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 孤児院の寝室はベッドやハンモックが用意されていて、子供達は子犬が固まって寝むるように雑魚寝する。

 古い家をそのまま利用した孤児院は、どこもぼろぼろで風が吹くとぴゅうぴゅうと音を立てすきま風が入り込む。ナンテーネ王国は年中穏やかな気候の土地だけれど、夜風は冷たい。


 ガルザと私は他の子供達と並んで一枚の毛布にもぐり込んだ。一応私は女だけれど、ここの子供は年頃になるまでは男女の別もなく同じ部屋で寝起きするから、小さい頃からそうしていたし、他の子供もみんなそうしているので今更何かを思うことはない。というか、人肌で温もらないと眠れないのだ。寒くて。


 そういえば、今の自分は何才なんだろう。誕生日もわからないけど、大体七才ぐらいかな。ガルザも同じぐらいの年だと思う。本人もよくわからないだろうけど。

 だとすると、思ったより時間はないかもしれない。ガルザの回想に出てきたつらい過去の記憶はガルザが少年時代に起こることなのだから。


 私は、人に説教できるほど立派な人間じゃない。ガルザには真っ当な人生を送ってほしいが、本人への干渉は慎重にしなければ。下手に触ってアニメで見た時より事情がこじれたら大変だ。悪人になるかもしれないという決め付けを持ってガルザと接するのは、情操教育にもよろしくないだろう。


 未来を変えるために神頼みはしてきたが、それでもこの先世界の危機と混乱起こるかもしれないのならば、私はできるだけその時に備え地道に努力を積み重ねるしかないだろう。


 うとうとしながらそんな事を考えていると、隣のガルザが身動いだ。差し込む明かりもないので、部屋の中は真っ暗だが、ガルザの手が私の髪に触れてくるのが解った。


「どうした……?」


 むにゃむにゃと小声で尋ねると、ガルザの指が髪をくぐって頭を打った箇所をすべった。


「傷跡がのこるかもなあ」


 指で皮膚の形を確かめるようになぞり、ガルザが呟いた。こめかみの横にできた傷は、頭を打った時に出来たもので、針も縫った。目立つ傷にはならないだろうと医者からは言われている。手が離れた。


「箔が付いたと思うさ」私は言った。

「ばーか」


 暗くて見えないがガルザがニヤッとした顔をしている気がする。

 頭の傷は階段で転んだ時に出来たものだった。そう、前世の記憶が蘇ったのもその時で、つまり階段は傷よりとてつもないものを私に残した訳だ。


 恐らくは、ガルザも私の変化を感じ取っているのだろう。

 こいつは勘が鋭いから、いつもより私のことを心配するのもそのせいじゃないかと思う。


「心配するなよ、ガルザ」


 私は手を突き出し、ガルザの頭をくしゃくしゃにかき混ぜてから眠った。




 その日、私は夢を見た。


 どよんと淀んだ暗い空間に、私は立っている。目の前には背の高い男がーー青年になったガルザが冷たく薄笑い浮かべて私を見下ろしている。


「お前にゃあ、何もできねえよ」


 ガルザは出し抜けにそう言い。ぐ、と腕を伸ばし私の頭を鷲づかみにした。大きくても同じ手のはずなのにそれは酷く乱暴に私の傷口を痛めつける。痛みに顔がゆがめると、ガルザは私の襟元を掴んで顔を覗きこんできた。


 憎々しげに私を睨む目が間近に迫り、しかしそれは見慣れた瞳であった。

 ああ、やはり彼はガルザなのだ。


「救えるなんて思い上がるなよ。ただのガキが」

「私がガキなら、お前も同じゃないか」

「ああん?」


 言い返すと、青年のガルザは脅しつけるように声を低めた。

 しかし私は言葉を止めなかった。


「……将来がどうなるかなんて解らない。今のお前はまだ子供で、私の大切な家族で親友なんだ。お前が私を憎むならそれでもいい。でも、本当に、私はお前になにもできないのか? もう間に合わないのか。ガルザ」


 襟元を掴む手を掴んで、私はいつの間にか涙混じりに問い掛けていた。怖くて言い出せない私の本音。ボロボロとこぼれて止まらない。


「お前はあんな風に絶望してしまうのか」


 問うごとにガルザの顔が見えなくなる。その腕に縋り付き、答えを求めても返ってくることはなく。ただ、最後に見えた口元は笑みの形をしていなかった。




 朝になって目が覚めると、私は誰にも見られないように涙の跡を拭った。


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