第40話 免許皆伝だが前途多難 後編
この世界の構図は、大雑把に二つに分けられる。
即ち、神の庇護下と『それ以外全て』である。
【異領域】、またの名を『神に捨てられた地』、『混沌世界』、『世界最大ダンジョン』、はたまたシンプルに『地獄』。
不安定な空間がもたらす気候変化、地形変化、植生変化に加えて高魔力濃度によって異常進化した怪物の脅威。
如何なる文明の発展をも許さない破壊と再生の極限世界である。
それに比べれば、法と秩序の神プテラストクレを筆頭とする神々が立ち上げた【神結界】は、まさに揺り籠と言えよう。
無論決して極楽浄土などではなく、時に天編地域は起こるし凶悪な魔物も生息するが、【異領域】を知るこの世界の住民は、それでも常日頃に多大なる感謝を天に贈りながら生活しているのだ。
そんな風に神聖視される神結界には、『支柱』と呼ぶべき部分が存在した。
嘗て神々が結界を築き上げる際に世界に打ち込んだ杭、【世界樹の種子】から芽生えた【世界樹】なる大木である。
神結界の各地に散らばったそれらは、具体的には結界の維持とその広大の役割を持つ装置だ。
時には人跡未踏の地、時には大国の中心に聳え立つ世界樹は、千年前から人々から天与として神仏同様に崇め続けられている。
と、言っても、神々からして見ればそんな信仰は些事に過ぎない。
元より、神が自ら引いた神聖設計図を有する世界樹は悠久不変で、例え海中であっても神結界の柱として成り立つだろう。地上の人々が何をしたって気に留める事ではない。
そう、その筈だった。
「んぅ?な〜んか見たことねぇタネけんの………まっ、適当に育ててみっけんの!」
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「ねえ、分かる!?千年前のあの日!アイツに拾われたせいで私の人生はメチャクチャになったのよっ!」
「ああ、うん、そうですか」
「ひょっひょっ、おやつはまだケンの?」
ボロボロと悔し涙を流しながら芝生を毟る、やたらと赤い少女。なんか神樹と名乗ってた気がするが植物に暴力を振るって平気なのだろうか。
当たり前だが、まあ、逃げ切る事なんてっできなかった。
二歩くらい踏んだところでアリアちゃんにもちゃ……っとされてゲームオーバー。
何が何だか解らぬ内にこの神樹の心?精神体?精霊?らしい少女と対談することになりました。
ヘレンと一緒に精霊さんと向かい合うように根元の芝生に座らされて、他の面々は俺らを中心に円座を組んでらっしゃる。
黒魔術の悪魔召喚でも始める積りなのだろうか、とか身構えたりしたが、今は取り敢えず精霊ちゃんに愚痴られていた。
「もう訳が分かんないよ!気が付いたら種族が【世界樹】から【神樹】に変わってるし、自力で神結界出せるようになっちゃうし、なんか人化できるようになってるし!」
世界樹の生態は詳しくないが、なんか強化されてるっぽいから良いのでは?
でもまあ、彼女の不満は理解できる。
彼女は人々が平和に暮らすために創造された神結界を支えるべくこの世に生まれてきたのだ。
それをこんな訳の分からない変人の魔窟に詰め込まれてこき使われるのは、業腹物だろう。天罰が下っても可笑しくない。
うん、そう思うとすごく共感が持てるぞ。この子とは仲良くなれそうだ。
「こんな辺境なんてもうウンザリよ!都会に行きたい!行って人間たちにちやほやされて、供物を献上されて、神殿とか作ってもらいたいぃ!」
わお、コンマ十五秒でこの先を聞く気が失せたわ。
周りの奴らも慣れた感じに雑談してやがるし、それだけで精霊ちゃんの立ち位置が把握できる。うん、無視しても問題なさそう。
ヘレンなんで堂々と俺の懐に丸まって寝てるし。
でも唯一気になるのは、アリアちゃんとガロス君の珍獣コンビだったりする。
二頭とも行儀よく円座に加わってるのだが(ガロス君・ON・牛車)、もちゃ……んもっしながら俺のことをチラチラ見てるのだ。
内緒話でもしてるのだろうか、と言うかちゃんと意思疎通できてるのか?
