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 あんた何者、そう問われた私は答えに詰まった。

 しかし状況からして、もっともな質問だとは思う。


 けれど私はその問いへ、「しらない」と答える。

 するとなぜか、子供っぽくしょんぼりした声になってしまい、誤魔化すように咳をした。


 自分が何者か、と考えて真っ先に浮かんだのは、記憶に無い家族のこと。

 生まれも親の顔もどこから来たのかも、もうずっと考えないようにしていたことだ。

 どうせ真実は謎だし、考えても虚しいだけだって知っているから。


 そういう事を聞かれてるんじゃないと解っていたが、真相を話すわけにもいかないので、これ以上聞くなという気持ちを態度に出すと、バラッドは片方の眉を上げて、困ったような表情を浮かべた。


「おいおい、そんな悲しい顔しないでちょうだいよ。調子くるっちまうな、まったく。……ごめんごめん、おどかし過ぎたみたいね」


 バラッドは箒を掴んでいた手をはずして、なだめるように私へそう言った。そんなに落ち込んだ顔をしていたのだろうか、もしかして私、ポーカーフェイスができていないのか? 成長途中の表情筋をひきしめて、私は首を横へ振った。


「べつに、謝らなくていい。それより、私もバラッドに聞きたいことがあるんだ。知ってるなら教えてよ、マジマージ王国はどうしてこんなに急な動きをするのか」

「……どうしてそんな事が知りたいんだ?」


 バラッドの答え方は、何かあると確信できるものだった。私は思わずあいた手でバラッドのポンチョを掴む。相手が逃げないようにがっちりと。


 バラッドはその手を払わずに、動かなかった。


「知ってるんだね、バラッド」

「今ので解ったことがある」


 私の質問に答えず、バラッドは言葉を遮りながらも穏やかに言った。


「君が知りたいのは事の発端。俺が知りたいのはその行き着く先だ。……もったいぶってもいいんだけどね。俺の知ってることを教えれば、俺も自分が知りたいことの答えを掴めるかもしれない訳だ」


 バラッドは意味深にそう言い置いて、私の肩を掴んで引き寄せた。強い力ではなかったが、バラッドは素早い動きで私の耳元へ口を寄せた。内緒の話をしようという訳である。


「マジマージ王国が今回の訪問を急に決めたのは、女神様の神託が下ったのさ。なんでもナンテーネの国に何かがあるらしいって、肝心なとこがあやふやだけど。俺はその何かが気になってるってわけ。これ、わりと確かな筋の情報よ」


 小声で耳打ちされた言葉に、震えが走った。それは……それは、どっちだ! 神託を授けたのは本当に女神様なのか、それともそう思わせて騙している魔王なのか?

 いや、そうだ。そうだった! 神託を聞く力があるのは、マジマージ王家の人だけなのだ。魔王も王家の人間には、おいそれと手が出せないはず。それができれば最初からそうしてるという話だ。


「それは、いつの話? 神託が下ったのは」私は声が震えないように言った。

「ここ三ヶ月の間だって話だ。……おい、大丈夫かシオンちゃん」

「心配するな。大丈夫だ」


 それは、私が頭を打ってから初めて教会を訪れた時期である。

 駆け巡る衝撃は、喜びとも驚きとも解らない。


 では、私の声は届いていたのだ。


 目に見えない何かが、この世界にはあるのだ。ようやく。ようやくそれを、確信できた。

 セレスティーナ様とのつながりを、感じることで希望が生まれる。


 ああでも、チョコザインの目的は何なのだ。この裏通りへチョコザインが来るというからには、目的は私か、それともガルザかその両方か。女神がいるなら魔王もいるんだろうから、用心はしておかなくては。


 セレスティーナ様は、人を通じてなにかしようとしているのだ。けれど単なる人探しなら、こんな回りくどい事はしないだろう。……私に求められているのは何だ?


