第5話 測定器(仮)
「王とは、人に非ず。幾千幾万の民を繁栄に導き、碧血丹心の忠臣の道標たる器なり。故に、王者を単身と認めるは甚だしき誤信。彼の者は、誕生せし瞬間より無数の意思と理想を担う柱である。王は、現在を生きず。彼の者は、幾星霜に渡る人の営みの一幕であり、同時にその全ての体現者。其れ、即ち王。其れ故万人の理解は王に届かず、並び立つ者は有ってはならない。王とは、常に孤独………そう、孤独なのだよ、理解したかね諸君。」
場所は、同じく謁見の間。
そこには、先ほどまで居なかった……ずっと居たが、誰も気が付いてくれなかった人物が長い独白を終えた。
肩口までの銀髪をバックに撫で、琥珀色の目をした壮年の男性の正体はヘクサドラゴン王国国王コモド・レイン・ヘクサドラゴン。
王冠と礼装に飾られたその姿は、臣下を横に玉座に着けばさぞ絵になる事と思われた。
だが、その絵は永遠に理想の絶海を彷徨うだろう。
さっきから、肝心の本人が魂の宿らない眼差しで理解不明の帝王学否愚痴を垂れ流しているのだから。
どうやら、こちらの方も締まりが悪いらしい。
「理解したかね諸君?王といった立場には、味方なんぞいないのだ。全員が敵なのだ。家臣も家来も余を貶めようとするのだ。碧血丹心の忠臣?影も見たことないわ…」
「はいはい、陛下。もう小言は沢山ですから。我々もこの者達も十分承知致しましたから。もう本題に入りましょう」
「………………」
ヴィクトル団長の指摘を受け口を紡ぐコモド王。
あ、とうとういじけてしまったよ、陛下。
しかし、流石は王族、真紅の絨毯の上で不貞寝はしない。物凄く危うい所で体裁を賜っているな。
俺としては、何もかも手遅れだが。
さて、この状況を説明するには大層な言葉は必要ない。
便器との熱烈な緊急会議を終え。
全国放送でチャック全開どころではない醜態を晒した恥から立ち直り。
何故か俺を視界内に入れた途端に起こる拒絶反応の発作を鎮め。
なんとか王として舞台に返り咲こうした…………が、自分が不在の間に重要な説明の殆どが部下に持って行かれてしまった、だけのことだ。
他のクラスメートにも腕輪が配られ、クソ団長が蘇生して、王が入場した辺りの回想をするとしたら以下の感じになる。
『良くぞ召喚に応じてくれた、異世界からの勇者諸君よ!余は、偉大なるヘクサドラゴン王国の国王、コモド・レイン・ヘクサドラゴンである。人族最古にて最強の栄光なる我が王国は、長きの歴史に置き多くの窮地と相対し、その度怨敵に絶対的なる正義の鉄槌を下し、糧とし、さらなる高みへと…』
『お言葉ですが陛下、先の口論で少々時間を取り過ぎた故、速やかに本題に移った方が良いかと』
『…………う、うむ。では、我が国が諸君らに求めるのは世界を仇なす恐るべき魔王の…』
『それももう説明した。次』
『……………………あ、ああぁ!なら、勇者の証たるこの腕輪は……もう……着けておったな……そう言えば……うむ……』
………何をしに来たんだ、あんた。
そして、団長と副団長に連続ダメ出しされた時点で既に家に帰りたそうな顔をしていた国王だが、決定打となる物は直後別の方向から来たのだった。
どうやら、腕輪を嵌められても心情的に納得のいかない奴らがいたらしく、日本へ返せと文句を小声で呟いていたのだ。
それを偶然聞き取ってしまった国王は、まるでぎこちない合コンの最中ナイスフォローを受けた野郎のように高らかと宣言したのだった。
『故郷への帰還を望むのなら、魔王を倒すのだ!送還術は、魔王の元にある!』
いやぁ、一生懸命考えて用意した台詞だったのだろうなぁ。
言い放った時の奴のドヤ顔は、忘れられないわぁ。
直後、アホを見る視線が全員分突き刺さった時の顔は、もっと忘れられないわぁ。
アレを言葉で表すのには、ちょっと骨がいるな。
だって、表情筋の機能を明らかに超えていたもの。
頭辺りの光が屈折して、闇より更に暗い影を作るって可笑しな物理現象引き起こしていたもの。
ファンタジー様々だぜ。
『陛下、どちらへ行かれるのですか?』
『……ああ……ちょっと寝室の枕と水災問題の緊急会議に……』
『堪えて下さい、本日分の涙はもう流したでしょう。』
国王の心境は、一体どんな物だったのだろうか。
“フハハハハ!良くぞここまで来た、勇者よ!”を言いそびれた魔王?