「んもっ(訳:で、あの新人どんな感じかい?)」
「もっちゃ………もっちゃ(訳:ええ、彼、苛めるとすごく楽しいわよ)」
「んもっ(訳:へえ、いいね。頑丈そうだし俺でも楽しめそうだ)」
「もちゃ……(訳:あ、でもやり過ぎると豹変するから気をつけてね。私知らないからね)」
「んもっ(訳:何それコワっ)」
なーんて言ってそうだな。
いや、勿論100パーセント俺の妄想であり得ないけどね。
「ちょっと!なに他人事みたいにしてるのよ!」
「へ?俺?」
気が付いたら、精霊ちゃんが真っ赤な目で俺のことを睨んでいた。
「ここに連れてこられたって事は、アンタもアイツらと同じ変態なんでしょ。ううん、見ただけで分かるわ!しかも今まででも群を抜いた変態ね、アンタ!外の人だと思って損したわ!」
「ちげぇよ!?俺とアイツらを一緒くたにすんじゃねぇ!」
マッスルファーマーどもを指差しながら叫ぶと、白い歯を煌めかせてスマイルされる。
ビクンビクンする大胸筋。
くっ、なんと言うキレの胸骨筋。俺だってこの着痩せ体質さえなければ!羨ましい!
「完全に同類じゃない。こんな美少女なのに筋肉に拘るなんて、やっぱり変人ね」
「俺は男だ!」
「はい、アウトー」
何でやねん!?
心無い言葉に打ちのめされてると、今度はバルズークさん達が近くに寄って来た。
それだけで何故か精霊ちゃんは身構えた。
「久しぶりだべ、神樹様。今日は新しい仲間の紹介と『武器』を頼みに来たべ」
「い、いやよ!なんで毎回毎回アンタ達のために農具なんて作らなきゃいけないのよ。私を何だと思ってるの!」
武器、とはバルズークさんが担いでる鍬とかロドリゲツさんやリッチャールドさんのシックルとピッチフォークのことだろうか?
形だけが農具でオーラがまるで伝説の武器な謎装備。アレを作ったのは神樹だったのか。
色々と初耳だが、とにかく精霊ちゃんは乗り気じゃないらしい。
「まあまあ〜、そんな事言わずに〜」
「そうじゃぞ、そんなこと言う物ではないぞ」
すると、カッサンドラさんとラファエラさんがゲスい微笑みを浮かべながら、足元に穴を掘って風呂敷から取り出した何かを埋め始めた。
「ちょ、アンタたち、待っ、あっはあぁぁああんっ!」
瞬間、赤い肌をもっと赤らめさせて身悶える儚い少女。同時に村全体を覆う神樹の枝が激しく騒めく。
俺は、騒ぎで目を覚ましたヘレンに無言で目隠しをしていた。
「ななっ、なんなのこれえぇぇ!?あのマッドサイエンティスト女、アルファが作る肥料と違うぅぅ?!?」
「は〜い、今回は〜、そこのハルキ君が作った朝ご飯を〜、お供え物にしました〜」
「そ、そんな事しても作らないって言ったら作らないんだからね!」
「良いのかぁ?まだこぉんなに残っておるぞ?素直に協力すれば、全部神樹様にやるぞ?」
「他人が作ったメシを何に使ってんだテメェら!?ブ○殺すぞコラァ!!」
怒りのドロップキックで、馬鹿どもは円座にリターンするのだった。
なんかコソコソとタッパに取り寄せてると思ったら!
