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万物が神に定められし世界で芋ジョブが一人歩きしていた  作者: ツヅクリフクロウ
第1章 異世界逃走劇
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第14話 一日が終わり、Good night my princess

森:「久しぶりだぜ!待たせて悪りぃなっ!………待ってた、よな?」

「ゲボルアッ!!ガハッ、ゲホッ!ウエッホ!」

「ハルキ、きたない」

「おお、勇者よ。これしきで溺れるとは情けないのう」

「ゴホッ、グフッ!ゴボロロロッ!!ケハッ!」



暫くお待ちください。



「ぜー、ひゅー、はー………勇者だと?なんのことか全く心当たりないな」

「汝、この後に及んで白を切ろうとする性格には感服するが、鼻水や涙をふいてからにせんか」


隙のない真顔で返答したつもりが、カッサンドラさんに呆れ顔で綺麗な手ぬぐいを渡された。

無言で、できるだけ時間をかけて顔から出た色々な体液を拭き取る。

顔を隠したまま深呼吸を繰り返し、心を落ち着かせ、再び剃刀も食い込む隙間もないスマイルを眼前の悪魔に向けてみる。


「それはさておき、素晴らしい香りのお茶ですね、奥さん!どんな葉を使ってるんですか?」

「うむ!いきなり違う世界に連れて来られたにも関わらず、国王を脱糞させ、拷問官を再起不能に追いやり、近衛騎士団長と副団長を打倒し、国王をあと一歩で暗殺し、敵対する者全てに恐怖を植え付け、第二王女を手篭めにして王族専用の転移魔具で逃亡した、勇しき異世界の勇者の口に合って光栄じゃ!」


太陽より眩しい満面の笑顔で返された。

危うく吐血しそうになった。



なぜそれを知ってるるるぅ!!!???(本日二回目)

つーか、なんか罪状増えてるしぃ!!!???



余りの理不尽に項垂れそうになるが、今はそれどころではない。

俺とヘレンが王城を離れてから半日もしてない。

加えて、常識的に考えればここは王都から相当離れているはずだ。

それにも関わらず、確信めいた感じに言い当てられた。


仮にあれからすぐ指名手配されたとしても、地球の通信技術でもなければ知られるのは不可能だ…………いや、あったとしても一般人(語学的な意味で)にここまでの詳細が公開される訳がない。

軍や警察の関係者ではない限り……………


その考えに至って、ようやく俺の中で何かが繋がったような気がした。


…………なるほど、やはり、これまでの展開をありのまま受け入れるのは虫の良すぎる考えだったのかもしれない。

そもそもの話、何故、王族専用の脱出口が異領域のような危険な場所に繋がっていたのか。

あるいは、誰が何のために異領域に繋げたのか、と言うべきかもしれないな。


今日の出来事の何が偶然で何が必然だったのか。

何処までが偶発的なアクシデントで、何処からが何者かが仕組んだプロットなのか。

疑問点は尽きないが、今は目の前の人達を信用できるか否か改めて検討する必要がある。


「ラファエラ、ラファエラ!聞いたべか、異世界からの勇者様だって!」

「そうね〜。凄いですね〜、バルちゃん」

「ハルキ君!サイン欲しいだ!オラとうちの子のために二枚!」

「あら〜、私もお願いしちゃおうかしら〜」

「仲間外れは嫌じゃ。我輩も一枚所望する」


「シリアスな空気返せよバカどもッッ!!」


だから、色紙とサインペンを取り出してきた珍獣三頭に突っ込まずにいられなかった。早くも一刀両断されちまった。


マイペースどころじゃねぇ、キングだよ!

キング・オブ・ロックンロールだよ、こいつら!

プ○ズリーのリーゼントもビンビンだよ!

つーか、探偵顔キメてた俺、めっちゃ恥ずかしいんですけど!?


