第39話 免許皆伝だが前途多難 前編
朝目が覚めたら、幼女の寝顔がドアップにあった。
一瞬頭が真っ白になったが、すぐに昨日の出来事を思い出す。
あのゲロリババアに盛られた薬で一ヶ月不眠状態って話だったが、どうやら本当に寝てしまったようだ。
つーか、修行中割とガチで身体強化使ってたのに、昨日魔力枯渇まで強化してようやく解毒したとか、一体どれだけヤバイ薬を使われてたんだ。ウコンってレベルじゃねぇぞ。
この二週間で睡眠がどんな物か忘れかけたので、凄く二度寝したいがそうも行くまい。
ヘレンを起こさないようベッドから降りると、なんか見知ったマロ眉が床に転がってた。
すげー背中が痛くなりそうな縛り方をされてる辺り、スリープモードの自動迎撃システムが正しく作動してくれたようだ。ナニを目的で寝込みを襲ったのか、このまま足の裏を羽でこちょこちょしながら問い詰めてやりたい。
でも、バッチリ目が会うとパァアと輝かしい笑顔になったので、まだ何か誤解してる様子。
俺は窓を開けて早朝の新鮮な空気と取り入れて、ゴミを外にポイするのだった。
本日も素晴らしき天気である。
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「ンガ、ゴガガ、ハゥグ!(訳:おかわりなのじゃ!)」
「ッゲ、ゲググッ、ルアグ!(訳:私ももっと欲しいです〜!)」
「ガルアアア!ゴガアア!フンガアアア!(訳:うめーべ!箸が止まんねーべ!生き返るべ!)」
「人間の言葉を喋れや!」
いつぞやぶりにタズマニアデビル化した食卓の面々に、配膳しながらもツッコミを入れる。
リビングに降りたら、目に飛び込んで来たのは野戦場のような惨状と死屍累々と積み重なる死体だった。
けど、それ式で取り乱す俺ではない。
ベリークールに、目が覚めて身近に遺体を発見したら取り敢えず証拠を抹消しろと言う一般常識に従って、隠蔽工作に取り掛かった、のだが、見付けた痕跡から察するにどうやら早とちりだったらしい。
ズクズクになるまで煮込まれた野菜、真っ黒に焦げた焼き魚、原型を留めないまで焼き尽くされた元何かに……なんか、こう……形容に困るゲル状の物体X(仮称)。
模範的な料理の大失敗の光景がそこにあった。
料理、の筈だ。ゲル状のヤツがルナちゃんを取り込もうと襲ってた気がするが、見間違いだろう。
ぴょ〜って哀れな断末魔も寝ぼけて聞こえたに違いない。
そこで大方の事件の成り行きは推理できたのだが、メシーと言う呻き声で足首をガシリと掴まれた時は流石に悲鳴を上げそうになった。
そんな訳で、大急ぎで簡単な朝飯を作って、現在進行形で食卓がフードファイティングのラスト追い上げ状態になっている。
俺が寝ちまったせいだろうが、それでも大の大人が見せて良い醜態じゃ無いと思う。
「ゴガウッ、ガウアウア、ガガ(訳:しょうがないじゃろう。こんな美味な食を知れば生肉と野菜の生活に誰が戻れるのじゃ)」
「だからって空腹で倒れるとかどうなのよ」
「ガゴウ?ゲガアアグッツ……(訳:いや?あれは確かゲル状の何かに背後から襲われて……)」
「あーっ、こらそこ!ちゃんとピーマンも食うんだぞ」
なんか妙なことを言って誤魔化そうとしてるが、ピーマンを残すのは許さん。
え、お母さん?
