第二章/その1 グノーペルへ
「いいのか?」
「いいのいいの♪」
ユーリはクルガと(ついでに)ティッカを自分の家に招き入れた。
「俺が言ってるのは勝手に店を抜け出して、という意味なんだが」
「ああいいのよ、あそこはただでさえ味がいいからあたしがいなくてもある程度お客さん入るし」
ユーリはチェックのクッションにぽすんと座り込むと、手でちょいちょい手前の椅子を指した、座れ、という意味だろう
ティッカというと興奮でさっきからごそごそと部屋を物色している。あとで殺されなければいいのだが…
「さ、話して」
ユーリは小首をかしげ、営業スマイルとはまた違った素の笑顔を浮かべる
「そうだな…何から話そうか…」
クルガはここまでの経過を語り始めた、無論メサイヤのことは多少オブラートに包んで…
「……すごいことになってるのね…あなた」
ユーリが真剣な顔をして頷く
「でもガルヴゥの貴族達ったら相変わらずなのね!」
ユーリのパンチが空を切る、それによって巻き起こった風が、クルガの髪を揺らした
「ああ…亜種とは相いれない仲だな」
「まったく!なんでちょっと姿が違うだけで差別するのかしら?」
クルガは思わず吹き出した
「はは、俺の知り合いの人間も同じことを言ってたよ」
「そう…人間の中にもそういう人がいるのね…」しばらく二人は黙っていたいたが、ややあって、
「うん、決めた!」
ユーリが膝を叩き、すくっと立ち上がる
「何をだ」
「あたしもついていくわ」
「は?」
クルガは目を丸くした。この娘の一挙一動には本当に驚かされる
「しかしお前には理由が無いだろう、まさか面白そうだからとか言うのか?」
「うん、それが半分、もう半分はちょっと気になることがあるんだ」
「気になること?」
「あなたの言っていたミルラとローネとか言った双子の女の話…」
クルガは特に問題無いだろうと思って、本の話や自分の探し人のこともユーリに話していた。
「心辺りでもあるのか?」
「ちょっとね、あたしのママがその本に書いてあることについて小さいころあたしに聞かせてくれたことがあったの、かなり昔だからよく覚えてないんだけど…」
「お前の両親はどこにいる?」
「ママはグノーペル、パパはジオエイトスに、パパは巨人族でママはエルフだから、一族の掟で家族が揃うことはあまり無いんだけどね、あ、ついでに里帰りにもなるか」
「なんでお前はエムルエルドに来たんだ?」
「亜人の国って一度行ってみたかったんだ、それに…あたしには帰る所が無いから…」
そう言って、憂いのある眼差しの視線を落とし、ぽつりと呟いた
ハーフだからこそ…か、巨人でもエルフでもない半端な者、亜人は人間とだけでなく、亜人の中でも問題を抱えているらしい
「じゃあ行きましょ」
「今からか?」
「だってエムルエルドでできることはもう無いじゃない、あなたの探し人も人間なんでしょ?だったらここにいる可能性は低いわ、グノーペルは人が集まる国だからもしかしたら会えるかも」
「そうか…俺はグノーペルははじめてだからな…」
ユーリが胸をどん、と叩く
「あたしに任せなさい!あたしはグノーペル育ちだから地理に詳しいし、それにあなた旅金も無いでしょ」
こいつは一体何者だ?エルフの知性の賜物だろうか
「というわけでしゅっぱ〜つ!」
ユーリはさっさと身支度を整えると、クルガを引っ張った
「え?何々?二人してどこに行くの?」
ティッカがほこほこしながら二人を見る、こいつは何をしていたのだろう
「ねぇ、こいつは置いていかない?」
ユーリが冷ややかに呟く
「そうも行かないな、エムルエルド入国のときの恩をまだ返していない」
「あなたって案外義理堅いのね」
ユーリは感心しつつ、つかつかとティッカに歩み寄った
「え…な、何、ユーリちゃん……ぐばっ!」
巨人族の鉄拳がティッカを襲う
「事情はあとで説明するわ」
ユーリは疲れた声で、気絶したティッカを引きずっていった
「あ、そうそう」
ユーリが思い出したように呟く
「グノーペルで今度アースヘル七国家の国王と有力貴族を集めた会談があるそうよ、グノーペルからは国王と貴族のえっとなんて言ったかしら……」
ユーリは眉をよせ、額に手を当てて唸った
「そうそう、ミ〜ミ〜、あ、ミキトとか言う貴族が出るらしいわ、まあ私達にはあまり関係ないけどね〜」
「ミキト?変わった名前だな、家の名前なのか?」
「さぁ、よくわからないわ」
まあ貴族というのは酔狂なやつばかりだからな、目立つ名前でもつけたいのだろう
「ガルヴゥも来るのか…」
セフィはどうしているだろうか…
「ほら早く〜」
ユーリがティッカを家の外に放り投げた
「ああ」
今は自分のことだ、七国家と五行、光、闇…
それにルフォン=アッシュバード…お前は何を望んでいるんだ…
クルガはズタ袋を背負い、ホルダーの銃を取ると構えてみた。「デュランダールでのことがまだ忘れられない、か……」
そう呟くと、銃をしまい、クルガはユーリのあとを追った
――――――
