第16話 人妻と浮気、修羅場、マジな修羅場
「あっ、ふぅん………いやぁ」
「……はあ、はあ……あはぁん」
「ひぅ……うふぅん」
朝の日差しに濡れた食卓。
ギシリギシリと何かが軋む音と押し殺された嬌声が細く聞き取れる。
それは、さながら押し寄せる肉欲の波に健気に対抗する理性の防波堤。
やがて、不条理にも決壊の時が来る。
「おっほおお!もう駄目だべ!オラ、イッちまうべ〜〜」
「んはあぁ!くれたもう!もう一回、その熱くて長いモノを我輩にに恵んでたもう!」
「ふああーっ!頭が〜、おかしくなりそうですぅ〜〜〜!」
それでも足りぬと言わんばかりに更なる肉悦を求める罪人達に俺は………絶対零度の侮蔑の視線を向けていた。
「……いや、”なりそう”じゃなくて可笑しいだろ。頭が。あんたらマジでオカシイだろう。頭が」
今回のオチ。
俺のソーセージの美味さを知った珍獣共が、っアーーー♡したのだった。
別に隠語など含まれてねぇぞ?この助平め。
ただ、うん、自分でも何を言っているのか解らん。
ついさっきまで普通に皆で楽しく朝飯を取ってた筈だ。
結局何の素材か曖昧のまま作った料理は想像を絶する美味しさだった。そこはいい。
でも、一応地元民(?)から意見を貰おうとしたらグラマー美女のカッサンドラさんとピュア美少女のラファエラさんが紅潮して蕩けた顔を俺のソーセージに近付けてるじゃないですか。いい!うん、凄くいい!
そんな二人に挟まれながら燃え上がる赤髭強面の大型戦略級筋肉が同じツラをしてやがった。
最悪だった。
この世のあらゆる所に逞しくそそり立つマツタケが萎むのを幻視した。
控えめに言って、百戦錬磨のジゴロを不能にたらしめる激画だった。
続く大音量の艶声は心的外傷後ストレスを引き起こす威力かもしれない。
しかも、人妻二人の喘ぎ声で死に損ないのリビドーが少し復活して中々トドメが来ないのだ。
「無限地獄だ。地上の無限地獄がここにありやがる」
「久々の、んっ、まともな食事にっ、身体が反応しちゃうのじゃあぁん!こんな我輩、バルズーク以外に見せたくないのにぃ」
「なんかぁ〜、あんっ、変な物ぉ、入れたんじゃないですかぁ〜?」
「いや、あんたらの倉庫には変な物しか置いてなかったぞ?」
「……なんか一気に冷めたのじゃ」
カッサンドラさんは、スッと白け顔になってフォークを下ろす。
けれど、直ぐに顔を赤らめてモジモジしながら食べ続ける。
節操のない悪魔め。
「つーかさあ、普段何食べてんの?」
「(生)肉の切り身とか〜果物とか〜野菜とか〜」
「………たんとお食べ」
「くっ、殺しなさいっ!」
何言ってんだ、こいつ?
