13
察するに、女神様と魔王の攻防にも何らかの動きがあったのだろう。
強引にイカ男を引っ張り出し、チョコザインを狙ってここまでするという事に、向こうの焦りすら感じる。
「く、くくククク」
いつの間にかイカ男が笑っていた。狂気じみた声から私達を守るように、チョコザインの腕に力がこもる。
ゆらりとイカ男が動き出す。
「素晴らしい。体に力が漲ってくる……そうだ。先ほどのお礼をしなくてはいけませんね!」
そう言うなり、イカ男の触腕が襲いかかってきた。先ほどとは全く段違いの鋭い動き。
だが、チョコザインは子供二人を両腕に抱えたまま、次々繰り出される攻撃をかわす。
華麗なフットワークだ!
「ええい! 大人しくしないか!」イカ男が喚きながら、腕を凪ぐ。
「む!」
まるで空気が殴りかかってきたようだった。衝撃波が飛んでくる。
けれどそれは、チョコザインが同じような力で防いだ。目の前で空気が弾ける。
強い! さすがだ! 力の原理とかはさっぱりわからないが!
「その力……外法に堕ちたか、それとも妖術の類か。いずれにせよ、尋常ではないな」
「くくく、そんなつまらないものではありません。この大いなる力は、主より賜りしもの! 貴方にもすぐわかるようになる」
「何だと?」
「喜ぶがいい、お前も我が主に選ばれたのだ。さあ、闇を受け入れろチョコザイン! 女神がお前になんと囁やこうとも、もはや手遅れなのだ!」
と、イカ男が勝ち誇ったように、チョコザインを指さす。
ちょっと待て! いま聞きづてならない事を言ったぞこいつ!
「一体なんの話をしているのだ……。う、今……頭の中で声が……?」
「チョコザイン様! 気を確かに! それ絶対聞いちゃいけない声!」
そしてここにきてチョコザインが、めっちゃ怖いことを言い出した。
私は咄嗟にチョコザインの腕の中からしがみつき、髪の毛を引っ張る。
「あだだだ!」
「おい、なにやってんだシオン」
「催眠術は痛みで正気に返るって言うだろ? あれだ!」
「……そうなのか?」
「や、やめなさい! 毛が抜ける!」
子守してるオッサンが、子供のイタズラに耐えるかのようにチョコザインは私達を抱きかかえたまま、悲鳴を上げた。
「ちっ、邪魔ですね。実に邪魔な子供だ……しかし、チョコザインよ、気づいただろう。聖人と呼ばれる貴方の中にある心の闇に!」
「……?」チョコザインが、よくわからんという顔をする。
イカ男は舌打ちした。私はヨッシャと思った。
「貴様の言う事は解らぬが、それは闇の力か。人の心に入り込む、卑しき邪法。見逃すわけにはいかんな」
「では、どうするつもりです! 子供を抱えたままで、私に勝てると思うな!」
「それはどうかな!」
言うなり、チョコザインの体を光りが包み、その光が鎧に変わった。
これは、イカ男が変身したのと、同類の能力である。
目の前で変身されて、驚いた。チョコザインの纏う白銀の鎧は美しく、光り輝いている。
「ほう。どうやら本気のようですね! ならばこちらも手加減はしませんよ!」
そう言うなりイカ男の背中から、触腕が広がり襲い掛かってくる。
チョコザインは後ろへ飛んでそれを躱し、そのまま私達を連れて路地を抜けようとした。
「逃がしません!」
パワーアップした黒い触腕すべてが、左右の壁伝いに私達の脇をすり抜ける。
それはものすごいスピードで、目にも留まらぬ早さだった。
しかも、どれくらい伸びるのかという無尽蔵な長さで、それは私達を囲い込む。
「いかん!」チョコザインが切迫した声を上げる。
瞬間、鞭打たれたような衝撃が体に走った。
本気を出したイカ男の攻撃は、常人には感知できず、私達は気がつけば何度も打たれていた。それでもチョコザインは、私とガルザを庇いながら応戦する。
チョコザインは両腕がふさがってる状態な上、狭い路地ではあちらの方が有利だ。
しかも何度も迫るイカ男の触腕をなぎ払い、ぶち切るのだが、触腕は恐るべき再生能力で切られた部分がすぐに修復されキリがない。
ついには、上へ飛ぼうとしたチョコザインの足、を触腕が巻きとって捕らえられた。そこから何か電流のようなものが流れてきて、紫色の光が三人を一斉にショートさせた。
バチン、と目の前が弾けて白くなる。
私が意識を取り戻すと、事態はさらに悪化していた。
気絶していたのは数分にも満たない時間だと思うのだが、路地の建物は穴が開き、辺りには瓦礫が散乱して土埃が舞っている。私が気絶していた間も、激しい戦いが続いていたのだ。
私の上に影が降りていた。目で辿って見上げると、そこにはチョコザインが、背を向けて立ちはだかっていた。その姿を見て、チョコザインがずっと倒れた私をイカ男の攻撃から庇っていたのだと悟る。