一瞬不穏な考えが頭を過ぎったが、日本の孤児院でも同じような毎日だったので宿業だと諦める。
そう言えば、あいつらどうしてるだろうか。
基本ゾンビハザードになっても逞しく生き残れる奴らなので、自給自足には問題ないのだろうが、気にならない訳がない。もう二週間になるしな。
そうノスタルジックに耽ってたら、ヘレンが膝の上にちょこんと座った。
そして、上目遣いに覗き込んできた。
おお、ヘレンよ。慰めてくれるのか。
「さくばんは、ステキだった」
「おい幼女、それ誰に習った」
「………ラーニャせんせい」
腰に手を当てて、もっとセクシーな感じにっとサインを送るラーニャさんを目撃。
後で絶対〆てやる。
全員が三回目のお代わりをした折にやっと知的生命体に戻ってくれたので、昨日の顛末を報告することにした。
途中で筋肉トリオから帰りに体がまともに動かなくて凄く苦労したとか抗議を受けたけど自業自得以外の言葉はない。
結局、精神力の高さに釣り合わない魔力量のせいでオーバーディスチャージに至れなかったので、習得は失敗と断定して良いだろう。
一回試してなんとなく解ったんだが、あれは恐らく魔力自体を増やさないとどうにもならない問題だ。
しかし、【魔力】を増やすためにレベルを上げると、当然【精神力】も上昇するので完全にイタチごっこである。
順調にいってた修行が最後の最後で思わぬ形で詰んでしまった。
今回は皆を失望させたかもしれないと、少し申し訳なくなってたら、何故か安堵に胸を撫で下ろしていた。
「良かった、世界が終わらずに済んだのじゃな」
「うぉい!」
どういう意味だコラ!
棚上げも甚だしい。世界を終わらせようとしたのは、俺じゃなくてそこの赤いバケモンだっつの。
「ハルキ君ならきっと大丈夫だよ。だから落ち込まないでっ」
「落ち込んでません。だから手を重ねて上目遣いは止めてください」
「まあ、幾ら精密に魔力を編むことが出来ようと限界がある。懸命にレベル上げを努めれば、いずれは奥義に必要な魔力量も備わるじゃろう。此度は特に予想外な出来事が多かったが、ハルキは農家(辺境の)として一通り仕上がったと見ても良いのではないか?」
カッサンドラさんが同意を求めるように他の奴らを見たら、全員が頷いてくれた。
全員漏れなく遠い目をしてる気がするが、心当たりがこれっぽちも無いので気のせいだろう。
異世界召喚から二週間、殆ど寝てないので体感的にはもっとだが、何とかこの人達から見てもある程度の実力を身に付けられたようだ。
でも、最終的にはヘクサドラゴン王国の城を攻め落としてクラスメートの皆と日本に帰らなきゃいけないので、まだまだ強くなる必要があるだろう。
攻め落とすことは確定だ。敵は死すべし慈悲はない。
そのためには【農家(辺境の)】の仕事をすれば、いい…………のか?
「オッシャ! んじゃ、ハルキを村長に紹介すっべ!」
「は? ソンチョウ?」
一瞬なんか混乱しかけたが、突然バルズークさんがそんなことを言い出した。
ソンチョウって、何?
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「マジもんの村長かよ」
「いや〜、他の何だと思ってたんですか〜?」
ラファエラさんが隣で呆れてるが、正直今それどころではない。
まさか中のまさかなカミングアウトに、俺の頭の中では様々な思考と感情が連鎖反応を起こしていた。
村長いたのかよという驚愕が一つ。
今まで何処にいたんだよという疑問が一つ。
村長っつーことは、化物共のリーダーってことだよなという検討が一つ。
ヤベエ逃げようというファイナルアンサーがそれしかない。
「アリア!そやつを捉えよ!」
「………もっちゃ」
ダメでした。
せ、せめてもの抵抗を。
「いや、オカシイだろう。何で今になって村長?普通こういうのって初日に会って村に置いてもらうのが筋だろうがよ。大丈夫なのか?」
