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13 ガラスの靴半分ずつ、わたしと私で

「じゃあチルル、任せたよ」


 王家の刻印が押された封筒を口にくわえたチルルは、小さな右足を王子の指に乗せた。了承した、の合図だ。純白の鳥は言葉こそ発せないものの高い知能を持ち、ある程度は理解する事が出来るのである。


「いいですか、チルル? きちんとセオドリークさまに届けてくださいませね」

「勿論、エイレンティアさんにもね。気をつけておかえり」


 二人の言葉を聞き終わってから、手入れの行き届いた中庭を飛び出つ。主であるエイレンティアには喜ばしくない招待状を運ぶために。


「ああ、一ヶ月後が待ち遠しいですわ! こんなに早くお会いできるなんて夢のようです。これもシアンお兄さまのおかげですわね」

「僕も嬉しいよ。あの方に会えるなんて……想像するだけで顔がにやけてしまう」


 第二王子リュシアンと第一王女フィーネリアはそれぞれの想い人を思い出して舞い上がる。一般人なら不審者扱いされてもおかしくなかったが、洗練された美しさを放つ二人からは気品さえ感じられた。


「でも、お兄さまはどうしてあの方が好きなんですの? とてもお強いのかもしれませんけど、それだけでしょう? 愛想がなくて性質の悪い子供にしか見えませんわ」

「愛想という意味では、お弟子さんの方がよっぽどない気がするけどね……。エイレンティアさんの好きなところは沢山あるけれど、何より目かな」

「目? お兄さま、そんなに赤が好きなんですの、知りませんでしたわ」

「いや、そうじゃなくてね」

「そうですわ、胸元の飾りを赤になさったらどう? きっと素敵ですわよ」


 どうにも話が噛み合ってないな、リュシアンは苦笑いで彼女を見る。たった一人だけに情熱を注いで生きているせいなのか、それとも元々の性格なのか、フィーネリアは良くも悪くもずれているところがあった。弁解しておくべきだろうかと口を開きかけた時、別の低い声が響く。


「シアン、こんなところにいたのか。探したぞ」

「ロイお兄さま!」

「ネリーも一緒か。何をしていたんだ?」


 二人の前に現れたのは、第一王子であり王位第一継承権を持つクロイツェル=ベアトリス・セレディナ。リュシアンと同じく正妃との子だが、リュシアンが金髪で母親似の優しげな顔立ちであるのに対し、クロイツェルは黒髪で父親似の精悍な顔立ちをしている。また彼は第一騎士団の団長も務めているため体格が良く、威圧感もあり、兄妹で並ぶと彼だけどこか異質だった。


「エイレンティアさんとセオドリークさんに招待状を出していたんですよ、ロイ兄様」

「ん、ああ、そういえば今回はセオドリーク殿が選ばれたのだったか」

「はい、ということはエイレンティアも来てくださるということです! 師弟でよかったと今日ほど感謝した日はありません!」

「わたくしとしてはセオドリークさまだけでよろしいのですけれど……これもチャンスですわよ、シアンお兄さま。あの忌まわしい女をセオドリークさまから離してくださいませ!」

「ネリー、口が過ぎるぞ」

「ご、ごめんなさい、ロイお兄さま」


 しゅん、と目に見えて落ち込んだフィーネリアの頭を「分かればいい」と仏性面のまま軽く撫でる。母こそ違えど、四人の兄妹の仲は良好だった。彼らの背景事情を考えれば母が違うからこそ仲良くなった、とも言えるが。