「わたし、だいにおうじょ。サインあげる」

「ヘレン、頼むからお前も乗らないでくれ。つーか、それ以前に正体バラすな!」

「汝がほとんど紅茶と一緒に吐いた癖に。それより早よサインをよこさぬか。異世界の勇者なんて稀有な存在にこの先また会えるかどうか」

「生物学的に意味不明なあんたらに言われたくねぇよッ!」


フラストレーションに任せて紙一面にへのへのもへじを書いて渡してやった。

れっきとした異世界の文字である。


「あんたらが何なのかは、俺にとって未来永劫迷宮入の謎だろうから別にどうでも良い。何故、俺とヘレンのことを知っている?王国の協力者か?俺達をここに飛ばしたのはあんたらの仕業か?」

「のう、汝。このサインを見ていると果てしなく馬鹿にされてるような気がするのじゃが……」

「あ゛ぁ!?それは、テメェが紛れもない馬鹿だからだろう。話を逸らさずキリキリ吐きやがれ!揉まれてぇのか!!」

「なんたる形相…………って、揉むとはあんじゃ!いい加減にせい!汝こそ少しは考えてみぃ。吾輩達にあの人族至上主義の国の協力者が務まる筈なかろう」

「いや、そこらへんの事情なんて知らねえし…………それに、説明がつかない。それじゃあ、あれか?ギフトや不思議能力でも使ったのか?」

「違う違う、我輩がそんな不躾なまねする筈なかろう。まあ、我が邪魔術を駆使すれば出来るが、汝等のことを知っていたのは単に村の情報網に引っ掛かったからじゃよ」

「じょ、情報網?」


これはまた農村に似つかわしくない単語が出てきたものだ。

思わず聞き返すと同時にふとした予感が湧き、後悔する。

この短時間で身に付いてしまった、非常識の予感だ。


あれ?なんで脳裏にエ○ヴィス君が浮かんで連続ターン決めてるんだ?


「うむ!実は、村長の倅がさる国家の諜報機関を取り仕切っておってのう。親切にも村に篭りっぱなしの我輩達に情報を漏ら……共有してくれとるのじゃ」

「今、漏らすって言いそうだったよな?なあ、おい。漏らすって言うところだったよな?」

「だが、よもやこうも早く相見えることになろうとは。つくづく【農家(辺境の)】は奇縁を呼び込む職業よのう」

「つーか、勇者召喚って巷ではどう伝わってる訳?国家機密的な何かと勝手に想像してたけど、実は全国生中継してたとか?」

「汝、勘違いするではない。異世界からの召喚術式はあの国が三ヶ月前に発見した新術式であり、それを用いた戦力増強は間違いなく軍事機密じゃ。現在、王都アヴァンの王城には厳格な箝口令が下されておる。情報を入手できたのは村長の倅が有能だからじゃ。後、この村がそれを知っているのは面白い事件はいち早くこちらに報告しろと村長が釘を刺しといたからじゃな。恐らく、さる国の国王にも未だに届いてないのではないか?」

「何でこの世界の国王はそんなに威厳がねぇんだ!?王様より父ちゃんか!!」


異世界の主婦は、昼ドラ代わりに宮廷の裏事情を愛聴していた。


知りたくもない裏事情に頭痛を訴えながら天を仰ぐ。

カッサンドラさんは、カッカッカッと愉快に笑い紅茶を楽しむ。

バルズークさんとラファエラさんはへのへのもへじと睨めっこをして、隣のヘレンは余った色紙に似たような文字絵をこの世界の字で再現しようとしていた。


孤島に打ち上げられた漂流者の気分である。

誰かー!助けてくださーい!誰かいませんかー!