“健闘を祈ります、勇者よ。魔王を打倒し暁には、一つ望みを叶えて差し上げましょう”を言いそびれた転生の女神?
奴の言う通り、常人の理解に叶わない事柄なのだろう。
しかしまあ、流石にあれだけの目に会えば哀れを誘う、とでも思ったかボケェ!
なぁにが勇者の証だ!人を奴隷扱いしやがって!もっと苦しめ!もっと後悔しろ!
俺達の内の誰かに何かあった日は、それはてめえが死ぬ時だ!
顔は……覚えたぜ?
「クククククッ」
「ヤベェよ、春樹のやつ、マジで病んでやがる」
「春樹君……流石は、私が見込んだ男です。この世界なら呪いも呪術も効果がある筈です。良いでしょう、私も手伝います」
「どうしよう杏花、この二人すごく怖いんだけど……」
思った通り、藤堂は処世術を心得ているな。
それに比べて折原と海老名はまだまだ優しい。命取りにならない程度でその純白さを保って欲しいものだ。
「では、そろそろ私の片魂も降りて来た頃合いなので貴方方が手に入れた力について説明したいと思います。良いですね、陛下?」
「………好きにしたらどうだ?」
「御意。君達、例の物を」
「ハッ!直ちに!」
最早場を仕切ってるクソ団長が部下に綺麗な布で包まれた水晶玉を持って来させた。
あれは………
「テンプレキター!」
うっし、絞殺第一候補は……って、またお前か、鳳錬。
でもちょうど良い、一度はなんとなく殴ってみたいと思っていた奴だ。
あぁ、アレか。この世界は、ゲーム的なステータスとかあるのか。
俺も一回は自分のステータスを見てみたいなとか妄想した事あるが、まさかこんな形で体験できるとは。いや、こんな形じゃないと体験できないか。
冷静に考えると衰えない身体能力とかあり得ないんだけどね。なら、魔法適正なんちゃらとか計測するのか?
「よいしょ」
あれこれ考えている内にクソ団長は水晶玉を片手で掴み………そのまま股間に当て股の間に挟んだ。
「ふぅ、これで腫れも引くでしょう」
「何でナニやってんだあんたあぁ!!?」
えっ!?ちょっ、ええぇ!??
鳳よ、お前は何かしらんか?あ、あいつも目を点にしている、が、直ぐに長い前髪を搔き上げ「フゥ」と溜息を吐いた。大丈夫そうだ。
「何って、いきなり他人の股間を蹴り上げる蛮族に言われたくありませんね」
「えっ、でも、その水晶」
「これですか?一定時間冷気を放つ魔具ですが、何か問題でも?」
「能力値とかステータスとか魔力適正とか魔力量を測る道具だと思うじゃない!普通!」
激怒する折原。
お前も期待していたのか。そんなに怒るな、落ち着け。
そんな彼女にクソ団長は微々な関心を見せる。
「ほう、ステータスの概念をご存知でしたか。意外ですね、苦労して魔力の存在しない世界を選択したというのに……おっと、口が滑りました」
言ったな?反抗されないように魔法のない世界から召喚したって、今言ったな?
「それなら、話が早いですね。君達、測定器を持ってきなさい」
「「「「ハッ!」」」」
再度指示を出すと、今度は六人の部下がいそいそと部屋を出た。
何で、あんな大勢で行ったんだ?
