第29話 続・真相編
森:「お久しぶりです!!誰だよ、次期ブックマーク100件って言った奴。」
[真相②:同日午後21時18分 メープル・スプラウトの畑道]
疑惑はあった。
疑念もあった。
彼女の身に纏わる密事。
その出生を考慮すれば訳あって然るべきで、今更それに気付いた所で我等の対応は変わらんだろう。
何処ぞの王族の裏事情なんぞ聞き慣れとる。一応、バルズークに出会う前は吾輩もそういう立場じゃったし。
真心からの優しさも有るが、何より如何なる火の粉も払える実力を有してる故、例え匿った少女の正体が物の怪だったとしても笑顔で受け入れてやれる。
即ち強者の余裕じゃ。
然し、彼女を巡る騒動に巻き込まれてこの地まで追いやられた少年はどうだろうか。
あの者は若く、まだ絶対的と言える程の力量は無い。少なくとも、現在の段階では。
「待つのじゃ、ハルキよ」
だから、吾輩は畑道を突き進む少年を呼び止める。
見えた真実の一片を知らせる為に。
何時もの様に一切の迷いもなく、この世界に共に召喚された同輩を救うべく強くなろうとせん真っ直ぐな背中を振り返らせる。
その小さくも堂々とした姿に刹那言葉に詰まった。
或いは、彼はこの先に待ち受ける数多の苦難に対して既に決心を固めてるのかもしれない。
夜天の下でもはっきりと映る済んだ眼差しはそう語っているかの様だった。
………良かろう、ならば聞こうではないか、その覚悟を!
吾輩は、意を決して言葉を放つ。
「暫し待て、大事な話があるのじゃ」
「かーっ、ぺぇっ!」
とてつもなく蔑んだ目付きを向けられて、道端に唾を吐き捨てられた。
そして、何も起きなかったかの様に踵を返して歩みを再開された。
畑から一陣の風が吹く中、眉毛を寄せてこの上なく生真面目な表情のまま立ち竦む吾輩。
…………え?
…………ちょっ、え?
「ま、待つのじゃああああ!!」
つい、直前の様子から想像できない情けない声をあげながら追いかけてしまった。
畑の間を全力疾走する女悪魔、それが吾輩。
あれ?なんか、視界が霞んでおるわ。ぐすん。
だって、酷過ぎるではないか!
稀にない、貴重な、折角のシリアズな流れを台無しにしおって、吾輩が何をしたと言うのだっ!
「……何が『ば、バルズーク、あーんなのじゃ』だ。イチャイチャニチャニチャしやがって、対抗心燃やしてんじゃねぇよ、恥ずかしくねぇのか、クソが。大体てめぇらが作った料理ですらねぇじゃねぇか、人様の料理で遊ぶなよカスどもが……」
………うん、なんかブツブツ聞こえた気がしたが気のせいじゃな。きっと!
「こら待たんか!大事な話があるって…」
「かぁ————」
「いや、もう唾は辞めい!」
お願いじゃから!
他の者なら未だしも、汝の容姿でソレをやられると地味に傷付くから!
何と言うか、初めてラファエラと話した時の外見詐欺のショックを思い出すから!
あやつ、ギャップ萌えです〜なんて吐かしておったが絶対違うよね!?
早々に心が折れた吾輩は、その場で平謝りして許しを請うた。
良く良く考えれば、あのエセ天使に乗せられたとは言え、中々小っ恥ずかしい事をしたと思う。
男女寄り添って『あーん』するなんて、まっ、まるで夫婦ではないか!
あ、吾輩たち夫婦だったわ。………えへへ。
「何クネクネしてんだ、気持ち悪りぃ」
「はっ!? ち、違うんじゃ!」
一段と温度の低い視線が突き刺さって焦って取り繕う。
いかん、重要な話をしに来たんじゃった。惚気てる暇などない。
「って、何故吾輩を置いて行く!?」
「離れろ、桃色が移るだろうが」
「移らんよ!?だから待つのじゃ、大事な話がある!ヘレンの事じゃ!」
「なに?……このクソアマ、ヘレンに何しやがった!!」
「何故真っ先に吾輩を疑うの!?」
もう嫌じゃこの子、理不尽過ぎる。後、顔が怖い。
どうして辺りの阿呆共のせいで吾輩がこんな扱いを受けなければならんのじゃ。
このテンションでそれなりにヘビーな話しないといけないの?