「本来、言うまでもない事だが……王族として誇りある行動を取るようにな」

「分かっておりますわ」

「はい、心得ております」


 ――本当に大丈夫だろうか。そう心配してしまうクロイツェルは、兄妹の中で一番の常識人だった。



◇◇◇



「……リュシアン殿下から招待状?」


 チルルから受け取ったエイレンティアは、こてと首を傾げる。


「ああ……成人の儀の警備に私が選ばれてしまったようですね」

「う? あ、本当なのです」


 じっくり読み進めていたエイレンティアは、納得がいったように呟く。その横でセオドリークは面倒な事になりそうだと思案していた。


 子供が生まれた際、母親は子を抱いたまま神殿など女神の像が飾られた神聖な場所で祈りと子供の真名を捧げ、祝福と加護を受ける。そして十八を迎え成人すると今度は子供一人で祈りを捧げて過去への感謝と未来の繁栄を願う。これがセレディナ国の習わしだ。加え、王族はバルコニーで国民にお披露目した後盛大なパーティーを開くのが恒例であるため、今回二人に送られたのはその招待状だった。名目上はあくまで「警備」だが。


「セオと後一名ですよね。どなたになるんでしょう」

「そうですね、争いを好まない方だといいんですが」


 まあ期待するだけ無駄でしょうね、という言葉は敢えて飲み込んだ。隣国の王族なども呼ばれる大規模な祭典の場合、国家魔法師二名に(くじでランダムに選出)出席が命じられる。警備のため、というのが主な理由だが、他国への牽制の意味も含まれていた。


「そういえば、ルノが言ってた「近いうちにまた会うことになる」ってこのことだったりするのでしょうか。護衛としてきっとルノも来ますよね」

「え?」

「ええと殿下のお誕生日はサフィア・ムーン・26の日ですから……丁度一ヶ月ですね。カレンダーに印つけておかないとっ」


 ペンを手に取り、予定を書いていく。単純に先の予定を立てるためでもあるが、交代人格の彼女と共有するためでもある。その日の自分の記憶が欠けてもああ彼女が出ていたのだと受け入れるためでもあった。


「ドレス、どうしましょう。ほつれてたとことかは一応直したのですけど、もう大分前のだから……仕立て屋さんに新しくお願いするべきでしょうか。彼女、何か言ってたです?」

「あ、いえ、特には聞いていません。ですが、新調するのは私も賛成です」

「うん、じゃあお願いしましょうっ。セオはどうします?」

「この機会ですから、私も新調します。弟子として師に恥をかかせるわけにはいきませんしね」

「少なくともわたしは、セオのことで恥をかいたことなんてないですよ? ええと、今から行ったほうがいいですよね。準備してきます!」


 恥をかいた事なんてない――その言葉を噛み締め、セオドリークは口元を和らげる。敬愛する師にそう言われて歓喜するなという方が無理だ。これが交代人格の彼女ならば「迷惑と面倒は散々かけられたがな」ぐらいは足されているだろうが、それもまた愛しいものである。だが、不安は拭えなかった。


「またね。近いうちに会うことになるかもしれないけど」


 ブルーノがその言葉をかけたのは、交代人格の彼女だったはずだ。けれど基本人格のエイレンティアは何の疑問も持たずにあっさりと口にした。基本人格と交代人格の間で意思疎通を計ったのだろうか。いや、それぞれの態度から見てもそれは考えにくい。となると残る可能性は……


「……何事も起こらなければいいんですが」


 その願いがどれほど難しいものなのか、本当は彼自身よく分かっていた。だが願わずにはいられなかった。



「こんなに可愛らしいお客さんのドレスは作りがいがあるってもんですよ! 腰をきゅっと絞って赤いリボンでしめて、スカートにはフリルを重ねてボリュームを出して……流行を考えるとボタンにはアエラザの花がいいかな。ああでも何種類か使うのもいいかも。あんまり目立ちすぎずさり気なくがナイスかなー」


