第2話 始まった矢先人生の終わり
森:「原稿とったどぉぉぉぉ!!
著者の野郎の極秘ファイルからGETしてやったぜ!
でも、ちょっと短いな。まあ、今度頑張るさ。」
人は、ここを人生の墓場と呼ぶ。
罪を犯した者を更生する建前で設けられたこの魔窟は、なんの救いのない比喩を与えるとしたら即ち蠱毒。
人々の汚れた心に一切の猶予も許されず、ただ浸すら互いの肉と血を貪り合い、より濃密な毒を孕む釜底。
光の刺さない深淵。
鉄格子一つで隔たれた外界。そこは、手を伸ばせば届く距離にあるのに地獄の低層から天を見上げるようである。
空の色、風の音、それらは既に記憶の果てに追いやられ、最早過去と呼ばれる荒野の墓標と化してしまっていた。
何故、出られないのだろう。
何故、ボクはここに縛られているのだろう。
元の世界に帰りたい。
そう懇願出来る気力すら何年も前に尽きてしまい、言葉は空気と共に朽ちて喉奥にへばりついてしまっている。
もう、ボクの世界はこの一部屋と見張りの彼しか残されていない。
見張りの彼は、とても優しい。いつでもボクを一人にしない。
出してくれと頼んだら、丁寧に罵ってくれる。
水を求めたら、バケツごと汚水を掛けて慰めてくれる。
ボクは………見張りの彼をアイシテイル。
ずっと一緒に居てくれるよね?
どこかに行って、ボクを一人にしないよね?
ボクを残して、遠い場所で、幸せになんて…………ならないよね?
もし、そんなことしたら…………どうしよう…………
嫌だ
嫌だ
嫌だ
厭だ
イヤダ
『ミハリ、ゼッタイ、ユルサナイ』
「やめろよおおおぉぉぉぉ!!!???」
地下空間全体に反響したどす黒い怨嗟を最後に男の絶叫が轟いた。
俺の独房の前で頭を抱えながらのたうち回るハゲの見張りのオッサン。
ふむ、効果的面だな。これで暫くギリギリまで夜のトイレを我慢する生活が続くだろう。
さて、前回までの荒筋。
いつも通り、とても平和で日常的で今までの学校と大違いな高校生活を送っていた俺こと森春樹。
中途で本性がばれたような事件があった気がしないでもないが気にしない、とにかくなんの脈略もなしに別の世界に召喚されてしまったらしい。
どの根拠で異世界と断定するかと言うと……
「あ、頭の中に直接声がっ……馬鹿な、この部屋には魔術封じが効いてるはずだっ、なぜ精神魔術を使える!?」
………とまあ、このハゲのうわ言やレトロを追求し過ぎた牢の内装、全く知らない言葉が通じるのとロマン少々を混ぜた結論である。
そして間が悪いことに、俺達がこの世界にビッグバンしたと同時に俺の折檻もビッグバンした結果、召喚の義に立ち会っていたこの国の王様の尿意も目出度く、ビィッグバァーン!!
大変不潔なミルキーウェイを流した訳だ。
銀河ならぬ黄金河だ。
無論、まだまともに動けた騎士らしき方々に速攻取り押さえられましたとも。俺だけ。
罪状は、国王陛下を失禁させた罪。
なので、反論してやった。
…………王様の尻の方も、ガンマレイ・ヴゥァアーストォゥォしてやすぜ?と。
城のダンジョンにぶち込まれた。俺だけ。
ちなみに、ダンジョンとは中世時代の城などの地下監獄及び地下空間を指します。
世界観的にファンタジーなダンジョン位ありそうですが、あくまで今俺が幽閉されているのはお城のダンジョンです。
出来るだけ簡潔にまとめたが、大方の流れは理解頂けただろうか。
先に断っておくが、ガンマレイ・ヴゥァアーストォゥォに関しての質問は受け付けないのでよろしく。
話を戻すとしよう。
予想外の事態が起これば、周辺の状況の進行を上回る速度で思考し行動しなければならない。
なので、牢に入れられた瞬間に決意したのだ。
脱獄しようと!
一見軽率かもしれないが、これは残念ながら妥当な案だ。
そもそも、あまり語る必要はない。どんな理由があろうと、人を他の世界から攫った挙句有無………は、色々言ってしまったが、いきなり牢屋に閉じ込めるのはまともな奴のやる事ではない。
まあ、単なる価値観の違いが生んだ不慮の事故の可能性もあることはあるが。
例えば、ここはショタや男の娘が優男と認識されるぐるぇえいぃ〜っとな美的感覚の世界かもしれないじゃないか!