全く、メシを粗末にするとはなんたる不届きな奴らだ。もったいないお化けに呪い殺されろ。
変なのに横割りされたが、再び精霊ちゃんと向き直る。
心なしか蒼ざめて俺から距離を取ってる気がするが、多分気のせいだろう。
お決まりのカオスな人間関係だったが、精霊ちゃんは間違いなくこの村の象徴的な存在であり、文字通りその軒下を借りてる身としては相応の筋を通さなければなるまい。
「えーっと、出会い頭に盛大に脱線してしまったが………改めて、初めまして。俺は森 春樹、異世界人だ。そしてこの子はヘクサドラゴン王国の第二王女のヘレン。二週間前に異領域でバルズークさんに助けられてこの村に住ませてもらってる。一言も断りを入れなかった身で言うのは何だが、大変感謝している」
「いや、途中からツッコミどころが多すぎて付いて行けないんだけど………って、“この子”?」
「……おい、ヘレン」
疑問符を浮かべる精霊ちゃんに、俺はヘレンに姿を表すように促した。
何時もの様に初対面の人(?)には気配を消していた様だ。
ヘレンは、一回俺と目を合わせてから教えた通りにぺこりと頭を下げた。
「………はじめまして、ヘレン・フォスコ・ヘクサドラゴン、です」
「え?ウソ、その子いつからそこにいたの!?私が気づかない、なん、て……」
すると、最初は驚愕に目を見開いたが、途中で無言になってヘレンを見詰めた。
今までとは全く異なる、長い時を生き多くの者の顛末を見てきた超越者の眼差しが、幼い少女の全てを正しく看破していた。
萎縮したのかピクッと身動ぎするヘレンの小さな手を俺は握る。
精霊ちゃん、いや、神樹の精霊はしばらくして俺に問うた。
「アンタ、随分とその子を気に掛けてるみたいだけど、その子がなんなのかちゃんと理解してるの?」
「………いや、そこまで詳しくは知らないさ」
城の牢獄で出会って、一緒に脱走して、道中で死にかけながらも一緒に村に辿り付いた少女。
俺には効果ないらしいが、気配を絶って周囲を困惑させるのが得意なお姫様。
自分が知るのはこれくらいで、今知れるのもこれくらいだろう。
それでも、だからこそ。
「じゃあ、何故?アナタはこの世界と縁も所縁もないはず。ただでさえややこしい状況に立たされているのに更に抱え込むなんて。アナタもカン付いてると思うけど、その子相当にヤッカイよ。なんでそんなに必死なの?」
そんな俺を、神樹の精霊は同様に見抜いていた。
返答する前に、今一度ヘレンと向き直る。
誰にも見つけられない、俺が見つけた少女。
眠た気に俺を移す黄金の瞳の彼女は、間違いなくここに居る。
ああ、だいぶマシになってるじゃねぇか。
「それが俺が為すべきこと。そう思ったからだ」
不便でも不都合でも不合理でも、例えそれが重荷以外の何物でもなかったとしても。
想いを切り捨ててしまった時、人は息をし続けながら死ぬんだろう。
そんな死に方をするくらいなら、無様に必死に抗ってやる。
とっくの昔に、箱の中から黒い海を見ながら、俺はそう決めていた。
精霊ちゃんは、頭痛を訴える様に赤い頭を抑える。
「んぅうう〜っ、もう!わかったわよ!力を貸してあげるわよ!まったく、なんでアンタたちは変態変人変質者魑魅魍魎ばっかのクセに、心だけキレイなのよ」
物凄くディスってるが、絶対俺のことじゃないだろう。
「はあ、ごめんね、ヘレンちゃん。ヤッカイなんていっちゃって。大丈夫よ、そこの男女を選んだのなら彼を信じなさい。メープル・スプラウトも出来る限り力になってあげるわ」
一変優しく微笑みながら、精霊ちゃんは立った。
同時に神樹の巨大な幹が縦に割れて、裂けた樹皮の隙間から神秘的な光が漏れ出す。
皆が見守る中、彼女は高らかと神託を宣言する。
「新たに加わった若き【農家(辺境の)】よ、今一度その名を聞こう!」
「森 春樹だ」
「よろしい!我は神樹メプラフィユル。我が加護を得し者よ、立ちはだかる運命と存分に抗うが良い!」
光の中から音もなく抜き取られたのは、一本の鋤だ。
バルズークさん達のと劣らない凡庸な姿と寄せ付けないプレッシャーを放つ農具。
受け取ったそれは刃の部分を含めて木製であるにも関わらず、信じられないほど重かった。
「次は吾輩らじゃな。我々が最初に汝に与えるのはこれじゃ」
側に来た皆んなを代表して、カッサンドラさんは麦わら帽子を俺に渡した。
つばの広い、実用的な麦わら帽だ。
「無論、ただの日除けではない。それは収納機能を有していてな、凡そ何でも無尽蔵に収納可能な優れ物じゃ」
「おお!すげーな!」
「ちょっと!なんで私のより嬉しそうにしてるわけ?」
早速被ってみる。
精霊ちゃんことメプラちゃんが何か訴えてるが、凄そうなのは分かるけどやはりJAPANESE⭐️スコップよりこういう方がワクワクしてしまうものだ。
後、アイテムが帽子だから帽子からウサギの一発芸とかもできるし。
「で、どうやって使うんだ?魔具、だっけ?確か、農家(辺境の)って普通の魔具は使えないんだよな?」
「あ、ハルキ君、それ魔具じゃないよ?異空間みたいな胃袋を持つ、私とアルファさんが品種改良した衣類型の魔物だよ……はっ!?と言うことは、今ハルキ君は私からのプレゼントを!い、いやいや、これはみんなからの贈り物だし……」
「へ?」
ラーニャさんが何か世迷言を宣いてたが、それ以上にフリーズする。
次の瞬間、鋭利な牙がグサリと頭に齧り付くのだった。
「んぎゃああああああ!!??」
「は、ハルキ君!?」
「……ねえ、アンタたちが使ってるコレって最初に血で主人を登録するけど、こんなトラバサミみたいなものだったっけ」
「ち、チゲーべよ?」
「ふっ、ラーニャを誑かす慮外者には相応しい末路です」
「チゲーねぇ」
尚、プレゼント配付で除け者にされた様で拗ねかけてたヘレンは、興味を失ってルナちゃんをモフモフしてたのであった。
「ひょっひょっひょっ、いつも楽しいケンの!」
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体が出来上がって、道具が揃った。
なら、次は早速仕事だ。
つまり、
「ついにオラの時代がキタベー!」
先輩のオラが新人に仕事を教える出番だべ。
ワクワクが止まらねーぜ。
何せ、タダの新人じゃない。農家(辺境)流修行を二週間と言う前代未聞の早さで終わった超大型新星、ハルキ君さ!
