のの字探し
これは俺が二十一の時の話だ。
いつもつるんでるダチがいてなァ。そいつといつも世話ンなってる居酒屋で飲んでた時のことよ。
小学生くらいだったか覚えてねェが、『のの字探し』っていうのを授業でやったのを思い出してそのダチと始めたんだ。
ルールは簡単だ、適当に新聞紙を持ってきて文面の『の』に赤丸をつける。制限時間を設けてその間に多くの『の』を見つけられた人の勝ちってゲームだ。
なんにせよゲームには賭けがねェとつまらねェだろ?
だからもし負けたらもう一杯ビール奢りってことになったんだ。そこまで重いものでもねェしダチも乗り気だった。
男ってもんは勝負事が好きな生き物なんでなァ。
俺たちは普段見ない新聞紙を広げ赤ペンを持った。制限時間は五分だったが割とすぐに感じた。
そして結果発表。俺は30個、ダチは28個とギリギリで俺は勝ちを得た。
負けず嫌いだったダチはその結果を飲み込めず、もう一度やろうと持ちかけてきた。
別にいいがもう新聞紙がねェぜ?俺は言ってやった。
そうしたらダチは『ほ』の字探しをやろうって言うんだよ。
『の』って言うのは文章のつなぎ目で使われる事が多いから『のの字探し』が成り立つのに、『ほ』なんかでやっても見つけられねェだろうと俺は言った。
だがダチは意見を譲らず、結局同じ新聞で『ほの字探し』を始めたってワケだ。
今回の五分はとても長く感じた。改めて見てみると日本語って面白いものだよなァ。
それでその『ほの字探し』の結果がまた面白かったんだわ。
俺もダチも8個しか見つけられなかった、つまり引き分けだったんだ。
もちろん自分が勝つまでやるつもりのダチは、次は『う』だの『り』だの引き下がらねェ。
その時、カランコロンと居酒屋のドアが鳴った。
そこに立っていたのは高校時代、ダチが好きだった女子だった。
久しぶり、とその女子はダチに話しかける。先ほどまでの勢いは消え、ダチはヘラヘラとみっともない態度を見せた。
何をやってんだか。
女子は店長と少し話をするとすぐに出て行った。それを見た後ダチはまた勝負を再開しようとしたんだ。
でも俺はすぐ帰る準備を始めた。おい逃げるのか!?とダチは立ち上がってたっけなァ。
そんな彼に「この勝負は俺の負けだ」って告げた。
「何を言ってるんだ」と言うダチに構わず、俺は居酒屋のドアの前に立ちこう告げてやった。
「9個でお前の勝ちだ。お前はあの女子に『ホの字』なんだからな」