鉄筋コンクリートの妖精
「鉄筋コンクリートの妖精です」
今、理解不能な単語が聞こえた。
言語野が理解を放棄したので、とりあえず目の前にいる怪しげな物体をつねってみる。
口とおぼしきところの脇を掴むと、むに、と意外とやわらかかった。
「のーっ?! 曲げモーメントはだめぇ?! 曲げ引張破壊は嫌ーっ?!」
じたばたとうるさいので手を離す。
なぞの物体の頬を引っ張ったら痛がったので、夢ではないらしい。
「いや、その確認方法には盛大に文句をつけたいところでありますが。って、連続つねひっぱりはホントらめーっ?! 曲げ圧縮破壊とか起きますからーっ?!」
というか、鉄筋コンクリートの妖精とはなんなのだ。
妖精というとこう、もっとメルヘンに、木とか花とか、百歩譲って石くらいの自然物に宿るものではないのか。
それが、鉄筋コンクリートなんて人工物だ。
コンクリートだけならまだいい。あれは砂だの砂利だのを混ぜたものだ。
そういうモノに宿ったものが悪魔合体して怪しげな妖精コンクリートが発生するならコンゴトモヨロシクしてやらなくもない。
鉄だけでも許容範囲内だ。鉄を鍛えた刀なんかであれば、妖精とか宿ってもいいくらいだし。
いやむしろライトノベル的には大いにアリだ。刀の妖精。できれば可愛い娘さん希望。
「話題を盛大にもどせと私は盛大に抗議します。話の筋がずれるのは個人的には許せません。鉄筋コンクリートだけに」
ぁ、うまいこと言ったドヤ顔。
「くっ。ほっといてください。で、鉄筋コンクリートの妖精のどこがダメなのですか」
そもそも鉄筋コンクリートなんて人工物の極みではないか。
これだけ自然物から離れておいて、ファンシーメルヘンな妖精さんが発生するなんて無理にもほどがある。
「刀とかめちゃくちゃ人の手入ってるじゃないですか」
刀は男の浪漫なんだよ。人は刀に萌えられるが鉄筋コンクリートには萌えられない。よって妖精はいない。以上。
「いや、そのりくつはおかしい」
なんだ、反論があるなら聞いてやっても構わないが。聞くだけだけど。
「鉄筋コンクリートはですねえ、努力家なんですよ! コンクリートが最大の弱点である引張り力に耐えるため、肉体改造を重ねた試行錯誤が苦心ン十年。それでもなお超えられない力の壁を越えるため、耐えがたきを耐え、偲び難きを偲び、自分一人では戦えないという事実を認め、夕陽の川原で殴りあった戦友、鉄筋とタッグを組んで超絶合体。結果、さまざまな力に勝利するタフネスを手に入れる……。ほら、努力! 友情! 勝利! どこぞの少年漫画もびっくりな熱血展開じゃないですか! 妖精の一人や二人生えてきても文句はないでしょう!」
くっ。意外と熱い背景を持ってやがったこの無機物。
背景を深く語ると悪役でもかっこよく見える最近の死神系少年漫画で流行のマジック。
「ふ、私は一本筋の通った妖精なのです。鉄筋コンクリートだけに」
だが無機物よ、それは死亡直前の線香花火的な輝き、つまり死にフラグだ!
「……なん……だと?」
ああ、おまえも好きなのね、某死神少年漫画。
「いいじゃないですか。主人公の心的世界のビル、あれ絶対鉄コンですよ。あと、13キロ伸びるかと思ったらまったくそんなことなかったぜーな刀の見せ場でも、鉄筋の断面がこれでもかっと露出してエロチシズムでしたし。あの作者さんは鉄コンの色気をわかっていらっしゃる」
絶対勘違いだと思うがな。
「……うう、厳しいです。どうせ私なんて、さび付いて 壊されるばかりなんです。昔はよかったのです。家鳴りなんていえば昔はありがたがられて何度でも修理してもらえたけれど最近は幽霊だホラーだラップ音だとか言われてすぐ壊されてしまう。サランラップとかネットラップとかトーストラップサンドとかはもてはやされるのに、コンクリートラップ音だけは差別だと思います。これが格差社会というヤツですか!」
格差社会って言葉が重機に乗ってやってきそうな発言な。
「ユンボは嫌ーっ!? 乱暴なのはだめです! あ、でもスチールボールはちょっと好きかも……」
そこで頬を赤らめるな無機物。貴様の歪んだ性癖などカミングアウトされても誰が得をする。
「いや、全国一千万人の鉄筋コンクリートマニアのみなさまが」
いねぇよそんな。この脳筋。鉄筋コンクリートだけに。
「ああっ、芸風をぱくられた!? ……まあ、元気に見えても、私も年ですから、そろそろ、最期のことも考えないといけないんですけどね」
なんだよ、急に神妙な顔になって。
「なんだかんだで世の中銭やでー、ですから。古きを残す、とか、流行らないんでしょうね。ほら、私は妙に近代っぽいから、木造みたいに大事にしてもらえないし。校倉さんや合掌さんみたいに年季が入ったところだと、かえって大切に可愛がってもらえるけど、私には無理だから」
こら、辛気臭い顔するな。まだぴんぴんしてるじゃないかオマエ。
「いいんです。自分のことは自分が一番わかってるんですから。化粧のノリは悪くないけど、中身はぼろぼろなのですよ。昔は黒くて艶々してた鉄筋も、今は錆びて赤茶色。あはは、ギャルっぽい妖精とか、ありえないですよねー」
……それがどうした。オマエは、これまで頑張ってきたんだろ? 友情、努力、勝利なんだろ? だったら逆転してみせろよ!
一本筋を通すのが鉄筋コンクリートなんだろっ!
「……ありがとう。最後に会いに来てくれたのが、あなたみたいな人でよかった。えへへ、本当は最後、華々しく腹マイトで木っ端微塵とかが憧れの終わりだったんですけど。でも、ダメなんです。私、アスベストが入ってるらしくて。だから、しばらくみっともない姿を晒しちゃうんです。だから、あなたはこの姿だけ覚えて、できればもう二度と、ここにはこないでください。明日から、立ち入り禁止って話ですしね」
なんで、そこでそんな、悟ったような顔で笑っちまうんだよ!
「決まってるじゃないですか。私を出て行った子供たちは、みんな、こうして、笑っていたんですから。覚えていないかもしれないけど、あなたも」
なっ……。
「だから、お別れなのです。ありがとう。たとえ気まぐれでも、こんな場所にまた、足を運んでくれて。さあ、踵を返して駆け出してください。そんな顔をしないで。もたもたしてると、疲労破壊とか起こしちゃうぞ?」
……意識が覚醒する。
どうやら、相当に酔っていたらしい。
頭を振って振り返ると、かつての母校。
廃校の決まった、古びた鉄筋コンクリートの建物が、そこにあった。