「うむ、そこは実際に会えば解るぞ」
いやんっいやんっ、会いたくないよう。
「つーか、なんでこんな道端で突っ立ってるんだよ。村長の家に行くんじゃないのか?」
「そこも〜、実際に会えば分かりますよ〜」
いやんっいやんっ、ってどういう意味だよ。
そう、何故か全員一緒に家を出た時はそのまま村長とやらを訪ねに行くと勝手に想像したのだが、現在畑道の脇に添って立っているのだ。
なんだか電車を待ってるような構図だが、特にこれと言った特徴のない普通の畑道である。
強いて言えば、神樹に近めな位置と言うところだろうか。まあ、巨大すぎて距離感がうまく掴めないのだが。
バルズークさんはぼーっと常時持ち歩いてる鍬に寄りかかっており、カッサンドラさんとラファエラさんは雑談している。
逆ハートリオはイチャイチャ、アリアちゃんはもっちゃ………もっちゃ、ヘレンは俺の肩の上でルナちゃんの乱れた羽をモフモフしてた。
物凄くド田舎の終点駅である。ここはもう諦めて、この平和な空気に溶け込むのが幸せかもしれない。
そんな感じでヘレンと壮絶で独創的な山手線ゲームを繰り広げてたのだが、しばらくしたらそれがやってきた。
ギィ………
重く、深く、まるで地中の古代生物が発するような、何がの軋む音。
そんな音が、彼方から聞こえてきたのだ。
ギィ………ギィ………
決して大きくはないその音色は、然しながらここにいる全員を黙らせる程の威厳に満ちていた。
暴力とは違う、さながら神聖な礼拝堂などで伺える静かな重圧。
ギィ………ギィ………
誰の催促も無く、本能的に目を伏せたくなる気配。
直視を憚れる表現し難い尊さ。
それでも好奇心が勝って、俺は道の奥を覗いてしまった。
………誰もいなかった。
「あれ?誰もいねぇぞ?」
「む!?」
そのまま口にしてしまうと、カッサンドラさんがしまった、な感じの顔をした。
「抜かったわ。ここは先月通る筈の道であったか」
「ほら〜。だから隣の道だって言ったじゃないですか〜」
「あの、ララさん、それ言ったの私です」
そして、女同士で何か揉め始めた。
「ええい、急ぎで隣道に移るぞ!」
「「「「「は〜い」」」」」
「は?いや、何がどうなってんだよ」
「良いからハルキも来い!」
訳が解らないまま、皆に連なってトウモロコシ畑を横切る。
すると、抜けた先には音の発生源らしきものがあった。
真っ黒でモコモコとした、一頭のバイソン。
広くて無骨な、一台の牛車。
真っ白で長い眉毛と髭を蓄えて、真っ黒なサロペットと尖った麦わら帽子を身に着けた、一人の老人。
ギィ………
各々は至って特筆すべき汚点はない。田舎村に一人はいそうな、高齢と叡智を積み重ねた翁の風貌だ。
それでも、引いてるのはジジイで、乗ってるのはバイソンだった。
ギィ………
双方の視線は重なって行く先を見据えている。それだけで農夫と動物の長年の信頼関係が垣間見えた。
なのに、引いてるのはジジイで、乗ってるのはバイソンだった。
ギィ………
車輪を少し鳴らして、黙々と進む二人(?)の構図は18世紀の絵画にありそうな牧歌的な光景だ。
いや、アヴァンギャルドか。だって、引いてるのがジジイで、乗ってるのがバイソンなんだから………
「おお、村長!ひっさしぶりだべ!」
「ひょっひょっひょっ、性が出るジャケンの!」
「頼むから嘘だと言ってくれ!?」
ぎゃあああああ!!
予想以上のやつがキタアアアっ!!?
いやいやいや、これは流石にダメだろう。ツッコミどころ以前に犯罪だぞコレ!
だって、バルズークさんとかなら解るがこのジジイ、元気なのは声だけで今にでも死にそうなんだぞ!?
顔の皺は勿論、シャツとかから除く腕はミイラ見てぇで、全身からヨボヨボって聞こえて来るくらいヨボヨボじゃねぇか!
ヨボヨボ過ぎて、蹴躓いても逆に中々落ちて来ねぇレベルだぞ。
どこのどいつだ、今朝この死に損ないをベッドから出したド阿保は!