目眩と同時にげんなりと肩を落とした。
それから頑なに先を行こうとするハルキを何とか宥めるのに一苦労した。
なんか、筋トレでストレスを発散したいと愚痴ってた気がしたが、農家(辺境の)の地獄の修行をそう認識してる彼に恐怖を感じたので聞かなかった事にした。
ひとまず話を聞く姿勢を取ってもらう。
と言っても、盛大に出鼻を挫かれてしもうたので仕切り直す為一旦間を置く。
とても今の空気で出来る話ではない。
神樹の成す紅葉の下を暫く共に歩いてから、頃合と見て吾輩から切り出した。
「ハルキ、汝はヘレンの事をどう思ってる?」
少し抽象的な問じゃが、先ずは彼が得た印象から訪ねる事にしよう。
そう意を込めた一方、奴は慄いて。
「俺はロリコンじゃねぇ!!」
「いや違ぇーよ」
誰が貴様の趣向を知りたいか、戯けぇ!
話の腰を折る天才なのか、この小僧は!
ほら!吾輩の眉間を良く見よ、眉が近くなってるじゃろ!?シリアスな顔じゃろ!?
思わずずっこけるのを既に耐える。頑張れ吾輩、ここで脱線したらもう後がないぞ。
「いや、じゃからそう言うのではなくて、ヘレンのあの国からの逃亡についてじゃ。よもや、一国の姫が全くの偶然で城から逃げ果せたと思うまい。しかも、大勢の騎士の目前でじゃ」
「……ああ、そう言う事か」
ここで漸く、もうホントに漸くハルキは真剣な雰囲気を帯びてくれおった。
彼は、その女子然とした容貌を難しそうに顰めて黙り込む。この村に転がり込んだ初日に、吾輩に問い詰められた時に似た表情じゃ。
そして、少し逡巡してから溜息と共に開口した。
「まあ、そうだな。怪しいと思うどころか、実は直接頼まれたよ。『ヘレン様をお任せします。守ってあげて下さい』ってな」
「何?どう言う事じゃ?」
話を聞くと、どうやらここに来た初めての夜にその様な内容の手紙をヘレンから直接渡されたとの事。差出人は、ヘクサドラゴン王国近衛騎士団副団長のキキョウ。
成る程の。事件の不自然さを見れば、今更過ぎる陰謀の匂いじゃがな。
「して、ヘレンは如何なる事情で城を、国を出たのじゃ?吾輩も知って良いかの?」
「シラネ。手紙にはそれしか書いてなかった」
「は?どういう事じゃ?」
「……いや、だからマジで守って下さいって一文しか書いてなかったんだよ。手紙のど真ん中に」
「………」
「解るぜ?紙の無駄遣いだよな」
いや、仮にも一国の城でその程度の浪費は気にせんと思うぞ?