………………。


「……で?結局勇者、もとい脱走兵、もとい一国の姫を拉致した逃亡中の大罪人だってバレちまった訳だけど、それであんたらはどうするつもりなんだ?」

「おや、やっと往生しよったか。そうじゃのう。ラファエラよ、どう思う?」

「そうですね〜、バルちゃんは〜どうしたいんですか〜」

「もちろん、ハルキ君が一人前になるまでウチで世話するべ!ヘレンちゃんもな!」

「そうなるのう。まあ、汝も同郷を救出したくば力を付けなければなるまい。丁度良いな。」


わざとらしく芝居掛かった口調での相談の結果は、以前と変わらないものだった。三人とも実に楽しそうだ。


方や違う世界から無理やり召喚され、成り行きとは言え一国の第二王女を城から連れ去ってしまった国際指名手配犯。

方や今頃国の総力を挙げて捜索されているであろう、件の姫君。

下手に関わったら火の粉なんて可愛いものじゃない、火山灰に埋もれて軽石にされるレベルの厄介話だ。


だが、真実を知って尚この人達にとって俺らを助けることは決定事項らしい。

何か返答するべきなのかもしれないけど、うまく言葉が見つからない。


無謀な善意や正義感なら、思い止まらせる余地がある。

陰険な打算なら、怪しむ余地がある。

しかし、そこにはまるで何千年も前から秋に稲を刈りに行く農家の当たり前な姿があった。

その不自然に自然すぎる言動に、俺は不意に閉口してしまった。


「モリ・ハルキよ」


そしたら、カッサンドラさんに初めて名前で呼びかけられる。

彼女は、地平線を睥睨する獅子のように真っ直ぐな視線をこちらに向けていた。


ああ、この場合もリアクションに困るな。

これほど神妙な眼差しの似合わない奴が世界にいたとは。

あっ、異世界じゃん。


「知らぬ地に送られ、未知と触れ合い、さぞ混乱しておると思う。じゃが、この先どんな境遇に会ってもこれだけ念頭に刻んでおけ。汝は 勇者である以前に、大罪人である以前に、異世界人である以前に、人である以前に【農家(辺境の)】であることを」

「………それは、既に俺を仲間と認めているってことか?」

「職を授かった時点で同志と認めておるが、今のはそういう意味ではない。己を正しく自認しろと言う事じゃ。遠い地を潤す民は神樹の下に集う。汝がこの場所に立つのは必然たる偶然なのじゃよ」


何か、とても深く、根本的で、大事なことを諭された気がした。


その意味は、もちろん今の俺には分からない。

そう遠くない未来にそれが嫌でも明白になる予感はあるが、果たしてこの程度でどれ程の保証になるのだろうか。


………ふっ、保証?確証?ハッ、誰がそんなもんいるかよ。


俺は横でお絵かきに熱心なヘレンに正面を向かせ、自分も姿勢を正す。


「解った。なら、改めてこっちから頼ませてくれ。俺の名前は森春樹。異世界から召喚され、かなり厄介な状態にいる。この世界を生き抜くため、仲間を守るため、力を貸してくれ」

「んと、お願いします」


二人で頭を下げる。


残念ながら、既に約束しちまったんだよ。あいつらとまた会うって。

だから、この先何が起きようがどんな運命が待ち構えていようが迷う必要はねぇ。

上等だ、全然格好良く響かねぇが、なってやろうじゃねぇか、【農家(辺境の)】に。


「っしゃー!これで、ハルキ君も仲間だべ!」

「が〜んばってね〜」

「うむ、中々よい面構えじゃ」


覚悟が伝わったのか、皆喜んで笑顔で受け入れてくれた。

エ○ヴィス君も斜め45度のキメ顔で髪型を整えている。


……………………え?なんでエ○ヴィス?


「それじゃあ、早速修行開始じゃなっ!」

「………え?」


不穏な空気を感じ取った途端、カッサンドラさんはそんなことを言い出した。

窓の外を見れば、もう陽は暮れ暗くなっている。


え?今から?




▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼




…………き


……あ…………ルき…………


は………ルキ……!


「ハルキ!」

「は!? 敵襲!!」


意識を取り戻した俺は、バネのように椅子から飛び上がり、そのまま床に平伏して衝撃に備える。


「………ハルキ、なにしてるの?だじょうぶ?」


だが、そこにあったのは心配そうに見下ろしてくる幼女一名のみだった。


「へ、ヘレン?」


ヘレンだ。


『違う、幼女だ。ロリだ。』

『ペロペロしてもいいかな?』

『いつやるの?今でしょう!』


…………うん、だいぶ混乱してるな、俺。

呼吸が荒いし冷や汗が吹き出ている。一体何があった。


ゆっくり視線だけ動かすと、大きなテーブルに俺が倒したのを含めて椅子が五脚、食器棚に幾つかなの質素な内装品が確認できる。

察するに、バルズーク家の食卓だろう。

問題は、何時どうやってここに来たか全く覚えてないことだ。


WHY?