 エイレンティアと紙を交互に見ながら、妙齢の女性はデザイン画をさらさらと描いていく。


「え、えっと、一ヵ月後に間に合うです?」

「はい、お任せください! あ、一ヶ月後っていったら殿下の成人の儀ですね。そちらに?」

「あ、はいなのです」

「私は遠くからしか拝見したことないんですけど、リュシアン様って素敵ですよね~。どんな身分の方でも分け隔てなく接されるそうですし、街を巡回する兵を増やしてくださったおかげで格段に安全になりましたし! その分兵の数が足りなくなるのを防ぐために全体的な見直しを行ったそうですよ。立派な方ですよねえ」


 こういう時って、どうしたらいいんでしょう……。どうにもこうにもお喋りな性分なのか、はたまた自分の世界の世界に入り込んでしまう癖があるのか、口を挟む隙もなく女性は延々と喋り続ける。相槌だけを打てばいいのだろうか。同じテンションで返すべきなのだろうか。それさえも分からず、エイレンティアは途方に暮れていた。そもそも他人と向き合うのは久しぶりだったし、日頃会話しているセオドリークは常にこちらの様子を気遣って話してくれる人である。ブルーノだって、お茶らける事は多々あれど本質的には空気が読めないわけではない。


 ……どうしよう。再度そう思い、涙が滲みそうになってしまう。唯一の救いは、おどおどしている自分に女性が全く不快感を表していないところかもしれなかった。残念な事に、何の解決策にもならないが。


「お師匠さま、こちらは終わりました」


 聞き慣れた声に、ぱっと顔を上げる。目が合ったセオドリークはふわりと微笑み、陰っていたエイレンティアの心に安堵をもたらす。店員の女性はセオドリークに見惚れていた。


「随分はやかったのです?」

「はい、大方のデザインは決めていましたからそれをお伝えしました。お師匠さまは?」

「ええと」


 ちらりと女性の方に視界を移す。しばらくして我に返ったようで、慌てた風にデザイン画を二人に見せた。


「こ、こんな感じでいかがでしょう」

「ああ、可愛いですね。よく似合いそうです」


 エイレンティアが着た姿を思い浮かべ、うっとりと零すセオドリーク。彼が褒めたのはエイレンティアのみだったりしたのだが、自分の腕が認められたのだと勘違いした店員はますます顔を赤くする。他の店員も同じように彼を見つめていた。


「でも、彼女はどうでしょうか。色は黒が好きなんでしたよね」

「はい。大丈夫です、貴方が選んだものでしたら何でもいいと思いますよ」


 だから、誰も聞いていなかったのだ。服を作る張本人であるはずのエイレンティアのどこか他人事のような一言を。


「え、えっと、袖口に白いレースをつけることってできます?」

「あ、はい! 勿論ですよ。他に何かご要望はございますか?」

「じゃあえっと……」


 セオドリークが傍に来た事で心細さが解消されたエイレンティアは、女性とデザインについてやり取りする。その目はきらきらと輝いていて、セオドリークは彼女を微笑ましそうに眺めながら、「セオはどっちがいいと思います?」と話を振られた際にはきちんと答えた。後で交代人格の彼女にお小言を食らうのは分かりきっていたものの、それも含めて楽しい時間だった。

