09 物言わぬ白い鳥は何を見る
攻撃魔法において右に出る者はいない緋色の魔女と、防御魔法において右に出る者はいない守護の魔法使い。人々は彼らを崇め、慕い、未知なるものとして恐れた。だが知名度に反し、露出を嫌う二人は滅多に表舞台には出て来ない。地位も名誉も求めないから落ち着いた暮らしをさせて欲しいというのが魔女の唯一の願いだったためだ。それは、彼女の弟子である魔法使いの願いでもあった。
国は二人を手放せない。手放すわけにはいかない。故に、二人の願いを聞き入れるしか道はなかった。――味方につければ最も頼もしいという事は、敵に回せば最も恐ろしいと同義なのだから。
ピイィィ……
どこからともなく聞こえる笛の音に反応し、純白の鳥は飛び立っていく。己の役目を果たすために。
「いってらっしゃい、チルル」
チルル。女の子らしい名前をと、エイレンティアがつけた名だ。
「飛び立ったのは王城の方角ですね」
「な、なにかあったのかもっ。わたしにでしょうか、セオにでしょうかっ」
「そうですね、どちら宛でしょうか。……どうでもいい内容な気もしますが」
彼女には聞こえない声量で、セオドリークはぽつりと呟く。その予感が外れていない確信もあった。
森に引き篭もっている師弟への連絡手段として用いられるのは、エイレンティアの使い魔であるチルルを介しての手紙のやり取りである。王太子が生死を彷徨う大怪我を負った際など、緊急性が高いと判断された場合は国の使いの人間が森にまで訪れ、強制連行されるケースもあるが。
「まだしばらくかかるでしょうし、のんびりしましょう。昼食が出来ましたよ、お師匠さま」
「はいっ。お皿出しますねっ」
元気よく返事をし、とてとてと食器棚に近付く。二人分の食器が詰まったそれは何十年も使われているものだが、丁寧に扱っているのとセオドリークが定期的に修復魔法をかけているおかげで見た目からは古さを感じない。同様に、家にある家具の大半は年代ものだ。エイレンティアが贅沢を好まなかったためでもあるし、一人で過ごしていた頃は買っても持ち帰る事が出来なかったせいでもある。当時を思えば枚数が増えた皿に嬉しくなりながら、エイレンティアはガラス戸に手を伸ばした。
◇◇◇
チルルは首に封筒をぶら下げて、森に張られている結界を抜ける。結界を張った本人であるセオドリークはすぐに感じ取り、やや遅れて飼い主のエイレンティアも帰還に気付いた。窓を開け、彼女を出迎える。
「おかえりなさい、チルルっ。おつかれさま」
声をかければ、ちょこんとエイレンティアの指先に乗る。封筒を受け取り、頭にそっと口付けを落とすと、満足そうに小さく鳴いた。
「ええと差出人は……宰相さんです」
名前を確認した後、封を切る。チルルはエイレンティアの肩に移動し、大人しく主の行動を見守っていた。
「あ、これはセオ宛ですっ。年に一度の結界石のチェックをお願いしたいんだそうです」
腰をかがめて覗き込んでいる彼にも見えやすいよう、紙を持ち上げる。やっぱりどうでもよかったですね、というセオドリークの心の声は、彼女には届かない。
「そういえばそんな時期でしたね」
「わたしもすっかり忘れてしまっていたのです。だめですね、大事なお仕事なのに」
しゅんと落ち込むエイレンティアは、否応なしにセオドリークの庇護欲を掻き立てる。「では来年はカレンダーにでも書いておきましょうか」とさり気なく頭を撫でれば、「はい!」と頷く彼女は、実に素直な人だ。彼の邪な気持ちだとか、来年も傍にいるのだと刷り込んでいる事だとか、今は何も知らずに。
「期限は……一週間以内ですか」
「でも、出来る限り早くすませた方がいいと思うのです。何かあったら大変ですしっ」
「はい、お師匠さま」
快く同意するセオドリークだが、内心ではエイレンティアの事しか頭になかった。彼の行動理由はいつどんな時だって、単純かつ明快である。
◇◇◇
「じゃあセオ、彼女によろしくです」
「はい、心得ております」
「うん。じゃあ……がんばってくださいです」