因みに我らが幼女姫ヘレンは、倫理的にアウトなリアクションなどせずただ一心不乱に皿をかきこんでいた。
それはもう、俺がR18ホールド(両耳を塞ぐように頭を抱え、汚物から三時の方角へグキッさせる絞め技)を施しても意に介さぬ程だ。
気に入ってくれて何よりだ。
そんな感じの食事の後(どんな感じ?知らね)、俺達は本日、そしてこの先数日分の予定に付いて話し合う事にした。
何でも、バルズークさんは農地の管理に忙しくて大体三日毎にしか帰宅しないとか。
「本当は毎日帰って来てほしいのじゃが……べ、別に吾輩が寂しい訳じゃないからな!本当じゃぞ?ただ……そう、ちょっと、ほんのちょっとだけ心配なのじゃ!」
「誰も何も聞いてねぇよ」
どうやらこのメープルスプラウトでの農業生活は思ったよりほのぼのしてなく、寧ろ分刻みのスケジュールで回ってるらしい。
主な原因は圧倒的な人材不足。
広大な土地に対して現在いる働き手はたったの四人。加えて、神樹の恩恵で異領域でも穀物が育つ訳だが逆に育ち過ぎて毎日収穫に追われているのだ。
ハイ、これで俺の田舎で農業改革無双ほのぼの生活計画が破綻したな。
「と、言うことでですねぇ〜、いち早く一人前になる為に〜、ハルくん♡は頑張らないといけないんですよ〜」
「解ったけど、何だハルくん♡って」
「あらやだ〜、私ったら。よっぽどハルくん♡のソーセージが気に入ちゃったみたいです〜」
「まあ、どうでもいいな。それよりこれだよ、何だよこれ!」
ラファエラさんが意味あり気たっぷりに流し目を送るがバッサリ切り捨てる。
常人ならその場で鼻血失神するだろうが、両目に『昼飯も夕食もおやつもお願いね♡』ってハッキリ読めるんだよ。
それよりずっと気になってた長くなった髪を指差した。
ヘレンは驚いていたが他の三人は食卓に来た時余り反応を見せなかったのだ。
どういう事だ。
「似合い過ぎて気づかんかった」
「おい」
ぽかんとしたツラを晒す色黒女に思わず声にドスが入る。
彼女は、慌てて「冗談じゃ」と謝って少し思案した。
「ふーむ、【農家(辺境の)】が覚醒するには未だ早すぎるのう。ならば、多分それは汝の体がこの世界の理に馴染み始めている為の症状じゃ」
「えっと、つまり?」
「昨日話してくれたが元の世界にはステータスや魔力が活用されてなかったのじゃろう?じゃからこの世界に召喚された事態が汝の体質を変質させておるのじゃ。完全に慣れるまではそう偏った急成長が続くじゃろう」
「マジですか」
つまり何だ、今髪切ってもすぐ伸び戻るってことか。
暫く鏡を見る度にドキマギする変なナルシストにならなきゃいけねぇのか。
愕然と肩を落とすが、カッサンドラさんの説明は続いた。
「後、ハルキの場合【農家(辺境の)】と言った特異な職業を持っておるからの。更なる変化が待ち受けてる故、驚くでないぞ」
「おいおい、勘弁してくれ。まさか、睫毛が長くなったり目が大きくなったりするんじゃねぇだろうな?」
「今でも十分長くて大きいと思うのじゃが……そうじゃな、まあこれは異世界人に限ってではないが、間違いなく農家(辺境の)に最適な姿になるじゃろうな」
「具体的には?」
「図体がデカくなる」
ガタンッ!
俺は椅子を倒しながら飛び上がった。
突然の出来事にカッサンドラさん以外の三人も唖然となる。
何故かその表情には困惑と恐怖が宿っているが、知ったことか。
「今、何つった」
「は、ハルキ?どうしたのじゃ?何か、瞳に狂気が……」
「るっせえ!今何つったか聞いてんだよ!!」
「ひっ!?」
悪魔も静まる恫喝。彼女は涙目で震え上がる。
助け求めるように夫と嫁仲間を見るがそっと顔を逸らされた。合掌。
「じょ、ジョブの影響で…」
「で?」
「か、体が…」
「が?」
「大きくなる、のじゃ」
………。
オーケー、落ち着け、俺。
今までの経緯を考えれば落とし穴があるのに決まっている。
俺は世界一のクールガイだz
「おっっしゃあああああアアアアAAAA!!!!」
「なあ!?」
気が付いたら、雄叫びを上げながらテーブル越しに対面していたカッサンドラさんに抱き付いていた。
それは、狂喜。
永く辛い煉獄を征した罪人の狂喜だ。
体制上、机に寝そべってあの折原よりワガママなお胸に顔をモロに埋めてしまっているけど……別に良いよね!むしろイイよね!
