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拝啓、お兄様

作者: 鈴木 秋

 拝啓、お兄様


 季節は移ろい、花も咲き乱れる季節になりました。

 お兄様はご健勝でいらっしゃるでしょうか。私は変わらぬ毎日を送っております。

 お兄様が突然「俺は世界一の冒険者になる」と仰られて家を出られてから10年という月日が経ちました。

 お兄様の名声は我が国でも響き渡り、国民はお兄様を英雄のように思っております。

 そのお兄様の名声を聞くと、お父様は背中に哀愁を漂わせ、頭が少しずつ後退して来ているので程々にしておいて頂きたく存じます。

 

 さて、お兄様が冒険を始めてから10年。私も17歳になりました。


 7歳のころより頭上に輝く冠は日々重くなり、積み上がる書も多くなり、他国とのパーティーと言う名の水面下での狸合戦の応酬などで忙しなく、それでも、今ではそれなりにやれるようになったような気が致します。

 それもこれもお兄様が我が家の宝剣を片手に冒険へと出立なさって下さったお陰と私は思っております。


 礼は申しませんが、そこそこに感謝しています。


 ですが、そろそろお兄様の冒険は終焉を迎えて頂く事と相成ります。

 私も17歳、お兄様も26歳となり身を固めなくてはならないのでございます。

 私は本来であれば隣国の第2王子であらせられるサミュエル様の元へと友好の証として嫁ぐ予定でありましたが、今では私が我が国の王であるが故にそれは出来なくなりました。


 そこでお兄様の出番です!


 お兄様には私の代わりに隣国の第3王女ローレン様とご結婚して頂く事になったのです。

 ローレン様は心根も優しく、お顔立ちも嫋やかな美しい女性です。お兄様の心に寄り添える良い方で同い年と言う事もあり、私もとても仲良くしていただいています。

 ローレン様であれば、お兄様の「ちょっと冒険行ってくる」も大らかに許容してくださることでしょう。

 とても良き妻、良き女性でございます。


 なんと良い縁談であるかと感動に胸を震わせていた私に、とある一報が届き私は体が震えました。


 その報せによれば、なんとお兄様が既にご結婚済みであると言うではありませんか。

 お子もいらっしゃる。


 王族の結婚であるならば、王に伺いを立ててから結婚へと向かうはずですのに、まさかそんな阿呆な事がある訳がないと私は心より信じておりました。

 まさか、まさか、でございます。

 知らせてきた者に嘘偽りなく報告をと迫ると、彼はお兄様の結婚相手からそこに至るまでやその後の生活などを事細かに何十枚もの紙にしたためて私に提出してくださいました。


 読むのに苦労する量に何と言う嫌がらせでしょうか、と思いましたが、本当でしたのね。

 

 しかも我が城下町にて住まいを構えていらっしゃるようで、冒険はどうなされたのでしょうか。

 妻でいらっしゃる女性に有りもしない不貞を突き付け、時折冒険へと言って出かけては他の女性に、とは見下げ果てました。

 お兄様の冒険とはいったい何であったのかと、私は疑問に思ってしまいました。

 そして、この事は隣国にも知られてしまい、当たり前ではありますが、結婚もなくなりました。

 報せてくれた彼、お兄様の乳兄弟であらせられるエドワード様は大層がっかりした様子でいらしたのが私は心苦しかったです。

 

 同じ血を別けた妹として深くお詫びさせていただきました。


 父と母はこの報せを聞いて卒倒した事、未だに帰らぬお兄様を崇拝していたご友人方がお兄様に失望した事、私の兄弟への無条件での家族愛も尽きた事を知って欲しく、私はお兄様に初めての手紙を差し出す事を決めたのでございます。


 もし、もしも、今ではあり得ない事ではありましたが、お兄様が未だにただ冒険だけを追い求め、我が国の、いえ、私の誇りでいらしたのならば私はお兄様にこの座をお譲りするつもりでありました。

 もとより、私が王として機能し始めた頃よりそのつもりで王座を守り続けてきたのです。


 器用に何でもこなしてしまう私の敬愛するお兄様にこそ、王と言う器に相応しいと常々思っていたのでございます。

 

 あの時、あの瞬間、お兄様を止められる人間が私しか居なかった事に気づいた時には遅かったと後悔の日々を送っております。



 では、長々と書き連ねてしまった事をお詫び申し上げると共に、お兄様には私の、女王としての王命に従って頂きます。


 一つ、我が国、隣国への居住又は立ち寄りも禁じます。

 一つ、我がエシャール家の家名を名乗る事を禁じます。

 一つ、故に王位を剥奪と共に、エシャール家より子々孫々永久に追放を命じます。

 一つ、現在の妻であらせられる女性と子供と縁を切る事を生涯許しません。

 一つ、冒険を禁じます。


 以上の五つを守って頂きたく存じます。



 それでは、お会いすることも叶わない我が身をお許し頂き、これでお兄様への手紙は最後とさせて頂きます。


 フィラーナ・エシャール




 あの手紙を送ってから数日後、兄を名乗る男が門前で騒いでいるという。

 本日も執務室でその報告を受けた私は今日こそはと意を決して口を開いた。


 「エドワード様」

 「何ですか陛下」

 「いや、もう、許して差し上げては如何かと」

 「何か仰いましたか陛下」

 