でも、俺聞いちゃったもんね!王様が尊厳を失う前に隷属魔法で俺らをSM云々かんたらって命令してたの。
よって、脱獄決定。
外にいるクラスの皆も少し気になるが、そちらは大方心配不要である。
意図せず向こうの先手を防げたのが幸いだった。非常識な状況だが、意識が戻ったのなら折原と藤堂と海老名だけでもなんとか切り抜けるだろう。少なくとも、最悪の状態には陥ってないのは確かだ。
ゲームで例えるなら、村人Aのキャラを使ってサーヴァーの向こう側にいるプログラマーをヒノキの棒でぶっ飛ばせるハイスペックな奴らだしな。
人質に取られて足を引っ張るのも忍びないし、こちらもやるべき事をしますか。
建物の構造や城の周辺が解らない以上、迂闊に動けない。つまり、逃げる場合看守の買収が最善の手段だろう。
まあ、どの方法を取るにしても監視の目はあの手この手で超えないといけないんだけどね。
結局、どの世界でも脱獄の手口と言うものは似通っているのか。
鉄格子の向こう側で頭を抱えながら跪くハゲの強面。
目元に真っ黒なくまを作り、虚ろな表情でブツブツと何かを呟いている。
三時間前までは彼も健康その物の屈強な男だったが、長くて執念な交渉の末こうなった。
予定通り、あと一押し。
俺は、喉に力を込めて囁く。
『ミハリサン、ズットイッショダヨ』
「だから直接頭の中でしゃべるなあぁ!!?出ていけっ、俺の中から出ていけぇ!!!何なんだこいつ!?可愛い顔のくせに魔物見てぇな殺気撒き散らすわ、心が折れる罵倒を飛ばすわ、大人しくなったと思ったら気持ちわりぃ話するわ!もう沢山だっ、誰でもいいから代わってくれよおぉ!!!」
『で?そろそろ、俺を出す気になったか。ミハリさん?』
「頭がっ、可笑しくなるっ。って、誰がミハリだ!俺はミハイルだっ!!不吉な名前付けてるんじゃねぇよ!!あと、魔術が使えねぇのにどうやって精神に関与してるんだ!?」
「ただの腹話術だが?」
「んな気色悪い腹話術があってたまるかぁ!!」
とうとう石畳の床に頭を打ち始めるミハイル。
つい先刻まで何を言っても涼しい顏で一瞥していたのに、随分と社交的になったじゃないか、照れ屋さんめ。
うん、順調に追い詰めているな。常に有利に立つのが交渉の秘訣だ。
え?自分が知っている交渉と色々違うって?
まあ、今までのは小手調べだからな。
ようやく交渉材料が手に入ったので、これからが正念場である。
九年間の英才教育で体得した『悪者の顔』を作る。それを見たミハイルは、固唾を飲んで俺から目を離せなくなった。
「クククっ、遂にかかったな馬鹿め。これでお前は俺を脱獄せざるを得ないぞ?」
「な、なんの事だ?」
「今、本名を教えたな?俺の世界ではな、本名と顔を知るだけで人を殺せる方法が(漫画に)あるんだよ」
「そんな馬鹿な!?で、デタラメに決まっている!いや、しかし……嘘を言っているように見えないぞ!!?」
「死にたくなければ、さっさと鍵を寄越すことだ。その年で妻と子供を残して逝くのも可哀想だろう?」
「糞っどうすれば………待て!なぜ妻達の事を知っている!?」
当てずっぽうだよ、口にしないけど。
交渉においてのルールその二、嘘“は”つかない。
それを勉強しなかったミハイルは、動揺と絶望の表情を俺に向けた。
この調子なら、直ぐにでもお天道様と再会できるな。
え?買収は金でやるものじゃないのかって?
ああ、中学の時に全小遣いを叩いて校長を買収しようとしたら普通に殴り倒されてぶん取られたんだよな。
以来、俺の中ではこれが唯一正しい買収方法である。
『さあ、俺をこの場所から出せミハイル!』
「だから、頭に、しゃべるな!くそっ、そんな事出来るわけねぇだろう!俺の首が飛んじまう!!」
『少なくとも、ミハリさんの二の前にならずに済むぞ?』
「ミハリさんに何があったぁ!?ヤッたのか、お前が呪い殺したのかぁ!この化け物!!」
「なんでそうなる、馬鹿か、ハゲ」
「うわああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
終いに泣きながら駆け出すハゲ……って、おい!
「おいっ、ちょ、何処へ行く!逃げるな!」
「禿げてません!まだ産毛がありますうぅ!!」
「初心すぎて全然自己主張してねぇだろうが!逃げる前にこっから出せこらぁ!!」
人格崩壊しながらハゲは廊下の奥に消えてしまった。その場に残されたのは、余韻のように舞い上がる土埃と俺。
「ますぅ」ってなんだ、強面のハゲが言っても激しく引くんだよ。むしろ腹が立つ。
唐突とどうしたんだ?