全く変質者の考えである。
「遂に、遂にやったぞ!見たか成長ホルモンんめ!異世界召喚なんて裏技でやっとテメェに勝てたぜ!ザマア!!F@CK YOU!!」
「ド・コ・に・向かって叫んでおるのじゃ貴様ぁ!あんっ、ちょっ、胸を離さんか不埒者めっ!やっ、触るなっ!」
「触ってんじゃねぇ!揉んでるんだっ!」
「尚更悪いわこの阿呆ー!」
濃色肌でも見える位真っ赤になりながら、割りとマジで引き剥がそうとするカサンドラさん。
だが、どういった原理か彼女が身じろぎする度俺はどんどんその魅惑の美肉に沈んでいく。
暖かい柔らかいいい匂ぅ。
終いに、再度バルズークさんとラファエラさん、この際ヘレンにも救助を懇願するが、三人は仲良くお茶を啜りながら会釈だけを返す。
お姫様は若干ふくれっ面だが、バルズークさんはニコニコしてていいのか?一応、あんたの奥さん野郎に襲われてるんだが。
何か、新たな扉を無理矢理こじ開けられた薄い本の登場人物みたいに片目から涙を流しますよ?
そうやって二重の意味で喜んでいると、ロリババ天使が声をかけてきた。
「ハルくん、ハルく〜ん」
「後にしてくれ、今俺忙しいんだ」
「いや、いや〜。ドラちゃんに陵辱の限りを尽くすのは〜いいんですけど〜」
いいんだ。
吸い付いたまま顔だけそちらに向けた。乳が邪魔して見えん。
「因みに完成図は〜、こちらで〜す」
ぱっと小さな手をバルズークさんの方に向けたら、彼は心得たと言わんばかり頷く。
次に、一体ナニを心得たのか上半身裸になりながら立ち上がりやがった。
服越しでも十分主張していた筋肉がより顕著になる。
「ムンっっ!」
………。
後日、私は語るのでした。
それは、一般的にサイドチェストポーズと呼ばれる物でした。
しかし、数秒ソレがサイドチェストだと私には解りませんでした……って言うか、人体だと認識できませんでした……って言うか、生物じゃありませんでした。
最早地形の一種と表しても刺し違いない巨大でゴツゴツな肉塊が、質量保存の法則をぶち殺して五倍くらい体積を増大させて、それはもう………それは、もう………もう………
しばらく言葉を文字通り失っていた俺は、やがてピクピクと痙攣しているカッサンドラさんを解放。
身だしなみを整え、姿勢よく椅子に座り直して一分程深刻に考え込んだ後。
「先生、この病気の治療はないのでしょうか」
「………取り敢えずそこに直れ、このエロガキ」
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同時刻、ヘクサドラゴン王国王城内の訓練場。
同期の者達を置いてけぼりにして己の授かった力に目覚めた異世界の天才少女三人が早速マンガの必殺技の再現………などでは決してなく、己が力量を磨くべく、懸命に真面目に一途に勤しんでいた。時々興奮めいた奇声が聞こえるのは……気にしまい。
兎に角、秀才でも数年は掛かる道程を一瞬で打破し、 観戦する騎士達の心を爽快に圧し折っていた訳だが、突如その一人が彼方の方向を向き。
「浮気されたわ!!」
なんて訴え出した。
…………。
暫し、遠くの鳥が我が物顔でふてぶてしく鳴いた。
友達の奇行に顔を見合わせる他の二人。
「ちょっとアンジェラさん、いきなり何を言い出すんですか?」
「だから浮気された感じがしたのよ!」
「………誰が誰を誰とですか?」
「知らないわ!でも間違いない、だって胸がチクってしたもの!」
説明になってない説明を受けてその聡明な頭脳を悩ませる三つ編みの美少女。
横に立つ褐色長身の美少女が「また大きくなるんじゃねぇか?」とか呟いたら侮蔑を露わにし、塩をその双丘に撒き始めた。萎んでしまえと。
だが塩ごときでその男の願望器二体を払える筈もなく、更なる異変が起こる!