「ええっと?なあ、ヘレンさんや。俺、さっきまで何してたんだっけ?」

「ハルキ、ふつうのハルキになった?」

「………それはどういう意味だ?」


話を聞けば、どうやら俺はあの後、つまり記憶が途絶えた後、マジで【農家(辺境の)】のための“修行”を始めさせられたらしい。


文章が意味不明になっているのはさて置き、王国から命からがら逃げて来ていきなり修行とか、なんじゃそりゃ。

だが、当然のごとく俺のツッコミは無視されラファエラさんに裏庭に強制連行されたそうだ。

その間、カッサンドラさんは台所に夕飯を作りに行って、バルズークさんは残った仕事を片付けにまた家を出たのだった。


風呂に入って適当にくつろいでるように言われたヘレンは、森の土埃を洗い落とした後ひとまず俺の様子を見に裏庭を覗き………裸足で逃げ帰った。


「ちょっと待て!逃げたって、何から逃げた!?」

「むっ、あれは、ちょっと………うん、セーフ、たぶん」

「よく分からんが、もう一回、ちゃんとこっちを見ながら言い直せ。なあ、おい!」


とにかく、手持ち無沙汰になってしまった彼女は、さっき見た光景と裏庭から聞こえる断末魔を誤魔化すため、食卓でお絵かきに勤しんで………


「誤魔化さないで!春樹くん、明らかにSOS送ってんだろうが!!」

「せかいには、しらなければいいものがたくさんある………」

「都合のいい言葉だなぁ!」


そうして、小一時間で絶叫が止んだかと思えばいきなりドアがバアンと全開された。

恐る恐る目を向けると、まるで兵隊の進行のようなキビキビとした歩き方で俺が登場し、行儀よくヘレンの隣に座った。


しかし、いくら声をかけても触っても一向に返事がない。

もう手遅れなのかと悔やみかけたタイミングで俺の意識が復活したのだった。


ふむ、なるほど。


「すごく、しんぱいした。ハルキ、すごくヘンだった」

「たぶん、ヘレンが見たのは“オートパイロット”だな」

「おーとぱいろっと?」


そう、“オートパイロット”。

今回の召喚とは全く関係ない、元から持っていた………特技?と呼ぶべきか?


院長曰く、特に中学に時代に毎日ヤンキーどもに殺されかけていた俺は潜在意識に生存への最適な行動を刷り込んだらしい。

結果、苦痛とかの原因で意識を保つのは困難だが気絶を許されない、極限状態でも支障なく生き延びれるようになったのだとか。

意識の多層化、特殊工作員とかの訓練に含まれる自己暗示の一種と教えてくれたが、とりあえず院長、なんであんたがそんなことを知っている。


久々にオートパイロットに切り替わったということは、相当酷い目に会わされたんだろうな。


…………そうですか、ヘレンさんはそれを無視してお絵描きしてたのですか。


「ん、いつまでゆかにいるの?じゃまだよ?」

「そうやって無垢に俺の心を抉るの止めてくれない?もうナデナデしてやらんぞ」

「ごめんなさい」


はあ、まあ危険が迫ってないのならそれに越したことはないか。

後でみっちりあのロリババ天使をとっちめてやるがな。

体の状況も調べる必要があるので立ち………



ドタッ



…………上がれなかった。


いや、それ以前になんかオカシイ。

今、なんで左手を突こうと動かしたのに………右足が跳ね上がったんだ?



バタン



え?

今度は右手を動かそうとして左手が上がったぞ?


ちょちょちょちょっ、どうなってんの!!??


