神様の思惑
「と、いうことなのですよ」
人払いされた小田原城の一室に、奇妙な光景があった。
伊豆・相模を統治し、なおも勢力を拡大しようとする北条氏。
その当主・氏綱と嫡男・氏康。
さすが当主というような厳格な顔をした氏綱。
しかし年のせいか紙には白髪が混じっている。
そして父の目元を少し優しくした顔をした氏康。
その両名の前にスーツで正座する男がいた。
そう、鶴岡八幡宮に降ってきたあの男である。
「なるほど。では八幡殿は会社という領主が悪政を敷いている未来からやってきたのだな」
男は八幡と呼ばれていた。
男が八幡と呼ばれているのは氏康のせいである。
鶴岡八幡宮で、いきなり降ってきた男。
氏康は大いに混乱した。
「八幡様じゃ!!八幡様じゃ!!八幡様が降って来られたぞ!!」
しかし氏康が落ち着くにつれて、男が未来から戦国の世へとやってきた未来人であることがわかった。
その時の呼び方が妙に板についてしまい、八幡と呼び続けている。
そしてそれを聞いた皆も八幡殿、と呼ぶのだった。
氏康は八幡を怪しくも思ったが、最後は興味が勝り
「未来の話を聞いてみたい」
と、小田原城への任意同行を願い、八幡は了承した。
未来はどのような世界なのか?
これから北条はどうなっていくのか?
氏康は聞きたいことが沢山あった。
「はい。みんな死んだような眼をして働いています」
「しかしここは違いますね。移動中に町を見ましたが領民は生き生きとしていました」
話しているうちに緊張も解けたのか、ただやけくそなのか、八幡は大名にも恐れずに話していた。
「戦国の世なのでしょう?年貢も兵役もあるでしょうに、なぜ彼らはあのように、生き生きとしているのでしょうか?」
それについてはワシが答えよう。と、氏綱。
「戦国の世では国が家ごとに分かれているんじゃ。ゆえに政治は各々が好き勝手に行っておるのよ」
「北条では禄寿応穏の思想の下……他家よりも税を取らぬ。ゆえに人が集まり交易が盛んになる」
「そこに活気が生まれるのよ」
氏綱は続ける。
「そして民は豊かになる。豊かになれる北条に戦で負けてもらっては困る」
「そして兵は強くなり、ワシらは土地を守り、さらには広げてきたのよ」
八幡は氏綱が未来に通じるような考え方を持っていることに感心した。
「すごいですね。あちらでは国の経済が厳しくても税を上げて、消費を減らしています」
「だいぶ未来は領主だけでなく、国もひどいんじゃな」
氏綱はため息をついた。
その時、氏康が一つ気づいたことを述べた。
「おそらく翁がお主をここに送った理由はそれよ」
「未来の悪政。戦国で家ごとに分かれた日本という国家」
「お主は戦国の世を見定めて、より良い政治を行う家に天下を取らせ、未来を改変する」
「それがその翁、八幡宮の神様の狙いだろう」
八幡はその話に合点がいった。
そしてまずはせっかく出会うことができた北条という家。
それを見極めることに決めた。
未来の歴史については明日、という話になった。
元々、移動に時間がかかったこと。
家臣に記録を取らせたかったこと。
そして八幡が持っていた道具に氏康が興味を示したからだった。
八幡はケータイとパソコンの説明をした。
特に興味を持ったのはケータイの地図である。
「まず、相模。未来では神奈川県ですが、この辺りになります」
八幡のケータイにはカーナビのアプリが入っていた。
正規の地図アプリは使えなかったが、カーナビアプリにはおおよその地形が分かる地図があったのだ。
地図に関しては氏綱自ら八幡の手を借り、紙に写し取った。
他の電化製品や工業機械、自動車などの話をすると
「そんな魔法のようなものを作れるのも信じられないが、国民がその技術の使い方を分かること、それらを使える状況で国民が不幸ということも信じられないな」
と氏康は口にした。
モーターや蒸気機関、エンジンなど八幡にもわかるものの説明だけだったが、産業革命の前の人間である氏康たちは未来の可能性に胸を震わせた。
そして話が終わると氏綱が言った
「お主の身は北条が丁重に預かろう」
「城下に屋敷を用意する。今晩はそこに泊まられるがいい」
…
……
………
説明の最中に、八幡はおかしいことに気づいていた。
なぜかケータイの電波が通じていること。
いつもは半日で切れていた電池が全く減っていないこと。
氏康達との会談の後、八幡は実験をした。
通話の呼び出し音はなるが相手は出ない。
インターネットを開こうとしても開かない。
電波は通じているが、相手がいないことが問題のようだ。
八幡はソーシャルゲームとSNS以外のアプリを入れていなかった。
なので地図と計算機、カメラ以外は役に立たないと予想した。
それゆえに、
「まさか通話など、二度とすることはないだろう……」
と、思った。