 二人がいなくなった後、残された店員達は二人の関係について好き勝手に話していたりしたが。


「兄妹? にしては似てる要素が一つもないし……」

「じゃあ親同士の再婚で血の繋がらない兄妹とか」

「アンタそれ、物語の読みすぎよ。あのあまーい目線は恋人ね」

「いやそれじゃロリコン!」

「あんな格好いい人ならロリコンでも許せるわー。何頭身なのよ、あの人。足長すぎ、顔小さすぎ!」

「女の子も可愛かったわよね。大事に大事にされた儚げなお嬢さま~ってかんじ」

「次も当然二人で取りに来るわよね。お洒落しなきゃっ」

「あたしもあたしもっ。さ、そのためにもお仕事しましょー」


 そんな事になっているとは予想もしていないエイレンティアと、予想はしていても他人の評価などどうでもいいと思っているセオドリークは至っていつも通りだったけれど。


「お師匠さま、小腹がすかれませんか? 折角ですから、何か食べて帰りましょう」

「そうですね、なにがいいでしょうっ」


 貴族街の端から市民街に移動し、エイレンティアはご機嫌な様子で辺りを見渡す。無駄に知名度のある二人は一般人にも知れ渡ってはいるものの、そのほとんどが噂程度であり、実際の二人と結びつける者は少ない。身体的特徴の一致から稀に感づく者もいるが、噂されている緋色の魔女とエイレンティアの雰囲気があまりに違いすぎるせいでやはり気付かないのだった。今では地位を持っているとはいえセオドリークは平民の出だし、ずっと家にいるエイレンティアは活気のある街に興味を抱いているため、身を隠す意味も含めて二人は市民街に出入りする事が多かった。


「あ、くれぇぷ! クレープ食べたいですっ」


 遠くに店を見つけ、嬉しそうに声を張り上げる。


「では、それにしましょうか」

「あ、でもセオは他に食べたいものないです?」

「いえ、私もクレープが食べたいです」

「じゃあ決定なのですっ。えへへ、久しぶり」


顔を綻ばせるエイレンティアは文句なしに愛らしい。甘いものが好きな彼女は平民が食べるようなものから貴族が食べるようなものまで、あらゆるお菓子をこよなく愛していた。その調子で自身も完成度の高いお菓子を作るのだから、セオドリークが彼女と同じ味覚に育つのも至極当然と言えるだろう。甘いものが嫌いな交代人格の彼女には散々に貶されるけれども。



「むうー」

「お師匠さま、何と何で悩まれているのですか?」


 店に辿り着き、メニューと格闘する彼女に声をかける。


「うんとね、ラズルの実のミルフィーユと、ポームのシナモンカスタード!」

「では私がポームのシナモンカスタードを頼みますから、お師匠さまはラズルの実のミルフィーユでどうでしょう?」

「うんっ」


 彼女の頭を一撫でしてから、セオドリークが二人分頼む。クレープが作られている過程を、エイレンティアはじいっと見つめていた。


「はい、お嬢ちゃん。ラズルの実サービスしといたよ」

「あ、ありがとうなのですっ」


 美少女に見つめられて悪い気はしなかったのだろう、四十前後と思われる男性は上機嫌だ。おまけにお礼まで言われたのだから、顔はだらしなく緩みきっている。


「えらく男前なお兄さんにはこっちね。兄妹かい? 仲が良くていいねえ」

「有難うございます」


 にこやかに受け取るセオドリークだが、その笑みは冷え冷えとしていた。他人の評価などどうでもいい。どうでもいい、が、恋人になりたい人と兄妹に間違われていい気がするわけもない。彼女が沈んでしまうのも分かっているから、尚更。


「むうう……わたしの方がセオより年上ですのにっ」


 クレープを手にしたまま、重い足取りで歩くエイレンティア。一般人にセオドリークの倍は生きているのだと説明したところで信じてもらえるわけもなく、反論はせずに立ち去ったが、かといって気にせずいられるかといえばそれはまた別問題なのである。


「きっと、私も老けて見えるのでしょうね。それよりもお師匠さま、中身が出てしまいますよ」

「はうぁ!?」


 力を込めてしまっていたのに気付いたようで、急いでかぶりつく。何度か噛み、にこっととろけるような笑みを見せた。


「おいしいっ」

「それはよかったです。こちらもどうぞ」


 彼女の口元に自身が頼んだものを運ぶ。


「こっちもおいしいですっ。はい、セオもどうぞ」

「有り難うございます、お師匠さま」


 互いに食べさせ合う二人は、まるで恋人同士のようだった。これでエイレンティアの容姿がもう少し大人びてさえいれば、誰も兄妹だとは思わなかっただろう。後ほんの少し、成長していれば。


「美味しいですね」

「うんっ」


 けれど、それがいつになるのかは今はまだ誰にも分からずにいた。


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