俺は、胃の中が冷たくなる恐怖心を覚えながら何とか立ち上がる。

その過程で高度なブレイク・ダンス、マジでブレイクしてるダンスを披露し幼女をドン引きさせてしまったが、ちょっとそっちを気遣う余裕がない。


あのドスグロ天使、俺の体に何しやがった!?

焦って首から下を確認すると………


「な、な、なっ、………ぬぅわぁんじゃこりりりゃあああぁあぁぁ!!!???」


目に飛び込んだのは、ピンク、花柄、フリル。

上品で美麗な仕立ての、どっからどう見ても女性用のワンピースだった。


そう、とても乙女チックなワンピースを、着せられていた。


え?何が問題だって?

問題おおありだっ!

だって!!  


「あんしん、にあってる、こわいほど」

「そこがダメなんだよおぉぉぉ!!!」


王女様が真顔でサムズアップを送ってきた。


くそっ!ちくしょう!!

ふざけやがって、あのニワトリ人間めぇ!

なぁにが“修行”だ、クソ天使!!人が無抵抗なのをいいことに!!

今すぐ唐揚げにしてやるから覚悟しとけやああぁぁぁ!!!


「ハルキ、きたかった。ふくもボロボロだった。ふろとふくをかしてもらった」

「ぅあ?へ?そうなの?」


言われてみれば、汚れや血糊も消えて石鹸の匂いを微かに感じる。

知らない内に風呂にも入れられたのか、俺。

オートモードの難点は、害意以外に従順になってしまうことである。


よくよく考えれば、この家の住人で俺に服を貸せるのはラファエラさんだけじゃないか。

カッサンドラさんのは大きすぎるし、バルズークさんのは………パラシュートの代わりにできるな。


「あれ?ヘレンの洋服はそのままだが、着替えなかったのか?」

「ふく、もってる、ここ」


ヘレンは、得意げに持参した巾着を見せる。


あっそ。


だが、そういうことなら仕方ないか。

後で古着でももらって男性用に仕立て…………



椅子に座り治そうとして、気づいた。

違和感に、気づいてしまった。



「ヘレン、俺が良いと言うまであっち向いてろ」

「え?」

「絶対、何があっても、宇宙が崩壊しても振り返るな。分かったか」


こっちの緊迫した雰囲気に押され、幼女は明後日の方向を向く。

それを確認してから俺も彼女に背を向ける。

そして、まるで時限爆弾を解体するかのように慎重にワンピースの裾をたくし上げた。


目に飛び込んで来たのは、三角、白、レース、スケスケ、意外な大質量でこんもりを押し上げられた生地。


「…………」


男の娘の肩が、小刻みに痙攣していた。


「は〜い、皆さ〜ん。ご飯ができましたよ〜」

「やっぱりテメェは一遍死んどけやああああぁぁぁ!!!」

「きゃ〜」


ジャストタイミングで台所から現れた抹殺対象。

躊躇なく椅子を投げつけるが、それは当たり前のように空中で止まり下された。


チッ。


「も〜、びっくりするじゃないですか〜。なんですか〜、せっかくご飯持ってきましたのに〜」

「うるせえ、そこで待ってろ!今、照り焼きにしてやる!!」


蓋付きの銀皿を運んできたラファエラさんは、プンスカしながら全く心当たりがない感じで俺を見る。


ああ、しっかりこの忌まわしき醜態を目に焼き付けろ。そして悔め。


しばらくウンウンと考え込んだ彼女は、突然合点したようにポンと手の平を叩きやがった。


「ああ〜!未使用(・・・)じゃダメだったんですか〜、ハルキ君のエッチ〜。私のは〜、ダメですけど〜、今度ドラちゃんのホカホカのを履かせてあげますね〜」


「ぁあ゛ア゛A゛あ゛ん?」


「………や、やだな〜。冗談じゃないですか〜。そんなに〜、怒らないでくださいよ〜。後で〜、ハルキ君も着れる下着と服を〜出しますから〜」


青ざめたラファエラさんは、頬に冷や汗を伝わせながら平謝り。


やれやれ、本気の殺意を浴びせてようやくこれか。

清楚で善行の好む種族って絶対嘘だろう。他人がブチ切れるまで悪ふざけするとかガキか。



くぅ〜



どこからか可愛らしい腹の虫が鳴った。


ラファエラさんと顔を見合わせる。

俺じゃない、この胃に毛の生えたエセ天使もきっとこんな可愛い音を出さないだろう。

ヘレンが恥ずかしげに視線を逸す。

そりゃあ朝から何も食べてないんだ、腹も空くか。


俺か?