「ひょっひょっひょっ………ひょ?」
「村長、紹介すっべ。こいつはハルキ、新しい仲間だべ!」
ドン引きのあまり比喩誇張抜きで言葉を失ってると、村長は俺に気付いて視線を向けた。
眼は窪んで、長い眉毛に埋もれていたが、それでも『見られている』ことが解った。それほどに透き通った力強い眼差しだ。
その超然とした佇まいの前では、不思議と目を逸らすことも偽ることもできる気がしない。なぜかバイソンの方もじぃっとシンクロしてるので尚更だ。
なるほど、外見で判断するなど我ながら何たる浅ましさ。
「……美智子さんや、メシはまだけんの?」
「なに言ってんのおじいちゃん俺は男だ春樹って紹介したじゃんつーか今思いっ切り和名が出たんですけど!?」
あ、やっぱダメっぽい。
やべえぞこのじいさん、初っ端からツッコミが追いつかねぇ。
色々と意味不明な状況だが、取り敢えず目の前のゾンビGGIがボケてることが分かった。ボケキャラと言う意味ではなく。いやボケキャラだけど。
これは多分、今朝起きて仕事に出たのではなく、なんか気付いたらこの絵面になっましたパターンだ。
近頃絶滅危惧種になってるが、それでも年寄りを慮る良き日本人男子として見過ごす訳には行くまい。電車で席を譲ったら、『いやいやお嬢ちゃん、座ってってええよ』と毎回断られてたが、背が伸びた今ならイケる、はずだ。
「はいはいおじいちゃん、取り敢えず今はそれを離して座りましょうか。 おい牛!テメェはいつまで楽チンしてるつもりだ。さっさと降りて仕事に戻りやがれ、コラ!」
「あ、ハルキ、ちょっと待…」
「んもっ」
『テッテレッテー
鑑定結果:
【天体星霊=オメガタウロス】[LV:10500]:
世界最強の魔物。』
後ろから何か言われた気がしたが、手遅れだった。
次の瞬間、遠くの木々で休んでた小鳥が、大地を揺るがす爆音と天まで登る土煙にびびって一斉に飛び立っていた。
軽く蹲ったうつ伏せの姿勢、片腕を体の下に敷いて、反対の肩で顔が隠れるようにし、全身から煙を立ち昇らせるのが上級者ならではの拘りである。
流血の有無に関して一時期専門家の間で激しい論争が起きたのが記憶に新しいが、今の俺は頭から血を流しています。
赤くなった視界で辛うじて顔を上げれば、オメガタウロスとやらが着地した場所を中心にクレーターができていて、何もかもが更地と化していた。因みに、俺以外の全員は魔術障壁やら何やらでちゃっかり避難してやがる。
「んもっ」
『テレッテゥー
追伸: 加減はできんでゴダんす。』
「………ぉぉ、神ょ」
それが最期の言葉となった。
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「ひょっひょっひょっ、雨が激しいケンの!」
「村長、本日は晴れですよ」
改めて畑道を進む一行。
オメガタウロスことガロス君を乗せた牛車を引く村長と、それを囲む俺達。
皆合流したことで、次は神樹の根本を訪れるそうだ。
けどまあ、もうどうでもいい。
村長の住居など最初から存在せず、普段何処で何をしてるかも解らないけど、定期的に通る巡回スポットがあるらしい、とか。
村長に紹介されたのはいいが、そもそもバルズークさん達が村に来た時代には既にこうだったらしく、誰も彼の本名を知らない、とか。
力の加減ができないと言うか、最低出力でも一挙動で天変地異を引き起こすガロス君は長年こうやって村長が世話をしてるのだ、とか。
当のガロス君は牛車の上に戻って大人しくしてるのだが、さっきのような被害はない。不思議だ。
なんか、とつてもなく漲ったムキムキマッチョジジイが何処かから湧き出て、軽トラよりでかいガロス君を小脇に抱えて優しく乗せたのを目撃した気もするが、あれはきっと蜃気楼の一種だったのだろう。
現に、ここにいるのはボケた枯木ジジイ一名のみだ。片腕だけ力んだままでバケモノ見たいになってるが関係はない。
うん、と〜っても不思議だな〜。
そうやって世界から目を背けていたら、何時の間にか目的地である神樹の根本に辿り着いていた。
根本というより、もはや樹皮色の大壁である。
バルズークは『次は神樹様に挨拶しに行くべ』とか言ってたので、これでもう帰っても良いのではなかろうか。
「神樹さま〜、来ましたべ〜」
バルズークさんが大声で呼び掛けた刹那、俺達の前に橙色の蛍火が収束した。
そして、そこから一人の幼い少女が姿を表した。
彼女を見て真っ先に浮かんだ印象は、『緋』だった。
赤色の頭髪、赤みがかった肌、赤のワンピース。
そして、直前まであんなことを考えていたせいだろうか。
「アナタ外の人ね!お願い助けて!私、この人たちに囚われてるの!」
「オッシャ任せろッ!!」
赤くて潤んだ瞳で懇願されて、俺は一片の迷いも無く少女を抱えて駆け出したのだった。




