった。
しかし……
「もしかして俺って役立たず?」
情報がおおざっぱすぎた。
それも有名な武将・戦いの場所はわかっても戦いの経過、戦略や結果もよくわからない。
そして北条の名が少ない。
というか小田原征伐しか関東の戦いがない。
その小田原征伐でも誰が戦ったのかよくわからなかった。
とにかく八幡は明日は自分の知っている歴史を話すしかない。
しかしこれでは北条家に役に立つ情報はないのではないだろうか。と、思った。
「ん?小田原征伐?」
「あ」
八幡は思い出した。
北条家は天下統一の仕上げとして、豊臣秀吉に滅ぼされるのである。
しりとり(意味深)