「チョコザイン。さあ、この力を受け入れるのだ」
向こうから、イカ男が気味の悪い声で言った。音が二重に重なったような、それはイカ男の口を借りて別の者が話しているのだ。
チョコザインの白銀の鎧は傷つき、既にいくつものヒビが走っている。
傷つき倒れそうな姿で、チョコザインは押さえた頭を振り、苦悶の声を上げていた。
今度は目に見えないが、その体にさっきのイカ男みたいに闇が集まっていくのが、嫌でもわかった。
「……チョ、コザイン! チョコザインさま! ……ゲホッ」
叫ぶと喉が痛くて咽た。
頭の中もわりとクラクラしていて。
しかし、このままチョコザインを魔王のいいようにさせてはいけない。
「いくら呼んでも無駄だ」イカ男……いや魔王が言った。
暗い闇の底から、私達の姿を嘲笑っている。
「もはや、貴様ごときのちっぽけな声が届くことはない。チョコザインは生まれ変わるのだ。フ、ハハハハハ!」
私は起き上がりながら、キッとなって魔王を睨みつけた。
出会って間もないが、こうなるともう気持ちはチョコザインの味方である。
「だまれ! チョコザインはなあ! すごく強いんだ! いくら……いくらお前が悪の道に引き込んでも、無駄なんだからな! 最後には、かならず――」
――ユウマ達と戦って正気に戻る。
でも、それじゃ遅い。
チョコザインがどれほど勇敢に立ち向かい、私達を守ろうとしていたか。
そんな姿を見た今では、チョコザインをこのまま魔王の手下にさせてたまるかという気持ちが湧いていた。
私は必死の思いで、チョコザインに駆け寄った。
近づくと、先ほどイカ男からも感じた、何かもやもやとした邪悪な気配を感じた。それは無理やり繭に閉じ込めるように覆い包んで、チョコザインを蝕んでいる。
そしてチョコザインの中にも、同じものが刺さっているのが解った。それはきっと元からそこにあったのだ。私が怯えたのは、これのせいだと思った。
「チョコザイン!」私は拳をぎゅっと握りしめた。
チョコザインは、まだ抗っているはずだ。
痛みに苦しむようなその姿に、私は一生懸命声を貼り上げた。
「がんばれ! そんなのに、負けるな! がんばれー!」
何かもう理屈じゃなく「がんばれ」という言葉しか出てこない。応援の言葉しか浮かばないのだ。こんな事ぐらいしか私はできないのだ。
「……ま、負けんな」
後ろからもう一つ声がした。ガルザだ。
ガルザも私と同じような状態だったのかもしれない、瓦礫を踏みしめ土煙の向こうから、よろめきやって来る。
「あんた……あんたは神殿の偉い奴なんだろうが! 強いんだろ? そんな奴にいいようにされて悔しくねえのかよ!」
ガルザの声は段々大きくなって、ついには怒鳴っているようだった。
そうやって大声を上げながら、私の横に並んで、二人でチョコザインへ声援を送った。
「がんばれよ! 負けんな! 負けんなよ!」
「そうだ、チョコザイン、負けるな! がんばれー!」
私達の声が届いたのか、はたして。
「ぐ、う、ううう……」チョコザインに反応があった。
「なんだと……」魔王が呆然と呟く。
「チョコザイーン!」
私達はほとんど声を揃えて、チョコザインを呼んだ。
すると、一瞬あたりの空気が止まった。
「……う、……ぬううう、うおおおおー!」
チョコザインが、あらん限りの力を振り絞るように叫んだ。
気合だ。
近寄り難いほど、その体に不思議な力がみなぎっていく。
「馬鹿な! そんな馬鹿な!」魔王が否定するように、首を振る。
だが、チョコザインは崩れ折れそうだった体を起こしていきながら、少しずつ、少しずつ、自分を覆う魔王の力を、押し返していく。
ゆっくりと渦巻いていた気配が変わっていく。
その光景を、私とガルザは見守っていた。
心の中で何度も何度も応援をしながら、固唾をのむ。
まるでそんな私達に答えるように、チョコザインの声がした。
「いたいけな少年少女よ、安心しなさい……!」
チョコザインが息を吸い込む。もう一息だ。
決意を込めるようにチョコザインが、私達に語りかける。
「人に信じる心があるかぎり。そして応援する君たちのためにも……私は、私は負けん!」
チョコザインの体から迸るように風が起こる。
吹き飛ばした! 体を覆い自分を抑えこもうとしていたものを、チョコザインは跳ね返して吹き飛ばして繭を破った!
「誰がいたいけだ」隣でガルザがものすごく嫌そうな顔で言った。
私はその隣で感極ってあふれた涙を拭いながら、笑った。
邪悪な気配が胡散していく。




