西日色のお茶会
放課後特有の空気。
窓から日が差し込んでやや古びた実験机が西日色に染まる。
窓際に並ぶ整頓された実験器具たちが光を反射して、見慣れた実験室がどこか現実離れした光景のように見えた。
「どうぞ」
先生がいつものようにビーカーにお茶をいれて置いてくれる。
普通のお茶なのにどうしてか特別な味がする気がする。
「頻繁に来て、迷惑じゃないですか?」
「迷惑ではないですよ。でも、このお茶は内緒ですよ」
茶目っ気を含んで先生は言った。
初めてここでお茶を飲んだのは少し前。
友人と気まずくなって、昼休み、教室にいたくなくて誰もいなさそうな部屋に入っただけだった。思いがけず先生がいて、怒られるかと思ったけれど何も言わず今と同じようにお茶を出してくれた。
何も聞かずいてくれてほっとした。
友人との仲が元に戻った後も何となくこのお茶が飲みたくて放課後になるとここにやってきていた。
いつもいつも先生は何も聞かず受け入れてくれて、何も言わずお茶をくれる。
言葉は少ないけれどこの空気が好きだった。
指、長いなあ……
同じようにビーカーでお茶を飲む先生の左手。シンプルなプラチナの指輪がおさまる長い指。
寡黙だけど暗いわけじゃなく、沈黙がむしろ心地よい空気を出してくれる先生。
卒業まで私は実験室でほぼ毎日お茶をもらっていた。
放課後に一杯のお茶を飲む時間。
ただ、それだけだった。
そこにはそれ以外何もなかった。
きっと、好きだった。
あの時間、あの空間、あの空気。
ビーカーで飲むお茶、差し込んでくる西日。
そして、……先生。
思い出はやがてあの時と同じ西日のような色に褪せていくけれど、忘れることはない。
その好意の感情が、恋だったのか憧れだったのか。
今は確かめる術はないけれど。
思いはきっと大切に抱えてこの先も生きていく。
あのビーカーで飲んだお茶が一番美味しかったな
新調したマグでお茶を飲みながら、あの日のお茶の味を思い出すーー。