必要なら断食三日我慢できますが、何か?


「バルちゃんとドラちゃんもまだですけど〜、先に食べてしまましょうか〜」


そう言いながら、ラファエラさんは食器を並べていく。

そわそわするヘレンを見て、すっかり溜飲も下がったので賛成した。

思えば異世界の食事、楽しみじゃないと言えば嘘になる。


「ジャーン!お客さんもいるので〜、張り切って作っちゃいました〜」

「へえ。そりゃあ、楽し……」


銀皿の蓋があげられ、お品お披露目。

そこで、言葉に詰まる。


銀皿の蓋の下は、銀皿だった。

つまり、何も、ない。


「は〜い、天界名物の〜、カスミ料理で〜す」

「………」

「早く食べないと〜、全部気化してなくなっちゃいますよ〜」

「………」


ニワトリ女は空気中の何かを視線で追う。

ちらっと隣を見れば、空腹を訴えたヘレンが泣そうになっていた。


よし、このアマ、ぶち殺そう。


「何したるんじゃ、お主はーーー!」


そう決意した折に天使の背後から悪魔が現れ、スパーンといい音を鳴らしながら頭を叩いた。

カッサンドラさんだ。彼女もたった今台所から出てきたのだ。


「あいた〜!ドラちゃん、何するんですか〜!」

「それは、我輩のセリフじゃ!天界のカスミ料理とはなんじゃ、天使族でもそんなもん食えぬわ!すまぬのう、ハルキ。こやつ料理が出来んことをこうやって誤魔化しておるのじゃ」

「う〜。異世界人だと〜、イケると思っちゃうじゃないですか〜」


「「思わねぇよ(のじゃ)!」」


総ツッコミを受け、ラファエラさんは床に『の』の字を書き始めた。

めんどくせぇ。


「はあ、ラファエラはほっといて、夕飯にするのじゃ」


カッサンドラさんは、ため息まじりに自分が持ってきた蓋付きの銀皿をテーブルに乗せる。

なんか、貴族の立食パーティーに使われそうな大きさだ。

さらに、ろうそく立ても出して魔法で火を灯した。


「カッサンドラさん、なんか大げさじゃないか?」

「良いのじゃ良いのじゃ。今日は上物を確保できたのでな。これくらいは必要じゃ」


そんなに楽しげに言われたら、ごちそうに恐縮するよりも嬉しさがこみ上がるものだ。

ヘレンも目の前のどでかいさらに再度目を輝かせている。

それを目尻で捉えながら、カッサンドラさんは大きな蓋を一気に退かした。


「おお!」


各種の野菜、色彩豊かな果実が底に敷かれ、その上にあったのは…………縄で亀甲縛りにされ、口にギャクボールを嵌め込まれ、白い羽を生やした肌着姿の眼鏡のオッさんだった。