「測定器が運ばれる間、一応項目の意味を教えますね。先ず、一番分かり易いのが【名前】【歳】【種族】これらはそのままの意味です。次に【職業】、これは言わば天職のことです。特殊な技術や能力、【ギフト】の習得速度は【職業】によって傾きます。【LV】は、成長具合と総合的な力を示します。そして、一旦上がれば変動しません。強力な生物を殺せば上がり易いですが、訓練や歳を重ねるだけで上がりますので血に弱い人は自分の血を流しなさい。最後に【生命力】、【魔力】【攻撃力】、【防御力】、【敏捷】、【精神力】。【生命力】は尽きると死にます、逆に言えば尽きない限りどんな重傷でも処置が間に合えば生き残れます。【魔力】は、尽きる魔術か使えなくなり疲れます。気合いで【生命力】を魔力に変換できますが、逆はありません、危険なのでやめましょう。【攻撃力】、【防御力】は物理的な攻撃力と防御力です。【敏捷】は、あらゆる面での素早さです。【精神力】は、精神面での強かさ。そして、魔力運用の巧みさと魔力攻撃への耐性を表します。魔術は、器用さが全てですから地味に大事です。これらの数値は【職業】と【LV】が定めた範囲内で常に変動します。解りやすく言えば、怠ける【LV10】の【戦士】は、訓練に勤む【LV10】の【戦士】に敵い……ません。あくま……で、膂力での話……ですがね。理解……しました……か?」
魚の死体顔のオッサンは、力尽きたかのように長い説明を終えたのだった。
先生、もう少しやる気を出しましょう。そして、余り一気に説明されても付いて行けません。
でも良いです、折原がワクワクする姿が可愛いです。
俺も、彼女のステータスに【乳力】の項目が足されるかどうかワクワクします。
鳳君が、「勇者はきっと ME だな」とか世迷言言っています。
こいつの種族は、絶対【ナルシストバカ】だと思います。
そして、質問が一つ。
「先生!他人のステータスを覗くギフトってありますか?」
「おっ、その先生と言う呼び方良いですね。クソ団長より余程良いです。はい、鑑定系統のギフトは存在しますがそれは【商人】やそれに類する職業の者が会得し易いです。もっとも、相手の承諾なしにステータスを覗くのはマナー違反どころか法に触れます。まあ、貴方方は関係ない筈です。全員戦闘系になるよう選…ゲフンッ!まあ、そう言うことです」
オーケー、どうしてもクソ団長って呼ばれたいんだな、クソ団長。
「おや、ちょうど測定器が届いたようですね。お疲れ様です。それでは、列に並んで順番に測って下さい」
クソ団長の目線を追えば、その先にはたった今帰ってきたばかりの六人の騎士の姿があった。全員、なぜか汗だくになっている。
彼らが運んできた代物は………なんだあれ。
一番身近な物で表すとしたら、歯医者の診察椅子。
ただし、シートの部分に所狭しと難解な魔法陣や梵字に似た何かが書き込まれ、おまけにヘッドレストの部分に『封印』と書かれた札が張り巡らされた、殆ど封印札で構成されているヘッドギアが付いている。
あ、拘束用のベルトとかもあるな、なら歯医者の診断椅子より似たようなものを見たことがある。
確か、なんとかスパイ映画の……
「って、洗脳台じゃねぇかああああぁぁぁ!!!」
反射的にクソ団長殴り掛かろうとする俺を折原と藤堂が急いで抑える。
落ち着けと言われるが、それで落ち着けるのなら世話ねぇ!つーか、落ち着きたくねぇ!!
何を測定しようとしてんだ、あのクソ野郎!
ステータス測るって真っ赤な嘘だろ、人格ごと書き直す勢いのデザイン椅子じゃねぇかこれ!
ヴィクトルンコ団長は、今までの対話では想像もできなかった参った表情をしていた。
何でそこでてめえが困るんだ、困るのはこっちの精神衛生だ!