エイレンティアは一瞬だけ寂しげな顔をして、静かに目を閉じる。次に開けた時には気弱な印象はどこにもなく、左手にロッドを構える威風堂々とした姿は幼さとは無縁だった。結ばれていた髪も解かれ、ふわふわと背中で流れている。
「いい加減独り立ちしたらどうだ、馬鹿弟子」
右手に持っていた黒い帽子を被れば、そこにいるのは威厳に溢れた「緋色の魔女」だ。帽子に青いリボンとフリルが縫い付けられているのは、基本人格の好みである。
「それは難しいですね。貴方のお傍にいる事が私の至福ですので」
「お前がそうやってくっつくせいで、結果的に私も呼び出される。二人セットで考えられるのは面倒極まりない」
腕を組み、心底嫌そうに吐き捨てる。慣れているセオドリークは笑みを崩さなかったが、肩に乗っていたチルルはばさばさと羽ばたき、鳥篭へと戻っていった。
「……どうにもアレは、私には懐かんな」
閉じこもったチルルには、警戒心が滲み出ている。チルルは日頃の世話をしているエイレンティアとセオドリークには懐いていたが、時々しか出て来ず態度も乱暴な交代人格の事は怖がっていた。大人しい基本人格と、荒さが目立つ交代人格。容姿こそ同じでも性格や話し方、仕草が全く異なっているために醸し出す雰囲気が違い、動物はそのずれを敏感に感じ取ってしまうのである。
「お師匠様も餌をあげてみてはどうですか?」
「近付けもしないのにか? まあいい、どうせ私は好かれない」
「おや、私はお慕いしておりますよ」
「はっ、アレ以上に尖っていたガキが何を一丁前に」
「……そろそろ過去の出来事にしてくださっていいんですけどねえ」
困った風に零し、ロッドをとん、と床につける。白銀の魔方陣が足元に広がり、瞬く間に消えた。
「ご気分はいかがですか、お師匠様」
「平気だ」
自然と添えられていた手を振り払い、少女は呆然と立ち尽くす騎士と向き合う。王城へと続く門を守る達としては些か問題がある振る舞いだったが、目の前に突如人が現れたのでは動揺するのも無理はなかった。セオドリークも彼女も、いちいち気遣ってやるような精神は持ち合わせてはいなかったけれども。
「エイレンティア・ルーン・アンブローズだ。弟子に同行した」
「セオドリーク・ルーン・オルブライトです。任を受け、登城致しました」
どちらも正式な階級は名乗らなかったものの、ここ王城において名のみで通用する知名度がある。固まっていた新米の騎士は二人を認識すると、さあっと顔を青くした。
「ひ、緋色の魔女に守護の魔法使い……!? い、いえ、失礼致しました。任務、お疲れ様です!」
声を裏返しながらも、自分達の対応がまずい事に気付いたのだろう。即座に姿勢を正し、勢いよく敬礼をする。
「通っても?」
「はい、どうぞ!」
了承を取り、身分証明でもあるペンダントを門にかざす。すると、強固な扉がゆっくりと開いていく。中へ入っていった二人を、騎士は敬礼したまま見送った。
「い、いきなり現れるからびびったっす。転移魔法? でしたっけ」
「ああ。相も変わらずとんでもない存在感だったな……」
「なんかすっげーオーラ出てましたよね。でも俺、仕事以外ではお近づきになりたくないっすよ。あんな可愛い顔してるのに、取って食われそうで」
違いない、と語り合い、騎士達は再び自身の仕事に戻った。
「言いたい奴には好きに言わせておけ、と教えたはずだが?」
しかめっ面で隣に並ぶ弟子に話しかける。
「お師匠様は理由もなく他者を傷つけたりはしません」
「主張したところで何になる。私が大勢の命を奪ったのは紛れもない事実だ」
「それが戦争でしょう」
「皆が皆、お前のように割り切れるわけではないという事だ。放っておけ、キリがない」
煌びやかな王城内を歩く二人を、すれ違う人々はじろじろと見つめる。物珍しさからくる興味、詮索、嫌悪など視線の意味こそ様々だが、好意的なものはほとんどありはしない。ただでさえ城で働く人間にとっては外見の変わらない国家魔法師は得体の知れない存在でしかなく、筆頭魔法師である二人にはそれが顕著だからだ。