さっきも光っている事を馬鹿にしたが、こんな事にならなかったよな?痩せ我慢でもしていたのか?
「…ぁ……ハゲなんて移らないよう…ぅ……パパの横に来てよう、マリー……ぃ…」
壁でエコーしてなんか聞こえてきたぞ?
ふむふむ、なるほど、そろそろ年頃に近付く娘さんに煙たがられ始めたと。
察するに、いつかは来ると覚悟していた時が予想以上に早かったので後悔と寂しさが色々と積もって心痛だったのか。
女はどの歳でも女なのだよ、ミハゲイル君。逆を言うと、以前からウザッたく思われていた可能性が大いにあったと言うことだ。
今度会った時に忠告しておかないとな。
「はあぁ、交渉決裂か。参ったな、三時間の努力が無駄になってしまったぜ」
俺は、深い溜息をつきながらその場で脱力した。
監視の目を引き剥がせたのはいいが、どんなファンタジーな罠が付与されているか知らない。不用意にそこらを弄るのは危険だ。
ゲームみたいに状態異常や呪いが発動するかもしれない。
なんの耐性もない俺がそれらを食らったらひとたまりもないだろう。
…………こらっ、何故そこで意外そうな顔をする、俺も生身に人間だぞ?
ともかく、現在俺にできることは少ない。
一人になったので次の看守が来るまで心理作戦でも練るとするか。
ジィーーーーーーー
………そう言えば、まだ一人になり切れてなかったな。
夕日の影のようにひっそり着いてくる視線の源を辿ると、そこには黒のワンピースを着た、とても幼い女の子が体育座りに座っていた。
歳は、小学校の低学年程。
黒檀のような褐色の肌と闇色の長い髪。そして、それらを照らすかのように飾られた黄金の瞳が彼女を遠い昔に見た夢の住人に思わせた。
この子は、何故かここに入れられた時からずっと鉄格子の側に座って、外側から俺を見つめている。
だが、それにも関わらずミハイルは一向にこいつの存在に気付く様子がなかった。
不思議に思って聞いて見ようとした時、なぜか彼女は驚いたような素振りを見せて、人差し指を唇に当てながら頭を横に振る動作を繰り返したのだった。
今なら二人きりで声を掛けてもいいのかな?
まずは、目線が合うように座る。
手を振ってみる。
ひらひら
ぴくっ……………ジィーーーーーーー
………このガキ、人間だよな?まさか異世界産の野良猫だったりしないよね、今のだけで軽く警戒されたけど。
「よう、俺の名前は森春樹だ。春樹って呼んでくれ。お前は?」
「……………………みえるの?」
「あ?何が?」
「………わたしが」
「………普通に見えるけど?」
こいつ、何を言っているんだ?それで隠れているつもりなら一生隠れん坊で負けちまうぞ?
或いは、まさか霊的な何か?透けてないし、足もしっかりあるけど。
有る事無い事推測している間も女の子は猫のような目で静かに俺を観察していた。
ほとんど顔色に変わりがないが、確かな驚きと好奇心が彼女から伝わる。
「……わるいことしない?」
「何のことだ?」
「なまえで、人、ころせるって…」
「ああ、あれは嘘だから、心配するな」
「………うそつく人、わるい人」
「世の中には、悪い人が沢山いるんだよ」
「………ひどいこと言う人、わるい人」
「上っ面の褒め言葉だけ吐く奴らより、よっぽどマシだと思うがな」
「…………………」
何だ?表情にあまり突起がないくせに思いっ切り呆れられた気がするんだが。
「…………ヘレン」
「ヘレン?」
「わたしのなまえ 」
「そうか、よろしくな。で、よろしく早々悪いがお前はここから出て行ったほうがいい。こんな汚ねえ所、教育に色々と悪過ぎる」
「………にげないの?手つだえるよ?」
「そんな危ないこと、ガキに頼む訳ないだろう。邪魔だからとっとと日向ぼっこでもしに行ってろ」
だが、そう言ってもヘレンは一歩も動かずその場に座ったままだった。
もっと厳しく叱るべきか?
勘弁してくれよ。
あっちの孤児院では、年長者だったので子供のあしらい方に慣れているが後の罪悪感が地味にキツイんだよ。
ええ、罪悪感くらい持ち合わせていますとも。悪いか。
「……ハルキ、いい子。なんでつかまったの?」
「“子”じゃねぇだろ。俺は、お前より十ほど年上だぞ」
「うそは、だめ」
「うっし、思い直したわ。どうやらテメエにはキツイお仕置きが必要のようだな」
人様の善意を仇で返すとは、なかなか将来有望なガキだ。
てめえも後十年したら成長ホルモンの不遇制度を理解するさ。
施設で数多くの妹達の面倒を見た俺様の観察眼を舐めるなよ。
お前の将来の悩みは…………『胸』だな。確実に。
せいぜい、今から牛乳でも飲んで悪足搔きすることだ。
いや、こら、画面の前にいるてめえ!