「はあ、やはり異世界の人にもそう見えますか。実はですね、我が国の間諜部隊が技術棟に洗脳魔具の開発を頼んだのですが、それが冒険者ギルドのギルドカード作成機の修理の注文と混じってこのような珍物が…」
「え?何、バカなの?てめえら、ひょっとしてバカなの?そんなので俺達騙せると思ってるの?」
「まあ、これも実演を披露して良いですよ?」
クソ団長は、部下共に目配せするが……
「おい、あいつらジャンケン大会始めてるんだけど?なんか必死の血相なんだけど?」
「ステータスは、個人情報ですからね。サボってる事とか知られたくないのでしょう。私に」
最後まで負け残った騎士が、世界に絶望した表情でトボトボと測定機(仮)まで歩いて上に乗る。
そして、ヘッドギアを頭に被せた途端。
ギュルルルルルッ
バチン バチン バチン バチン
「オイーッ!ベルトが勝手に部下を縛り上げてるんだけど!?大丈夫なのか、アレ!!」
「途中まで洗脳台として作られた椅子ですからね、一部の機能が取り外されてないのですよ」
「一部でもダメだろ!?だって部下もがいてんじゃん!むちゃくちゃ暴れてんじゃん!!」
「体重計に乗って暴れ出す令嬢や御婦人と同じです。心配不要です」
あくまで冷静を装って答える団長。
ああ、そういえばダイエットが成功した時も失敗した時も変な踊りするよな。
コレとは、全然関係のない話だが!
やがて測定機(仮)は淡く発光し、空中に文字を映し出した。
ピコン
===============
【名前】: フェデリッチ・ベル・アーモンス
【歳】: 32
【LV】: 98
【種族】: 人族
【職業】: ロイヤルナイト
【生命力】: 9000
【魔力】: 9100
【攻撃力】: 4550
【防御力】: 5050
【敏捷】: 4050
【精神力】: 5000
【ギフト】:
<ヘクサドラゴン式槍術・四段>
<ヘクサドラゴン式近接格闘術・三段>
< 土・爆・属性魔術>
<詠唱省略>
===============
「……ふむ、ギリギリ及第点ですね。今後も努力を怠らないよう気をつけなさい。アーモンスさん」
「ハ、ハッ!」
アーモンスは敬礼を決め、ホッとした表情で列に戻った。
いや、比較対象はないが結構強そうに見えたんだけど……
「ほら、見ての通り安全です。どうぞ、一人ずつ」
「安全かどうか以前の問題だと思うが?」
だって、どの角度から見てもヴィジュアル的に怖すぎるから、あの測定機(仮)。
あれだけ楽しみにしていた折原でさえ視界に入れようともしてない。あいつ、ホラー系苦手だし。
他の皆も全く乗り気じゃない。
お化け屋敷にお化けはない、けど怖いのと同じだ。いや、ここは、歯医者は虫歯を治療してくれる、でも全く行く気がしない、むしろ待合室から逃げ出したい、な感じだ。
そして、気の毒なことにこのような状況で穂先に立たされる人物は大抵決まっている。
「おい柊、てめえがいけよ」
「えっ、く、黒霧君」
「そ、そうっすよ柊!俺らの為に行くよな!だって俺達ダチっすからね!お・れ・た・ち、ダチっすからね!」
「そうだな、だからその次はてめえの番だぜ、細川」
「え゛っ」
案の定、黒バカ三馬鹿がホモサピエンス的なことをやり出した。
こう言ったシチュエーションを必中で外さず騒ぐとは、野生の習性か何かかね?
