1話 悪夢の始まり
「全く暑いな…」
2ヶ月前にここアフガンについてから暑いが口癖になりつつある
現役時代にアフガンの暑さはだいぶ慣れたはずだったがいざ再び来てみるとやはり暑くクーラーの効いた祖国の家が恋しくなる
フリーの傭兵になって早一年と少し、元米軍でレンジャー出身という事もあり仕事はそこそこ貰えた。
ガチガチの警備を嫌う企業の社長の警備は楽で稼がせてもらった。
一度不審者を取り押さえる事態もあったが信用を得られて長く出来た。
だが今度の仕事は少々やっかいだ。
アフガンではシリアやタリバンの問題で色々な勢力がそこら中でドンパチやる無法地帯だ。
俺の仕事はある場所の警備…それは米軍基地だ
なぜ米軍基地に傭兵が警備に当たるかというと、最近軍縮が叫ばれている昨今最前線に兵を送るのは金と心象が悪い。
そこで人数を減らしていたのだが、最近ISISやそれに触発された武装勢力が急増しているため、兵力が足らないと認識されたのか再度増強されることになった。
その際人員の入れ替えの際に基地の警備の人数が足らなくなるために元米軍兵士に限定したPMCの募集が行われたのだ
実際アフガニスタン最大の米軍基地であるバグラム空軍基地にはPMCの前線基地があり、米軍と行動を共にしている。
その前例もあるため、米軍側にPMCを投入することへの反発はそれほど大きくなかった。
クルト自身アフガンにレンジャーとして派遣されていた際は、ここバグラムやジャララバードにいたことが多かったためよくなじんだ場所であった。
「ったく…水も貴重で節約してるってのに…日差しさえマシになりゃなぁ…」
クルトは一口ぬるいペットボトルの水を口に含むと愚痴りながら手に持った愛用のライフルが砂を噛まないように閉めてあるポートカバー周りについた砂を払う
クルトが愛用しているライフルは現役時代から私物として持ち込んでいたAR15で、16インチのバレルに標準的なRASがついたオーソドックスなものだ。
それにフラッシュライトとM2ドットサイトが乗っている。
「おい…マーフィー!交代だ」
基地につながる道路を警備していたクルトに交代の声をかけたのは同じ部隊でこのバグラムの警備をしている俺のバディのアランだ。
「ありがたい…暑くて死にそうだった所だ」
アランとはここに来て知り合った
元海兵隊の強者で、911から戦い続けている歴戦の猛者だ。
「おいおいレンジャーが弱音を吐くのか?まあゆっくり休めよ」
「暑いのは暑いんだよ…ありがとな」
お互い暑さに悪態をつきつつも交代の際に軽くハイタッチを交わして俺は警備の詰所になっている事務所に入った
事務所はバグラム空軍基地にあるPMCの建物の隣にある、元は倉庫だったものを改造した建物だ。
米軍のアフガニスタンでの一大拠点であるバグラムは元はソ連がアフガン侵攻時代に使用していた基地であり、2001年の同時多発テロ以降の米軍によるアフガン侵攻でイギリス軍特殊部隊によって確保された。
それ以降米軍が接収し使用している。
そのためアフガニスタンで活動するPMCの建物もここに集中している
「よぉレンジャー。外はなにか変化はあるか?」
事務所に入ったクルトを未だに本名で呼ばないこの男はここの警備の責任者のジャックだ
「まだ2か月だぜ?強いて言えばいつも以上に日差しがきつかったくらいだ」
椅子に倒れこみながら答えつつ冷えたミネラルウォーターをがぶ飲みする
冷えた水が乾いたのどを通る瞬間は生きていることを実感するほどの爽快感が全身を駆け巡る
「俺たちは第1陣だからもうしばらくすれば人数も増えるはずだ。だがその間の警備の手薄になりやすい。これからが本番だぞ」
今回の派遣の目的は増員される米軍が作戦行動がとりやすいようジャララバードなどの他の基地に移動するさいに対応能力がさがってしまうことへの対応のためである
「わかってるさジャック。」
元々は米陸軍82空挺師団で部隊を率いていたジャックは今回のくせ者揃いの警備部隊のリーダーに選ばれている。
みな元軍人ということもあってそれぞれの出自を話し合ったりして打ち解け合うことができ、アフガンでの日々が続いていた。
「さて…俺は上がらせてもらうよ」
「あぁゆっくり休めよ。明日はお前が頭だ。」
「サンキューな。おやすみ」
ジャックに別れをいうと俺は割り当てられている二人一部屋の部屋に向かうとベッドにもぐりこんだ。
このアフガンには苦い思い出しかなかった。
現役のころレンジャーの中でも精鋭を集めたTF88に所属していたクルトはイラクでのザルカウィ捕縛作戦などにも参加し、ビンラディンらアルカイダ残党及びタリバンの指導者たちを追ってここアフガニスタンへ渡った。
イラクとは全く違う開けた大地、容赦なく襲う熱風と乾燥
文化のお互いに違う部族が共存している多民族国家での戦いは熾烈を極めた
誰が敵で誰がそうでないのか、見た目は同じでも、武器を持っていてもタリバンと対立している部族もあれば、タリバンの一部となっている部族もある。
そのように敵味方の区別がつきにくい中で正確にタリバンを発見するのは至難の業であり、現地に慣れていないアメリカ人にとっては戦いにくい環境がそろっていた。
だが、クルトたちは必死に戦った。愛する家族、国を守るために。
クルトは愛国心に燃えるような人間ではないが、アメリカという自分たちが暮らす秩序を守るために戦った。
その気持ちは退役した今でも少しも変ってはいない...
「くそったれタリバン....か。」
バグラム基地内の宿舎の天井を見つめながらクルトはひとりごちる
クルトはタリバンの攻撃により、長年付き合い婚約近くまでいった恋人、親友をなくした
順風満帆とまでは言えない人生だったが、それでも実りある人生だと思っていた
だが、それはタリバンによる無情な攻撃により崩れ去った。
そのときクルト・マーフィの時計は一度止まってしまった。
電池の切れた腕時計のように
しかし退役した今、またここに立っている。
クルトの時計がまた動き出した
「今度は必ず守って見せるさ」
これからが再スタートなのだ