更に国家魔法師側も性格が歪んでいる者が多く――エイレンティアを除いてほぼ全員そうである――人を見下す風な言動を取るせいで溝は年々深くなっている。悪化していく関係性を改善しようとする者も中にはいたが、長い年月の間に練り固まった思考を紐解くのは容易ではなかった。……特に、緋色の魔女については。
「ですがやはり、貴方が悪く言われるのは耐えられたものではありません。大体、任務中に私語など気が緩みすぎです」
「お前、真面目にやっていたんだな」
「一度たりとも気を抜いた事はありませんよ? 結界石も後五十年は支障ないはずなんですけどね。その分苦労したんですから」
「お前の苦労は苦労とは言わん」
赤い絨毯を踏みつけ、王座へと続く階段を上っていく。クリーム色を基調とした内装は何代か前の王が改築したきりで、旧式のインテリアも多いが、逆にそれが暖かさと親近感をもたらしている。少女も、この城自体は決して嫌いではなかった。あくまで城のみだったが。
「セオドリーク・ルーン・オルブライトです。結界石の点検に参りました。陛下に謁見を希望していたのですが」
セオドリークは先程までの不機嫌そうな顔を消して人好きのする笑みを浮かべ、門前にいる騎士に書状を見せる。何度か目を通した騎士は中にも確認を取った後、「どうぞ」と王座へ続く門を開いた。
遠くに見えた影の数に滅入りつつも、シャンデリアの光を浴びながら一歩一歩距離を縮めていく。王の前まで辿り着くと、揃って膝をついた。
「セレディナ王国軍魔法師団団長エイレンティア・ルーン・アンブローズ参りました」
「セレディナ王国軍魔法師団団長補佐セオドリーク・ルーン・オルブライト参りました」
「良い、頭を上げよ。ご苦労だった」
王の言葉を受け、顔を上げる。先にあった顔ぶれに「予想通りか……」と眉を顰めたくなったが、少女は無表情で、セオドリークは笑顔を貫き通す事で押し留めた。錚々たる面々の前で、まさか顔に出すわけにもいかない。
細かな彫刻が施された王座に君臨するのは、セレディナの現国王。三十四歳という若さで即位した彼に当初は不安が寄せられたものの、手際よく職務をこなし、不安定な地盤をしっかりと固めた姿勢が受け入れられ八年経った今では立派な国王だ。武術に秀でているのもあり威圧感は尋常ではないのだが、「だからこそこの人になら任せられる」と高評価を得ている。彼の両隣にいる人物こそが、二人を憂鬱にさせる張本人達であった。
「お久しぶりです、エイレンティアさん! ああやはり、貴方はお美しい」
太陽のようにきらきらと輝く髪に、澄んだ青い瞳、優しげな眼差し。金色の糸で丁寧に刺繍された紺色の服に身を包み、熱く少女を見つめるのは、第二王子であるリュシアン=ベアトリス・セレディナ。
「お久しぶりですわ、セオドリークさま! あなたの素晴らしさは衰えることなどありませんのね!」
ラベンダー色の髪をくるくると巻き、頭には数多くの花の飾り。髪よりも濃い紫の瞳はやや吊り上っており、強気な印象を抱かせる。着ている淡い青色のドレスはリボンやフリルがふんだんに使われたもので、彼女の性格を知る者には違和感を与えてしまうのは第一王女フィーネリア=カロリーヌ・セレディナ。リュシアンは王妃との子、フィーネリアは側室との子なため、腹違いの兄妹である。国名の前に入る名が、それぞれの母の名だ。
「ご無沙汰しております、リュシアン殿下、フィーネリア殿下。以前にも申し上げましたが、私どもに敬称をつけるのはお止め下さい」
表情は変えぬまま、少女は淡々と窘める。言っても聞くような人々ではないのは承知の上だが、形だけでも必要だからだ。
「貴方を呼び捨てにするなどと……っ。そんな失礼な真似、出来ません。ああでも、素敵な響きですね」
「そうですわっ、セオドリークさまを呼び捨てにするなんて! で、でも素敵ですわね」
「では、そのようにお呼びください。陛下、結界石が心配ですので案内くださると幸甚に存じます」
自分の世界に浸り、頬を染める彼らを軽く流して、セオドリークは国王に直接話を振る。どうせ次回もこのやり取りを繰り返す羽目になるのだと分かっているのに、まともに相手はしていられない。立場的には当然彼らの方が上なのだが、エイレンティアとセオドリークの方が長く生きているのもあって敬意を払われてしまっているのである。