何故絶滅してくれないのだろう?頭が痛くなる。
「おい、何でそこで柊を出すんだよ。元の世界に脳神経忘れたのかてめぇら」
「森君……」
俺が奴らの前に立ちはだかったら、気弱少年が驚いたような申し訳なさそうな顔をした。
「おいチビィ。何でてめえが出しゃばるんすかぁ?俺達ダチなかのこたぁ関係
……ないと、思いますので、そんなに睨まないでほしい…な…ぁ」
「その気持ち悪い愛想笑いやめろ、ボッチ。てめぇらがそんなにビビってんなら俺が先に…」
「僕が行くよ」
「……は?」
そうして歩き出そうとする俺を何と柊が止めた。
驚いて振り向くと奴の顔に笑みが浮かぶ。
「大丈夫だよ森君、僕が行く」
「ちょっ、お前どうしたんだ。本当に大丈夫か?」
「うん、心配ない」
そして、いつもの弱々しい表情を揺るがない決意で塗り替え測定機(仮)に乗ってしまった。
若干指先が震えていたが、一度も振り返らず、背筋を伸ばして。
俺は呆然その背中を見送るだけ。
柊君、妙な局面で一皮剥けた感じに凛々しくなっちゃっているけど。
流石は『是非友達になってみたいのクラスメート』リストのトップ座に君臨した男と言ったところかな?
根は、間違えなくいい奴のようだ。俺の慧眼も捨てた物ではないらしい。
「ハッ、解ったかチビ!どうやってもてめえは俺様に勝てねえんだよ!」
現在進行形で勝っているよ、視力テストで。
黒ゲロをシカトして見守っていると、柊も無事(?)拘束具に雁字搦めにされようで己のステータスを露わにした。
ピコン
===============
【名前】: セイヤ・ヒイラギ
【歳】: 15
【LV】: 1
【種族】: 人族
【職業】: 暁の勇者
【生命力】: 1000
【魔力】: 1200
【攻撃力】: 350
【防御力】: 350
【敏捷】: 350
【精神力】: 300
【ギフト】:
<双短剣術・皆伝>
<徒手空拳技・皆伝>
<心眼>
<光・無・氷・鉄・属性魔術 >
<詠唱省略>
<後述詠唱>
<上級鑑定>
<全言語理解>
===============
「おおっ!めちゃくちゃ強そうじゃねぇか、柊!」
拷問椅子で冷や汗をかくクラスメートを励ます為に声に出すが、正直かなり強いと思う。
98分の1のレベルで大体十数分の一の能力値を持つって、単純計算の見方ならかなり優秀じゃないか?
それ以外に職業とギフトの名前が強そうだ。鳳並みの見掛け倒しで無ければ幸いだが。
つーか、【暁の勇者】って何をする仕事だ?………まあ、いい。
言葉が自然に解るのは、<全言語理解>のおかげか。これは、全員持っているのだろう。
<上級鑑定>が若干気になるが、柊なら悪用しないだろう。後でクソ団長や部下共の弱点を探る為に俺が有効活用してやろうじゃないか。
俺は、急いで柊の拘束を解き測定機から降りるのを手伝った。
「お疲れ様、優者殿。で?具合はどうだ?魔王様倒しに行きますか?それとも姫を口説き落とすのが先か?どっちにも付き合ってやるぜ、勿論みんな一列に並んで」
「も、森君、やめてくれよ。僕なんかが優者なんて……」
「こんなトラウマ椅子に一番に座っただけで十分勇者だと思うがな……」
勇者殿は、謙虚のようで顔を赤らめる。
まあ、中学校の時のマッド理科教室にあったアマチュア作電気椅子より危険度は落ちるがな。
本当は、俺が真っ先に試しても良かったんだけど身長の問題でヘッドギアまで届くのが厳しいんだよなぁ。
「で、でも、僕のステータスってどうなんだろう?名前とか凄く強力そうだったけど、実際解らないし」
「そう言えば、解説の一つお願いしたいところだが……」
気付けば、辺りに異様な静けさが舞い降りていた。
俺と柊は、互いに首を傾げながら部屋を確認する。
そこには、眼球をくわっとさせて口をあんぐり開けた男共の像が……
怖っ、何これ怖っ!
「ぼ、僕何か悪いことでもしたかな?」
「バカ言え、そんな筈は……」
「お」
「ん?」
「「おお!」」
「「「おおおお!!」」」
ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ!!!!!
五月蠅っ!?
何だこいつら!?いきなり直立不動の体制を殴り捨てて、全員スタンディングオベーションで大歓声上げているぞ!!?