……………。


ヘレンに目隠しした。反射的な行動だった。


「召し上がると良い。魔界の名物、『堕天使の活け造り』じゃ!」

「とりあえず言わせてもらうぞ、何コレ!!?」

「うむ、初見の者には分かりにくいが、こうやってな……」


カッサンドラさんは、さぞ当たり前のように蝋燭立てを手に持ち、溶けた蝋をオッサンにたらし始める。

当然、オッサンはもがき苦しむが心なしかその表情は恍惚である。


俺は、どこまで引けば良いのだろうか。


「こんな感じに、絶妙な加減で苦痛を与えれば『堕天』し、その際に発生する瘴気が絶妙なのじゃよ」

「ちょっと〜!ドラちゃん、それは私へのあてつけですか〜?」

「ん?いや、違うぞ?こやつは今朝……」


同じ種族として思うところがあったのか、ラファエラさんが抗議を上げるが丁度その時オッサンがギャグボールを外すのに成功する。

そして彼女に向かって大声で。


「ぶはっ!よ、ようやく見つけましたぞ、皇女殿下!薄汚い人族風情と駆け落ちしたと思えばこのような辺境におられたとは!!さあ、私めと共に陛下のもとへ、ぐむっ」


ラファエラさんは、慈悲と慈愛の満ちた笑みでりんごに似た果物をオッサンの口に突っ込んだ。

そして、そのまま皿ごと俺に押し付けた。


「さあ〜、冷めないうちにお食べ♪」


なんか、また聞き捨てならない事実が暴露された気がするが、今やるべきことは一つだな。


「くぅえるかあぁ!!!」


もう我慢できねぇ。


体の不調など忘れてフルパワーの回し蹴りをオッサンに叩き込んでやる。

ステータスの恩威でよく飛ぶ。

オッサンは壁に顔からぶち当り動かなくなるが、なんか凄まじく気持ち悪いピンク色のオーラを噴き出す。


「お・ま・え・らあぁぁ!!!」



ゴゴゴゴゴゴゥ!!



もちろん、俺に自分の顔がどうなっているのか知らない。

だが、そこにはこの超絶ボケマイペースな二人を震え上がらせる何かが含まれているようだ。


肩を寄せながら怯える天使と悪魔。

俺は、怒気を嚙みしめるようにゆっくりと迫る。

しかし、彼女たちの悪運も一級品のものだった。


「ただいま帰ったべ〜!」

「「ば、バル(ズーク)(ちゃん)助けて!!」」

「……だべ?」


我が家の食卓の入り口に現れた巨人は、愛妻二人の悲鳴に一瞬首をかしげる。

当たり前だ。壁際に追い込まれた妻達、追い込んでいる女装姿の俺、汚れたピンクオーラに包まれたボンデージのオッサン、我関せずと椅子の上で体育座りになってるヘレン。

どうしろって言うんだ、この状況。


しかし、バルズークさんは部屋の様子を一通り見ただけで全て把握できたみたいだ。


「ああ、ラファエラもカッサンドラもダメだべ。ハルキ君とヘレンちゃんは人族だから、ちゃんとした食いモン出さねぇと」


バルズークさんの理解力パネエ!!


でも好都合だ。これで気兼ねなくこの阿呆どもを更生できるというものだ。

さあ、刑罰執行!!


「しょうがねぇか。いつもオラが料理してるからなぁ……今作るからな」

「………え?」


ヤル気満々で飛び出す俺。

しかし、その一言で全ての不満と怒りと憤慨を消し飛ばされる。


今、なんて言ったこの人。

バルズークさんが、料理、だと?

3メートル超の都市殲滅型筋肉が、料理、だと?


唖然と立ち尽くしていると、当の本人は台所へ消えてしまっていた。

自然と目がボンデージおっさんに向く。


はっ!!?


「ちょっと待てぇ!あんた一体何を、いや、誰を、もとい、何処から攫って来た村娘を料理するつもりだぁ!!」

「できたべ〜」

「速ぇよ!?」


ちょ、早ぇよ!?

どんなインスタントフード?カップヌードルぶっちぎられてるぞ!?