「うむ、そうだな。ディト、頼む」
「畏まりました」
脇に控えていた、国王と同年代の男性がすっと前に出る。彼こそが手紙の主、ディートリヒ・イヴァン・カルヴァート宰相だ。
「御前を失礼致します、陛下」
ディートリヒは礼儀正しく頭を下げ、青い石が見える王座の奥へと進んでいく。二人も彼と同じ行動を取り、後を追った。
「……すまなかったね」
向かう途中、ディートリヒが小声で呟く。聞き返したのはセオドリークの方だった。
「それは何への謝罪でしょうか」
「私の力では、お二方を止められなかった」
彼が指す「お二方」はリュシアンとフィーネリアの事だろう。好意を寄せられているエイレンティアとセオドリークが彼らを迷惑がっていても、王族を無下には出来ない現状をよく分かっているのだ。
「ここへ訪れる時点で分かっていた事です。貴方が謝罪する必要はない」
少女の物言いはやや不躾だったが、彼が不快そうにする様子はなくほっとしたように目元を緩めた。
「そう言ってもらえると救われる。さ、開くよ」
ディートリヒは懐から小さな鍵を取り出し、一見何もない場所に差し込む。カチッと音がしたのを聞き、鍵を抜くと今度は自身の首にかけた。鍵には特殊な魔法がかけられており、持ち主は今から入る部屋の影響を受けないようになっているためだ。
三人が足を踏み入れた空間には、中央に巨大な石が置かれている。青くぼんやりと光る菱形のそれはエイレンティアの身長ほどの大きさで、石の周りには円方になっている金色の文字がいくつも浮かんでいた。セオドリークは手を伸ばして文字の一つに触れ、静かに読み上げていく。
この世界には魔物がいる。生態は不明で、人の負の結晶とも魔力が人ではなく動物に付与された場合に変貌するとも言われている。唯一確かなのは、容赦なく人に襲いかかってくるという事だった。多大な被害を出し、討伐隊が編成されていたのも今は過去の話。防御魔法に長けた国家魔法師が総出になったところで張れないほど広範囲の結界を、たった一人の魔法使いが張ったのである。結界に触れた魔物を消滅させ、その魔力を結界石に還元する独自の術式まで組み込んで。彼の成果によって人々は恐怖から解放される事になった。貢献が評価され、魔法使いには「守護の魔法使い」という呼び名が与えられたのだった。
「――――ファン・ド・デール」
その言葉を合図にして各地に隠された小型の結界石が淡く光り、王城と城下町に大規模な魔方陣が浮かび上がる。六つの結界石を六角形になるよう配置し、基盤となる結界石に魔力を送りこむ事で結界を張る最高位の守護魔法だ。
「正常に機能しているようだな」
「はい、お師匠様」
セオドリークは作り物ではない自然な微笑みを作り、手を離す。すうっと消えていく魔方陣が完全に消滅したのを見届けて、背後に控えていたディートリヒに声をかけた。
「ご覧になった通りです。後程報告書をお送りします」
「了解した。ご苦労だったね」
「これが私の務めですので」
「皆が君達のように仕事してくれるのなら私の負担も減るんだがね……いや、今のは忘れておくれ。さて、戻ろうか」
聞こえなかった振りをして、二人は部屋を出る。愚痴の相手は他の国家魔法師だろうな、と予想はついたけれども。
百年前にエイレンティアが森に引き篭もった際、いくつかの契約を交わした。そのうちの一つが、与えられた仕事はこなす事だった。セオドリークもそれに習い、国との均衡を保っているに過ぎない。にも関わらず比較するという事はよほど他が酷いのだろうな、と少女はそっと同情した。交代人格の彼女は基本的に何にも興味を示さなかったが、かつて己の味方になってくれた宰相の血縁者は少しだけ例外だった。――ほんの少し、だけ。
「お疲れさまですわっセオドリークさま! いかがでした?」
「おかえりなさい、エイレンティアさん! と、お弟子さんも」