 はたして、そう考えた途端に、道の向こうからガルザが現れた。

 ガルザは私を見つけると、眉間にしわを寄せた表情をつくって大きな声を上げた。


「おい、シオン!」

「おう!」


 力強く答え、バラッドからぱっと離れると私はいつものようにガルザへ駆け寄っていった。

 ガルザは道の向こうで立ち止まり、私が来るのを待ち受けて、鼻を鳴らす。


「なにやってんだ。お前」

「掃除だ」

「見りゃわかる」


 箒を突き出して答えると、ガルザは私の後ろにいるバラッドの方へわずかに顎をしゃくり、あれは誰だ、と目配せしてくる。


「今夜の宿を探してるって言うから、教会に案内したんだ。そうだ。お前もぼやっとしてると、掃除押し付けられるぞ」

「ハッ、トロいお前と一緒にするんじゃねえよ」

「おい、言ったな」


 などと言い返しつつも、久々にほっとしたせいで声が明るくなる。

 私から滲み出る明るさを感じるのか、ガルザは怪訝な顔をした。


「いやにご機嫌じゃねえか。心配事は解決か?」

「ん? お、おう。そんなとこだ。ちょっと開けてきた感じだ」

「そりゃよかったな」ガルザにぽすぽすと肩を叩かれる。


 ああ、こいつの表情が孵化した大量のカマキリを前に、途方にくれていた私を見ていたあの日のガルザと重なる。あえて表現するなら生暖かい目ってやつだ。


 なんとも言えない気持ちで、私はとりあえず頷いた。


「お前、何でもお見通しなんだな」と私。

「そりゃあ……」ガルザが言いあぐね。「それだけ付き合いがあるって事だろ」そう言うと、私の肩に手を置いたままニッと口の端を上げた。つられて私も笑い、照れくささに肩をすくめる。


「掃除サボっちゃダメだぜ~、シオンちゃん」


 頃合いを見計らったように、ザッザッと箒で地面を掃く音を立てながら、いつの間にか私とガルザの横へ来ていたバラッドが言った。

 ガルザが胡散臭そうな目でバラッドを見、私の肩から手を下ろして腕を組み。声には出さず、「"ちゃん"だとよ」と唇が動く。その辺はあまり触れるなと、私は目配せを送った。