って、そうじゃない。現実逃避したくなるのも解るが真面目に推測しよう。
先ず、状況やタイミングから見てヘレンを逃した者、間違いなくキキョウ副団長とやらとその協力者が目指したのは『ヘレン第二王女に召喚された勇者の一人を付けて城外へ逃がす』形の脱走だと思われる。
何故わざわざ異世界の民の様な不明な存在に頼るのかと言うと、彼らが強大な【ステータス】を有しながらも御し易い少年少女だからとか、その辺りの理由じゃろう。後、その副団長一派が少数だと言うのも考えられる。
然し、勇者召喚が成功して直ぐに動く予定ではなかったはず。
いくら御し安くとも勇者の人間性を把握する為の期間が必要だった筈じゃ。更に、逃亡先がハルキ等が飛ばされた【異領域】と言うのも理にかなわん。
じゃが、この点に関しては明確明瞭な疑いの余地のない究極的な説明が存在する。モリ・ハルキと言う、【農家(辺境の)】の職業を持つ、因果論に対しての化け物じゃ。
間違いなく、目の前の優麗な少年があの国に降り立った時点で色々と運命が狂い出したのじゃろう。
まあ、当然じゃな。農家(辺境の)とはそう言う物じゃ。
大方、全く想定外な方向に事態が転んで、それに追われた結果ろくな準備もなくヘレンを送り出すハメになったのだろう。
キキョウ副団長殿の足りぬ一筆はその表れか。
大方筋の通った推論を導き出した所でハルキが問を投げた。
「そう言えば、あんたらの身内にどっかの国の諜報員がいて、よく情報漏洩させてるんだったな。ひょっとしてヘレンに付いて何か解ったのか?」
「否、一応調べさせる依頼は出したがの。気を悪くせんでくれよ?」
「全然、俺も知りたい事だし。まあ、出来ればあいつから話して欲しいんだがな。どうにも本人の知らない所で色々動いてる節があるんだよなぁ」
ハルキは、天を仰ぎながら嘆く。
浮かんだ苦い表情には、微塵の混じり気もない。
他者を思いやる、その余りにも当たり前で自然な言動に意図せず問い掛けそうになったが、思い直して先に伝えるべき情報を伝える事にした。
「ハルキよ、ここ数日ヘレンと接して解った事があるのじゃが、聞くかの?」
「……なんだ?」
「うむ、先ずは容姿、そしてそれを偽装する為に彼女が身に付けてた魔具じゃ」
己の記憶を探りながら傾聴する彼に指を一本立てて述べる。
これはバルズークから聞いた話じゃが、我が夫によれば初めてヘレンを目にした時は銀髪に黄金の瞳、白肌の幼女に見えたそうじゃ。
直ぐに嫌な感じがして、偽装用の魔具と思わしき首飾りを破壊した瞬間に黒髪褐色、現在に見る外見に変化したとの事。
まあ、奴の勘に触れたのなら他に怪しき機能があったのかもしれぬな、その首飾り。今や検証しようもないがの。
「ちょっと待て、それは不思議な話なのか?魔術のある世界で王侯貴族がそう言った道具を持って、寧ろなんぼと思えるんだが」
「確かに、お忍びの際容姿を偽る貴人は多い。じゃが、この場合は逆なのじゃよ。銀髪金顔に白肌はヘクサドラゴン王家の象徴なのじゃ」
「!」
その意味を瞬時に理解して目を見開くハルキ。
続いて、吾輩は二本目の指を立てた。
「更には、ヘレンが操る気配操作と思わしき能力。あれが異常じゃの」
ラファエラに世話を任せた折に一度、ラーニャの性教い……授業から逃げた折に一度、合計二度も吾輩達はあの自由奔放な幼姫の気配を見失ってる。そればかりか、魔術を使ってまで捜索したにも関わらず全く見付からなかったのじゃ。
己の能力を過信してる訳ではないが、率直に申してそんな事はありえない。
何処の後宮が嘗ての悪魔大元帥と嘗ての白天聖星軍の長を出し抜く姫君の育成に勤しんでると言うのか。どんな勇者にも救えんわ、そんな姫。
一度目はただ狼狽しただけで、今回はより注意深き分析を試みたが、その技術の原理は判明できなんだ。
「俺には普通に見付かったが?」
「…………それはそれで何なんだろうな」
しれっと言ってのけるハルキに悩みを禁じ得ない。
この類の規格外は普通、「農家(辺境の)だから」の一言で片付くのじゃが……どうも違う気がするのじゃ。
と、今はその場合ではないか。
「最後に、これが最も重要なのじゃが……心して聞けハルキ」