「ぐああああああ!!」
今度は、その身に神を宿した様な身体能力を誇る長身褐色の美少女が悲惨な絶叫を上げながら倒れたのだ!
「どうしたの、杏果!?」
「まさか、界○拳の魔力制御に失敗したのですか!」
塩まみれの二人が焦って彼女の傍に駆け寄り心配げに容態を確認する。
けれど、本人は何も答えずただ苦しそうに胸元を抑えて瞑目していた。
そのまま数秒、二人が医師を呼ぶべきか迷い始た直後にその少女、海老名杏果はクワッと見開き確言した!
「この世の宝に危機が迫ってるっ!!」
…………。
また、遠くの鳥が我が物顔でふてぶてしく鳴いた。
「そうね、私もなんか嫌な予感がするわ!」
「これは遊んでる暇なんてねぇぞ!マジメに強くなって先ずアタシらの状況をなんとかしねぇと!」
「え?え?まさか通じ合ってる?意気込むのは良いですがちょっと説明して下さいよう!」
この後、闘志を燃やす二人とそれに引きずられた一人は更なる力を得るのだった。
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カッサンドラにこってり絞られた後、それぞれ各自の仕事場に付くことになった。
絞られたと言っても、彼女は終始目尻に涙を溜めながら俺を睨んでいたのであまりその感覚がない。
怒った美女は怖いと言うがあの人に限れば可愛さが増すようだ。男より長身で大柄にも関わらず、世界にはそういう女性がいるらしい。ビバ、ギャップ萌。
まあ、本気にマジギレされたら恐ろしい事になる予感がするんだがな。
つまり、あの程度ならいくらでもオッパイ揉んでもいいんだよな!
バルズークさんは畑仕事に、カッサンドラさんはよく解らんがポーション作り、ヘレンは一応そのお手伝いに割り当てられた。
そして、消去法に俺の修行を見ることになったのが、
「んーっ、今日もいい天気ですね〜」
この気持ち良さそうに六枚の翼をパタパタさせてるパツキン天使ちゃんである。
現在、彼女の案内の下に訓練場に向かって畑の間を進んでいるところだ。
昨日までは、『農業』と『修行』と『訓練場』の単語に何の関連性も見い出せまかった俺だが最終形態バルズークを見た後では納得せざるを得ない。
「しかし、ラファエラさんが教官役なんて意外だな。バルズークさんは忙しくて無理ならカッサンドラさんだと思ったぜ」
「ドラちゃんも〜、交代で修行見ますよ〜?昨日も私がやったんですけどね〜」
「すいません、思い出そうとすれば悪寒が……今日は具体的に何やらせるんだ?」
「ひたすら筋トレですね〜。ハルくん微弱ですし〜。重り色々持って来ましたよ〜」
肩に下げたカバンをポンポン叩くラファエラさん。
微弱って……まあ、否定できんな。
身長を気にして筋トレとかやったことないが、どの道デカくなっちまうなら良いか。
………あれはデカイと言うより、ハルクんだが。
然し、異世界で強くなるための第一歩が筋トレとか……
「そうだ、昨日忘れてたけど一応始める前に今のステータス確認しとくか。こっちの方が成長の具合確かめられるだろ」
「あははー、ハルくんは何を言ってるんですか〜?【農家(辺境の)】は鑑定系のギフト持てませんよ〜?」
「んや、なんでも召喚の時に自動的に付けられたらしいぜ?」
それを聞いて前を歩いていたラファえらさんがグリンッ、とこちらを向いた。
正に信じられないと言った顔をしている。失礼な、それはこっちのセリフだ。
つーか、怖いんで止めてくれません?