オラだって半年以上かかったのに凄すぎる!
「へーい」
なのに、本人は元気じゃない。後、眉間にまだ血ぃ付いてる。
まっ、仕事は楽しいから大丈夫さ!
「今日は刈りまくるべ!」
オラは、まあ、頭が悪い。
だから、オラの先輩に教わった時をマネるさ。
その先輩もバカだったから大先輩のことをマネてて………まあ、いいべ。
初めは、麦を刈った。
だから麦畑に行って刈り方を見せよう。
オラの相棒、【魔聖熱愛の大鍬】を大きく振りかぶり………なんかハズいべ。
「フンッ」
畑一面を刈り尽くす。
ここからがポイントさ。
手首のひねりによって、宙に舞った麦がキレイに束になって落ちてくるべ。
後は、麦わら帽で集めて溜まったら蔵に入れるだけ。
「こんな風だ」
「いやどんな風だよ」
唖然とこっちを見るハルキ君。
うんうん、オラの時もこんな顔した。
ロドリゲツとリッチャールドに教えた時もそんな顔してた。
つまり、全部オーケーだ。
「んじゃ、オラはあっちで仕事すっからここら辺ヨロシク」
「いや、ちょとタンマ」
「なにかあったら呼べよ!」
「人の話し聞けコラァ!」
そのままジャンプして、隣の隣の隣の隣の隣の……隣の畑に移って自分の分を刈り始めた。
まあ、大体こんな感じだったべ。
手首のひねりはなかなかコツがいるけど、ハルキ君ならきっと楽勝だ。
言い忘れたこと、なんもない、べ?
バルズークさああああぁぁぁあああん!!!
そんなこと考えてたら、遠くからハルキ君の悲鳴が聞こえた。
「ハルキ君!」
すぐに跳べんで、隣の隣の隣の……ハルキ君の畑に行く。
着地して見たのは、ちょっと禿げた麦畑と七、八メートルの昆虫系の魔物だった。
その魔物にハルキ君は捕まってた。
巨大な顎に挟まれて、トゲ付きの触手に縛られて、滲み出る酸に溶かされていた。
【飢餓虫=ロクスタ】(平均レベル320)
ハルキ君と目が合う。
『やった、バルズーク先輩が来てくれたぜぇ!』
どっかから聞こえた気がしたべ。
ロクスタと目(16個)が合う。
『すわっ、バルズーク先輩だ!』
なぜか聞こえた気がしたべ。
「なーんだ、虫か」
「へ?いや、ちょっとバルズーク先輩?」
「ダメだべハルキ、畑仕事には虫なんてつきもんさ。苦手だからって助けてやれねぇべよ」
「ちょっとお!?いや、たす、むぐっ!?む、むッ、ん゛ん゛ぅぅ〜〜〜!!」
「んじゃ、オラは戻るべ。サボんなよ!」
心なしか安心した顔のロクスタ(口二つ)に飲みこまれるハルキ君を見た気がしたが、まああんなの大した事ねぇべよ。
さっ、今日中にここら一帯を始末すんだ!
しっかし虫が苦手なんて意外だったなぁ。