「えらく物騒だな」
「ああ、単刀直入に言おう………ヘレンには人族、否、“人”でない何かが混じっておる」
そう、これこそあの姫に関して最も重大な事柄。
それに気付いたのは、彼奴がノヴァフェニックスの雛、ルナを拾って来た時じゃ。
ノヴァフェニックスは言わばフェニックスの亜種であり、その幼鳥は元種のフェニックスと違って親の闇属性の魔力を糧として育つ。
だが、本来フェニックスは炎と光を司る魔物。従って、成体まで育つノヴァフェニックスは珍しく、当然ルナも餓死寸前の状態でヘレンに保護されたのだった。
そして、現在は親代わりになったヘレンから魔力を与えられ順調に回復してる。
「最初診せられた時は少し戸惑ったがの、ヘレンがやらずとも闇属性の純魔力を生成する方法は他にもあった。例えば、闇属性の魔石に魔力を込めるとか。じゃが、ヘレンに任せる方が良いと思った。彼女自身の為にもな」
「それは同意するが、それがどう関係あるんだ」
「ハルキ、吾輩が教えた魔術の基礎、覚えておるか」
「またそれを蒸し返すのかよ」
げんなりしながらも、彼はこの間台所で駄弁がてら語った魔術の基礎を復唱した。
術式に魔力を込めて魔術を発動させる。シンプルじゃ。
「なら、追加知識じゃ。大方の魔術は何らかの属性を持つ。基本属性は十六系統あるのじゃが……今は関係ないな。兎も角、『闇』がその一つじゃ」
「ヘレンは闇属性って訳だが……それが何かマズイのか?」
「否、闇属性の魔術師はそれなりに珍しいが、飽くまでそれなりにじゃ。問題は彼女が”何の術式も通じずに”闇属性の純魔力練り上げた点にある」
「は?そりゃあ、闇属性を使うんなら闇属性の魔力を持って当然なんじゃねぇのか?」
「ハルキよ、汝は少々勘違いをしておる。人が内包する魔力とは、それぞれ個性と術式との相性の差があるが、それ自体は何の属性も持たぬ。属性を付与するには必ず術式を通らんといかんのじゃ。全種族の中で体内から直接属性魔力を出せる者は一人としておらぬ。この世界で唯一それが叶うのは………」
ここで吾輩は、無意識に合わせてた視線を地に落とした。
「……唯一それが出来るのは、魔物、なのじゃよ」
その時、横の畑から一陣の風が吹いた。
土の匂いも植物の匂いも乗せない、不可解な風だ。
奥の闇から来たそれは、吾輩達を掠めて、そのまま空虚な沈黙を置き去りにしながら向こうの闇へと消えて行く。まるで夜の広さを誇示するかのように。
生まれ持った才能、ではない。
自然の悪戯から発生した変異、でもない。
この世界には人を苗床にする魔物はいれど、人と交配して人を成す魔物はいない。
必然的に、工程は解せぬが、ヘレンのそれは人為的な処置の産物となる。
不意に、いつの間にか握り締めてた拳に力が入る。覚悟を問う為にハルキに話したつもりが、恥ずかしながら感情が定まってないのは吾輩の方だった見たいじゃ。
一つ苦笑を漏らしてから、とりあえず何か声を掛けようと前を向く————が、吾輩の目に入ったのは、既に遠く彼方で土煙を上げながら、異領域に向かって猛烈ダッシュしてる少年の後ろ姿だった。
全身に割と本気の身体強化魔術を施して数秒で追いついた。
「何をしとるんじゃ己は!!?」
「あっ、いや、なんか今の話を聞いて、猛烈に雷に打たれながらスクワットマラソンしたくなって……」
「吾輩より情緒不安定な奴イター!?」
控え目に評して、狂人の域に立つその思考に戦慄する。
お陰で直前のしんみりとした空気が吹っ飛んだ。
本日だけで何度目じゃ?こういうの得意じゃな、小僧。
「……はあ、その魔物が混じってるという件、好意的に捉えられる事は?」
「よほど想像力を駆使せんと、無理じゃな」
「……そうかよ」
吾輩の言葉を受けてハルキは、心配そうに今来た道を振り返る。
当然その先は我々の家があり、そこの誰にその視線を、しかし心配だけのではない視線を向けてるかは明白じゃった。
………やはり、なのか。
「何故、それでもヘレンと関わろうとするのじゃ」
「は?」
今度こそ漏れた、先程心に浮かんだ問いにキョトンとされる。
然し、直ぐ後に何かに思い当たり、決まりの悪そうな笑顔を見せた。