誰が変態だ!
違う!シスコンでもない!
ロリの癖にロリコンだとおぉ!?
最低でもショタだ!!そのパソコンに貯めたエロ画像を親のスマフォに送ってやろうかぁ!!!
激しくイライラするが、ミハイルを切十苦していた最中と変わらず、彼女は全然怖がってくれない。
「どうして、ろうやにいるの?」
「マイペースだな、おい!…………はぁ、別にたいした事じゃねぇよ。ありふれた言い方をするなら、偉い人を怒らせたのさ」
「何をしたの?」
「王様を失禁させた」
疑問符を上げる幼女に胸を張って言ってやった。
「しっきん?おもらし?」
「おっ、よく知っているな。あっ、後、ガンマレイ・ヴゥァアーストォゥォもさせたな」
「ガンマレイ・ヴァアーストォ?」
「違う、ガンマレイ・ヴゥァアーストォゥォ、だ」
「ガンマレイ・ヴゥァアーストォ?」
「惜しい、ガンマレイ・ヴゥァアーストォゥォ、だ」
「なに?」
「まあ、要するにスカ○r」
ピトッ
俺が言い切る前に氷の如く凍てつく刀身が鉄格子の間から忍び込み、静かに首筋に添えられた。
気が付けば、絵に描いた大和撫子にしか見えない若い黒髪の女性がヘレンの背後に佇んで、その単色な紫色の眼で隠しておいたお菓子に集るゴキブリを見るかのように俺を見下ろしていた。
が、視線が合った瞬間顔を逸らした。
「無理、やっぱり怖い」
「いや、弱音は小声で言う物だろう」
わざわざ刃物で脅す意味がないじゃないか。
この女は確か…………召喚された部屋で王様の辺りを固めていた護衛の一人だな。
あそこにいた連中は、他の奴らと違って特注っぽい装備を付けていたので印象的だったんだよな。
さらに目の前の女は、西洋風味の風景の中でものすごく目立つので嫌でも記憶に残る。防具も騎士っぽいのに何故か武器が大太刀だし。
「怖い、斬りたい」
「ちょっと待て!?怖いと斬るに関係性なんてないだろうが!」
「怒鳴らないで、漏れそう。斬りたい」
「それってテメエが斬りたいだけじゃねぇか!後、漏れそうってなんだよ!」
「……ガンマレイ・ヴゥァアーストォゥォ?」
「言うなよ!?仮にも美人がそんな、ってうおおおおおぉ!!?」
俺は、奇声をあげながら前方に倒れる。
すると、銀の一線が俺の後頭部と掠めてすごい勢いで頭上を通過していった。
この糞アマ、どんな手品を使ったか知らないが鉄格子を透過してそのまま刀を振り抜きやがった!
「いきなり褒めないで、照れる」
「何つう照れ隠しだ!!?死ぬところだったわ!!」
「……手が滑った」
「ふざけるな!どんな滑り方したら刀が鉄棒を貫通するんだよ!!」
「喉を割いたら、静かになると思ったのに……」
「ミハイルさーん!?早く監視に来てぇ!囚人が殺されないかちゃんと見張ってぇー!!?」
必死に叫ぶが、当然ミハイルは現れてくれなかった。
全身の毛根死滅しやがれ!
「くそっ、子供に流血見せようとするとかイかれてやがる」
「子供?そんなのいない」
「はあ?お前にも見えてねぇのか?ちょうど足元に……」
そう言おうとしたが、ヘレンの姿がないことに気づく。
慌てて廊下の左右も確認するが、そこにもいない。
ただ、世界そのものが気に止めない空欄のように、彼女が座っていた床が空っぽに残されていた。
一国の王城のダンジョンを彷徨う黒の童女。
今更だがあの子は一体なんだったんだ?
まるでキツネに摘まれたようだ。
「……なあ、何だったんだあの子?あんたには、見えていたんだろう?」
「………お前には関係ない。早く出て、王様と他の子達が待っている」
「あっそ。………いや、鍵を開けてもらわないと出られないんだけど」
「必要ない」
女は、そのまま牢を靴のつま先で軽く蹴った。
ピシッピシッピシッ
カランカランカラララン
「…………………」
は、ははは、切断面が鏡のみたいに輝いてら。
ピトッ
「…………ちょっと、その刀、首から退けてくんない?」
「…高さがちょうどいいのに…………どうしても?」
どうしても、だ。
どいつもこいつも、何なんだ。