「ごめん。バラッド、すぐ戻るよ」


 ガルザが現れる前から、掃除などしていないようなものだったが、頼まれているからには、それなりに片付けておいたほうがいい。

 先ほどいた場所へ戻ろうと踏み出したところへ、ガルザがズイ、と前へ出て私の行く手を阻んだ。


「あんた余所者だろ。どうして道端の掃除なんざしてやがるんだ」

 ガルザが言い方には、わずかに険が含まれていた。

 対するバラッドは、それを気にした様子もない。

「ちょいと頼まれたんで、一宿一飯の恩に引き受けたってわけ。ひょっとしてお手伝いしてくれようってんなら、助かるんだけど」調子よくそう答える。

「なんだと?」


 まるで子分を背中にかくまったチンピラが、ケンカを仕掛けているような光景である。

 ピリ、と空気が緊張して、私はガルザを諌めようと口を開きかけた。だが、同時にガルザが組んでいた腕をといて、片手をバラッドへ付きだした。


「……それじゃあ、あんたの箒を寄越してもらおうか」

「おい、ガルザ?」

 口を挟もうとする私を、ガルザが肩の動きで制する。

「たまには俺も良い事をしようかって気分なんだ。気が変わらないうちに寄越しな」


 難癖をつけるような態度で、ガルザはバラッドの箒を要求する。なんという因縁の付け方をするんだお前は。

 バラッドもさすがにこれには一瞬眉をひそめたが、それでもまだ余裕のある態度で、素直にガルザへ箒を渡した。それを引ったくるように受け取るガルザ。

 バラッドは手をぶらぶらと振って、苦笑まじりに目を伏せた。


「あーらら。警戒されちゃった。そんじゃ、ここはお二人さんに任せるとするかな。あ、そうそう、司祭さんとこに話しつけてくれるの忘れちゃ嫌だぜ、シオンちゃん」

「うん、わかった。箒を返す時に言っておくよ」


 私が頷くと、バラッドはさっさと道の向こうへ歩いて行ってしまった。

 手紙の件を言わなかったのは、バラッドの配慮だろう。信頼した人にしか頼めない、と私が言ったからだと思う。


 ガルザはバラッドの姿が見えなくなるまで、じっと見ていた。そして相手の姿が消えた事を確認すると、くるっと私の方を振り返った。その顔に、怒りが浮かんでいた。


「ボケーッとしてるんじゃねえ! てめえには、警戒心てものがねえのか!」


 いきなり怒鳴られ、私は少し、むずかしい気持ちとなった。

 怒りの原因は、明らかにバラッドの事である。正確には、見知らぬ他人に無防備に近づいていた私へ、説教をしようというのだろう。この件に関しては、こちらにも複雑な事情があるのだが、ガルザの気持ちもわかるので、どう言い訳をしたものか迷う。


「何が気に入らないんだよ。あいつ≪バラッド≫と一緒にいた事か? 心配しなくても、いざって時は、こっちにだって考えがある」

「いざって時は、もう手遅れになるだろうが! てめえの考えなんざ、聞いて呆れるぜ。お前みたいに素直にのこのこついて行きそうなガキが、どういう目に合うか知ってんのか!」

「おい、お前の中で私の性格はどうなってるか知らないが、犯罪に巻き込まれるほど、のん気な馬鹿じゃないぞ! 多分」

「多分がついてるじゃねえか! さらわれてサーカスにでも売り飛ばされてえのか! このアホシオン!」


 さらわれてサーカス云々は、子供が悪いことをした時に使う、よくある脅し文句である。

 ガルザの意外と純真なところを垣間見て、私は思わず口ごもり、こいつ本当に私の事心配してくれてるんだなあと、気が抜けてしみじみしてしまった。


「それは……それは、恐ろしいな」私がやっとそう言うと、ガルザが苦い顔を浮かべた。

「わかったら、あんまり変なのと関わるんじゃねえ。話してて、怪しいと思わなかったのかよ。あの手のやたら馴れ馴れしいタイプは、すぐに信用するな」

「まあ、その。ただ者じゃなさそうだったけど……お前がそこまで、気にするとは思わなかったな」

「見る目ってものがねえのか! あんなに不気味な奴、そういないだろうが!」

「ぶ、不気味ときたか」


 バラッドのあの癖のある言動は、不気味に見えたらしい。

 バラッドとガルザ。この二人は相性が悪いだろうなとは、思っていたのである。それはアニメがどうこうではなく、ガルザとの長年の付き合いによる直感によるものだったが。

 想像以上に第一印象は最悪になってしまったようで、この出会いが二人の将来に響かないといいのだが。私の考えが足りないばかりに、二人共すまん。


「ごめん、ガルザ。私、もっとしっかりして、お前に心配掛けないようにしなくちゃな」

「シオン」ハッとしたように、ガルザが言った。


 しおらしい事を言ってしまったせいか、ガルザもそれ以上怒鳴るのをやめた。

 気まずい雰囲気を振り払うように、私は思い出したように、話題を切り替える。


「さてと、掃除しなくちゃな。一緒に手伝ってくれるだろ? 逃げたら許さんからな」

「チッ、仕方がねえなあ。誰が逃げるかってんだよ」


 ここで私を置いていかないのが、ガルザの良い所である。

 うるさそうに言いながらも、ガルザは案外仕事に対してまじめで、やるとなったら率先して働き始めた。


 道端に溜まった砂利だのゴミだのを掃き集めながら、私はそんな幼なじみをこっそり見つめた。足元に伸びる私達の小さな影が、忙しそうに重なったり離れたりする。

 もうすぐ何かが変わってしまう、そんな予感がしていた。いつも二人で一緒にいた絶え間ない時を思い出して。大丈夫だ、と心の中で自分に言い聞かせる。


 そして、その日はガルザと二人で教会の周りをあちこち掃除をした後、司祭様にバラッドを教会へ泊めてもらうように頼んだ。司祭様は忙しそうだったが、喜んで彼を泊めると約束してもらい、私とガルザは孤児院へ帰った。


 それからチョコザインが裏通りへ来るまでの短い間、何もない日が続いた。

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