「ぃました?」
「は?何だって?」
「見ました!?私のステータス!!」
今度は血相変えて詰め寄って来る。
何時もニコニコしながらゆったりと話す天使の変貌っぷりに俺でもたじろいてしまう。
何故にそんなに必死なのか。
「い、いや。勝手に覗くのは御法度だって城で説明されたから、見てねぇよ」
「そうですか……いや~、でも〜、ステータスって漠然とした事しか記されてないから〜、宛にしないほうがいいですよ〜。むしろ〜、見てはだめで〜す!」
「………なんかステータスに見られたくない物でもあんのか?」
ジト目で睨むと明らかに目を泳がせる腹黒天使。一体何を隠してやがる。
「ち、違いますよ〜?そこは、ほら、格上の相手に使うと隙が出来てしまう、的な〜?やっぱり〜、敵の実力は〜直接感じ取らないと〜。偽装系のギフトもある訳ですし〜」
「へー、ふーん、そうなんだー、ふーん」
「もう〜!信じてませんねっ!じゃあ試してみて下さいよ〜、見られて困る事なんてありませんし〜!」
よし来たー!
軽く挑発したらまんまと引っ掛かったなボケめ!その赤裸々な正体、見極めてくれる!
「行けっ、えっと、ステータス鑑定!」
何気に初めて自分から使う【万象鑑定】。
『YEAH
鑑定結果:
【名前】: ラファエラ・アルチェレスティア
【歳】: にひゃk』
「えいっ!」
「ホゲぁあ!!?」
直後、可愛らしい掛け声に半比例な凄まじい衝撃によって視界が暗転した。
余りの威力で一体何処を打たれたのかすら定かではない。
世界が勢い良く回ったと思ったら尻を突き出した格好で顔から地面にダイブした。
その格好で暫しピクんピクんした後、死ぬ。
「何さらしとんじゃボケえ!!」
生きてた。
「あ、あれ〜?記憶ごと意識を飛ばすつもりでしたのに〜……加減間違えましたか〜?」
「間違ってるよ!俺じゃなかったら意識も記憶も首もFLY AWAY !してたよ!」
「でもほら〜、言った通り隙が出来ましたよね〜!」
「知るかアホウ!それより三途の川が見える寸前『【歳】: にひゃk』って出たが、知られたくない事ってまさか……」
「そんな訳ないです〜!ラファエラは永遠の16歳です~!」
「ちょっとツラカセコノヤロウ!!!」
この後かなり本気で殴り掛かったが良い様にあしらわれてしまった。
昨日もなんとなく感じていたが、このアマ常時アレだが強い。
ちくしょう、覚えてろ!この借りはハルクんになった時倍返してやるからなあ!
そうやって心の中で様々な捨て台詞を吐きながら目的地に着く。
そこにあるのは全方に広がるシャボン玉の膜に似た結界。
ここって……
「さあ、着きましたよ〜」
「なあ、ラファエラさん。ここって神樹の結界の縁だよな?」
「もちろん〜、修行は〜【異領域】でやりますっからね〜」
「……………はっ!?俺は何を!?」
あっちゃー、体に染み付いた反射行動で逃げてしまっているよ、俺。
殆ど考えずに脇の麦畑みたいのに飛び込んで身を低くしながら全力疾走してるじゃないか。
馬鹿だなー、よく考えろよ。
漫画じゃあるまいし、しかも異領域なんてウルト◯マンでもお手上げな大怪獣魔境で修行だなんて、ははっ、ないない。何かの聞き間違えだ。
やれやれと我に呆れながら来た道を辿ると、麦の向こうでラファエラさんが目を点にして立っていた。今回ばかりは俺が悪いかもな。
「何してるんですか〜、いきなり居なくなるからビックリしたじゃないですか〜」
「ははは、わりぃわりぃ。なんか異領域で修行って聞き間違えたので、つい焦って」
「いえ〜、聞き間違いじゃないですよ〜?修行は異領域でしますよ〜?」
「………さらばっ!」
踵を返して来た道を辿って来た道に戻る!
だが、瞬時に光の鎖が体中に巻き付いた!
恐る恐る振り返ると天使が聖母のようにニッコリ。
「二度も逃がす訳ないじゃないですか〜」
「NOOOOOOOOOO!!?」
殺されるぅ!!