中には、ハイファイブやフィストバンプ、ダブルラリアットを交換してそのまま抱き締め合う者までいる。
何だ貴様ら、ラストミヌットでゴール入れたサッカーチームの応援団か!
半裸になって服を頭上で振り回しているお前!やめろ!近衛騎士ってことは、てめえ仮にも貴族だろうが!
「良くぞ我々の元に降臨した!暁の勇者よ!!」
渦巻く大音を押しのけて、コモド王の声が轟いた。
おお、奴も復活して生々しているよ。
琥珀色の瞳も誇りと鋭さを戻し、心なしか背後に後光が差しているように感じる。
思い切り気圧された勇者ヒイラギが恐る恐る挙手する。
「あ、あの、暁の勇者とは、そんなに凄いのですか?」
「然り!彼の勇者は、古の時代たる『乱世の暦』にその姿を世界に表し、無双の力を示した強者。今や未踏の地となった北極の島が一千万の魔物で溢れた際、単身で死地に切り込みたったの三日で駆逐したとされておる。彼の者は右の剣で大地を割り、左の剣で天を閃き、震天動地の魔術で転変地異を起こした大英雄なり!」
俺は思うのだった。それ、ただの自然災害じゃね?
誇張され伝承されるのが英雄譚の宿命だが、取り敢えずはハズレを引かなかったようだ。
後で知った事実だが、この世界の住民は生まれた瞬間からステータスを持ち、必然的に生後直後はレベル1で他の数値も一桁程度。そこから成長に連れられ双方徐々に上がるらしい。
つまり、この時点で隣の気弱少年は常人の百倍以上の身体能力を有したことになる。
だがまあ、過剰戦力であることはそこまで悪くない。
切り札は、強力であると同時に切る戦況を選ぶ必要があるからそう呼ばれる。
そして、強ければ強い程使い辛くなるのはちょっとした矛盾だと思う。
あのクソ団長なら、それを弁え安易に切り捨てたりしないだろう。
いきなりの大歓迎ムードに複雑な表情を作る柊の肩を背伸びして叩き、グループに戻る。
………へぇ……柊って、背筋を伸ばせばこんなに高かったんだ………
いや、違う違う。何を物騒な事考えているんだ、俺は。
彼は、あっという間に皆に囲まれ質問攻めにされた。
測定機(仮)への認識が恐ろしい拷問台から恐ろしい遊園地のアトラクションまで下がった感じだ。
「……チッ、退け細川!次は、俺が行く!」
注目の的になっている召使いが気に食わないのか、今度は黒霧がボッチを突き飛ばして測定機(仮)に飛び乗った。
ベルトがまたもや患者を縛り上げる。
元の世界の歯医者なら、喉から手が出るほど欲しい作品だろう。
………ここで、90度の角度で蹴りを入れたら洗脳機能が誤作動するかしらん?
ピコン
===============
【名前】: カイト・クロギリ
【歳】: 15
【LV】: 1
【種族】: 人族
【職業】: 深淵の黒騎士
【生命力】: 1000
【魔力】: 1000
【攻撃力】: 300
【防御力】: 350
【敏捷】: 300
【精神力】: 200
【ギフト】:
<槍術・皆伝>
<先読み>
<気配操作>
<気配察知>
< 爆・雷・闇・属性魔術>
<詠唱省略>
<混合詠唱>
<上級鑑定>
<全言語理解>
===============
オイオイ、ふざけるなよ、何で職業【山賊A】じゃねぇんだよ。壊れてるのか?その魔王の玉座マッサージチェアモード。
「あぁ!?っざけんなよ、勇者じゃねぇのかよ!数値もあのゴミより下じゃねぇか!壊れてんのか、この邪神の祭壇リクライニングバージョン!!」
細川に救出されながら、僅かな差に文句をつける不良少年。
己は何を世迷言吐いているのだ。
成る程、測定機(仮)の脳細胞を死滅させる機能が誤作動したのか。唯一の脳細胞もなくした今、奴は今後どうやって生きていくのだろう。勇者とチュートリアルで真っ先にぶっ殺される雑魚の差を分別出来なくなったとは。哀れな。
いや、待て。黒霧で、深淵ので、魔術適正が闇で、勇者願望?