丸で、過去に何度も注意された悪癖をここでも言われたかのように。
そもそもの話、此奴はヘレンに深入りする理由など無い筈じゃ。
幾分か濃ゆい経験を共にしたと言えど、彼らは出会って一週間も経たない間柄。
しかも、ハルキの方は異世界で同郷の仲間と分断された身じゃ。
これが二人きりの状況なら巻き込まれても止むを得んが、吾輩等のような存在がいるのならこちらに丸投げされても全く可笑しゅうない。機械的に見ればそれが最も合理的な選択に相違ない。
それなのに実際はどうだ。長い年月苦楽を共にした兄弟の様ではないか。
特に最近は、ヘレンがより打ち解けた雰囲気になっておる。
吾輩の疑問に、ハルキは頬を掻きながらポツリポツリと語り出した。
「あー、何つーかなぁ。“習慣”、って言えば良いのか?前も言ったが、俺って親が居ないから、当然孤児院で育ったんだ。然しそこはモグリ、うおっほん!……し、私立運営の孤児院で……えー、言っとくが、別に行き場のないガキ共を集めて邪な商売とかしてたワケじゃねーぜ?むしろ、そう言った場所から来る奴らが多くてな。どうやっても社会復帰が出来ず、裁判所と児童相談所をたらい回しにされた挙句、大人共の事情で散々傷付けらた連中がよ。で、俺はそいつらの兄貴なんだよ。だから、まあ、ヘレンの様な奴を見てると、ほっとけないと言うか、ははは……」
それは、如何にも自分について語るのが苦手な男の話だった。
十の見知らぬ視聴者が聞けば、九人は憐れみと賞賛を送り、一人のヒネクレ者が偽善者と訴える事だろう。
されど、憐れみなぞ気不味いだけ。彼はその人生を不幸とせず、過去も現在も、一片の悔い無く生きてるのだから。
賞賛もむず痒いだけ。彼は己の心に従って、己の意志を通しただけなのだから。
だから、この少年はこうも心地悪そうに、ただ心地悪そうに語るのだろう。
吾輩は、何となく彼の覚悟の形を見た気がして、ふっと微笑みをこぼしたのだった。
「成る程の。あい解った、ハルキはどうあってもヘレンをあの国から救う気なんじゃな。ならば、吾輩達も微力を尽くすとしよう。先ずは彼女の辺りの勢力図を洗い出して……」
「ん?ちょっと待て、何で俺があいつの問題を解決しに行く見てぇになってんだ?頼まれた覚えはねぇぞ?」
「え?」
———が、突如その真逆の物言いに間抜けな顔で立ち尽くしてしまった。
「こいつぁ、飽くまであいつの問題だよ。あの国やキキョウの事をどうしたいのかはヘレンが決めるべきだ。俺が約束したのは、その時隣で立っやることだ」
「それは……」
それは、余りにも酷ではないのだろうか。
確かに、この世界は甘くはない。闇は深く、少なくとも幼児のあれこれが法で保障されてたハルキの世界より断然と過酷じゃ。
そこでヘレンは王族をして生まれ落ち、更に曲がりなりにも【異領域】を渡り、メープル・スプラウトへ辿り着けたが、所詮は六歳児。
権力も財力も武力も無い者で、大人に甘えて判断を委ねても許される権利がある。
だが、ハルキは吾輩の思考を見透かしたかの如く、鼻を鳴らした。
「あいつは立ち上がるさ。自分の足で、しっかりとな。あいつは、意外と自分の状況をちゃんと把握してやがるから、自分の為に動いてる奴らが居るって解ってんのさ。今は色々と足りてねぇから迷ってるらしいが、外の世界を見りゃすぐに自分がやるべき事を見付け出すさ」
それは、反論の余地を許さぬ、覆しようの無い確言だった。
ふと、ヘレンが瀕死のルナを拾って来た時の光景が脳裏に浮かぶ。彼女の静止した感情に響いた、紛れも無い鼓動。
ハルキは続けた。
「俺は、どこぞのロリババァよろしく何百年も生きてる訳じゃねぇが、少なくとも十五年の人生で学んだ事が二つある。一つは、世界はクソ見てぇな現実で溢れていて、どこでもガキをやってる暇はねぇって事。」
そして、これまで見た事もない挑発的な笑みを口元に刻んだ。
闇夜を見通す瞳の奥には、世界そのものへの挑戦状と————
「もう一つは、ガキを舐めちゃイケねぇって事だ」
————ヘレン・フォスコ・ヘクサドラゴンが秘めた“可能性”への、絶大な信頼があった。