経験は裏切らないって本当だったんだな!あのまま素直にとんずらするべきだったぁ!
「大丈夫ですよ〜、別に危ないことなんてしませんよ〜」
「嘘だぁ!これはアレだ!ナイフ一本に『天使』って書いて樹海に放り投げて『夕方前に見付けないと晩飯狩れなくなるぜ』って言う、アレだあ!!」
「何か色んなジャンル混じってる気がしますけど〜……素晴らしい訓練法ですねっ!」
「いやあああああああ!!?」
死に物狂いで暴れるが鎖もそれを握る天使の方も微動だにしない。
くっ、ごめんよヘレン。俺、ここまでのようだ。
「も〜、ハルくん大袈裟ですよ〜。異領域に出るのは〜、悪環境で精神力とか忍耐力を鍛えるためで〜す。遠くに行かないし〜ちゃんと魔物除けの結界張りますから〜」
「本当だろうな!?信じて良いんだな!?」
「私の事〜、信用できませんか〜?」
「今すぐ離せこの鬼畜がぁ!!」
「まさかの即答〜!?」
ギャーギャー騒いだが結局メープル・スプラウトから出る事になってしまった。
昨晩の記憶喪失の原因が垣間見えた気がしたが、これも力を手に入れる為だって割り切る他ないのだろう。
その上、「お仲間さんを〜助けるんじゃないのですか〜?」なんて言われたら……くっ、流石ゲスロリババァだぜ。
「ささっ、お先にどうぞ〜」
「いや、ここはレディーファーストでラファエラさんからどうぞ」
「だ~め、そう言って逃げる気でしょう〜」
「今更そんな悪足掻きしねーって。ただ出た途端に怪獣にパックンされるのいやd」
「えいっ」
ふざけるなよこのエセ天使!
後ろから突き飛ばしやがった!
ガン
「痛え!」
しかし、シャボンの壁を抜けると思ったらなんか固くて冷たい物に顔からぶつかる。
鼻を抑えて蹲る。
「あらま〜やっぱり凍ってますね〜」
「コイツイツカコロス」
「……ま、まあ、そんな恐ろしい顔せずに〜……『この手に癒しを:ヒール』」
何故か怖がるラファエラさんの手から光が放たれ痛みが少し引いた。
察するに治癒の魔法だろうが感動も感謝も全くない俺は正常だろう。
神樹の結界に手を付きなら立ち上がるがやっぱり硬い、そして冷たい、微かに濡れてるし、氷か?
「ったくどうなってんだ、ここらへん全部塞がってるぞ?」
「………」
「おーい、ラファエラさーん?怒って…るから返事しろや」
じゃないともっと怒るぜ?
けれど、もう天使と呼びたくない彼女はキョトンと首を傾げて自分の掌を見るばかり。
「どうした?」
「いえ〜、何か普段より魔術が掛かりにくかったんでちょっと〜……『闇城を覇する断罪の光:セイクリッド・ブラスト』」
再度手を翳すが、今度は触れただけで何もかも消滅しそうな途方もないエネルギーが放出される。
何をと問う暇も与えず、虹色の波動が見えない壁に激突して、向こう側から山雪崩の様な腹に響く轟音が伝わる。
全部傍らから見てた俺は、自然に顔が強張るのを感じた。
「う~ん、こっちは問題なく発動しますね〜。と言うことは〜……まっ、いっか。それじゃあ行きますよ〜」
事無げに言うラファエラさんに戦慄。
え!?なにっ、今のカメキャノン砲!?
何で二つの世界でも一番使っちゃいけねぇアホがその必殺技持ってんの?!
この世界の神様バカなの!!?
誠に遺憾ながらも、反射的に敬礼を決めてしまった俺は結界外へ飛び出した。
そこで迎えたのは、相変わらず高々とそびえ立つ巨樹の森……ではなく、見渡す限りの白銀の世界だった。