ピキーン
そうか!そういうことだったのか!ならばこいつの正体は!
俺は、某永久小学生探偵風の閃きが降りて、ノリで思案ポーズからバッと顔を上げると………そこには、ハイファイブやフィストバンプや抱き合う体勢のまま、眼球をくわっとさせて口をあんぐり開けたマッチョ共が……
おい、まさか
「お」
「「おお!」」
「「「おおおお!!」」」
ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ!!!!!
またかい!?
「良くぞ我々の元に顕現した!深淵の黒騎士よ!!」
「んだぁ?強えのかよ、それ」
「然り!彼の黒騎士は、古の時代たる『乱世の暦』に闇より舞い降り、無類の力量を振るった豪傑。今は未開の地たる極東の大陸アージェス、かつてその大地の覇権を競った三大勢力がおった。バルサラン帝国、ガスコル皇国、サイファン王国の三つ巴の戦争、後の世に『星殺しの戦争』と名付けられた戦い。その決戦地となったボーラル山脈戦域にて突如深淵より現れ、三つの群とそれらの国々を血祭りのあげた恐ろしき英雄なり!」
俺は思うのだった。
だから!それ完全に英雄じゃねぇって!
ジェノサイダーの間違いだろうがぁ!!
なんで、国まで滅ぼしちゃったの?!何が気に入らなかったの?!
極東の大陸が未開の地になったのってそいつのせいか!?
しかし、本人は愉快気に踏ん反り返ってる。
「へっ、やっぱ勇者より強ぇのかよ」
いや、そんなこと一言も言ってなかったけど。
まあ、だが強いことは間違いないな。なら、なんだ?黒ナイト(失笑)でさえアレだから、まさかと思うが俺ら全員魔物のコロニーや国を一騎で殺れる力を秘めているのか?
流石に違うよね?
謁見の間全体がお祭り気分になっている中、クソ団長が嫌に平常心でやる気ない顔をしているのが不安を煽るのですけど。まるで、すべて計画通りですよ、と顔に書かれているような。
自重や危険感不足の思春期の少年少女に戦略兵器とか持たせてどうする気だ?
世界征服を企んでも、二次災害で世界そのものが惨状だぜ?
人知れず冷や汗を流していると、アビス君がズカズカと近くにいた騎士に近付き槍を引ったくった。
奴は、獲物を一振りしてから俺にそいつを突き付けて来た。
「見たかよチビ、これが俺様の力だ!串刺しにされたくねぇのなら土下座しな!ためぇら全員も俺様に従えぇ!!」
ほらね?いるだろ、こう言うバカが。
次の瞬間、折原、藤堂、海老名の三人が臨戦体勢に入る。
ふむ、この状況をギャルゲーと見立て、黒霧くんはどのルートを選ぶのだろう?
1 折原ルート。折原が飛び出る。反撃を予想していなかった上、人に重傷を負わせる度胸がない主人公(笑)はヘナチョコな横薙ぎを入れる。勿論躱され、カウンターのキドニーブローで戦闘不能。
2 東堂ルート。藤堂が飛び出る。パターン1と同じ理由でフニャタラな縦振りをかます。槍を掴まれ、勢いを乗せた投によって五メートル超滑空し、戦闘不能。
3 海老名ルート。海老名が飛び出る。接近されたと気づく間もなく殴り飛ばされ、戦闘不能。
まあ、でも折角ご指名されたので森ルートと行きますか。
え?TSに興味はないって?ははは、地獄に落ちろ。
と言うか、勝ち誇った面下げているこいつに一つ注意事項がある。自覚なしと伺えるので、教えてやらなければ。
俺は、笑顔で一歩前へ出て言った。
「黙れよ、厨二野郎」
嘗て、これほど辛辣なフリ文句はあっただろうか。
主人公黒霧くんは、一瞬何を言われたか理解出来ない顔をしたが、直後この世の終わりのような表情で槍を取り落としたのだった。