 麗しい笑みを浮かべて此方の言い分は全て却下すると言う、私の近臣であるエドワード様は生き生きとしていらした。

 記憶の彼方で兄は言っていた「エドワードは人に嫌がらせをするのは天才的に上手い」と。


 「兄がエドワード様に何をしたかは存じませんが、あの嘘偽りしかない手紙を私の筆跡まで真似て名前まで出して家族の縁を切るなどと」

 「良いのですよ。あの馬鹿はそれくらいしなければ帰ってこようなどと思いませんから」

 「やり方と言うものがあります」

 「ですが、嘘ばかりでもないでしょう」

 「それは、そうですが」


 隣国の王女との結婚は本当、私が兄を敬愛しているのも本当、父の頭が後退して来ているのも本当、兄が10年間冒険に出かけ名声を上げているのも本当なのだ。

 しかし、結婚したとか子供がいるとか、友達がみんな失望しているとか、両親が倒れたとかは全て嘘だし、私からの王命も全くの嘘である。


 エドワード様が書いた本当と嘘の入り混じった最高の嫌がらせの手紙である。


 「オズワルドも陛下に言われれば帰ってくると踏んでの手紙です」

 「それでもあの手紙は酷いです!あんな内容だと知っていれば私は私の名前を使用する許可は出しませんでした!」

 「では、私から陛下のご結婚の報告であればよろしかったのですか?」

 「そ、それは……」


 微笑みを崩さず、私が真っ赤な顔で口を魚のようにパクパクと開閉しているとエドワード様はしたかがなさそうにため息を吐いた。

 そんな仕草ひとつすらも絵になる男性なのだが、彼は未だ独身だ。


 「それこそ、オズワルドが知れば早々に帰ってくるでしょうが、そうするとアレは私に斬り掛かりに我が家に来るだけですからね。それに王家から罪人は出したくないので」

 「あの、もしかして、兄に怒っているのではなくて私に怒っているのですか?」

 「──私の愛する陛下に何を怒る事がございましょう」

 「え、その、エドワード様との結婚は、兄が戻ってから、と言ったことでしょうか……」


 にーっこり、と深い深い笑みが返ってきた。

 しまったと思った時にはもう遅い。結婚を逸らす為に作った条件は確かに整えられた。


 女王の夫として支えてくれる相手である事、両親が認めている事、申し分のない地位である事、この国の人間である事、そして兄が帰ってくる事。


 そこに見事に当てはまった人がただ一人いた。エドワード様だ。

 兄が帰ってくる、それ以外の条件を見事に、本当に見事にクリアしてみせたエドワード様にプロポーズされたのだ。

 

 それも、一か月前に。


 あれよあれよと言う間に結婚の準備は整えられてたが、最終難関10年帰ってこない兄がまだ帰って来ない。

 ホッとしたのもつかの間、兄が私からの偽の手紙を持って帰ってきた。


 「……」

 「……」

 「結婚、しますか?」

 「もとよりそのつもりで準備を進めていますよ」

 「あー、うーん……はい」

 「陛下」

 「はい」

 「安心して下さい。貴女の補佐は完璧に熟しますし、幸せにして見せますし、貴女のように兄から王位をなすりつけられる子をなくす為、最低でも5人は子供も作ります」

 「え、なんの宣言ですか?子供って、産むのはわたし……」

 「幸せになりましょう」

 「……はい」



 この後、門を叩いていた兄が引っ掴まえられて事の顛末を聞かされると「この変態鬼畜悪魔め!」とエドワード様に斬り掛かると言うハプニングがあったものの、一年後には私は全国民に祝福されながら式へと望んでいた。


 「フィラーナ」

 「はい、お兄様」

 「逃げるか?」

 「……逃げられる気が致しません」

 「俺もだ。アイツ、この俺を一年も軟禁しやがって」

 「……お兄様」

 「だが、ローレンを捕まえてきた事には感謝する」

 「…………お兄様、さっさと他国でも冒険でも行って下さいませ」

 「嘘だ」

 「嘘には聞こえませんでした」 

 「まぁ、本当だからな。ほら、行くぞ」


 私は生涯ただ一人の夫の元へと兄にエスコートされて足を踏み出した。

 

 走馬灯のように思い出す。7歳の時に居なくなった兄の事、王位を継いで両親が厳しくなった事、血生臭い争いがあった事、助けてくれた手があった事、色々とたくさんの事があった。

 でもまさか、手紙1枚でこんな事になるとは思わなかった。

 美しいドレスを纏った私も結婚式を見に来た国民も、義理の姉もその隣に立つ兄も全部、全部彼の掌の上でコロコロ転がっていたのだ。



 その内、王座も奪われるかも────とか思いながら粛々と夫の元へとヴァージンロードを歩いた。




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― 新着の感想 ―
[一言] 父親が健在なのに、なんで7歳の子供が女王に即位したんでしょうか? 先代も女王で、病に倒れたタイミングで王太子が出奔しやがったとか?それでもいろいろつじつまが合わないけど。 7歳で立太子して、…
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