―――
部屋をノックする音がする
「入りなさい……」
両開きの大きな扉を開けて入ってきたのは、ネアンクル貴族直属衛士隊隊長、ラウル=ディフォーその人である
「…あなたですか…」
ラウルはただ頭を下げ、椅子の上で子猫のように丸くなるセフィを複雑な心境で見つめた
「そろそろ出発の時間ですセフィ様、クラウ様もリオン様も一階でお待ちになっておられます」
セフィは、深々と頭を下げるラウルをきっ、と睨みつける
「わかりました…支度をするので出ていってください」
「失礼します…」
ラウルはもう一度頭を下げると、きびすを返し、退出を試みたが、セフィの椅子を引く音でぴくりと振り向く
「言いましたよね、あなたを一生許さないと」
セフィは震える声でラウルと対峙した
「…わかっています、しかしグランバニル家に仕えるのが私達衛士隊の役目、たとえあなたに疎まれても、私はあなたに仕え続けます」
ラウルはそう言ってセフィの寝室を出ていった、薄暗い部屋に再び静寂が戻ってくる
「クルガさん…」
セフィは膝を抱え、爪をかむと、鳴咽を漏らしながら半透明のローブを涙の雫で濡らした…
バタン…
扉が重々しく閉じる
「これだから亜人は…」
ラウルは目頭を指でつまむと、機敏に歩いていった。
「グノーペルか…」
ラウルもグランバニル家の護衛としてグノーペルに付き添うこととなる
「ふん…亜人など…滅んでしまえばいい…」ラウルは歯を食いしばった
忘れるものか…デュランダールの魔人族め…
漆黒の憎しみを燃え上がらせ、ラウルはあの男を思い出した。打ち首にならなかったのは悔しいが、エムルエルドに追放されたのなら同じことだろう
「しかし何者だったんだあいつは…」
今だにあの敗北感が消えない、あのとき撃たれていたら死んでいたのは自分だ
「ふ…、だがやつは死んだ…今更気にしてどうだというのだ…」ラウルは短く笑うと、頭を振り、グランバニル家頭首、クラウ=グランバニルの待つ一階に降りていった
――――――
―――
「はい…はい…すいません…」
店の中からユーリの声が聞こえる
「大丈夫なのか?」
「うん、すんなりOKしてくれた」
さすがは名物看板娘、店での地位もある程度高いらしい
「ちょっと待ってて、食材とか分けてもらってくるから」再びユーリは店の中に入っていった
「ふわ…」
ティッカが目を覚ましたらしい、ふにゃふにゃと目を擦る
「あれ?大将、俺なんで寝てたんすか?記憶が…」
ティッカが顔をしかめつつ、頭をなでまわす
「……疲れていたんだ」
さすがのティッカでも不憫に思い、深い同情を込めて肩を叩いた
「さ、まずはエムルエルドを出ましょ」
頭の上に疑問符を浮かべるティッカをよそに、ユーリは久しぶりの里帰りに心踊らせていた
「ああ、だがグノーペルに行くにはここからミルラの国を通らないといけないな」
クルガは頭にアースヘルの地図を思い浮かべた
六つの国家はガルヴゥを囲うようにしてぐるっと円を書くように並んでいる。時計の盤を想像するとわかりやすいかもしれない
グノーペルはガルヴゥの北西だ、ガルヴゥの南西に位置するエムルエルドだと、西にあるミルラを通過しなければならない
「いいわ、ミルラにも行きましょうよ、あなたの探しものも見つかるかも」
軽快に言い放つユーリを見て機を伺っていたティッカがようやっと口をはさめた
「あの…さっきから話がまったく見えないんですけど…」
無理もない、ティッカはろくすっぽ事情を説明されていないのだ
「うるさいわね、あんたは別に来なくてもいいのよ?」
「いや、行きます行きますって」
ティッカは人形ねようにコクコクと何度も頷く。おそらく隙あらばユーリを口説き落とそうとでも思っているのだろう
やめておいた方がいいのだが…
「行くぞ」
グノーペルに向かうべく、奇妙な三人組は勇ましく歩みを進めた……のもつかの間
「おーい!」
よたよたと甲羅を背負った老人が頼りない歩調でこっちに歩いてくる
「グルアーのじいさん!なんだよ、ボケ気味なんだから家にいろって言われてんだろ?」
ティッカが自分の半分の身長もない老人を見下ろした
「おお、おお、テカーやお前に渡したいものがあるんじゃよ」
「ティッカだ!それで何だこれ?」
ティッカが受け取った物は、短いナイフだった
「代々タトル家に伝わるありがた〜いナイフじゃ、お前にやる、のう、ティカカ」
「…ティッカ!はぁ…」
ティッカはため息をついた、ずいぶんと珍しい仕草だ
「それと…クガルしゃん…?」
「…クルガだ」
「弟と、その街を守ってくれてありがとうの」
「……」
ペコリと頭を下げ、グルアー老人はよたよたと去っていった
「なんだったのかしら」
ユーリが腰に手を当てて首をかしげる
「俺は何も守ってなんかいない…」
クルガはうつむき…ぼそりと呟いた
「大将?」
ティッカがクルガの顔を覗き込む
「いや…、なんでもない…行こう」
今度こそ三人はエムルエルド入国門へ向けて、旅立ちの一歩を踏み締めた