何故彼らはこうなのだろうな、と文句の一つも言いたくなってくる。が本当に口にするわけにもいかず、胸の内に秘めた。セオドリークも内心では散々に貶しているに違いないのに、そういった素振りは全くない。外面だけは良い奴め、と少女は心の中で悪態づいた。尊敬しているだのなんだのという割には、彼は師には似なかったのだ。
「お心遣い痛み入ります。結界石にも術式にも欠損は見られませんでした」
とはいえ、セオドリークが心にもない言葉を吐くのは師の評判を落とさないためでしかない。でなければ、彼女以外は視界にさえ入れていなかっただろう。
「まあっさすがセオドリークさまですわ! わたくし達が安心して暮らせるのも全て貴方のおかげですわね」
「有難うございます。師が素晴らしい方でしたので。ね、お師匠様」
「やはりエイレンティアさんはとても優れた方ですね! 貴方がいてくださるおかげでこの国は安全なのです。人身売買の件も、貴方がいなければどうなっていたか……我々も気を引き締めます」
「いえ……目の前の人間を助けただけです」
少女の返事はどことなく投げやりだった。しかしセオドリークとリュシアンは笑みを深くし、反対にフィーネリアは気に食わなそうに少女を見つめる。誰か仲裁に入ってくれないだろうか、とディートリヒは胃が痛くなる想いだった。
「セオドリークさまっ。この後お時間ありませんか? お茶でもご一緒に……」
「申し訳ありません、お待たせしている方がおりますので」
嫌味なくにこやかに断るセオドリークだが、有無を言わせない空気を醸し出していた。
「そ、そうですの……残念ですわ」
「ネリー、お二人は仕事でいらっしゃったんだ。無理を言ってはいけないよ」
「わかりました……シアンお兄さま」
「うん、いい子だね。そうだ、もうすぐ私の成人の儀なんです。その際は是非お越しくださいね」
「はい。では私どもはこれで失礼致します」
少女は最後まで無表情を崩す事なく、その場を後にする。セオドリークも彼女に続き、二人はようやく抜け出せたのだった。
「ふう……」
「大丈夫ですか? お師匠様」
見慣れた家を前にし、少女はひどく疲れたように息を吐き出す。
「ああ、問題はない。しかし彼らは変わらないな」
「本日はお疲れ様でした。少しは変わってくださると有難いんですけどね。まあ望むだけ時間の無駄なのでしょうが」
「なんだ、随分と当たりがきついな。へらへら笑っていたくせして」
「理由は貴方と一緒ですよ、お師匠様」
セオドリークが遠回しに告げると、少女は眉間に皺を寄せる。これ以上掘り下げるべきではないな、と即座に話題を変えた。
「極論を言えば、魔方陣内であればどこに置こうが構わないんですよねあの石。物理的に壊せるのはお師匠様くらいのものですし、干渉出来る者がいるとも思えませんし」
「本当に身も蓋もないな。仕方あるまい、国は自分達が管理しているのだという大義名分が欲しいだけだ」
でなければわざわざ王座の奥には運ばないだろう、と添えた少女に、今度はセオドリークが溜息をつく。くだらないとしか思えなくても、国にとっては重要な事なのだろう。
「ハーブティーでも淹れましょうか、お師匠様」
「いや……いい。あの子の時間を奪う気はない。もう代わる」
ロッドを消そうとする彼女に、セオドリークはにこりと笑いかけた。
「次回はチルルに餌をあげましょうね。大丈夫、慣れですよ」
「……ふん、覚えていたらな」
それだけ言い残し、彼女は基本人格と交代する。そうして現れたエイレンティアは、何故外にいるのか状況が飲み込めないといった顔をしていた。交代人格でいる間の記憶がすっぽり抜け落ちてしまうのが原因である。しばらく考え込んでようやく把握出来たのか、「あっ」と声を漏らす。
「もしかして終わったのです?」
「はい、お師匠さま」
「おつかれさまです、セオ!」
「有難うございます。喉が渇かれていませんか? ミルクティーを淹れますよ」
「わあ、楽しみです!」
エイレンティアは、交代人格について触れない。セオドリークも、彼女が触れない限りは話さなかった。そういう態度をブルーノに指摘されたのだと、分かってはいたけれど。