けれど、彼が皿に盛って持って来たソレを目にしたら納得できた。


「オラの得意な肉料理だべ!」


そう、肉だ。

うん、肉だ。


『ヒーホー


鑑定結果:


【肉】:

肉。』


間違えようのない、絶対的な肉だ。

唯一の問題は、三秒前まで生きていたような血に濡れた肉塊という点かな。


牛肉とも豚肉とも鶏肉とも見分けのつかない。

無造作にブロック状に分けられたソレは、戦場の産物に見えても仕方ないだろう。


赤毛の巨人は、500グラムもありそうな塊をガッと素手で掴みそもままムシャムシャと美味そうに食べ始めた。

俺の感情の宿らぬ視線に気付くと、何を勘違いしたのかもう一つの肉塊を勧め、真っ赤になった唇と歯茎でニカッと笑う。


……………。


俺は、無言でヘレンの手を引きながら台所へ向かうのだった。




▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼




「ウッハーーー!つっかれたぁーーー!マジ、死ぬぅ!」


ベッドの凄まじい引力に争うつもりなし。

いっそ、このままベッドの寄生生命体になりたい。


マジで何なんのこの一日。

異世界に召喚され、監獄にぶち込まれ、うるさい応援団……あいつら近衛騎士団だったけ?……ともかくそいつらに罵倒され、頭のおかしい和風美女に殺されかけ、城兵に追い回され、幼姫と森に迷わされ、化け物に殺されかけ、マジモンの化け物に助けられ、一言では言えない不思議な村に連れ込まれ、一言も費やしたくない変な奴らと出会い…………え?なにこれ?大晦日?


結局、晩飯は俺が簡単なものを料理する羽目になった。


はい、料理、できます。それが何か?

エ?『女子力アップ、やったね!』ダッテ?

何故、あなたという人間は、生きることを許されてるのでしょうか。


バルズーク家のキッチンや食糧貯蔵庫は、そりゃもう突っ込みどころ漫才だったが今は置いとこう。

何故料理のできる奴が一人もいない家で瞬間冷凍機や低温熟成機がある話も良しとしよう。


とりあえず、異世界の料理、めちゃくちゃうまかった!!

厳密には、異世界の食材、超優秀!


塩胡椒降っただけの肉と野菜の炒め物で口から幸せビームが出そうになった。

案外、バルズークさんのように生でイケたのかもしれない。いささかワイルドなカルパッチョ?

あんな捕食シーン、二度とごめんだが。


ちなみにあの三人の分も作ってしまった。ものすごく不本意だったが、泣きながら土下座されたらねぇ。


服もラファエラさんの古いユニセックスをもらったし、もうやることはない。

あったとしても、無視だ。

おやすみ。


「ハルキ、もっと、あっちにいって」

「………ヘレンさんや、あなたは鬼ですか」


頬を突かれる感触に目を半分開くと、どアップで黄金の猫目があった。

無論、ドキッとときめく要素などない。


「ちゃんと客室もらっただろう。なんでこっちに来た」

「よばい?」

「意味わかって言ってるのか、それ。で?本当は?」

「ん、なんか、ハルキといっしょがいい」

「…………どうぞ」


やれやれと横に詰めると、ヘレンは布団に潜り込み全身を馴染ませるように身動ぎする。


まっ、別にいいんだけどね。

俺自身、最後にいつ一人で寝たか覚えてないし。

ガキの頃は姉達に抱き枕にされ、今は妹弟に抱き枕にされている。

毎年夏は死にそうになる。


「ねぇ、ハルキ」

「なんだ?」


窓から注がれる淡い月明かりに濡らされながら俺とヘレンはただ見つめ合う。

彼女はいつも通り探るように、俺はその問いに答えるように。

なんとなく、手櫛を入れるように闇色の髪を優しく撫でると彼女は目を細めて気持ち良さげに受け入れた。


不思議になことに、それが正しい行いに思えた。


しばらくそうしてたら、「これ」とだけ言ってどこからか取り出した一通の手紙を渡された。

差出人も宛先も記されてない手紙。

俺は、半分まどろんだ意識でそれを眺め、埒があかないと開封し中身を取り出す。


「…………なんだ、これ」


手に広げられた手紙の文章は、ギフトの働きで普通に読めた。



『ヘレン様をお任せします。守ってあげて下さい。


キキョウ』



続きを待つように、俺はしばらくの間その手紙を握り続けていた。

当たり前だが、そんな物来る筈もない。

隣から、安心しきった子供の寝息だけが時の流れを区切るかのように聞こえていた。



「………おやすみ、お姫様」



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